32話 四つ巴の決戦
「【アイスレイン】!」
黒鎧へと降り注ぐ氷の雨。相手にガードを取らせると共に視界を奪い、そこへ透かさず追撃の刃が斬り掛かる。
「【クイックスライス】! 【ダブルスラッシュ】! 【ロングスライス】! ……フィリオ!!」
「【アイスランス】!!」
幾重にも重なる斬撃エフェクト、さらに叩きつけられる氷槍。息をつく間もない猛攻は黒鎧を圧倒し、着実なダメージを刻み込んでいく。
「まだぁ! 【ファイアエッジ】!!」
ダメ押しと言わんばかりに放たれた炎の刃が黒鎧に直撃、貼りついていた氷片を溶かし、辺りを水蒸気に包みこんだ。
「はぁ、はぁ……。これならさすがに……」
「如何にブラームといえども、防ぐことはできないはず……」
黒鎧ブラームを相手にルピナスとフィリオが先制する形で戦いは始まった。2人の猛攻は絶え間なく繋ぎ合わせられ、ブラームに一切の隙を与えないままに全力が叩き込まれていく。その様は長年共に肩を並べているのであろう2人だからこその連携であり、洗練された流れは言葉にもできない美しさすら漂わせていた。
あのような光景に置かれ、ただ受け止めることしか許されなかったブラーム……。白い霧が晴れてゆき、その黒が確かな姿を覗かせる。
「いやぁ、いきなりは面食らった。危うく蒸発したかと思ったぜ」
「軽口を……。そんな余裕、すぐに無くしてあげるわ……」
あれだけの猛攻を受けたブラームだが、その表情には一片の陰りも無く、口元を上げる余裕さえ見せていた。
それもそのはず、彼のHPバーは、まだ1割と減っていないのだから。
……なんなのこの戦いは!? わたし、ほんとに逃げたいんだけど!? おどおど。
塔の大部屋にて始まった戦いを前に、わたしはただ立ち尽くしていた。ルピナスとフィリオが纏う雰囲気は今までに見たこともないくらいに熱く冷たいモノになっているし、それを浴びても顔色1つ変えないブラームも心の内を見通せない魔王のよう。
わたしはここにいなければいけないの!? ねえ! 誰か教えてぇ!!
「今度はオレの番だ。まあ、お前らなら対策も容易だろうが」
「ルピナス、来ます」
「アタシが相手の隙を作るから、そこから連携に持ち込むわよ!」
何かのスキルでも使っているのか、盾のように構えられていた大剣に手を添えるブラーム。相対する2人はルピナスが前衛、フィリオを後衛に、それぞれの武器を強く握り締めた。
ブラームの攻撃が始まろうとも一瞬でも隙を作りさえすれば、また先のような連携に持ち込める。大丈夫、ブラームの攻撃パターンは知り尽くしているのだから、今はひたすら避けることに専念し、相手の動きが止まる瞬間を狙えばいい。
「いくぜ! 【サクセシヴカウンター】!!」
その言葉を起点に大剣から漂いだした橙の靄が、術者の体をも包み込んで膨れ上がる。体の内からも溢れ出んと黒い眼に橙のリングが浮かび上がったとき、ブラームの大剣が軽々と振り翳された。
「オラアァ!!」
「ルピナス!!」
「っ……!!」
重厚な鎧が一跳びで襲来。ルピナスは辛くも逃れはしたが、質量のある一撃が生み出した衝撃波を諸に浴びて、2度、3度と地面を跳ねる。
サクセシヴカウンターは直近のガード状態で受けた攻撃を己の力とするもので、一定時間のステータスアップを得られるスキルだ。それはダメージではなく受け止めた攻撃の威力に依存するスキルであるため、タンクの役割も得意とするブラームとの相性が非常に高い。
2人の連携によって重ねられた攻撃が、そのまま相手の力になってしまうのである。
「けど、効果が切れるまで避け続ければいいだけのこと……!」
しかしルピナスは勘違いしていた。衝撃波こそ喰らいはしたが初撃は避けられたのだから、それを続けていればよいのだと。
それがブラームによって、誘導的に避けさせられたとも知らずに。
