37話 マスコットの黒い笑み
イベント日和の休日、始まりの街、噴水広場は大勢のプレイヤーで埋め尽くされていた。
どこかお祭りめいた雰囲気が漂うのは、広場の外周に並ぶ屋台のため。自主企画イベントを聞きつけた一部のプレイヤーが、ここぞとばかりに自己開発した料理やアイテムを宣伝・販売しているのである。
このキュリオスでの料理は全てがユニークとも言え、ゲーム内独自の食材を用いての料理はまさしく研究だ。もちろんトマトなどのありふれた食材もあるが、せっかくならば魔物からドロップする食材や、未知なるキノコを使いこなしてこその醍醐味である。
ときには命を賭けて試食をして、自分が完成させた料理。それをみんなにも味わってもらえるとあらば逃す手はない。
「……食べてみたいよー」
対してわたし達がテーブルを出しているのは、噴水の前、つまり広場の真ん中だ。どこを向いても屋台を楽しむプレイヤーが目に映るので、ついついわたしも飛び出していきたくなる。
「ナツハちゃんはイベントの主催者なのですから、売り場から離れないでくださいね」
「またいつもみたいに、勝手にいなくなっちゃダメよ。屋台に関しては、アタシがあとで感想を聞かせてあげるわ」
「ルピナスも離れちゃダメなんだよー」
この商売の成功は、看板娘であるルピナスとフィリオに掛かっているのだ。彼女たちには是が非でも最後まで付き合ってもらわねばならない。そのために、とっておきのレアアイテムだって用意したんだもん。
「……途中でいなくなったら、『これ』、あげないからねー」
「ぐぅ……、ナツハが悪魔に見えるわ……」
「ラストダンジョンで特攻を発揮する『銀鉱石』を持ち出すなんて……」
吸血系モンスターに特攻効果がある『銀の武器』、わたしはその素材をエサにして2人を釣り上げたのである。……そういえば、たまに悪魔って呼ばれる気がするね。なんでだろう。
「ほら、もうすぐで1時になるよー。準備は大丈夫?」
「アタシ達は大丈夫だけど……、アイツは……、どうなのかしら……」
「これだけの人混みでもかなり目立ちますよね……。がんばってはいるようですよ、いちおう……」
販売開始となる1時へ向けて、マスターには行列の警備を頼んでいる。串焼きを持ったプレイヤー達はお祭り気分になっているので、周りの迷惑にならないようにと呼び掛けているのだ。
と言ってもあの新米小僧は体格も頼り無くて貧弱軟弱なため、警備を頼んだところでプレイヤー達を素直に従わせられるとは思えない。
そこでわたしは、彼に『特別な装備』を与えてあげたのである。
「あ、あのー……」
「ワイワイ」
「ガヤガヤ」
列を乱す不届き者へと、マスターが懸命に語り掛ける。
「すみません、列への横入りはマナー違反です……、ゲコ」
「あ? ……なんだよこのカエル(笑)」
「マジ、ウケるんですけどぉ~(笑)」
販売を待っている列に横入りしたカップルは、自分たちを注意してきたマスターの姿を見て笑い声を上げる。何者が恋人同士の世界を壊すのかと睨みを利かせてみれば、そこにいたのは、ずんぐりとしたカエルのマスコットだったのだ。
カエル(マスター)は2頭身のわがままボディーを揺らしながら、マニュアルどおりの対応を続ける。
「横入りはマナー違反だ、ゲコ。きちんと後ろに並んでほしい、ゲコよ」
「なんだよ、カエルのくせに(笑)」
「このカエルなまいきぃ~(笑)」
「チッ、めんどくせぇなこのバカップル……(ぼそっ)」
いくら注意をしてもカップルは聞く耳を持ってくれない。それどころか、彼女にいいところを見せたいのか、男がカエル(マスター)に絡んできてしまった。
「おいおいマスコットさんよ、あんまり調子に乗ってると――」
「調子に乗ってんのは、あんたの方でしょうが」
マヌケな表情をしたカエルの中から(精一杯の)ドスを利かせた声が。さらに飄々と近寄ってきた男の肩に手を回し、耳元でそっと言葉を告げる。
「このマスコットは『あの』ナツハさんが製作した特注装備なんですよ。両手にはプレイヤーなんざ一撃で消し飛ばせる爆弾が仕込んである。……あんたもバトルロワイヤルの映像は見ましたよね? 僕がこの手を押しつけた瞬間、あんたは彼女の目の前で木端微塵に――」
「す、すみませんでした! きちんと最後尾に並んできます! さあ、行くよ……!」
「ちょぉ、なによぉ~」
「ありがとう、ゲコ~。みんなが思いやれば、みんなが笑顔になる、ゲコ~」
カエルに深々と頭を下げた男は、彼女を連れて最後尾に駆けていく。その様子を見ていた他のプレイヤーからは歓声が上がり、カエルはマヌケな表情のままに手を振って答えていた。
中の人がどんな顔をしていたのか、それは誰にもわからない。
「ちゃんと上手くやれてるねー。よかったよかったー」
「なんか一瞬だけ、カエルからドス黒い殺気を感じたんだけど、気のせいよね……」
大丈夫だよー。街の中ではプレイヤーにダメージが入らないし。(爆発は起こるよー)
「運営からも連絡どおりに警備AIが送られていますし、あまり大きな心配もいらないかと」
「だね。わたし達はグッズ販売に全力を尽くすよー!」
「「おーー!」」