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25話 イベントに向けて



 路地裏を進む1つの影。あらゆる気配を避けている『それ』は、煤けた細道だろうが目の前をクロネコが横切ろうがお構いなしに――にゃんこかわいい――……お構いなしに、ある場所を目指していた。


 入り組んだ路地の一角にやがて姿を見せる小さなプレイヤー店舗がそれの目的地である。普段は背中に下ろしているフードを深く被り直し、周囲の視線に細心の注意を払いながら、素早く店内に滑り込んだ。


「あれ、ナツ――」


「マスター、『例のモノ』を」


 寂れた店に相応しい田舎小僧のマスターを制しながら慣れた口調で注文を告げたそれは、相変わらず飾り気の無いバーのような内装に鼻を鳴らしてカウンターに腰を掛ける。その際にイスの背丈が高いせいで両手を使うのはご愛嬌だ。


「また、ですかい? ここのところお忙しいようで」


「ああ、近い内にデカい仕事があってね。いつもの倍は欲しいんだが、頼めるか?」


「ば、ばいって!? ……こほん、いったいどんな仕事なんで?」


「へん。まさかマスターも消し炭になりたいわけじゃなかろう。他人の仕事を探ろうなんざ、野暮ってもんだぜ」


 まったく、マスターの小心さには毎回驚かされる。いくら新米の小僧だからといっても、この仕事をしているなら茶飯事だろうに、少しヤバさを感じただけでこれなのよ。


 それでもわたしが古株になるだけあって、マスターはすぐに落ち着きを取り戻そうとオレンジジュースをカップに注いだ。


「どうぞ。……そういえば巷では山が爆発したとかで話が持ち切りですが、今回の量なら……、次は街でも?」


「そうさ、デカい花火が打ち上がる――って、え、そうなの!? じゃあ、前と同じくらいでいいや」


「ナツハさん、口調が戻ってますよ。……ていうか、そろそろボクの店に来る度にハードボイルドを演じるのは止めませんかね?」


「えー、わたし達は爆薬の闇取引をしてるんだから、ナイショにしておかないと面白くないよー」


「誰もそんなヤバい取引なんてしてませんよ! 闇取引とか、意味をわかって言ってんですかね……? わかってないんだろうな……」


 闇取引とは人目に触れないようにモノを購入することだ。そんなこと、映画を見ていれば常識だろうに。


「まさかピザの出前でもいちいちハードボイルドになってませんよね。……ありえそうだから怖いんですが」


「ま、まさか……、そんな恥ずかしいことしてないよー、はははー(横目)」




 店はカウンターや酒棚があって一見するとバーのような内装をしているが、実は素材を売っているただの道具屋だ。これはマスターがスパイ映画好きで、表立って道具屋とは名乗りたくないという理由があるらしい。……たまたま安く入手できた店がバーだっただけ、などの噂があるが突っ込んではいけないのである。

 わたしは特定の素材が大量に必要になる場合に限って訪れているのだけど、カウンターに座って注文すれば粗方のモノを奥の部屋から出してくれるので、見た目さえ気にしなければ何の問題もなかった。


「あとはビックルさえ作ってくれればねー」


 わたしが愛飲しているドリンクがゲームでは飲み放題。そんな輝かしい夢に思いを馳せながらオレンジジュースをクピっているうちに、道具屋のマスターは指定した素材の用意を終えていたようで、テーブルの上にボムヤシの粉末とその他アイテムの素材が並べられていく。


「ビックルなんて作れませんよ。再現しようにも乳酸菌の独特な酸味とかを出せる素材がわかりません」


「えー。マスターだって好きな物が飲み放題、食べ放題になったら嬉しいでしょ?」


「リアルのお腹こそ膨れませんが、気持ちはわかります。とあるVRモノではそれを実現したプレイヤーが、リアルではサプリメントしか取らなくなった、なんて話も聞きますがね」


「わたしはリアルでもビックル飲むもん。……再現してくれたら、奮発しちゃうよ?」


「ぐっ……。そうですね……、考えておきましょう……」


 くふふ、これでビックルが飲み放題になるのも時間の問題だね。


「考えておくだけで、商売が最優先ですよ。商品の確認をお願いします」


「ふむふむ。……うん、これでオッケーだよ」


「代金は、ざっと25万ゴールドですか。……へへ、またビックルが遠のきましたね」


「わたしはお得意様だよー。値引きしてくれないの?」


「びた一文と負けてやるもんか」


「ケチ!」


 商品の上に表示された支払いボタンを、ぶれないマスターへの不満を込めて押すと取引は成立。これで大量の爆薬その他は正式にわたしの所持品となったので、アイテムボックスにガラガラと流し込んでいった。


「それだけの爆薬を売るとなれば普通は用途を確認するもんなんですがね、教えてはくれないんですか……?」


「う~ん、たぶんもうすぐわかると思うけど……、あっ」


 噂をすれば運営からのお知らせが――ピコン!――と鳴った。わたしは事前に聞いているので内容を見るまでもないが、マスターは反射的にアイコンをタップしている。


「おお! ようやくイベントの実装があるみたいですよ。PvPを題材にしたバトルロワイヤルで、開催はもうすぐ……、らしい……」


 そこでマスターは懐疑的な視線をわたしに送った。


「まさか、ナツハさんは『知っていた』のでは……? さっきの素材も、もしかして……」


「言ったはずだよマスター。他人の仕事を探ろうなんざ、野暮ってもんですぜ」



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