1話 大当たり!
「1等『キュリオス βテスト』大当たりーー!!」
けたたましいハンドベルの音がくじ引き会場に鳴り響く。
周りの人達からも拍手や歓声が上がり、その全てが1枚のくじを手にしたわたしへと降り注いでいた。
VRMMOって、なに……?
高校からの帰り道。わたしは、ぽけ~っと国立公園のなかを歩いている。
「七葉ちゃん、それすごいことだよ!?」
「え、そうなの?」
昨日の出来事を友達である菫(愛称:スーミン)に話していると、その茶色い瞳を丸くして驚かれてしまった。
「βテスト当選の発表があったからって、今日もクラスの男子が騒いでたでしょ。まあ、みんな落選したらしいけど」
「詳しいね、スーミン」
「ニュースにも取り上げられてたし、もはや社会現象だからね。ゲームをやらない人でも情報は入ってくるのよ」
そういえば、現実とほぼ同じ感覚での戦いについて評論家が批判していたのは見たことがある。世界初のVRMMORPGが齎す影響は、何十年も前から物語の中でも語られていたらしい。
「タイトルはキュリオスだっけ。七葉ちゃんはゲームやったことないみたいだけど、だいじょうぶ?」
「わたしはやらないよ。スーミンと遊びたいからね」
「あ、ごめん。来月から始まる夏休みには大会があるから、これから毎日体操なの。しばらくは一緒に遊べないかな……」
「がびーん。スーミンは遊んでくれないのか……」
体操とピアノを習っているスーミンは、いつも忙しそうな休日を過ごしている。高校生になったから難しいことも始まったのだそう。
「七葉ちゃんは期末に向けて勉強しなきゃでしょ。今回は赤点取らないように……、って、いないし」
「四つ葉のクローバー見つけたー。カワイイなー」
近くの草むらに四つ葉があったので思わず走り寄る。毎日見つけてるから、別に珍しくもないんだけどね。
「いつも思うけど、どうやったらそんなに見つけられるの? わたしなんか、目の前にあってもわからないのに」
「う~ん、四つ葉とはよく目が合うんだよねぇ。輪郭がハッキリしてる、みたいな」
色が違うとか、話しかけてくるとか、そんな雰囲気を感じ取るとそこに四つ葉があるのだ。……わたしもよくわかんない。
「摘むのは可哀想だから、ここでバイバイだよー」
「すぐに四つ葉を見つけられるだなんていいよね。幸せに恵まれてるみたい」
「幸せに恵まれてたら、赤点なんて取らないよ」
「七葉ちゃん、せっかくキレイに締めようとしてたのに……」
締めるだなんて、スーミンは編集者にでもなるつもりかな?
「それじゃ、体操教室に行くからここで」
「うん。バイバイ」
スーミンが遊べないなら、ゲームでもしてみようかな。
両親が共働きで夜遅くになるまでひとりぼっちな自宅に帰ってきたわたしは、とある書き置きをリビングに置いた。
『これから旅に出ます、探さないでください』
よし。
それから自室に入って、さっそく『VRギア』が入った大きな箱をベッドの上に取り出す。
表面にスノーゴーグルのようなデザインが描かれた箱には、異世界に飛び立とう、スイッチ1つで同窓会ができる、などの心躍る謳い文句が並んでいた。
「ジャジャーン! 思ってたより、けっこう軽いかも」
表面のメタリックな質感に冷たく心が刺激されるのを感じながら、手に取ったVRギアを眺めるわたし。
仮想世界へと繋がっているという得体の知れなさが少し危ない好奇心を掻き立ててきて、想像よりもわくわくしている自分に驚いた。ゲームは疎かネットの接続もチンプンカンプンなのに、なんとかして早くこれを起動させてみたいと思うのだ。
「まずはQRコードを読み込んで、ソフトをダウンロード……?」
昨日のくじ引きで貰ったメモ用紙には、βテストへの参加方法とそれに付属してQRコードが書かれている。これをギアに読み込ませて起動することができれば、このあとすぐに開始されるβテストに参加できるのだろう。
「ダウンロードできたかな? もう被ってもいいよねー」
ゴーグルみたいに頭の大きさに合わせてベルトを縮めれば、あとはゲームを起動させるだけ。
「……どうやったら始まるんだろ。スイッチはどこかな? 音声認識?」
立ち上がってギアの箱をひっくり返すが説明書は見つからず、半透明な視界のままにギアのスイッチを手探りする。耳のところがダイヤルのようになってるけど、それをどうしたらいいかもわからない。
手元に集中するあまり足元が疎かになったわたしは、情けなく両腕を上げた体勢でふらふらと流れていく。
右足が説明書を踏み、バランスを崩して壁に頭をぶつけ。
よろけて地面に臥したわたしは、そのままゲームの世界に落ちていくのだった。