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3章

 三章 Key


 はぁ、なんて気分が落ち着くんだろう。

 日々の雑踏、頭ごなしに叱ってくるセンコーの声、あーしろこーしろと自分の領域に無断で侵入してくる姉貴。そして、金魚のフンのようにまとわりついてくるお騒がせ天然娘。

 日々是精進という昔の偉い人の言葉があったりするが、そんなに寛大な心など持ち合わせてはいない。褒められれば嬉しいし、怒鳴られればムカッとする。喜怒哀楽を抑え込むことなど所詮できない芸当で、素直に出してしまえばどれだけ楽なことか。

 しかし、そんな大っぴらな人間など社会では通用するはずもない。どこかで我慢し耐え抜き、その場をただひたすら耐え凌いで一刻も早く時が過ぎるのを切望する。そして、発散すべき場所を確保し、日々の生活を生き抜いていく。

 緊張と緩和は微妙なバランスの中で成り立ち、どちらかが傾いてしまえば人の精神が崩壊していく。地球だって、海だって、月だって微妙なバランスの中で保たれ存在している。

「はぁ〜誰もいない屋上で、一人寝転がって空を眺める。こんな至福な時はねぇな」

 空は天候に恵まれ、暖かな陽射しと優しく肌を撫でていく風を与えてくれる。今の雅毅にとって、ここがどこだろうと時計は何時何分を示していようが関係ない。ここにいて、ここでこうやっていたいという自由意志のもと、雅毅は行動している。

「オレ……どうしてこんな学校、通うようになったんだ?」

 改めて感じる学校を選んだ理由。

 自宅から通える高校なんて、交通手段を考えればどこへだって行けたはずだ。多少なり、収める学費や学力の差はあるだろうが、自由に学校を選択できる意思がある。それがどこをどうして、こんな訳の分からない世間から偏見視されそうな学校を選んだのだろう。別に興味本位で入ったわけでも、進学率や就職に対して熱心な教育をしている理由で入ったわけでもない。近くて自分の学力に合ってる。

 ただ、それだけ……

 自分の性格の問題なのだろうが、両親や姉は自分で決めるべきだと言い、アドバイスの一つもくれなかった。ちゃんと耳を傾けるかは定かではないが、一言二言なりに欲しかった。そうすれば、もっと慎重に学校を選べただろうし、自分の将来のビジョンを描けたかもしれない……

 今となってしまえば後の祭りとしか言えないが、入学してしまった以上きっちり卒業しなくてはいけない。それが自分に付きまとう『責任』であり、義務教育期間とは違う大きな点である。

