35話 思わぬ反響
路地裏を進む1つの影。あらゆる気配を避けている『それ』は、煤けた細道だろうが目の前をプレイヤーが横切ろうがお構いなしに――なに見てんのよ(ギロリ)――……お構いなしに、ある場所を目指していた。
入り組んだ路地の一角にやがて姿を見せる小さなプレイヤー店舗がそれの目的地である。普段はツインテールにしている赤毛を帽子に隠し、周囲の視線に細心の注意を払いながら、風を切るように素早く店内に滑り込んだ。
「…………」
「マスター、『例のモノ』を」
寂れた店に相応しい田舎小僧のマスターを制しながら(まだ何も言ってませんよ! あと、寂れた言うな!)……慣れた口調で注文を告げたそれは、相変わらず飾り気の無いバーのような内装に鼻を鳴らしてカウンターに腰を掛ける。その際にスリットから美脚が露わになるのはご愛嬌だ。
「また増えた……。ここのところお忙しいようで……」
「ええ、この間の仕事で目を付けられたみたいでね。なにかキツイお酒でも頼める?」
「……あんた、未成年ですよね?」
まったく、マスターの小心さには毎回驚かされる。いくら新米の小僧だからといっても、この仕事をしているなら茶飯事だろうに、少しヤバさを感じただけでこれな――
「たとえゲームだろうと未成年にお酒は出しません!」
「なによ、ケチ!」
「ケチで結構! ……てかこのやり取り今日で3回目なんですから、いい加減にしてください!」
それ――ことルピナスが不満気な目を隣にやると、すでに先客である2人の姿があった。
女優サングラスを着けた青い人物、普段は工房でしか被らないフードで目元を覆うカエル。如何にも人の視線を避けてますという様相の2人は、どちらもオレンジジュースを傾けていた。
「どうぞ。あなたもオレンジジュースでいいですよね」
「ありがとう」
……ズズズ。
……ズズズズズ。
「「「…………」」」
「……そういえば巷ではイベントが終わったとかで話が持ち切りですが、ご存知でしたか?」
「「「…………」」」
「……戦績上位の方はプレイヤーネームや映像が公開されてるんで大変でしょうね。それと、ゲーム雑誌にも記事が上がってましたよ『戦場に舞う赤青の華』とかって」
「「「…………」」ププッ」
「……そろそろ何か反応してくれませんかねえ!? ていうかあんたらオレンジジュース1杯で居座るつもりですか!? 人目を避けるにしても僕の店は遠慮ください帰ってください!」
「騒がしいわねぇ」
「お客に気も使えないのですね」
「相変わらずだね」
「なんで僕が文句言われてんですか! 2人に関しては初対面でしょうに! うがああぁぁぁ!!」
バーのマスター風の男は発狂した。その前触れの無さにわたし達もドン引きである。……そういえば、名前も聞いたことなかったね。
「あんた達、自分の立場がわかってんですよね。……居場所を曝してもいいんですよ」
「「「い、いやだなぁ、マスター、はははー。オレンジジュースおかわりー」」」
キュリオス初のイベントが終わったあと、その反響はゲームを越えて世界中に響き渡っていた。
イベントがあった週末が明けたころ、いつものように学校へと向かっていたわたしに、隣を歩くスーミンがさり気なく耳打ちをする。
「七葉ちゃん、みんなに見られてるよ」
「ほえ?」
そう言われて周囲の人たちを見渡してみると、生徒に限らず見知らぬ通行人までもが、わたしからあれよあれよと目を逸らしていく。このわたしですらわかるほど、それはそれはあからさまに。
以降、クラスに着くや大勢の生徒に席を囲まれ「握手して!」「一緒にごはん食べよ!」「連絡先交換しない?」と言葉の嵐。突然のことで戸惑ったけど、友達がいっぱい増えちゃった、えへへ。
しかもラブレターまで貰ったんだよ。男女問わずたくさんの手紙を…………ルピナスとフィリオにって……(がぐっ)。
わたしがそんな感じで大変な目に遭っていたように、ルピナスとフィリオの周りも大騒ぎだったそうな。
「ということで、皆さんは現実逃避してるんですね。……うちの店で」
「ここなら人も来ないから落ち着けるよ、って誘ってみたの」
「てめぇマジで追い出すぞ……」
マスターの冗談は右から左へ。それよりも現状の打開策を練らねばならないので、オレンジジュースで喉を潤してから2人に相談してみる。
「……それで、現実でもゲームでも人に追われるようになったけど、どうしようか」
「なにせ全国生放送だったものね。正直、VRMMOの影響力を舐めてたかも」
「わたしも、欲に負けて編集者と決闘などしなければよかったです」
リアルと同じアバターにした際にも注意を受けていたけど、まさか本当にこんなことになるなんて。反省点は尽きないけど、このまま落ち込んでいたって何も変わらないし、受け入れたくなくても、現実と向き合うしかない。それはわかってるんだけど……。
そうしてなかなか具体的な打開策は浮かばずにカップの底に残るオレンジジュースを眺めてばかりいると、見かねたようにマスターが慰めの言葉を投げかけてくる。
「運営には相談したんですよね? なら、あとは時間が解決してくれるのを待つしかありませんよ。……なんなら、疲れたときには遠慮なく店を使ってください」
「マスター……」
おお、マスターが気の利いた言葉を掛けてくれるだなんて。ちょっと見直しそうになるじゃんか。
「そのときは、常連割引をしてくれるよね」
「びた一文と負けてやるもんか!」
「ケチ!」