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5章

五章 地下室の出来事


 マリーシアが倒れてから夜が更け朝が来ても、体調の回復を見せることはなかった。看病をすると提案したもの、生徒が寝ずに看病するなんて良くないことだと、校医はそのまま医務室に残り付っきりで看病してくれた。

時々うわ言のようにユークリッドや真琴の名を呟いていたことを聞かさた二人は、病魔の淵にいようとも仲間のことを考えている健気な姿に心が痛んだ。

「……あの古い屋敷の中に、マリーの侵されている毒の血清があるのか」

 マリーシアが倒れてからというもの、二人は授業や研究に打ち込む気力などなく、毒に苦しむマリーシアの顔が頭から離れない。

 現在、昼食や雑談を楽しむ生徒などで賑わいを見せる中庭に場所を移して、これからについての相談をしていた。

「これまで、あそこに近づいたことはなかったが、あの場所にあるとは信じられない」

 この私立カシミシュナ学園には多くの珍しい建造物がある。この敷地内にある古い屋敷のどこかに、マリーシアを苦しめる毒を直す血清があるのだと校医から教えられたのである。

「とにかく、闇雲に探すよりも見当が付いてる場所を探そう。事態は一刻を争う」

「そうだな。急いで屋敷に向かおう」

 そうと決まったとたん、真琴は動きを見せるがそれに続こうとするユークリッドは何か思い悩むように佇んでいる。

「おいリッド、事態は一刻を争うんだぞ。急ごう」

「……いや、待ってくれ真琴。あの屋敷の構造は複雑で、建物以外にも地下室がある。そのような中を二人だけで探すのは危険だ。誰かに協力を仰ごう」

「自分達以外に、協力者などいるのか?」

 虫のいい話に、離れていた真琴が嫌な顔をして戻ってくる。

「ああ、してくれるかどうかは分からないが、候補はいる」


「え〜っ! あのお人形さんのような先輩さんが病気!」

 ユークリッドが挙げた候補生は、訳を聞いて早々驚嘆の声を上げる。

 雅毅達を呼び出したのは学園内に併設された女子寮前で、昼間ともなれば利用する生徒は皆無に等しく人の目を気にすることなく密談ができる。

「原因不明の病に侵され、命の危機なんだ。協力してくれないか?」

「……嫌です」

 自分達のムードに引き込めると思った矢先、それを真っ向から打ち崩す一撃。

「先輩の命が危ないことは分かりました。けど、オレ達には何も関係ないじゃないですか。これ以上、ゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンです」

 焦点の少しずれたメガネを直し、雅毅は協力を拒否する。

「ヒドイよ〜っ。マーくんがそこまで冷血漢だなんて思わなかったよぉ〜」

 今にも泣き出しそうな勢いで、海涼は雅毅にしがみつく。

「忘れたのかよ、屋上で襲われた時のこと。もう、目立つようなことはしたくないんだ」

「そんな、そんなぁ〜。あの時は怖かったけど、今は先輩さんの命が掛かってるんだよ。助けられるかもしれないのに、見捨てるなんて事、できないよぉ〜」

 あくまでも協力しない雅毅に対し、海涼はしっかりと諭しづけてやるように制服を掴んで前後に揺らす。

「そうなんだ、仲間の命が掛かっている。頼む、協力してくれ」

 いつもクールで冷静な真琴でさえ、危篤状態の仲間を心配し頭まで下げる。

「普段、頭を下げるようなことをしない真琴がこうも願いでているんだ、僕からも頼む」

 真琴を見習うように、ユークリッドも見よう見まねで金髪の頭を下げる。

「……誰も襲ってくるってことはないんですね?」

「ああ……」

「……負けました。協力しますよ」

 やっとのことで折れた雅毅に、海涼は掴み掛かったままの手をゆっくり離す。

「やっぱり、マーくんは優しいね」

 にっこり微笑んで見せる海涼。無邪気な笑みの裏に、どんな恐怖が待ち構えているのかも分からないというのに。

「感謝する……あの、気になるんだが、さっきからマーくんというのは誰なんだ?」

 思いも寄らないユークリッドの一言に、この場にいた誰もが一瞬にしてマリーシアの力を得ずして凍りついてしまった。

   

 鬱蒼と茂る雑木林の中。そこに、学園内に古くから存在している屋敷が建っている。過去数十年もの間人間の手を入れられることのなかった雑木林は、手付かずの荒れきった自然の姿を表している。

