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夜の卵  作者: よもつひらさか
19/29

ママじゃない

目を開けると、そこには、ママの顔があった。


ママは私を黙って見下ろしていた。

驚いた私は、すぐに布団を跳ね上げると、

「おはようございます。」

とあいさつをした。


「毎日、シーツを取り換えるの、わかってるでしょう?自分の子供が不潔なのは私、嫌なんだから、さっさと起きてちょうだい。」

ママは冷たく言うので、私はすぐにパジャマを脱いで、着替えをしようとクローゼットを開けて、無意識にお気に入りのワンピースに手を伸ばしていた。

それを目ざとく見つけたママがそれを取り上げた。

「そんなダサい服着て学校に行くつもり?この間ママが買ってあげたお洋服にしてちょうだい。」

そう言うとクローゼットに掛けてあった、堅苦しい服を手渡してきた。


私は、ママの手作りのあのワンピースがお気に入りだったし、学校のみんなもかわいいと言って羨ましがり、ママの手作りだと言うと、ますますいいなあ、と羨ましがられた。私は、それがすごくうれしかったし、自慢のママだった。


この人はママじゃない。

姿形はママであっても、私にはわかる。


遡ること、一か月前。

ママは、ママの小学校時代からの友人のお見舞いに、病院に出かけた。

その友人は、突然、くも膜下出血という病気で倒れたのだ。

私は、そのおばさんを知っている。

一度、うちに遊びに来たことがあって、とても感じの悪いおばさんだったから覚えていたのだ。


 この家を建てた時に、新築祝いで来ると言うので、ママは朝からお掃除したり、お茶の用意をしたりして待っていたけど、約束の時間には来なくて、夕方の夕飯時にようやく訪ねてきたのだ。

「あら、タカヒロさんはいないのね?久しぶりに会いたかったのに。」

開口一番、そう言ったのを覚えている。タカヒロはうちのパパの名前だ。

ママは申し訳なさそうに、パパは残業で帰れないことを伝えると、フーンと言い、ママに新築祝いの品を渡してきた。

「そのワイン、高かったのよ。タカヒロさんと一緒に飲みたかったわあ。」

そう言うと、ママは困ったような愛想笑いを浮かべた。

ママは何も言わないけど、ママとこのおばさんとパパの間に何があったのか、子供の私でも容易に察することができた。

そのおばさんは、ママがつかわないような香水の匂いがプンプンして、私は少し気分が悪くなった。

下を向いていると、そのおばさんが近づいてきて、私を上から下まで舐めるように見つめたのだ。

「よかったわねえ、タカヒロさんに似てて。でも、その洋服はいただけないわね。もっといいものを、私が買ってあげましょうか?」

そう言って笑ったのだ。

私は、幼いながらも、怒りが爆発した。

「ママに作ってもらったの!みんなかわいいって言ってくれるもん!」

私がそう言うと、そのおばさんは一瞬びっくりしたような顔をして、すぐにニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。

「あらぁ、ごめんなさい。知らなかったのよ。」

そう言うと、ママを見てさらに笑った。

結局、新築の家などろくろく見ずに、自分の自慢話ばかりを並べ立てて、最後にタカヒロさんによろしくねと言い、帰って行ったのだ。


 ママがそのおばさんを見舞った日、帰ってきたママは突然体調を崩した。奇しくも、そのおばさんが入院している病院に、入院する羽目になったのだ。一週間の入院を経て、帰ってきたママはなんとなく雰囲気が変わっていた。


 まず、メイクが変わった。お化粧など、ほとんどしなかったママが、毎日どこかへお出かけするようなバッチリメイクをするよになり、口紅の色が濃くなった。そして、何より、毎日の食事が変わった。ママは、優しい味付けの素朴な和食が得意だったのに、退院して帰ってきたママは、どこかのレストランで出てくるような、コース料理みたいな料理をするようになった。味は悪くはないけど、私には食べ辛かった。今までは、お箸で食べるような料理ばかりだったのに、テーブルには必ず、ナイフとフォークが並べられて、音を立てると、厳しくしかられるようになった。


