34話 【反省会】運営の困惑
「さて、時間どおりに会議を始めようか」
白スーツの面々が円卓に揃ったのを見計らい、議長を務める人物が会議の始まりを告げる。
「あ、あの……」
「なんだジョージ。接続不良か?」
目上の人間たちの視線を一身に浴びて、顔を強ばらせるジョージは静かに隣の空席を示した。
「キュリちゃん――いえ、キュリオスがまだ着いていません……」
「ん? 役員が会議室に直接ダイブできるのはもちろんのこと、キュリオスのようなAIならば瞬時に呼びつけられる。遅刻などということはありえないはずだが、まさか不具合でも起こしたか?」
「不具合ではなく……、おそらく徒歩で向かっているために遅れているのかと……」
トンチンカンな返答に、会議室は困惑の色で染められてしまった。ここは電脳空間であり相手はそこに組み込まれているAIなのだから、言葉1つで自由かつ瞬時に召喚できるはずなのに、ジョージはそれができないという。
彼とて上の者をいつまでも待たせたくはないので、すぐにでもキュリオスを呼び出したいのだが、なぜか当の本人は「わかりました、歩いて行きますね」と言ったきり応答を拒否しているのだ。
どこから歩いてくるのか定かではないが、時間を伝えているのでもうすぐ現れるとは思う。現れてくれないと困る。
「お待たせしましたー。わたしの席はどこですかね?」
「キュリちゃん、こっちだ。早く座って」
「女性を急かす男はモテませんよ、ジョージさん。もっと余裕を持ってドーンと構えていないと」
円卓に座る半数の者が咳払いしつつ居住まいを正すなか、キュリちゃんが席に着くことでようやく人数が揃った。白いスーツを纏う大人に紛れるように1人の女の子が参加しているのは違和感があるが、電脳空間の管理人として参加しているAIは彼女だけではない。
ジョージを挟んでキュリちゃんの隣に着くのは、カリンという名の女性型AIだ。正式サービスに伴う本格稼動を控えて、今は学習期間に置かれている彼女は、キュリちゃんの後輩にあたる。
「遅刻だなんて時代遅れですよ先輩。基板が錆びているのではないですか? ふふ……」
「ムキ……ッ。何でもかんでも技術に頼っていると、回路が腐っちゃいますよ(はあと)」
微笑みを交わす2人は本当の姉妹みたいに愛らしいけど、その瞳は機械のように冷えていた。
「2人とも、会議が始まるんだからいがみ合わないでくれ」
最後の微笑み(睨み)が会議室をさらに冷やしていく。それでなくても今回は反省会の雰囲気だったのに。
「時間が惜しい、会議を始めさせてもらうぞ。……今回の議題は既知のとおりイベントを終えて。ぜひともそれぞれの立場から正式サービスへ向けた感想を聞かせてもらいたい」
議長の進行により会議は開かれた。この結果を目安に正式サービスでの調整を行うので、しっかりと話し合わなければならない。
そう意気込んで前のめりになるも、やはりというか面々の口元は容易く動きはしなかった。というのも……
「何かないのか……? ジョージ、君はどうだ」
「お、オレですか!?」
議長直々のご指名だ。ムリにでも方針を固めなければいけない。
「えっと……、イベント序盤については微々たる修正程度で大丈夫かと。ですが……、あー、ステータスの値によるプレイヤーへの反映は見直すべきかと……」
まずは当たり障りのない内容から。これは若手が上手く生きていくスキルとしてジョージが身に付けている処世術である。
「ステータスか。確かに一部のプレイヤーは人間としての限界を超えつつあるように見えた。特にAGIは脳への負担があるので、下方修正するか、何か新たな制限を設けるべきだろう」
下方修正はプレイヤーからの不満が出るだろうが、脳が疲労して長期プレイを困難にすると知れば受け入れてくれるはずだ。この件に関しては比較的に対策も容易なので、期日を脅かしもしない。
会議室の空気が落ち着いているのを感じて「ホッ」と息をつくジョージだが、上の者は逃がしてくれなかった。
「他には?」
「ほ、ほほ、他ですか……!?」
誰もが気にしており、議内でも必ず触れておかなければならない話題があるのだが……、もう、自分から言い出すしかない様子。
「…………罠と、レア素材の排出率について、でしょうか……」
ぼそりと呟いた言葉に円卓からは大きな溜め息が幾つも上がる。「ついにそれを言ってしまったか」とでも言いたげだが、その役目を押しつけたのはそちらだと憤慨したいジョージであった。
「えと、今回、とあるプレイヤーが罠を用いて会場を混乱に陥れたことは記憶にも焼きついているでしょう」
「ああ、予想を超えた絵図だった……」
「担当が誤ってダンジョン仕様に設定したのかと疑ったよ……」
「その担当の1人としては、穴があったら埋まりたかったですね……(遠い目)」
塔の中では地獄絵図、観戦ステージでは運営批判の嵐、運営本部では嘆きの情報収集。「どうなってんだ!」「地形担当は誰だ!」「何が起こってるんだ!」そんな叫びの中で、涙を流しながらタイピングした光景は忘れようがない。
「さすがナツハさん! 常に運営の包囲を抜け出していきますね!」
「喜んでる暇があるのなら、一緒に対応を考えてくれ……」
運営が初めて『ナツハ』というプレイヤーを目に留めたのは、β開始間もないときだった。
フィールド内のレア素材のみを採取し続けるプレイヤー。まるでそこにレア素材があるとわかって採取をしているような動きを見たときには運営が驚愕、何か不正をしているに違いないと捜査しても、何も情報を得られなかった。
運営の中には未だに『チート』を疑う者がいるが、直接本人と接触して、キュリちゃんとの採取を目撃したジョージとしては「あ、こいつ天然だ」と確信している。
「彼女はどうしてこうも運営の敵となるのか」
「たぶん、レア素材の排出率を下げてもムダですよ。あの娘はピンポイントで狙い打ちます……」
「こちらとしても対処のしようが無い。本当に、ナツハというプレイヤーは……」
人知を超えたリアルラックを相手にして、運営にできることは何も無い。
「いえ、それでも……」
「どうしたジョージ君……」
ジョージは拳を挙げて円卓に集う者たちに語り掛ける。
「それでも、立ち向かうのが我ら運営です! 我々は必ずナツハというプレイヤーに勝ってみせるのです!」
その後も続く会議では、なにやら謎の雄叫びが聞こえていたそうな。