18話 やってきた攻略組剣士
お店のカウンターでこうして接客をしていると、様々な人との交流ができる。わたしの工房の特徴からランカーの人が多いけど、中層のプレイヤーとか初めて間もないプレイヤーとは世間話も弾んだり、お陰様で楽しい毎日を過ごせるようになっていた。
今もまた1人の接客が終わり、装備にも負けないピカピカの笑顔を見送る。
「またきてねー。ばいばーい」
さて、予約表によれば次のお客さんは攻略組にも属しているランカーさんだ。注文を受けて作成しておいた大剣をテーブルに用意して時間になるのを待つ。
「大剣は重いねぇ……」
ここだけの話、わたしはランカーとの接客が待ち遠しい。彼らは基本的に1つのことにしか目が向いてないし、頭も硬いのでムチャな注文をしてくる人が多いけど、それ故に最前線を走り続けられるだけの素質があるということだ。
常に最前線に張り付いているということは、真っ先に貴重な新素材に巡り会えるということ。つまりランカー達と接するこの機会は、わたしが情報を手に入れるチャンスでもあるのだ。
必ず情報を入手してやる。その見えない圧力を受けた扉がいま開かれた。
「ブラームさん、いらっしゃ~い。待ってたよー」
「お、おう待たせて悪かったな。注文してた大剣はもうできちゃってる?」
扉のベルを鳴らして入ってきたのは全身を黒い鎧で包む大男。180は超える外見からしておっかないのだが、まだまだ若い顔立ちは優しくて接してみてもやはり『いいひと』であった。……つまりはそれ以上の印象が無い。
しかし今日はどうも調子が違うらしく、そのガタイを縮めて金の短髪を掻く様はなんとも落ち込んでいるように感じた。
「どうかしたの? 女の子にでも振られた?」
「縁起でもないことをサラッと言うなっての! ゲームでちょっと変な役回りを押し付けられただけだ。気にしなくていい」
気にしなくていいというわりには一向に目を合わせてくれない剣士ブラーム。いつもは優男だというのに、この空気のままでは素材の話を図々しく聞きづらいではないか。
仕方ない、ここは余裕のあるレディーとして話を聞いてやろう。
「なにかあったんでしょ? いいから話してみなさい」
「うわー、萎らしい態度とか似合わねー」
いきなり出鼻を挫かれた。
「なにさ。せっかく相談に乗ってあげようと思ったのに」
「別に悩んでねえよ。……でも、まあ、聞きたいことがあるのは事実だがな」
「わたしに……?」
聞きたいことがあるのはわたしの方なのだけど。早く素材の話をしたいよお。
そんな心境など知る由も無く俯いて溜め息ばかりを漏らしているブラームは、1つ自分の頬を張るとようやく視線を合わせてくれた。ジッと力を込めた黒瞳の持ち主が重く口を開く。
「……好きな食べ物は……なんだ?」
「え、ブラームさんってもしかして」
「うわー、攻略組の要がロリコンとか引くわー」
「普段は平静を装っておいて中身では……。ちょっとムリですね」
「頼まれてたことを聞いたらこれだよ!! だから嫌だって言ったんだよ!! ってか2人はどこから湧いて出たんだよお!!!」
「「「暴露されて荒らげるとか、引くわー」」」
ブラームのまさかの趣味が暴露された。それには隅でわたしの仕事ぶりを見学していたルピナスとフィリオもドン引きで、思わず口に出さずにはいられなかった様子。
それはそうだろう。同じ攻略組として何度も最前線で肩を並べていた相手がまさかのロリコ――
「勝手な妄想を膨らましてんじゃねえよ! オレはロリコンじゃないし、彼女だっているんだからな!」
「まあまあ落ち着きなよ。誰にも話さないからさ」
「明日には攻略組の全員から軽蔑されてる気がする……!?」
「で、どうしてアンタがナツハの好きな食べ物なんて聞いたのよ」
「事と次第によってはギルティですからね」
「だからオレは……、はぁ……、ただ知り合いにナツハのことを探るように言われただけだ」
鬼3人に囲まれるように椅子に座るブラームは縮こまっていて、座高にすら負けているわたしでも下に見えてしまう。尋問にかけられた彼の供述によると、知り合いにわたしのことを探るように指示を受けていたとのことだが、果たして。
「誰に雇われたのよ」
「言い方……。まあゲーム内の女の子だよ。見た目ではナツハと変わらなくて、決して悪い娘じゃない。あと、やたら元気なタイプだ」
「女の子かー。このゲームでは珍しいよねー」
「ナツハ、騙されちゃダメよ。きっとコイツが言い逃れようとしてるだけなんだから」
おっと、危ないところだった。女の子と友達になれるかもなんて思ってたよ。
「どうすりゃ信じてくれるんだ? そろそろ解放してほしいんだが」
解放する条件か……。そんなの、決まってるよねー。
「素材の話を聞かせてよ。代わりに質問にも答えてあげるからさ」
うへへ。これで遠慮なく素材の話ができるよ。
「も、もういいか? そろそろマジで帰らないと」
「う~ん、わかった。また新しい素材を見つけたら報告してねー」
「あいよ。……ったく、なんでこうもパシリにされてるんだ、オレ」
凄みのある尋問の末、面白い話を聞いてしまったわたしはさっそく未知なる素材へと念を飛ばしていた。
対してやっとの思いで解放されたブラームは、曲がった腰を叩きながら扉のベルを鳴らす。そうして大きな影を夕焼けによって落としていると、ふと思い出したかのように一段低い声を掛けてきた。
「ああ、そうだ。もう1つ聞きたいことがある」
「なに?」
「辺境にいた巨大怪鳥が何者かに討伐されたらしいんだが、知らないか?」
「……うん。……知らないよ」
「…………そうか。……またな」