30話 炎の華騎士
もう何度目とも知れないプレイヤーがまた1人、彼女の前に平伏した。ポリゴンの光を反射する剣を鞘に収めた赤の剣士は、戦いの余韻も無く次の獲物を探しに闇へと沈む。
「騒がしい……、戦いの場には相応しくないわね……」
煉瓦造りの通路はよく反響するのか、先程からプレイヤー達の悲鳴や怒声が絶え間なく耳朶に響いてくる。どこか怨嗟にも似たそれらが木霊する戦場は、もはやオバケ屋敷と言った方が正しいのではなかろうか。
幸いにも怨嗟の原因に触れていないルピナスは、不快そうに眉を顰めるばかりだった。
「オバケ。いない、わよね……」
ありゃ、オバケを怖がってたみたいだね。
冷たい風が吹き抜ける度に背後を振り向きつつも順調にポイントを積み重ねていくルピナスは、またも振り向いた先に、今度は確かな気配を感じ取った。
「おば……っ! …………いえ、足音? それもかなり複数」
飛び退いた足下から伝わる振動はそこに実体ある者の存在を知らせており、歪なリズムを強く刻んでいることからも相当な人数が接近していると思われる。まるで、ギルド規模の団体がいるかのように。
戦績上位にのみ複数配分されるレアアイテムを目当てにパーティーを組む参加者はいるが、一定を超える人数で形成してしまうと全員に賄える保証は無いはず。
相手の目的は何なのか、それはわからない。
大丈夫、オバケではないのなら、斬るまでだ。
「「「――――――」」」
暗闇の先で呪詛のような音が響いたと思いきや、3つの火の玉が高速で飛来。ある程度の警戒はしていたルピナスはそれを容易く避け、こちらの反応も確認せず次々と放たれてくる炎弾の雨を駆け抜ける。
ルピナスは次第に呪詛を唱える術士たちを視界に捉えるや、感情も無いままに斬りつけた。
「来た……っ!?」
「あれを潜り抜けるとかバケモンかよ!?」
「タンク部隊、早く動け!!」
どうやら相手はギルドで間違いないらしいが、その対応はお粗末で、統率も碌に執れないような中層の寄せ集めらしい。
「ザコがいくら集まろうと無駄よ」
集団のド真ん中に舞い降りたルピナスが静かに言い放つ。
「攻略組を倒すために集まった20の勢力だぞ!」
「いくらお前でも勝てるわけねえ!」
「さっさとやられちまえ!」
彼らは攻略組を倒すためだけに集まっているらしく、全国生放送という舞台の上で一花咲かせたいのだと思われる。
だが、それはルピナスも同じだった。
自分にも頂点に立てる素質があると証明する。そのために強さを求め、極めてきたのだから。
「アンタ達じゃ、アタシの相手にもならないわよ」
そんな呟きを挑発と捉えたのか集団の1人が魔法を放つ。しかしそれは、空へと飛び退いたルピナスを越えて、向かいの味方に被弾する結果となってしまった。
個の力も無ければ、集団でもこの始末。日頃から鍛練を積み重ねてきた攻略組に、彼らが勝てる道理などありはしない。
「ここはアタシのステージ。咲き誇るのは赤い華よ」
ルピナスが地面に着地した瞬間を狙って、タンク部隊の槍が一斉に突き出される。大盾使いに周りを密集されては逃げ場は無く、先のように空を飛んでも今度は魔導士たちが逃がさない。
ルピナスがどの回避行動を取ろうとも、蜂の巣になる結果からは逃れられないと思われた。
「ほんと、単純よね……」
ある種の呆れを零した赤の剣士は、己に向かって突き出される槍の1つを目標に、身を捻ることで攻撃を避けつつ、槍を足場に相手の関節を斬りつけた。
いくら堅牢な鎧を着けていても、装甲の繋ぎ目は薄く、凪払われる細い切っ先を防ぐことはできない。
そんな闇夜で針に糸を通し続けるような攻撃を受けたタンク部隊は抵抗も虚しく全滅。残る魔導部隊へと刃が伸びるのにも時間は掛からなかった。
「なんて速さだ……!」
「まともに扱えるプレイヤースキルも異常だろ!?」
「これが、VRMMOの攻略組なのか……!!」
ルピナスの装備はフィリオと同じくユニークだ。しかしその方向性は異なり、ステータス重視のカスタムを採用している。彼女の要望に従ってVITやMNDを犠牲にAGIを強化された防具は、スタミナを消費する行動の際に他の追随を許さない速さを実現していた。
だが、製作者であるわたしでも忠告するほどのデメリットがある。どんなに強大な力でも、必ず欠点はあるものだ。
1つは防御面において全く信用できないこと。何を隠そうそれはわたしの趣味全開防具よりも脆く、相手の攻撃を受けてしまえば一撃で敗北する可能性だってある。
2つ目はその機動性にプレイヤーが追いつかないこと。非常に高度な運動神経や動体視力を要求させる装備はプレイヤーを選ぶモノとなっており、もしもわたしが着用したならばステップを踏んだだけで大惨事だ。
ルピナスはそんな欠点など鼻を鳴らして受け入れた挙げ句、スタミナ管理や思考の切り替えすらものともせずに、ユニーク装備を扱いこなしてみせた。
まさに彼女こそが『VRMMOの攻略組』なのである。
赤い華が舞ったあとには何も残らない。そうして平然と佇んでいるルピナスの下に、聞き馴染みのある声で会場のアナウンスが流れてきた。
『バトルロワイヤルもついに折り返し! ここで中間戦績上位3名を発表します!』
・1位 ナツハ 1732pt
・2位 ブラーム 1589pt
・3位 ルピナス 1426pt
『これからはマップを解放し上位3名の位置情報を発信しますので、一発大逆転を狙っちゃってください! 最後まで腐ることなくがんばりましょう!』
…………
「ふ~ん、アタシは3位か……。1位は……、ナツハ……?」
…………
「ナツハが1位!? どうなってるのよ!?」