「うわ〜、こんな古い建物があるなんて知りませんでした〜」

 外装は古さを醸し出しているが、あまり破損箇所はなく見た目にはしっかりした造りをしているように思える。

「この中に、マリーが侵されている毒を治せる血清があるんだ。二人共、協力してくれたことに感謝する。何としても、血清を探し出しマリーを救ってやって欲しい」

 屋敷内に入るということで、ユークリッドや真琴は室内の暗さに対応するため、それぞれ懐中電灯を持ち合わせている。

「で、オレ達を呼んだってことは、このまま二人で行かせるわけじゃないんでしょ?」

 連れて来られて従わされた雅毅は、不機嫌に後頭部を掻く。

「その通りだ。この屋敷は地下室もあって、二手に分かれて探す方がいい。そういうこともあって、チーム分けをする。僕は柴原さんと組み、真琴は水海道君と組む。何か異論はあるかい?」

 三人の顔を見渡し、同意を求めるユークリッド。真琴は軽く頷き、雅毅は別に意に介さずな様子。そして海涼は、何か異論があるのかうずうずした様子でユークリッドを見つめる。

「僕達は血清がどんなものなのか知っている。それに、力のある者と力のない者が組んだほうが危機に対処できる。残念だが、柴原さんは僕と組む」

 即急な事態を考慮し、海涼は不平たらたらな様子でユークリッドの側に寄る。

「お前は、自分とだ」

 鋭い視線を浴びせられながら、雅毅は渋々真琴の側へ寄る。

「僕達は上へと向かう。君達は、地下を探してくれ」

 それぞれ組と方向が決まり、屋敷内へと入っていく。


 薄暗くジメッとした通路。明かりという明かりが射し込まず、奥へと続くは暗黒の世界。唯一照らす懐中電灯の灯りはとても微力で、地下室に入ってしまった今では身の回りぐらいしか分からない。

「はぁ……なんでこんなことに付き合わされちまったンだ……」

 コツコツと反響する足音に混じり、聞こえる文句の呟き。地下を探索する組は、日常会話など必要最低限の言葉しか発しない二人だけあって、心の奥の不満が爆発してしまう。

「ゴタゴタはもうたくさんなんだよ……それなのに、どうしてこんなトコにいンだよ」

 文句の調子もどんどんエスカレートし、今まで黙っていた真琴もストレスが溜まってしまう。

「文句を言うのも無理はないし、自分達に対し不平があるのも分かる。無理矢理つき合わされ手伝えなんて、やりたくはないはず。だが、自分達のことを嫌になっても構わないが、病床に臥すマリーのために協力を頼む」

