29話 氷の華姫
塔の内部ではプレイヤー達が土の槍に弾かれ、カマイタチに飛ばされていたころ、観戦者が集う外周特設ステージでは……
「……さっきの映像、どうなったんだ?」
「地面から生えた槍の餌食」
「別の場所ではプレイヤー達が氷像になってんぞ?」
廊下を歩くプレイヤーがまた1人、トラップの犠牲となる様が大型モニターに映し出される。
「これ……、バトルロワイヤルだったよな?」
「少なくともダンジョン攻略ではなかったはずだ」
「戦闘よりトラップでやられたヤツの方が多い謎(笑)」
豪華報酬の山分けを狙ったのかパーティーを組んだ集団が、警戒を厳に隊列を進めていくも、1人のミスに巻き添えを喰らい敢え無く全滅。
「運営はPvPにトラップなんか仕掛けてんのか?」
「しかもその威力が異常。団体を一撃とか鬼畜かよ」
「これもう別イベだろ。運営さん、お詫びのアイテム期待しときまふ」
そして中央大型モニターに映し出される暫定1位のプレイヤー。
「あ? 画像がブレてて見えづらいぞ」
「ハイドスキルでも使ってんだろ。女の子に見えるけど、この娘が今のトップなのか?」
「……どっかで見たことあるな、うん」
薄暗い通路を駆ける(見た目は)幼い少女。特徴的な緑色の髪を靡かせながら、ぴょんぴょんと跳ねるように進んでいる。
「あー、あの、スミスの女の子だわ。表通りでいつも行列になってる店の……」
「攻略組を抑えてスミスがトップなのか!?」
「てか、得点も異常だろうよ! 30分しか経ってないのに、2位との差が開き過ぎだ!」
スミス少女が映る画面の左上には彼女が獲得したポイントが表示されていた。その数759。2位とは約3倍の差を付けての独走状態である。
「どうやったらそんなにポイントを稼げるんだ……、さっきから走ってるだけなのに」
「特殊なスキルでも修得してんのかね。それか、アイテム……、とか…………」
「ははーん。なんかわかった気がする……(遠い目)」
観戦者一同は何かを察したのか、一様に同じ部分に注視しだした。普段から謎多きスミスとして噂される彼女の手、アイテムボックスから出てきたその手には、属性を表す色に煌めく円盤が。
「円盤が消えた、投げられた、そういうこったな」
「ダンジョンマスター……、いや、悪魔か……」
「あの塔はすでに、悪魔の城と化してやがる……」
以降はスキル考察を話題に大いに盛り上がり始めたらしいが、そんなことは知る由もない塔の内部はトラップ対策に掛かり切りだった。
ここにいる魔導士も、ある意味ではそのうちの1人である。
「【サーチ】。……あそこにも罠がありますね」
仕掛けや罠を見破るスキルである【サーチ】の効力が切れたので、再び呪文を唱える魔導士。青のローブを翻して道を進むフィリオは、何度目ともわからない溜め息をついた。
「曲がり角の死角に罠を設置するだなんて小賢しい。……いえ、あの娘のことだから天然なのでしょうね」
この罠を設置したであろう人物は、あらゆる計算ができないタイプだと確信しているので、己の考えを早くも改めたフィリオ。わたしとしてはその評価をどう受け止めればいいのか悩むけど、深く考えたらヘコみそうだから止めておく。
「……あれ、もしかしてフィリオさんですよね? 攻略組でも有名な青の魔導士」
通路の正面から姿を見せたのは同じく魔導士と思われる男性だ。銀髪にモノクルと、アバターの見た目にこだわりが窺える男性は、恐る恐るとスタッフを握り締めながら近づいてくる。
「ええ。そのフィリオで間違いありませんが、バトルロワイヤルで声を掛けてくるなんてどういうつもりで?」
「実は私、ゲーム記者としてβに参加させていただいているヴァサルという者なのですが、1戦よろしいですか?」
ゲーム記者のヴァサルといえば、メジャーからマイナーまで幅広いジャンルを扱う有名雑誌の人気者だ。かくいうフィリオも彼の記事には度々お世話になっている。
そんな著名人とも言えるヴァサルは、全国生放送という晴れ舞台に功績を残そうと、攻略組のフィリオに決闘を申し込んだのだそうな。
「も、もしかして、この決闘も記事になったり……?」
「はい、フィリオさんがよろしければ……」
フィリオは葛藤した。
あの有名雑誌に名を載せるということはゲーマーにとって大変な名誉であり、フィリオとしてもぜひに決闘を受けたかった。……が、素顔で参戦している身としてはかなり恥ずかしいのである。
憧れか、羞恥か。
「いえ、わたしはこのイベントの頂点に立つ者。この程度ならば覚悟していたはずです」
「では……」
「受けて立ちましょう。その変わり、手加減はしませんからね」
了承の返答に合わせてお互いに手にしたスタッフを掲げあう。
「「【マジック・チャージ】!!」」
魔力強化の呪文を唱えた2人は、続いてスタッフの先に中級魔法の魔法陣を展開させた。
回復アイテムが限られたバトルロワイヤルにおいてMPの消費は最低限に留めなければならない。ならば、いま現在で行使できる最大級の魔法で、相手を仕留めてみせる。
狙うは短期決戦だ。
「フィリオさんも中級魔法ですか、これは相殺になりそうですね」
「ふふ、それはどうでしょう」
キュリオスでは属性毎に差が出ないように、同級の詠唱時間は同じで揃えられている。2人が同時に詠唱を始めた以上は、その結果は相殺となってMPが無駄になるだろうとヴァサルは判断した。
しかし対するフィリオは不適な笑みを浮かべている。攻略組ならではの対策法があるのだろうか。
「だとすれば、ぜひ記事にしたいところ。詠唱完了まで、3……、2……、い――」
「【アイス・アロー】!!」
「バカな……!? 【ソイル・ラ――ぐあぁぁ!!」
予想に反して結果はフィリオの先手が決まり、ヴァサルの詠唱完了を前に氷の矢が降り注いでいた。
どうして彼女が早く撃ち出せるのか、そんなことを考えるのはあとでいい。攻略組への対策として魔法ダメージを軽減するアイテムを使用していたヴァサルは、相手が術後硬直をしている間に立て直して――
「【アイス・ボール】」
「うそ……だ……!!」
ヴァサルのポリゴンが通路にひとときの明かりを灯す。
フィリオの装備は、わたしお手製のユニークだ。
ユニークにのみ登録できる装備スキルに【詠唱短縮:微】と【術後硬直軽減:微】を選択したフィリオは本当にすごいと思う。
同じ魔導士として、彼女に勝てる者は存在しないだろう。
「氷の華と散りなさい……」