「……くそっ、気分紛らわすためにしてるってのに、嫌なことを思い出しちまった」

 資金の有り余る私立校だけあり、屋上に置かれたベンチもデザインに凝っていて、寝心地(座り心地)は悪くない。

「はぁ〜あ、やってらんねぇ〜」

 ずっと掛けっぱなしだったメガネを外し、胸の辺りに置いて両目を閉じる。何もかもが幻影であり、全てが夢であって欲しいと願いながら。

 肺呼吸から穏やかな腹式呼吸に移行としていた矢先、屋上へ続くドアが勢いよく開け放たれる音が現実世界に引き戻す。

「ハァ、ハァ、やっ、やっと見つけた……」

 聞き覚えのあった声に細目を開け、ここが現実世界であることをゆっくり認識していく。

「もぉ〜、あっという間にいなくなっちゃうんだもん。探し出すの苦労したんだよ」

 切れ切れな息を整え、ゆっくりとした歩調で雅毅に近づいてくる。

「探さなくて結構。オレは、憩いのひとときを楽しんでンだよ」

 近づいてくる音と声だけで推測し、雅毅は自分の主張を発する。

「休んでる暇があるんだったら、私に魔法を使いこなせるコツを教えてよ。教えてくれたら、邪魔なんかしないから」

 いつの間にか雅毅を見下ろす位置まで来ていて、真下に照らしている太陽の影に入って海涼の顔が見えづらい。

「嫌だね。そういうもンは、自分で感じ取って初めて使いこなせなきゃダメさ。他力本願でどうにかしようなんて、甘いんだよ」

 見下ろしているのが、片目を開けてぼやけた視界の中に入る。顔の表情がはっきりしないのにも気にせず、再び目を閉じる。

「そっ、そんなぁ、イジワルしないでよぉ〜、マーくんと私の間柄じゃない、教えたって損はしないよ」

「損得や、間柄の問題じゃなくて、お前個人の問題なんだよ。人に聞かないで、自分自身で研究したりしないと、自分のものにならないんだ」

 延々と続く哀願の言葉に嫌気が差し、仰向けの体勢から寝返りをする。その拍子に体の上にあったメガネが落ち、カシャっと音をたてる。

「あっ、いけねっ」

 落としてしまったことに気づき拾おうと手を伸ばす。しかし、音だけで落ちた場所まで特定できず、ブロックを敷き詰めた床を手探りで探す。

「へぇ〜、マーくんって、こんなメガネ掛けてるんだ〜」

 落ちたメガネは海涼の手に渡り、メガネの蔓を広げ物珍しそうに眺める。

「おっ、おい、返せよ」

 自分のメガネがいじられていることを察知し、急いでベンチから起き上がる。

「エヘッ、似合う?」

 しげしげと眺めていたメガネを、海涼は何を思ったか自ら掛けて見せる。

「似合う? って言われても、見えねぇよ」

 ぼやけた人型程度しか見えない雅毅にとって、海涼のメガネを掛けた姿や似合うか似合ってないかなんて分かるわけもない。

「う〜ん、残念だなぁ……こんなメガネの似合う知的美人が見れないなんて」

 自分の姿が見えないと分かると、メガネを掛けたままの状態で、カメラ付き携帯を取り出し自分の姿を写真に収める。

「う〜ん、度が強いのかな? 視界がぼやけて目が痛いよ」

 撮ったばかりの写真を保存し携帯を閉じると、掛けていたメガネを外し雅毅に返す。

「当たり前だ。正常な視力があるなら、メガネなんか必要ねぇだろ」

 半ば怒気を含んだ言葉を投げつけ、強引に取ったメガネを掛ける。

「ふぅ、ヒビとか傷は付いてねぇな」

「ねぇ、メガネ姿の海涼ちゃん見てみる?」

 雅毅の了解を得ぬまま、海涼は自分の顔を収めた写真を保存した携帯の画面を見せ付ける。

「見せるな、鬱陶しい」

 毛嫌いするように、その場を立ち去ろうとした刹那、

 ドスン!