 互いの顔を照らすように、真琴は懐中電灯を上へと向ける。薄暗い中に映るは、意地と意地をぶつけ合う二人。

「……はい」

 圧力の違いに折れてしまう雅毅。それを見計らい、真琴は血清の探索に戻る。

 どれくらい歩いたのか。距離感覚を奪う暗く続く通路を進み、複雑な造りをしている地下道を歩く。

 暗闇の先を見続ける真琴の後ろを付いていく雅毅。今に至っても、協力という善意の気持ちはまったく芽生えず、嫌々な表情を湛えたままである。

「いてっ!」

 順調に進んでいた真琴が急に立ち止まり、よそ見をしていた雅毅は背中に顔をぶつけてしまう。

「なンすか?」

「……様子がおかしい」

 何やら女の勘なのか、第六感のようなもので危機感を覚える真琴。懐中電灯を四方八方に向け、身に覚えた予感を確かめる。

「おかしいって、どこが?」

 真剣に周囲を観察する真琴の顔を覗き込もうとした瞬間、背後からビル解体のような破壊音が迫ってくる。

「マズイ! 天井が崩れ始めている。走るんだ!」

 いち早く背後の気配を察知し、真琴は危機感を投げ掛け走り出す。

「まっ、マジかよ!」

 そこまで迫っている通路の崩壊に、雅毅も居ても立ってもいられず走り出す。

 真琴が握り締めている懐中電灯は乱暴に上下に揺れ、前方の安全を確かめる役をになうことなく前後往復を繰り返す。

 二人の息遣いも崩れ落ちる天井の瓦礫にかき消され、後ろを付いてくる雅毅の気配が分からなくなる。

「急げ! 天井が崩れて押しつぶされてしまうぞ!」

「わっ、分かってますよ!」

 何度かずれ落ちるメガネを直しつつ、懸命に真琴の背中で翻るマントを追う。

「遅いぞ! 何をグズグズしている!」

 一瞬だけ背後を振り返った真琴は、暗くて見にくい足元の出っ張りに足を引っ掛け転んでしまう。

「大丈夫ですか?」

「あっ、ああ、何でもない」

 転倒したことさえ気にも止めない様子で立ち直ると、二人は併走して通路を駆け抜ける。

 津波のように押し寄せる瓦礫に追われながら、二人は無我夢中で走り続けた。迫る崩落音に押され、二人は突き当りまで走り抜けた。

 ドガーン!

 一気に天井が崩れた瞬間、真琴はとっさに隣を走る雅毅に抱きつき滑り込む。

 同時に通路は塞がれ、閉じ込められてしまった。


 屋敷内の上層部にて血清を探索しているリッド組。地下とは違い、完全に日光を遮蔽していないため木戸を閉めた窓から微かな明かりが射し込む。長年にわたって管理されてない室内は、積もりに積もった埃や蜘蛛の巣などがあり、さながらお化け屋敷の装いをしている。

「なんか、不気味ですね……」

 板張りの床を平均台の上を歩くように、海涼は慎重に歩を進める。誰も使われることのない古い屋敷。生活観あるアンティークの調度品があるというのに、全てが長年の埃が降り積もり灰色に染まっている。

「使われなくなって、かれこれ八十年くらいか。それにしては、かなりしっかりとした造りをしている」

 室内のありとあらゆるものを見て回り、目的の血清を探している。常に離れることはなく、必ず声の聞こえる範囲内にいる。

「マーくん、だいじょぶかなぁ……」

 最後まで離れ離れになることを嫌がっていた海涼。互いの様子が分からない今、どんな危険な目に遭おうとも助けに行けることはできず不安が蓄積していく。

「大丈夫だよ。真琴が付いてるんだ、何があろうと水海道君を守るさ」

「そうだといいんだけどな……」

 蓄積した不安感を吐き出すように、海涼は深いため息を吐く。

 すると突然、屋敷内を地震のような縦揺れが起こり、フローリングが軋みを上げる。

「なっ、何!」

「地震……なのか……」

 その揺れはすぐに納まり、周囲には被害という被害は出ていない。

「大丈夫かい、どこもケガはない?」

 海涼の安否が気になり、急いで駆け寄る。

「はい、どこもケガはないです」

 不安要素から開放され、安堵のため息を吐く。

「今の、何だったんですか?」

「分からない。分からないが、とにかく真琴にも連絡を取ってみよう」

 徐に携帯を取り出し、地下で探索している真琴達に連絡を取ろうとする。しかし、携帯の画面に表示されるアンテナはなく、圏外であることを表示している。

「おかしい、学園内だというのにここは圏内だ」

「あっ、私の携帯もそうです」

 自分でも確かめるように携帯を取り出し、ユークリッドに見せる。

「何があったというんだ。さっきの揺れと不通の携帯電話……」

 携帯の画面を見つめたまま、予想外の事態に困惑し固まってしまう。

『マーくん……』

 手に持った圏外と表示された携帯を握り締め、海涼は雅毅の安否を気遣うのだった。


「クソッ、完全に塞がれてしまった」

 地下通路の天井が崩れ、逃げ延びた先にあった地下室に閉じ込められてしまった真琴と雅毅。唯一の道を絶たれてしまった今、完全な密室の中にいる。

「ここで魔法を使ったとしても、出れるか保障はない……」

 通路を塞いでいる瓦礫の前で立ち尽くし、真琴は憎き瓦礫の塊に拳をぶつける。並みの人力では破壊されず、細かな埃がちりちりと落ちるだけだった。

「……ここでじっとしているのも時間の無駄だ。この場所に血清があるかもしれない、探すぞ」

 真琴の傍らで座っている雅毅を促し、最低限の仕事をこなそうとする。

 雅毅に懐中電灯を持たせ、真琴は閉じ込められてしまった室内の探索を始める。注意深く見てみると、そこには会議室で使われるような大きな机や本棚、古めかしい分厚い多くの古書など、昔何かの研究がなされていたことを匂わせる。