 ママはお酒なんて飲まなかったのに、必ず、夕飯の後にワインを飲むようになった。そして、毎日、シーツを替え、インテリアも、今までママが好きだったカントリーを一切やめて、すべてスタイリッシュな家具に買い替えた。さすがのパパも、ママのあまりの変わりように、毎日喧嘩が絶えなくなった。


「タカヒロさんの為を思って、毎日頑張ってるのに、どうして?」

喧嘩のたびに、ママがパパを責める。

「君は変わった!」

パパは悲しそうにママを見る。


 ねえ、パパ。ママは変わっていないんだよ。

だって、それはママじゃないんだもの。


 決定的なことが今日起こったから。私は、それをママじゃないと確信できたの。


学校から帰ると、ママが庭で何かを燃やしていた。何を燃やしているのだろうと、見てみると、それはアルバムだった。


「何してるの?ママ!」

ママは虚ろな目で、私を見つめた。


「いいじゃない。こんなの、ただの紙よ。思い出なら今から作ればいいでしょう?」

私はママを突き飛ばして、燃える火の中からまだ燃えていないものを取り出した。

そこには、幸せだったママとの思いでが詰まっていた。

幸せそうに、ケーキのろうそくを吹き消す私。

突き飛ばされて、呆然と立ち尽くしていたママを私は睨みあげた。

「ねえ、昨日、私の誕生日だって、知ってた?ママは毎年、私に手作りケーキを作ってお祝いしてくれたのよ。もちろん、知らないわよね?だって、あなた、私のママじゃないもの。」


そう言って笑うと、ママの形をしたそれは、鬼のような形相になり、私に平手打ちをしたのだ。

私は大人の圧倒的な力に、恐れを抱いた。

口の中が切れて、血の味がして、頭がくらくらした。


「何よ!あの女に私の何が劣るっての?私のほうがキレイだし、何だってあの女より優れているのよ?なのになんで、タカヒロさんは、あの女を!」

こぶしが白くなるまで握りしめ、ブルブルと震えて、涙をポロポロ流し始めた。

私は、恐ろしくてごめんなさいというのがやっとだった。


夕暮れ、一人うなだれて、ママとよく買い物に行った商店街を歩いていた。

今のママは、こんなうら寂しい商店街には決して買い物には来ない。

ふと顔をあげると、今までこんなところに店があったかしら、と思うところに、店ができていた。

新しいお店という感じではない。廃屋をそのまま利用したような、どこか薄暗い店だった。

店の中をのぞくと、薄暗い店内の陳列台の上には、白い卵が乱雑に並べてあるだけだった。

「いらっしゃい」

いつからそこにいたのか、巫女のような着物を着たきれいなお姉さんが座っていた。

「お嬢さんは、この店が見えるんだねえ。第四の色を見る目があるとみた。」

そのお姉さんは不思議なことを言ってきた。

「第四の色?」

私がそう言うと、まるで唇が三日月のようになった。

「そう、第四の色。世の中の色ってのは、三原色と言って、すべてが赤と青と黄色で成り立っているんだよ。つまり、第四の色ってのは、それ以外の色。つまり此の世の物ではない色なのさ。」

