15話 モグラたたき
「これでよし……」
深くなるヒビ割れに『あるもの』を設置したわたしは急いでその場を離脱する。なにやらモノ言いたげな2人には悪いけど、言葉を遮って簡単な指示を出しておかなければ。
「モグランが出てくるまでに攻撃の準備を整えておいてねー」
「ナツハちゃん、どういうこと――」
「わかった。フィリオは呪文をホールド、ヤツが姿を見せた瞬間に全力を叩き込んで。あとはアタシが連撃を放って隙を作るから、交互に攻撃を与えていくわよ。……ナツハ、これでいいのね」
「うん。あとは専門の2人に任せるよ」
「仕方ないですね。ナツハちゃんと、勘のいいルピナスを信じてみましょう」
根拠は無い。それでも信じてくれた。なんだか、うれしいね。
「来るよー!」
わたしの掛け声を掻き消すように、モグラの出現を知らせる轟音が響いた。
地面を押し上げた爪で左右の床を叩きつけ中央から黄色いヘルメットの頭を捻り出したモグラは、周囲を取り囲むわたし達を一網打尽にしようと回転攻撃の動作に入る。
しかし……、
舞い上がった土塊がカラカラと降り注ぐなか、1つ異質な『もの』がヘルメットにぶつかり軽い音を鳴らす。モグラはそれが嫌な音だったのか、あるいは本能がそうさせたのか、攻撃動作を止めて上空を仰ぎ見た。
「グモオオォォォ……!!!」
苦鳴とも怒号とも取れない声を掻き鳴らすモグラを包むのは、黄金色に輝く電気の網。そう、わたしが設置していた『エレキネット』が対象に触れたことで発動したのである。
激しい電流によって体の自由を奪われたモグラは、まるで網に押し潰されるようにしてへたり込んだ。
「【アイスランス】!!」
ホールド状態で待機していたフィリオが、スタッフに満ちていた輝きを解き放つ。光は術者のイメージを読み込み氷の槍へと変化、無防備なモグラの背中へと鋭く撃ち込まれた。
「【クイックスライス】! からの……【パワースラッシュ】!!」
魔法の余波が去るや素早くルピナスが斬り込んだ。木の葉が踊る動きで連撃を刻んでいき、着実にモグラの体力ゲージを削っていく。
じわりじわりとダメージを蓄積していくなか、ついにエレキネットの効力が切れようというとき、ルピナスは地を滑空するようにその場を離脱した。
「【ロングスライス】! フィリオ!!」
「【アイスレイン】!!」
電気の拘束から逃れ胴体を持ち上げたモグラの顔を氷の雨が襲撃。あらゆる音が掻き消され白煙のエフェクトが登るなか、モグラは地中に戻っていった。
「ナツハ、罠はあと幾つある!?」
「19個!」
「今の流れで2割。……このまま続けてモグラを倒すわよ!」
同種の罠を繰り返し浴びているとモンスターは耐性を強めていくのだが、思考の切り替えが早いルピナスは熟練の勘を頼りに瞬時に判断を下す。
おまもりとして罠を携帯していて良かったけど、もしもの場合は、わたしの切り札を考慮しておくべきだろうか。
「ナツハ、罠をお願い!」
「りょ!」
モグラが顔を出す。罠で痺れる。攻撃が降り注ぐ。そんな流れを繰り返すうちに、ようやく討伐の兆しが見えてきた。
「これで……、とどめよ……!!」
煌めく一閃が茶色い寸胴に刻み込まれ、モグラはポリゴンとなり大気に散る。いつ終わるとも知れない攻防が(防なんてあったかな?)終わりを告げたのだ。
「たおした……」
「おわりましたね……」
この戦いにおいて体力と魔力を酷使してくれた功労者たちが、苦笑混じりに喜びの声を漏らす。回復薬を飲むことまで頭が回らないのか、ダンジョンボス討伐の余韻を噛み締めていた。
「……回復薬、飲む?」
「あ、ありがとうナツハ……」
「ありがとうございます……」
わたしの回復薬を受け取った2人はビンの蓋を開けて口に含み、飲み干した途端に瞳を見開く。
「んぐふぅ……、なによ、この回復薬!?」
「ほえ、ふつうの回復薬だよ? フィリオのは魔力回復薬だねー」
「回復の値が異常ですよ! なにが『ふつう』ですか!」
「む~ん? 効果を高めるためにちょっとレアアイテムを使ったけど、ほんとにそれだけだよ?」
「ちょっとの値じゃないわよ……」
他に理由があるとすれば……、ああ、なんか『アイテム効果倍化』とかいうスキルもあったっけ。えへへ、さっそく役立ってくれたみたいだね。
「そういえば、エレキネットの効果時間も異常でした。あれが罷り通るのならアイテム無双だってできますよ……」
「もういいわ。今は疲れてるからなにも考えたくない……」
アイテム無双か、なんてステキな響き。やってみたいけど、それを実現しようとすればどれだけお金が掛かるんだろうか。
「今回の戦闘で『エレキネット改』を14個使ったから……42000Gか」
無双はできる。でも完全に赤字である……。
「よ……、4ま……、そんな貴重なアイテムを使わせちゃったの!?」
「……わたし達の装備よりも高い……です」
確かに2人が身に着けている装備よりも高いのか。1つ自体はそんなに高くないのに、不思議だねぇ。
「ごめん……! 弁償する……!」
「わたし達が欲を出したせいでナツハちゃんにとんでもない負担を……。本当にごめんなさい……!」
わたしが世の不思議をしみじみと感じていると、なにを勘違いしたのか2人は頭を下げてしまった。
「そんなに気にしなくていいよー」
朝の巨大怪鳥でも25万ゴールド消費してるから、そんなに大したことはないのだ。金欠だけどね。
「それに2人がいなかったらモグラも倒せなかったんだし、バッチコイじゃない?」
「……結果オーライって言いたいのね」
「ナツハちゃんは、それでいいのですか?」
「うん」
「じゃあ、また今回みたいにモンスターに困ったら、遠慮なくアタシ達を頼って」
「いつでも力になりますよ」
えへへ、頼もしいことを言ってくれるね。なんだか今日は嬉しいことがたくさんあったし、これもルピナスとフィリオの2人がいてくれたからかな。
「まあ、明日には赤字を取り返せるんだけどねー」
「「……ま、まあ、それはそれよね」」
うむ。『それはそれ』実にいい言葉だ。