「何なんですか、ここ?」

 多くの奇怪な器具が並ぶ棚を照らしつつ、雅毅は率直な疑問を口にする。

「さぁ……自分にも分からない。だが、昔ここで何かの実験が行われていたようだ。キメラの開発か、魔物の召喚か、もしくは、使用を禁止されている禁術の研究か……」

 懐中電灯に照らされる分厚い本を横にずらし、予想を呟く。

「こっちを照らしてくれ」

 多くの本が並ぶ本棚から、今度は横にある棚へと明かりを向ける。

「これは薬品棚だ。この中にあるかもしれない」

 侘しい明かりの中、容器も大きさも違う薬瓶を取っては移動させるということを繰り返し、ある一本を手にして動きが止まる。

「これだ! 血清に間違いない!」

 透明な小瓶に入った液体を左右に振り、日常見せない喜びを表に出した真琴が振り返る。

「あったんですか、血清?」

 容器の中身を確認するように、雅毅は懐中電灯を当てながら自らも見る。

「ああこれだ。これがあれば、マリーの侵された毒を解毒できる」

 血清を見つけ出したことを報告するため、瓶を雅毅に持たせ携帯でユークリッドを呼び出そうとする。しかし、耳を当てて聞こえてくるは会話中のような音。

「おかしい、繋がらない」

 何度も短縮ダイヤルをするものの、一向に繋がる気配がない。何が原因なのか確かめようと画面を見ると、普段三本立っているアンテナは消え圏外となっている。

「電話が繋がらないんですか? ここ、山奥のわけないですよね」

「……携帯見てみろ」

 携帯を取り出すため、雅毅は懐中電灯を真琴に預けポケットの中に手を突っ込む。

「……ダメだ、オレのも圏外です」

「この屋敷、何かおかしいぞ……」

 互いの携帯画面に映る圏外の文字に、血清を見つけ出した喜びはどこかへ消えてしまった。


 この異常事態に危機感を察知したユークリッドは海涼と共に屋敷の外へ出、再度携帯で連絡を試みようとする。しかし、ここは電波を遮断する建物内のように圏外のままである。

「だめだ、どうしても携帯が繋がらない」

 突然圏外になってしまった原因が分からないまま、ユークリッドは担任を呼びに行くといってしまった海涼を待っていた。これまでに身につけた魔術の知識を総動員し、こんな事象が今までにあったかを思い起こす。類似していることまで当てはめようとするが、まったくもって適合しない。

「せっ、先輩、先生連れて来ましたぁ!」

 雑木林の中を走ってくる女子生徒とジャージ姿の人影。足元の悪さに苦戦してるが、緊急を要することにそんな苦は消えてしまう。

「ユークリッド! これはどういうことなんだ!」

 連れて来られて早々、屋敷前で立ち尽くしているユークリッドに食ってかかる。

「鹿嶋先生……」

「あ〜柴原から事情は聞いた。授業をサボったことを叱りたいとこだが、事態が事態だ、どうにかして二人を助け出そう」

 眉間に皺を寄せたまま、典佳は教師として注意することをぐっと堪える。

「先生、あの、この場所って不思議なんです。お屋敷の近くにいると、携帯が圏外になるんですよ」

 上がってしまった息を整え、落ち着こうと胸に手を置く。

「この屋敷は何十年もの間封印が施され、誰も使われることはなかった。使わない屋敷を放置していることに疑問を感じたんだが、この屋敷の地下室を陣馬浩二郎氏が使っていたらしい。まぁ、あたしがここに赴任してきたときからの噂に過ぎないが……」

 この古い屋敷がどんな状況に置かれていたのかを聞き、ユークリッドはこれまでに芽吹いた芽が一気に開花したように思えた。ずっと探してきたレポートを記した人物が使用していた地下室。これは、何も関係がないなんてあり得ない。

『この中に、探し続けていたレポートがあるに違いない』

 確信のようなものを得たユークリッドは、暗く沈んでいた心に温かな一条の光が射し込むように思えた。

「このお屋敷には、不思議な力があるんですね?」

「ああ、陣馬氏は稀代の魔導士。使っていた屋敷に何らかの魔術を施していてもおかしくない」

 海涼の率直な感想に、教師としての典佳は生徒の理解度に嬉しくなってしまう。しかし、

心の内では魔導士としての典佳がある疑問にぶち当たる。

『何十年もの間解けなかった封印が今になって、どうして解けてしまったんだ?』

 教師が思い浮かんでしまった疑問を、今の状況で答えられるものはいなかった。


 どれくらいの時間をこの中で過ごしたのだろう。日の光も射し込まない地下室に閉じ込められ、闇の中を照らすのは唯一の持ち込んだ懐中電灯のみ。文明の利器でしか時の経過を知る術のない現代人には、かけがえのない自然から教わることができない。