衝撃波を受けたルピナスは1人、地面を転がって遠ざけられていた。ブラームの本当の標的である人物から。
「悪いが、先に潰させてもらうぜ……!」
「くっ……! 【アイスシールド】……、きゃあ!」
「フィリオ!!」
ブラームにとって脅威となるのは、2人の連携だ。いくら防御に優れたタンクであろうとダメージを蓄積され、回復の隙すら与えられなければ、いつかは必ず倒れてしまう。ならば、2人のうちの片方を先に倒すのは必然と言えた。
2人とて予想していなかったわけではない。攻略組の1人として名を連ねる者として、ソロでも立ち回れるようにステータスを組んでいるのである。
が、相手もやはり攻略組。一騎打ちに持ち込まれれば戦いを左右するのは純粋なプレイヤースキルのみだ。
「もらった……っ!」
氷の障壁が形成される前に接近を許し、ステップでの回避すら読まれていたのか、胴体をピンポイントで穿たれたフィリオは……、散ってしまう。
「ある程度は運任せだったが、上手く1人を削れたか」
「ブラーム……!!」
「のぉあ、あぶねえ!」
大剣を振りきって重心が乗った脚をルピナスが斬り払うが、前に転がった黒鎧には掠り傷しか付けられない。そして、サクセシヴカウンターを作動させているブラームの動きはまだ終わっていなかった。
受け身の際に地面を踏みしめ、振り向きの遠心力を込めた渾身のフルスイングが術後硬直のルピナスへ迫る。
一撃が迫るなか自らの剣を盾にするものの、直撃を浴びて壁まで吹き飛ばされた。攻撃の余波は壁に激突することでダメージへと変わり、HPバーが溶けるように減少していく。
「おいおい、あの体勢で去なしたってのかよ……」
どうやら攻撃を受ける瞬間に自分の剣で逸らしていたために、僅かながらも耐えることができた様子だが、今度はトドメを刺されてしまうだろう。
ブラームが即座に追撃の構えを取る。相手に悪足掻きをさせまいと遠距離から仕留めるようだ。
このままではルピナスがやられてしまう。
それなら、
「これでトドメだ! 【スマッシュエッジ】!!」
わたしが戦わないと!
「……!? ナツハ、ダメ!!」
足りないAGIで一生懸命に駆けつけて、飛来する粉砕の刃の正面に割って入った。
すごく短いようで長い瞬間。わたしは、首から下げていたアクセサリーを刃に向かって掲げる。
「おねがい、わたし達を護って!」
翼をモチーフにしたアクセサリーから光が迸り、わたしの周囲を金色の羽が舞う。それはあらゆる脅威を退け、宝を脅かす襲撃者へと裁きを下す怪鳥の力だ。
「【守護霊の寵愛】!!」
アクセサリーの中心に添えられた紫玉が輝き、力を授かった金色の羽が刃を吸収、その威力を倍増させてブラームへと弾き返す。
「マジかよ……!?」
己の知り得ない現象に対応を拱いてしまったブラームは、まともにガードできずに裁きを受けた。ここへ来て初めて隙を露わにしたブラームに、わたしは透かさずアイテムを放り投げる。
「パラライズショック!」
「ぐぉぉ……!?」
もしも対人戦に巻き込まれたときのために、相手の動きを封じるアイテムを用意しておいてよかった。対象がモンスターではなくプレイヤーなので効果時間はかなり短いけど、すぐに済ませるから大丈夫。
部屋の中に仕掛けていた大量の罠から、センサーボムだけを取り外して、ブラームの周りに敷き詰めていく。
「……やっぱり、あの怪鳥を仕留めたのはナツハちゃんだったか」
「な、なんのことかわかんないよ? 一瞬で済むから、怖かったら目を閉じててね」
「……天使の慈悲をありがとよ」
さて、あとは適当に石ころを投げて起爆するだけだ。……ぽーい。
大爆発。
大勝利……
「【起死回生】!!」
……??
爆煙から飛来する一筋の刃。
ありゃ、わたし、負けたみたい。
『バトルロワイヤル、終了です!』