 地面を揺るがす激しい衝撃で足元がすくわれ、二人は堪え切れず尻餅を付いてしまう。

「えっ! なっ、何?」

「地震……か……」

 強かに打ちつけてしまった膝や尻を擦りながら、しばらく続く不自然な揺れに困惑する。

「水海道雅毅、あの方のご命令だ。ここで消えてもらう」

 声がする方向に顔を向ける二人。

 上空を見上げると、自然の摂理に逆らった形で空中に浮かぶ男性教師が一人。

「え〜っ! 空中に浮かんでるよっ!」

「あり得ないだろ、ありゃぁ」

 二人とも度肝を抜かれ、驚嘆の言葉が自然と出てしまう。

 イリュージョンのような光景に目を奪われていると、男性教師は開いた手を胸の高さで掲げ魔力を込め始める。

「……ヤバイ! アイツ、オレ達に攻撃してくるつもりだ!」

 片膝を突き体勢を立て直そうとする雅毅の目に、次なる攻撃の予感を察知させる行為が目に入る。

「なっ、何で、先生が攻撃してくるの?!」

 生徒には公平で、何よりも生徒を重んじる。その教師が、生徒の命を狙うという行為が信じられない。

「考えてる場合じゃねぇ、早く逃げるぞ!」

 座り込んだままの海涼の手を取り、無理矢理立たせた瞬間、教師の放った『気』の塊がベンチを直撃する。

「うわっ!」

「きゃっ!」

 凄まじい衝撃波に体が弾かれ、ベンチから数メートルも離れた位置まで飛ばされる。

「イテテ……」

 硬いブロックを敷き詰めた床にぶつけられた痛みに顔を歪ませ、海涼は擦りむいて血の滲むソックスを見つめる。

「……マジかよ」

 雅毅も弾き飛ばされた衝撃を受けながらもなんとか体勢を保ち、衝撃波の着弾点を目にして驚く。

 さきほどまで空を見上げるために横たわっていたベンチが、今は頭上から何かを落とす衝撃実験後のように、真ん中を中心としてクの字に折れ曲がっている。

『やっぱ、魔法なんだろうけど、どんなヤツなんだ……』

 決して柔らかくない金属製のベンチが折れ曲がっているのだ、生半可な力でないことは雅毅にも見当が付く。

 攻撃を放った教師は、確実に捉えた自信があっただけに、その表情に焦燥感が出始める。

「おい! いつまでもそこで座り込ンでるな、格好の的になる!」

 今度こそと勢いを込め、再び『気』を溜め始める教師。その予感を感じ取った雅毅は、再び海涼の手を取り思いっきり引っ張り上げる。

「きゃっ! いっ、痛いよぉ、いきなり腕を引っ張らないで」

「じっとしてたら、痛みさえ感じなくなっちまうぞ!」

 よたつく海涼を無理矢理走らせ、できるだけ回避できるようジグザグに走る。

「無駄なことを……」

 一定量の『気』を溜めた教師は、今度は両手に溜めたものを左右に振り下ろし眼下に向かって投げ下ろす。

 ズガン ズガン

 『気』の塊はプロピッチャー並みのハイスピードで投げ落とされ、逃げ惑う雅毅達に襲い掛かる。

 ターゲットに命中しなかった『気』の塊はブロック床を打ち砕き、衝撃波と共にブロック片を四散させ足場を悪化させる。

「どうして教師が、生徒を襲うんだよ!」

 攻撃を尚も繰り返そうとする教師の姿を、背後から見上げる雅毅。

「まっ、マーくん、マーくんの魔法で何とかならないの?」

 痛みを堪えながら、手を引っ張られ続ける海涼。足元のブロック片に躓きながら、懸命に付いていく。

「無理言うな。この状況で何ができるんだよ。ろくに魔法を教わってないってのに」

 必死さが手を通じて伝わった雅毅は、自分でも何かできることはないかと思案する。

 その間にも教師は攻撃の手を緩めることなく続け、きれいに敷き詰められていたブロック床は無残に破壊され、所々、大小様々な穴が作られる。

『クソッ、何とかして、相手の見えない位置に行かないと……』

 走り回るにも体力の限界が近づき、引っ張られ続ける海涼の足取りも重くなってくる。

「……よしっ、あそこに逃げよう」

 唯一姿を隠すことのできる場所、校舎へと続く出入り口の存在を思い出し懸命に走り出す。足場が悪いことなんて、百も知っている。しかし、どんなことであろうと逃げなければベンチの二の舞になってしまう。そして、何よりも自分だけが狙われている中で、部外者を巻き込みたくないという思いが自然と溢れてくる。

 容赦なく続く攻撃を掻い潜り、雅毅と海涼は間一髪で出入り口に飛び込み難を逃れる。

「クッ、逃げられたか……まぁいい、これであの方のご意向が嫌でも伝わったはずだ」

 仕留め損なったものの、言葉では伝えきれないことをしっかり教え込んだとという確信を持った。

 攻撃の手を休め、ぼろぼろになった屋上を見下ろし満足感に浸るのだった。


「ハァ、ハァ、ハァ……」

 何とか逃げ延びた雅毅と海涼。

 厚いドアに背を預け、乱れた息を整える雅毅。膝を折って座った海涼は、走ることで一杯一杯だった脚の痛みが再度疼き、泣き出しそうな眼差しでケガをした場所を見つめる。

「うぇ〜ん! 怖かったよぉ……怖かったよぉ……」

 今までの恐怖体験を思い出してしまい、堰を切ったように瞳を潤ませる。

「……」

 制服に付いた土ぼこりを払い落とし、平静を取り戻した雅毅は一人階段を降りようとする。

「ねっ、ねぇ、待ってよ……」

 行ってしまいそうな雅毅を、寂しさと恐怖に打ちひしがれる海涼はか細い声で呼び止める。

「ねぇ、答えてよ。どうして、ねぇ、どうして命を狙われなくちゃいけないの?」

 雅毅の背中に痛いほど突き刺さる海涼の視線。何も思い当たる節のない海涼にとって、これまでにない恐怖感を与えられた。その原因は何なのか、今の海涼は打ちのめされた後に正気に戻れるきっかけを求めていた。