「はぁ……二時過ぎちゃいました。いい加減、ここから出たいっスよ」

 壁にもたれかかり携帯の画面を見下ろし、疲れの色が見え始める雅毅。地下に入ってから約四時間が経過し、目的のものを発見したものの唯一の通路が塞がれ、毒に苦しむマリーを救い出すことができない。

「先輩の魔術か何かで、ここから脱出できないンすか?」

「残念だが、ここから脱出できるような魔術はない。無理に天井を打ち抜こうとしても、瓦礫に埋もれるのが関の山だ」

 暗黒に包まれた天井を見上げる真琴。

「あっ、脚、ケガしてますよ」

 足元に置いた点けっぱなしの懐中電灯に、真琴の左脚の膝が擦りむけ血が滲んでいた。

「うん? ああ、こんなかすり傷、ケガのうちに入らない」

 自分でも気づかないうちに負っていた傷を見下ろし、一度膝を曲げてみせる。

「……よせ、そんなのしなくてもいい」

 何を思ったのか、何でもかんでも面倒くさく捉えている雅毅はポケットに入ったハンカチを膝に巻きつける。

「いいンすよ、こんな時ぐらいしか使わないですし。姉貴が勝手に持たせたもンですから、使わないと後で怒られるんです」

 しっかりと止血するように、ケガを負った部分を覆い縛る。

「柄にもないことを……」

 ちょっとした照れ隠しをしながら、真琴は顔を背ける。

「あの、ちょっと気になってたんですけど、どうしてあのアメリカ人の先輩と組んでるんですか? 先輩の力があれば一人でもレポートを探し出せンじゃないですか?」

 ハンカチを縛り終え、再び壁におっ掛かって座る。

「簡単なことだ。一人で探すよりも複数で探した方が見つかりやすい。仲間として動いてるのは、一時的なものだ」

 冷静に且つ能率的な構想に、やはり上級生はあなどれない存在感あるものだと思ってしまう。

「先輩の家柄はどんな感じなんですか? オレの家は平凡なごく一般的な家庭で、魔法とは全く縁がないンですけど、先輩の家はやっぱ魔導士とか関係あるんですか?」

 ちょっと遠慮気味に、雅毅は真顔で遠くを見据える真琴に訊く。

「自分の家系は、先祖代々、西洋魔術士の家系で成り立ち、祖父も祖母も、親戚一同、魔術を扱うことができる。近年、その血は薄まる一途を辿り、自分の代になり術者に適合するものは自分だけになった。この学園の出身である当主に、この学園でトップの成績を修め、久無家を盛り立てるように言われ、今に至っている。魔法なんぞに興味のないお前には、到底理解できない世界だろう」

 綺麗に整った顔を覆い隠す前髪が揺れ、妖艶で大和撫子の代表として扱われそうな美しさを放つ真琴。そんな彼女と雅毅は会話をしている。

「家柄とか、当主とか、オレには無縁な世界みたいですね。でも、そんなんで、息苦しくないですか?」

 思いも寄らない雅毅の一言に、真琴は表情が強張ってしまう。

「息苦しい……?」

「なんか、先輩の話し聞いてると、誰かのレールに乗せられ、思い通りにさせられてるみたいなんですよね。オレみたいな凡人が言うべきじゃないと思いますけど、もっと気楽に考えてもいいんじゃないですか?」

 不意に浮かんできた当主の顔。

 今まで虎の子として育てられ、周囲の人間はとっても優しく、どんな悪いことをしても決して叱ることはなかった。だが、あの時、一番に可愛がってくれた祖父の険しい顔。自分の両肩に、家柄という単なるエゴを満たすためだけに乗せた重責。久無家次期当主としての人格と能力を身につけさせるため、血の出る思いで刻み付けられた能力。力が全てであり、未来永劫その名を知らしめるだけに存在させられているという事実。それでも構わないと思ってた。だって、他人から必要とされているから。

