28話 無邪気な悪魔
眩しい光に包まれて一転、大勢のプレイヤーと広場にいたはずのわたしは薄暗い通路に放り出されていた。周りの煉瓦から漂う土埃が鼻をくすぐり、閉塞感のある空間が言い知れない圧迫感を与えてくる。
「ここって塔の中なんだよね。もうイベントは始まってるのかな?」
そう思って辺りをキョロキョロしていると視界の右上に表示された所持ポイントとタイマーに目が留まった。タイマーが減少していることからしても、バトルロワイヤルはすでに始まっているらしい。
「くらいよー。ひろいよー。ひとりぼっちだよー。どうしよー」
声を出してみるが、やけに反響しただけで返事はもらえない。
準備だけは万全にしてきたけど、こうも周りに誰もいないと何をしていいのやら。塔内部のマップすら無いので、自分がどこにいるのかも、どこへ進んでいいのかもわからない。
「とりあえず前に行ってみようかな。誰かに会えるかもだし」
じっとしていても仕方ないので、前だけを向いて歩いてみる。わたしの前は暗闇に閉ざされているけど、進めば何かが見えてくるだろう。
そうして代わり映えの無い道を歩いていると、正面に分岐点が現れた。
「どちらにしようかなー……。右に行ってみよう」
神様が言うのだから間違いない。それからも分岐点に出る度に右を進められるので、わたしは言われたとおりに歩き続ける。
ぐるぐる、ぐるぐると、歩き続ける。
ぐるぐる、ぐるぐると、回り続けた。
……この神様、使えない。
「それにしても誰にも合わないね。本当に他のプレイヤーがいるのかも怪しくなってきたや」
開始からすでに3分が過ぎているので、さすがに1度くらいは戦闘になってもいい頃合いのはずだけど、未だに人の気配すら感じられない。
もしかして他のプレイヤーもぐるぐる回っているのだろうか。だとすればいつまで経っても戦闘にならないかもしれないね。
「……あれ?」
暗く陰った道の先に、とある変化を見つけてしまった。
少し駆け足で気になった壁に近づいてみると、それは確かな違和感としてわたしに訴えかけてくる。付近の壁とはどことなく異なった感じがして、かと言ってレアアイテムに出逢うときのような光は見えない。
「じーー」
…………
「じーー」
(…………)
見つめる壁は一見すると何の変哲もないが、採取漬けの日々に鍛えられたわたしの瞳は、煉瓦の繋ぎ目がブレていることを見逃さなかった。どうやら相手は高等なハイドスキルの使い手らしく、もしも背景が一面の白塗りだったら絶対に気づかなかっただろう。
うん。ここにはプレイヤーがいるね。
(なんだよこの娘。まさかオレの完璧なハイドに気づきやがったのか?)
「ふむふむ……」
(あ? 座り込んで何をしてやがる……。どう見ても隙だらけだが、倒すか……?)
「ガサゴソ……」
(いやいや落ち着け。ランカーが相手でも勝てるように、相手が背中を見せた瞬間に奇襲を掛けるって決めたじゃねえか。コイツで練習しておくべきだ)
「終わり。次はどっちに行こうかなー」
(はん、結局は何もせずかよ。ビビらせやがって…………、今だ!――チュドーン!!――)
背後で爆発が起こったと同時に所持ポイントが2に上がった。
これは先程のプレイヤーがまんまとわたしの仕掛けたセンサートラップに掛かったということであり、相手が獲得していたのと同数のポイントが勝者に加わったのである。
「目の前で設置してたのに簡単に掛かってくれたね。もしかして、わたしのハイドスキルが効いてたのかな」
何を隠そう、このわたしもハイドスキルを修得しているのだ。条件もモンスターに見つかっていない状態で倒すだけと簡単だったので、いつの間にかレベルもそれなりに上がっている。
その用途も自分が隠れたりして採取が便利になるだけではなく、仲間と一緒にモンスターから隠れたり、今のように設置した罠を隠したりと、任意の対象を隠すことにも応用できるモノだった。
つまりはこのスキル、わたしとの相性がバツグンなのである。
ユニークアイテムとして薄い円盤状に縮小された罠は、わたしのハイドスキルと合わさることにより、察知困難なモノと化した。
それも微弱なセンサーに触れた瞬間、広範囲に1000の固定プレイヤーダメージが襲い掛かってくるので、ランカーでもHP800が精々な今の環境では、まさに一撃必殺と言える。
「そうだ! この塔にジャンジャン罠を仕掛けていこう! ……あ、階段めっけ」
試作品とはいえその効果が実証されたので、ハイドスキルで全身を隠したわたしは塔を駆けながら200個の罠を投げ回ることにした。動いているとハイドスキルの効果が薄れてしまうので、プレイヤーとの接触は避けつつ、全階層に罠を設置してみよう。
30分後。
「気をつけろ、トラップだ!」
「これ、PvPイベントだったよな!?」
「こんなもん、ガチのダンジョンじゃねぇかああぁぁ!!」
プレイヤーの悲鳴が木霊していた。