「……教えられない、ゴメン……」

 互いに救われると思っていた雅毅。だが、他人を巻き込んではいけないという直感が働き、答えるだけの気力が沸いて来ない。

「……」

 どんな言葉でもいい。それが自分を傷つける言葉であっても海涼は、雅毅の心の中を覗けるような言葉を聞きたかった。

「……私の方こそ、ゴメンなさい……」

 何で謝ったのか。単純にその理由を知りたかった。それでも、今の状況で聞いたとしても理解できないんじゃないかと思い、雅毅は何も告げないまま階段を降りていく。孤独感を両肩に乗せて。


 深夜、昼夜を知る人間ならとっくに眠っている時間帯、草木も眠る時間にも関わらず物音の聞こえる部屋。

『くそっ……ここにもないというのか』

 雑然と散らかった室内に佇む漆黒を纏う人。手近な場所に電池で灯るランプを置き、デスクの上や無数にある引き出しを隈なく探す。

『チッ、必ずここにあるはずなのだ。著名な魔術士にして研究者である、陣馬浩二郎のレポートが!』

 探しても探してもその所在の明らかにならないレポートに苛立ちが募り、整然と並んでいたビーカーやフラスコを腕で払い弾き落とす。

 ここも空振りと諦め、ランプを持った和鍋は研究室を後にする。誰にも気づかれぬよう細心の注意を払い、ドアの開閉にも注意しゆっくりと研究室の外へ出る。

「Mr・和鍋。このような時間帯に、研究室で何をしていたのですか? それも、他の教師が使用している研究室で」

 立ちはだかるは、上級生クラスでも選りすぐりの三名。一人はアメリカ出身の少年ユークリッド・ウェルバック。一人は艶やかな黒髪の特徴的な久無真琴。そして、西洋のアンティーク・ドールのような気品溢れるマリーシア・フランクベルク。