「……閉鎖的な環境の中に押し込められ過ぎたようだな。自分の意思を無視し、人の考え方を押し付けられ、自分を見失ってた」

 必死になって誰よりも強く賢くなるため、自分を押さえつけ人を裏切ってまで高みを目指そうとしていた自分。そんな生き方に誰が賛同するだろうか。

「いっ、一年の分際で、分かった口を言うんじゃない……」

 何の知識も能力もない年下の男子に気づかされ、真琴は今までに経験したことがないくらいの恥ずかしさを味わっていた。

「そっ、それはそうと、いつも連れ歩いている柴原とはどんな関係なんだ?」

 恥ずかしさを紛らわせようと、改めて気丈に振る舞い訊く。

「オレはアイツを連れてなんてないっスよ。ただ、アイツが魔法のコツを教えろだの、オレみたいになりたいだの、そんな理由だけでストーカーみたいに付いてくるだけです」

 ずっと続く迷惑爆弾を背負わされている雅毅は、ここぞとばかりに鬱憤を晴らす。

「お前も、なんだかんだ言って、苦労を背負い込んでるんだな……」

 互いに心の内をさらけ出した今、自分が間違った道に進もうとしていたことに気づいたのだった。


 真琴達と連絡が取れなくなってから数時間、安否の不確かな状況で緊張と焦りはピークに達してしまった。

「先生……マーくん達を助けられないんですか?」

 最近になく雅毅と離れ離れになった経験のない海涼は、哀願の気持ちを込めながら典佳にすがり付く。

「……この状況じゃどうすることもできない。外見は頑丈そうに見えても、建物内の老朽化が激しい。救い出すどころか逆に被害が拡大してしまう」

 自分の教え子がどんな状況なのか分からないだけあって、長時間閉じ込められているにも関わらず救い出す算段が浮かばない。

「……僕が助け出します!」

 散々手を拱いていたユークリッドが、意を決し屋敷内へと進んでいく。

「止めろ、ユークリッド! お前が行ったところでなんとかなる状況じゃないんだ」

 強行に及ぼうとする生徒の腕を掴み、典佳は必死に思い止めようとする。

「離してください。真琴が、仲間が救いを求めてるんです、一刻を争うんですよ!」

 掴んでいる手から逃れようと、ユークリッドは力一杯腕を引っ張る。

「頭を冷やせ! 衝撃を与えただけで、この屋敷が崩れ落ちるかもしれないんだぞ」

「一か八か、試してみますよ。仲間の命を救うためなら、何だってやってみます!」

 思いっきり自分の腕を引き抜き、助けを待つ真琴達のもとへ向かう。

『……きっと、助け出してください。先輩……お願いします』

 勇敢に屋敷内に戻っていくユークリッドの後姿を見据えながら、海涼は胸の前で手を重ね祈るのだった。


 携帯の画面に映る時刻はとうとう四時にさしかかろうとしている。こんな事態を予測していなかったため、空腹を満たす食料も水もなく、疲労感も相まって力が出ない。

「……はぁ、いつまで閉じ込められ続けられるんだろ」

 無駄な体力消費を抑えるため、二人は一時間前から動こうとは思わなくなった。いつ助け出されるか分からない状況の中で、どれだけこの持久戦に耐えられる体力を残せるかで助かる確率は上昇する。

