2話 アバター作成
真っ暗な空間。
ぷかぷかと浮遊感に包まれる不思議な感覚。
『ようこそ、全ての夢が叶うキュリオスの世界へ!』
なんかよくわからない女の子の声が木霊する。
『……ようこそ、全ての夢が叶うキュリオスの世界へ!』
見たこともない白い女の子が、元気に発声している。
『ようこそ、全ての……、はぁ、そろそろ返事をしてくれませんか?』
「……………………もしかして、わたしに話しかけてた?」
『他に誰に話しかけるんですか! 誰もいないじゃないですか!』
「元気だねぇ。でも、わたしは寝てるみたいだから静かにしててね」
周りは相変わらず真っ暗な空間。見下ろしてもわたしの体が存在していないのだから、これは夢に違いない。
おやすみ。
『って、ダイブして早々寝ようとしないでください!』
ダイブ? もしかして、ここはゲームの世界?
『そうですよ。ここは既にキュリオスの世界です』
「勝手に人の心を読むだなんて、テレパシーの侵害だよ」
『なんでいきなり新たな権利を生み出したんですか。ていうかテレパシー自体が人の心を読んでるじゃないですか。それを言うならプライバシーですよ』
……あ、ごめん。聞いてなかった。
『…………。さて、ここではキュリオスの大地に降り立つために初期設定を行ってもらいます。ガイドAIであるわたしこと、キュリちゃんの指示をよく聞いて進めましょう』
強引に進めます宣言をされた。
『まずはあなた自身の体となるアバターの作成をします。身長や体重などを元のモノから変更してしまうと感覚に違和感が生じますので注意してください』
現実とVRを行き来する度に体の感覚が違ってしまうと、視線の高さや距離感が狂ってしまうために慣れるまでは苦労しそうだ。
ゲームの中では理想の自分に成りきるのも醍醐味の1つではあるけど、動作のストレスに耐えられるかはまた別の問題となるだろう。
「面倒だからアバターは元の体でいいや」
『それでは性別・声は同じにします。次にあなたの感覚から体を作成しますので、目を閉じて前に歩いてください』
キュリちゃんの指示は絶対だ。どんなに疑わしくとも、如何にバカな動きをさせられようとも、逆らうことは世界が許してくれない。
人(AI)を邪神みたいに言うなとの文句を聞きながら、無い目蓋を閉じて暗闇の中を真っ直ぐに歩いていく。
『腕を振って……、膝を高く上げて……』
どんなに恥ずかしくてもキュリちゃんの指示に従い続けていると、次第に脚の感覚が鮮明になっていき、いつもの重さが加わり始める。
『ピー、ピッピ。行進ストップです。目を開けていいですよ』
「真っ暗なのは変わらない……、うわぁ!?」
目を空けると視界こそ変わらないものの、見下ろせばそこには確かにわたしの体が存在していた。
毎日お世話になり、慣れ親しみのあるわたしの体そのものだ。
『キレイな黒い髪と瞳ですね。今の日本では珍しいのでは?』
「お陰で背も低いけどね」
身長も145センチと全く違和感がない。悲しいくらいに。
『カラーリングくらいは変えてもいいと思いますよ? 髪型とかもあちら側ではできないモノにしてみるとか』
髪型についてモヒカンとかアフロを思い浮かべていくと、キュリちゃんの顔があからさまに歪んでいく。アフロサングラスで杖を振るのも面白いと思うんだけどなぁ。ファイアだぜベイベー。
まあAIお墨付きの却下が下されたので、髪型は背中を流れるロングから変更しないでおこう。
「色は……、どんなのが似合うかな?」
わたしが相談を持ちかけると、嬉しそうに翡翠の瞳を輝かせるキュリちゃん。
『緑色を加えてみてはどうですか。目に優しいですし、そこまで違和感もないですよ』
理由が適当すぎないかとは思うけど、懸命に瞳をパチパチさせるキュリちゃんの指示は絶対なのだ。おとなしく緑にしておこうかな。
『緑色にしましたよ。想像していたよりも数倍はお似合いです!』
「そうだね。キュリちゃんの瞳と同じ色だもん」
『あ、あれ~、ほんとだ~。奇遇ですね~』
「えへへ。次はなにを決めるの?」
『次は名前の設定です。今のアバターに相応しい名前を付けてください』
このアバターに相応しい名前か。うん、決まった。
「ナツハ。それしかないよ」
『よろしいのですか? 見た目に加えて名前まで元と同じにすると身バレの危険もありますが』
「これはママとパパがわたしのために付けてくれた名前だから。わたしはどこに行ってもナツハなんだよ」
『…………そうですか。ではこれでアバター作成は終了です』
全ての設定が終わったようだけど、βテストは全国で同時に開始されるはずだから、まだしばらくはこの暗闇にいないといけない。
『βテスト開始まで10分ございますので、自由に体を動かして慣らしておくことをオススメします』
「元の体と同じだから別にいいや。キュリちゃんとお話してようかな」
『ほ、ほんとですか!? では、質問してもよろしいでしょうか!』
おっと、予想に反してすごい勢いだ。
『あちら側ではどんな生活を? 人も沢山いるのですよね!?』
……判断を間違えたかもしれない。
「やっぱり体を動かしておこうか――」
『(ウルウル)』
「うっ……。わたしは高校生で、もうすぐ夏休みが始まるんだ。スーミンっていうお友達がいてね」
それから10分ばかりのお話が続き、キュリちゃんの笑顔に見送られながらわたしはキュリオスの大地に降り立った。