 気づけばユークリッドが掲げる手の上空には、ほのかに照らす発光球体が浮遊し、優しい光に三名の顔と焦燥感に顔が歪む和鍋の姿が浮かぶ。

「おっ、お前達こそ、このような時間帯にどうしてここにいるのだ。直ちに担任に報告し、即刻……」

「あなたですね、一年生の水海道雅毅君を襲わせた張本人は」

 自分の言葉を遮られ、思わず口を噤んでしまう和鍋。

「あなたは、息の掛かった教師を嗾け、水海道君の命を狙った。僕の推理が違うのであれば、はっきり違うと断言してください!」

 待ち伏せされていたことに動転してしまい、上手く言葉を練り上げようにも中々浮かんで来ない。

「図星、みたいだな」

「そうみたいですぅ」

 左右に控える二人も、悪を許さない正義感に溢れた眼差しを和鍋に注ぐ。

「さぁ、理由をお聞かせ下さい。何故、昼間に水海道君を襲わせたのです?」

 自分よりも一回りも二回りも年の離れた若者にさえ、和鍋は言葉だけで追い詰められ頭の中が制御不能に陥る。

「さっ、さぁ、知らんな。襲わせたなど、いっ、言いがかりも甚だしいぞ」

 常日頃から覇気のない声をしているが、今ほどか細くおどおどしたものはない。

「知っているんですよ、Mr・和鍋。今日のように、研究室に侵入し他の教師を取り込んでレポートを探していることを」

 これでもかと和鍋が関わっている証拠を突きつける。自分達が想像していることと、和鍋がしようとしていることが合致しているという確証を得るため。

「身に覚えのないことを聞かれても、答えようがない……アニキュラス……」

 ポツリ呟いたノイズのようなかすれた声。その声の意味するものをユークリッドは瞬時に理解した。

「下がるんだ!」

 その言葉に何のためらいもなく、サッと後退する三人。次の瞬間、和鍋とリッド達の間に灰色の液体のような物体がゆっくりと形成しせり上がって行く。

「フン、勘だけは鋭いな。だが、私に隙を与えてしまったことが最大のミスだ」

 焦りの表情から一転し、好機を得たことで自分に勝機が巡ってきたと感じ、態度が大きくなっていく。

「なっ、何だ、あれは?」

「きっ、気持ち悪いですぅ」

 目を逸らしたくなるような異形な光景にも怯むことなく、マリーシアと真琴は形を形成していく様を見据える。

「クッ、あれは和鍋が得意とする人型生成。どんな場所でも、基本となる物質があるだけで自分を守る盾を作る。それぞれが単独で意思を持ち、創造主の命令に忠実に従う最高の駒だ」

 狭い環境もあり、ユークリッドは生成が始まった人型をどうすることもできず見続けることしかできない。

「フハハ、せいぜいコンクリ人形と遊ぶがいい」

 完全に形成する前に、和鍋は四体の人形にこの場を任せ去って行く。

「クッ、何としてもアイツを止めるんだ。これ以上、誰にも傷つけさせないために!」

 形成が完了したコンクリの人型。ゴムのようにたるんだ形状から、今はがっちりと固まり、まるで型に流し込まれ固まった鋳物のようにしっかりと直立している。

「仕方ない、前を塞ぐ障害物を排除する。マリー、君の氷魔術であいつらの動きを封じるんだ。その隙を突いて僕が切り倒す。真琴は、倒れた間を縫って和鍋を追うんだ」

「わっ、分かりましたぁ〜」

「御意だ」

 前方の攻防をユークリッドとマリーシアに任せ、数歩後退する真琴。自分も戦力となって戦いたいが、狭い環境で三人同時に戦うことが制限された今、ユークリッドの指示に従う他ない。

「凍てつく氷の息吹、我が前に姿を示せ!」

 両手をクロスさせ、マリーシアは動き始めるコンクリ人形の一体に向け呪文を発する。この時ばかりはおっとりとした喋り方は消え失せ、しっかりと言葉に意志を込め凛とした表情で立ち向かう。

「ハッ!」

 クロスさせた手の平、その先から白煙が噴出し浴びせられた人型が徐々に氷結していく。

「よしっ、その調子で、全部の動きを封じるんだ!」

 魔術を詠唱続けるマリーシアの隣に立ち、コンクリ人型を切り倒すための武器を作り出す。

「切り裂く風陣の刃、我が前に姿を示せ!」

 詠唱と共に左手の人差し指と中指を伸ばした指先で右腕を撫で、魔力を右腕に集める。

「よし! そのまま続けるんだ、必ず突破口を作る!」

 マリーシアの放った冷気で凍り始めた一体に対し、ユークリッドは体勢を低く保ち一番

に体重の掛かった足元を右腕一閃。

 コンクリの塊だった人型はグラッと体勢を崩し、片足で支えきれない自らの重さに潰れる。ただ腕を振るうだけの木偶人形になった人型を、ユークリッドは横から真っ二つに薙ぎ払う。

「ふぅ、一体、Finish!」

 再起不能になった人型は床に横たわると、元の床に取り込まれていかのように跡形もなく消えていく。

「危ない、リッド!」

 真琴の危機を告げる声に揺り動かされ振り向くと、まだ凍結していない人型が自らの手をハンマー状にして襲い掛かろうとしていた。

「クッ!」

 振り下ろされるハンマーを紙一重のタイミングでかわし、隙を突いて背後に回り込むと頭頂部から真っ二つに斬り裂く。

 高密度に圧縮した風の刃は微かな音さえ立てずコンクリを切断し、光を放つまで研磨した石のような断面を露にして崩れ落ちる。

「あと、二体」

 息を吐く暇さえ与えず、ユークリッドはマリーシアの氷魔術によって動きを鈍らせた人型を斬り倒し、残るは一体。

「リッド、得意のアレ、やっちゃって下さいですぅ〜」

 任された仕事を済ませたマリーシアは、コンクリ人型の背後から姿を現し応援するように腕を振るう。

「では、ここはアンコールにお応えしよう」

 じたばたしている人型から間合いを取り、ユークリッドは風の刃と化した右腕と左腕を重ねクロスさせる。

「無数の風の刃よ、悪しき者を斬り裂け!」

 呪文と共にクロスさせた腕がエメラルドに輝き始め、右腕だけに圧縮されていた風の力が左腕まで広がりを見せる。そして、最高までに蓄えられた風の刃が無数に放たれ、防ぐ術を知らない人型が鋭い刃によって斬り削がれて行く。腕、胴体、頭、脚、全てが粉々にされ、どの部分だったのかと思ってしまうほど原型を留めていない。