「心配するな。学園には優秀な教師が何名もいるんだ、じきに助けが来る」

 じんわりと伝導してくる冷たさに耐えるため、真琴は自らのマントを外し雅毅と一緒に尻に敷いている。

「そうだと、いいんですけどね……」

 何の根拠もない励ましの言葉に、もう話を続ける気力がない。

 ずっと点けっぱなしだった懐中電灯も光量を失い始め、どんどん周囲が暗くなっていく。

「電気が……消える……」

 煌々と照らし続けてくれた豆電球が光を失い、とうとう地下室は闇に閉ざされてしまった。

「だっ、大丈夫ですよ、二人共携帯を持ってるんです、微量ながら明かりはあります」

 自らの携帯の画面を開き、ほのかに明るく映る自分の顔を見せる。

「ああ、そうだな……」

 いつ救われるのかという不安感に駆られながら、真琴は雅毅に勇気付けられる。

 しばらくささやかな光の中にいると、何か奇妙な音が聞こえ始める。

「何の音だ?」

 一時的に光を放つ携帯の画面を左右に振り、視覚的な情報をもって理解しようとする。

「どこから聞こえるんだ?」

 座ったままの真琴は思わず立ち上がり、音の聞こえる天井付近を見上げる。刹那、

 ビキ ビキ ビキ ドゴーン

 突然思いも寄らぬ場所から質量の大きい物体が落下し、凄まじい轟音と共に土煙が舞い上がる。

「おーい、真琴っ! 水海道君っ! いるなら返事してくれっ!」

 ぽっかりと空いた光の射し込む天井の穴から聞こえてくる聞き覚えのある声。その声に導かれるように、光の柱の側まで近づく二人。

「そっ、その声はリッドか?」

 いきなりの明るさに瞳孔が対応できず、眩しさに目を細めながら天井を見上げる。

「二人共ケガはないか?」

 ようやく明かりに目が慣れ、穴を覗き込むユークリッド顔が目に入る。

「大丈夫だ、大したケガは負ってない」

「良かった。二人とも、そこから出られるかい?」

「ああ、自分が水海道を引っ張っていく。穴から離れてくれ」

 覗きこんでいたユークリッドが引っ込むのを確認し、真琴は分厚く切り出された岩壁の上に立つ。

「さっ、ここから出よう」

 今までに見たことのない優しげな笑みを湛え、見上げている雅毅に手を差し伸べる。

「はっ、はい」

 あまりのギャップの違いに一瞬戸惑いを見せるが、差し出した手を掴み二人は数時間振りに地上へと脱出したのだった。


 窓から射し込む陽射しはオレンジ色に染まっている。薄手のカーテンからでも分かる色に室内は彩られ、一日の終わりを告げようとしていた。

 地下室で発見された血清は急いでマリーシアに投与され、結果が出るまでに数分を要した。ずっと体温低下が著しかったマリーシアの容体は快方に向かい、顔面蒼白だった顔も血の巡りが良くなっていった。

「あっ……みっ、みんな……」

 低体温に苦しみ意識を失っていたマリーシアの意識が戻り、ベッドの左右に控える皆の顔を順に見る。

「気が付いたかマリー、良かった……」

 人間本来の温かさを取り戻したマリーシアの手を両手で握り、ユークリッドは元気になった様を見据える。

「うわ〜い! 先輩さん元気になった〜!」

 元気になるようずっと見守っていた海涼も自分のことのように喜び、医務室内で騒ぎ立てる。

「マリー、元気になって、ホント、良かったな……」

 この件の最大の功労者である真琴も、今まで誰にも見せたことのない涙を浮かべた顔を見せる。

「みっ、皆さんが、まっ、マリーを助けてくれたんですね……ホント、ホントにありがとうですぅ〜」

 病み上がりなのにも関わらず、必死な思いで感謝の言葉を紡ぐ。か細く弱々しく感じるが、みんなを安心感に包む何よりも心地いい声だった。

「気にするんじゃないよ。だって、僕達は仲間じゃないか。仲間なら、苦しみ困っている仲間を救おうとするのは当然のことだよ」

 人のぬくもりの詰まったマリーシアの指先に軽くキスをし、そっとベッドに戻す。

「仲間……そうですね、マリー達は仲間ですね……」

 控えめな笑みを浮かべ、自分を侵された毒から救ってくれた皆に感謝の意を込めて見せる。

「ありがとう、君達のおかげでマリーを救うことができた。何てお礼を言えばいいか」

 マリーシアの様子を遠くで見ている二人に対し、ユークリッドは会釈をして感謝を伝える。

「いえ、いいんですよ。人を助けるのに、深い理由なんていらないんです。ねぇ、マーくん」

 ずっと黙りこくっている雅毅に話をふる海涼。いきなりのことに対応できず、ビクッとしてしまう。

「うん? あっ、ああ、そうだな」

「んもう、話し聞いてないんだからぁ」

 笑みのこぼれるやり取りを見ていたユークリッドが、あることを思い出す。

「真琴とマリーは聞いてないと思うんだが、鹿嶋先生が言ってたんだ。真琴達が閉じ込められていた地下室、あの場所は昔、陣馬浩二郎が研究室として使用していたと」

 注目すべき人物の名を耳にし、真琴も病み上がりのマリーシアでさえ表情が一瞬で変わる。

「ほっ、本当なのか?!」

「ああ、もしかしたら、あの場所に目的のものがあるかもしれない」

 ようやく探し求めていたものに近づけ、リッド達は確信を握るのだった。


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