20話 モンスタートレイン
イヌ、ネコ、サル、トリ、種の隔たりを越えて森を駆ける様は実に壮大で、自由に溢れ、野性的であった。
そしてあらゆる個よりも先を駆けるガイコツもまた……、うん……、あれだよ……、命を咲かせている、的な感じ。
「ガイコツが追われてるよ? こっちに助けを求めてるみたい」
「……よし、ザッピング探しに戻ろうか」
「わたし達にはバグの脅威を見つけ出すという重要な任務がありますからね」
バグという脅威がプレイヤー達に牙を剥く前に対処せねばならないので、こんなところでモンスタートレインに構っている暇はない。
「――私はガイコツなどではなくプレイヤーだあ!!」
などと欺こうとする小賢しいガイコツがいるけど、世界を救うという任務を前にしたわたし達には何も聞こえないのだ。
「……さて冗談は終えて、どうしますか? これだけの数を相手に逃げるのは難しいかと。地の利が向こうにあるのは明らかですし」
「そうよね……。面倒だけど、倒すしかないか……」
「おお、さすが攻略組だね。ヒーローだね」
がんばってねー。
「アンタも戦うのよ! 採取に行こうとしないの!」
えー。わたしは非力な乙女なのに……。
「ほら、来るわよ!」
相手の数は軽く20を上回り種も様々なため、上下左右への警戒、属性耐性の把握など、まともに戦うにも注意すべき事柄が多すぎる。まして最も攻撃を当てやすい正面に保護対象のガイコツが陣取っているとなると、範囲攻撃を放って牽制するという手段も取れない。
この状況は如何に最前線を駆け回る攻略組の2人でも難しいらしく、得物を上げては眉間に皺を寄せるばかりだった。
あのガイコツさえいなければ。誰しもがそう思わずにいられない。
「【チルドミスト】。ぽーい」
「ちょ、ナツハ、なにを……!?」
わたしが迫り来る群れへと投げ込んだのは、手のひらサイズの青い箱。方向も曖昧に飛んでいったそれは見事ガイコツの額へ直撃し、一瞬にして辺り一面に氷の霧を散布させた。
「な! 私はプレイヤーだと、ぃって――カチーン――」
ガイコツを伝って広範囲の地面を這い進んだ霧は、地を駆けるモンスターの足を凍結させ、その動きを止める。……額から浴びたガイコツは全身を凍らせてしまったけど、まあ気にしなくていいだろう。
「ナツハ、効果時間は!?」
「30秒!」
通常のチルドミストの効果時間は5秒だけど、レシピに『氷の属性結晶』を加えて効果を3倍に。さらにそれをわたしが使うことで【アイテム効果倍化】のスキルが発動。計30秒の間まで動きを封じられるようになっている。
エレキネットよりも随分と効果時間が短いけど、それだけ広範囲の敵を対象にできるので使い勝手がいい。
「それだけあれば余裕ですね! ありすぎですけどね!」
「空の敵はフィリオがお願い! アタシは逃れたモンスターを掃討するわ!」
「了解!」
あとは戦闘のプロに任せておけば大丈夫。わたしは手が空いてしまったので、ガイコツの氷像を見に行くことにした。
叫びながら凍りついたので口が開いたままのガイコツは、鼻水を垂らした状態で白眼を剥いている。きっとこれだけの顔芸を披露できる人物はそうそういないはずだ。
「面白いね。えへへ」
ガイコツの背後には今も足を凍結されたモンスターズが威嚇の声を掛けていて、その向こうでは赤と青の光が活き活きと瞬いている。新しいユニーク装備を存分に振るえる機会を噛み締めているのだろう。わお、あっという間に戻ってきた。
ガイコツ解凍中、しばらくお待ちください。
「な、なななななにがおきたたのだねね……!?」
「…………え?」
「なななにが、わわたしはどどうなづ――」
モンスタートレインとの戦闘が終わり、その元凶であるガイコツが解凍されたのだが、未だにガイコツは凍えているようでまともに話すことができない様子。
まずは事情を聞いてあげて、そのあとで報酬をぼったくっ――げふんげふん……、交渉しようと考えていたのだけど。
「それにしてもコイツの顔、どこかで見たことあるわね」
「ですね。どこで見たのでしょうか?」
「このガイコツさん、評論家の人だよ。ニュースに出てた」
「「ああー。ゲームをバカにしてたヤツねー」」
かつて世界初のVRMMOが齎す影響について暴論を述べていた評論家がいた。しかしその人物はあまりに毒舌が酷く、ただの悪口としか認識されなかったせいで、世の中から抹消されてしまったという。
そんなゲーム批判者と、まさかゲーム内で遭遇してしまうとは。
「……斬る?」
2人の瞳が急速に冷たい色を帯びていく。もはや本人であるかなんて関係も無く、このガイコツは討伐されるのではなかろうか。
「ま、待ちたまえ! 私に手を出せば君らにも罰則というものがあるのだろう。状況に呑まれるほど愚かしいことはないと思わないのかね」
「モンスタートレインを押しつけたヤツがほざいてますが、ここは冷静になりましょう」
フィリオの言うとおりだ。まだ報酬を貰っていないではないか。
「冗談は置いといて、先にドロップアイテムを分配しましょうか」
「そうですね。話にならないうちは向き合うだけ無駄です」
「ジャンケンしよ! 今度は負けないからね!」
「おい、待ちたまえ、私を放置するのではな――」
「「「ガイコツは黙ってて」」」
「……は、はい。……すみません」