 完全に前方が拓けたのを見計らい、真琴は両足に浮遊するための力を圧縮して蓄え、一気に飛び出す。空気をも切り裂く凄まじいスピードで薄暗く続く廊下を翔け抜け、線でしか捉えきれない内部の様子に目を配る。

『クッ、あれだけの時間があったんだ、すぐにでも姿を晦ませられるな』

 半ば諦めモードで廊下の最奥まで到達し、姿が見当たらないことを確信し魔法を解く。


「Mr・和鍋は……」

 一定量の魔力を消費したユークリッドは、発光物体の照らし出される範囲まで戻ってきた真琴に尋ねる。魔力には限度があり、人間の気力や意志の強さにも比例するように、魔力も個人差がある。今の戦闘で消費した魔力が若干多かったため、今のユークリッドは持久走を走り終えた直後のような疲労感がある。

「追いかけるには遅すぎた。リッド、お前が調子に乗って魔力の消費をしたお陰で、追いつけるタイミングを逃したんだ」

 長い前髪で隠れていない右目はどこか不満感に満ち、言葉よりもウエイトを占める圧力を与えている。

「すっ、すまない、僕が調子に乗りすぎたあまり……」

「リッド君は悪くないですぅ。元は、マリーが言ったことですぅ。悪いのは、マリーですぅ」

 険悪なムードの中、マリーシアが仲裁するように間に入る。自分がしてしまったことで起こったもめ事に対して責任を感じ、第三者が苦しむ姿を見たくなかったのである。

「まっ、誰のせいにしろ取り逃がしたんだ、次回はこんなことがないようにするんだ。いいな」

 叱咤していた時と比べ比較的柔和になった真琴。自分が戦いに参加していないだけに、これ以上の叱責をする義務はないと悟ったのだった。

「はっきりしたことがある。和鍋先生率いる教師グループが、水海道君を邪魔な存在になると確定したということ。これからは、更に注意してレポート探しをしないと……」

 淡い明かりが照らす中、しっかりと頷きあう三人だった。


 事件のあった翌日、自分の中で多くの葛藤もあったりしたが、忘れることに限ると判断した雅毅は今日も何事もなく登校する。珍しくお節介なお騒がせ天然娘の姿がなく、落ち着けるなと思った矢先のこと、何気なく自分の席に行ってみると机の上に置かれた紙切れに目が止まる。

「うん? 何だ?」

 手提げカバンの中身を出さないまま机のフックに掛け、誰かが残した二つ折りの紙切れに目を通す。

『来たらでいいから、教務室の担任まで。 鹿嶋』

 担任の典佳らしいボールペンで書かれたメモを見る雅毅。何か注意されるようなことをしただろうかと思い起こす。これとってヘマや問題行為をしたという自覚はなく、呼び出される原因が思いつかない。

「ったく、朝から何で呼び出すんだ?」

 1人釈然としないまま、雅毅は思った様を顔に出し1人教務室へと向かう。

 


 始業前の教務室。

 まだ朝早いとあってか教務室全体が慌しく動き、椅子の軋む音や書類を整理する音、教師同士の会話など雑多な音がひしめき合っている。

「失礼します」

 誰の許可もなく入った雅毅。一瞥する教師もいるが、これといって構う素振りもなく与えられた目的を果たすため担任の姿を探す。典佳の方も、いつ来るのかと待っている様子で、入り口付近を見ていたため直ぐに居場所が判明する。