私には難しくてよくわからない話だった。

「お嬢ちゃんの願い、叶えてあげるよ。これはね、夜の卵というんだよ。願い事を叶えてくれる卵さ。」

そう言って、そのお姉さんは卵を差し出してきた。

「お代はいらないよ。ただし、タダではないけどね?」

私の、願い。それは、本物のママを取り戻すこと。

私は、その卵を受け取ると、大切に保管しておいたのだ。


私は、家からその卵を持ち出して、病院に向かった。

そして、あのおばさんが入院している病室へと向かったのだ。

表には面会謝絶の札が下がっていたが、構わず、私はドアを開けた。

おばさんは、何本ものチューブで機械につながれて、その機械が一定のリズムを刻んで、デジタルの数字が60前後を増えたり減ったりしていた。


私は、おばさんのベッドに近寄り、その機械の電源を抜き、点滴のチューブをバッグから引き抜いた。点滴のバッグからポタポタと液体が直接床に水たまりを作り始めた。


お願い、ママから出て行って。本当のママを返してください。

卵を握り締めて、一心不乱に祈った。

デジタルの数字がどんどん、降下していって、おばさんの容態がおかしくなっていった。

その時、突然、ドアが開かれ、看護師さんが驚きの表情を浮かべ、すぐに医師を呼び、蘇生処置が始まった。

蘇生処置もむなしく、おばさんは死んでしまった。


私はまだ小学生なので、児童相談所の移送された。

精神鑑定を受け、統合失調症との判断で、しばらく入院した。

病院へは、パパとママがかけつけた。

ママは泣いていた。どうしてこんなことをしたのかと泣いた。

よかった。本当のママが帰ってきたんだ。

あの女がママならば、私を心配して泣くことなんて絶対にない。

あの女は自分の思いが叶わなかった時にしか泣かないから。

あの女は死んだ。


私は晴れ晴れとした気持ちで、病院の窓の外を見つめていた。

秋晴れの良い天気。

「検温とお薬の時間ですよ」

そう言いながら、看護師さんが、ドアを開けた。

どこかで見たことのある顔。

「今日はね、特別、お注射がありますよ~。ちょっとチクっとするけど、我慢してねえ。」

そう言って、ニヤニヤしながら、看護師さんは、注射器を構えると、私に近づいてきた。

私はいわれのない恐怖を感じた。

この人。

あのおばさんの担当の看護師さんだ。

病院が違うのに、なんで?

私はとっさにベッドから飛び降りて、逃げた。

「あらあら、悪い子ちゃんですねえ。ちゃんと看護師さんの言うこときかないとダメでしょおおおおお?」

そう言いながら私を隅に追い詰めると、無理やり腕をつかんだ。


「助けて!パパ!」

私が大声を出すと、突然ドアが開き、パパが看護師さんに体当たりした。

看護師さんは、注射器を持って泣きながら狂ったように暴れた。

「パパ、言って!この人の中には、あのおばさんが入ってるの。パパのことをあきらめきれなかった、ママの友達のあのおばさんよ。パパ、お前なんて好きじゃないって言って!一生愛さないって言って!」

パパもママの今までの異常に気付いていて、私の話を信じてくれたのか。

「ああ、私の好きなのは、ママの由美子と娘だけだ。ほかの誰も愛さない!」

すると、看護師は一瞬動きを止めて、崩れ落ちて泣き始めた。

騒ぎを聞きつけて、人が集まってきて、看護師さんは取り押さえられ、警察に引き渡された。

私はパパに抱き着いてワンワン泣いた。


しばらくして、私は退院して、我が家に帰ることができた。

保護観察はあったが、私は、その日から以前と変わらず、幸せな日々を過ごした。



数年後、我が家に思わぬ幸運な出来事が起こった。

ママが妊娠したのだ。

「女の子ですね。」

私に妹ができる!

もう中学生になっていたから、姉妹などあきらめていた。

次の年、妹が生まれた。


私は夢を見た。

私の目の前には、あのおばさんが立っている。

「あなたの妹なら、タカヒロさんから、愛されるでしょう?」

そう言って、不気味に笑ったのだ。

目が覚めた。

そして、私は、今、ベビーベッドへと忍び寄って行った。


****************


いらっしゃい。おや、アンタこの店が見えるのかい?

よくこの店にたどりついたね。

アンタには第四の色を見る目があると見た。


此の世は、赤と青と黄色の三原色からできているけど、それ以外の色。

第四の色ってのは、此の世には無い色さ。

これは夜の卵。

願いを叶えてくれる卵さ。

持ってお行き。

お代はいらないよ。ただし、タダではないけどね?

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