 来るよう手を招く典佳の姿を目にして、教師達の迷惑にならないようにして担任のもとへ向かう。

「おはよう、水海道。お前、ギリギリに学校来ないんだな?」

 あまり整理は行き届いてはいないものの、教師らしく参考書や貼り付けることのできる小さなメモなど、個人で使えるデスクの上は乱雑に散らばっている。

「余裕を持って行動するって、自分で決めてるんです」

 椅子に座る担任を見下ろしながら、後ろに両手を回し休めの体勢になる。

「へぇ、珍しい奴もいるもんだな。だいたいの生徒は、チャイムと同時に来れればいいって考えを持つ連中が多いが、お前は偉いな」

 見かけによらず、いいこと言うじゃないかと感心する典佳。こんないい生徒が、問題行動をするなんて想像できない。

「それで、何の用ですか?」

 担任の他愛ない会話に付き合ってやるかとでも言いたげに、雅毅は話を適当に聞き流しストレートに尋ねる。

「昨日のことなんだけど、ラボ棟の屋上で何があったか知ってるだろ? その件について聞きたいんだ」

 常に気丈に振舞っている以上に、担任でありいち魔導士である典佳は確信に迫るため、格闘家のような鋭い視線を送る。

「いえ、知りません」

 あくまでしらを切る雅毅。挙動不審な素振りを見せないものの、真正面から目を合わせようとはしない。

「何にも知らないっていうのか? お前はともかく、柴原のヤツは脚をケガしてるんだぞ。柴原は、教師に襲われたって怯えてたんだ。少なからず何か原因はあるだろう」

 これといって強気に強要はしないものの、彼女が与える言葉の力と眼力は感情で訴えかけるよりもはるかに威力がある。

「確かに、教師に襲われました。けど、それ以上何も知らないんです。襲ってきた理由も、バックに誰がいるのかも……」

 冷静に淡々と話す雅毅。感情の起伏が激しい方ではないが、ちゃんとした喜怒哀楽は出せる。しかし、担任とはいえ同じ教師に相談したとしても、解決できるのだろうかと心配や疑心を抱かずにはいられない。

「……そっか、まぁ、お前が知らないというなら、そうなのかもな。はぁ、まぁ、何か悩みとか相談したいことがあるなら、いつでも来い、聞いてやるぞ。恋の相談とかは、ちょっと……苦手だけどな」

 自分で蒔いた種を踏んでしまい、何に笑っているのか知らないが、後ろ頭を掻きながら苦笑いする。

「はぁ……」

 曖昧な返事をし、用事が完了した雅毅は思い残すことなくすたすたと教務室を出て行く。

『……やっぱ、何かおかしい。あの事件、屋上がめちゃくちゃになるくらい攻撃されたんだ。柴原はケガを負わされ、水海道は何も喋らない。何もないなんて、おかしいだろ普通……』

 1人どこかを見据えながら考え込む典佳。

 生徒を襲う教師。

 教育現場の中で、そのような異常事態が起こるなど尋常ではない。その上、同僚の教師が起こしてるとあっては、同僚である教師が止めに入らない限り収拾がつかない。内部抗争となれば、学園内で止めておくことなどできなくなる。

『……水海道雅毅、お前、一体何を握ってるんだ?』

 難しい顔のまま、典佳は朝のホームルームを告げるチャイムに気づくことはなかった。


 夕焼けに彩られた校舎。赤茶色の壁はオレンジ色の陽射しを浴びて一層深みを増し、由緒正しき趣を醸し出している。

 校舎内に差し込む陽射しによって、廊下の床や窓ガラスも淡いオレンジに染まり、一日の終わりを告げるように平静を保っている。

 人気のない廊下を歩く不思議な風体の女性。

ぼさぼさの頭に四角いメガネ。格好といえば、まるでボロ雑巾を継ぎ合わせたような多国籍の衣服をまとい、正直、清潔感を感じさせない服装。今向かっているのは、学園内でも数人しか訪れることのない、一番権威のある場所。

「失礼します、理事長殿」

 重厚なドアを前にして、破天荒な格好をした女性は、似つかわしくない凛とした態度でドアの向こうの人物に許可を得るため声を掛ける。

「どうぞ、お入りなさい」

 気品に溢れた声音で告げる室内の主。

 入室の許可を得、女性はゆっくりとした流れで室内に入る。

 室内(理事長室)は一流企業の社長室のような装いをし、調度品、歴代の理事長の顔写真など一点の狂いなく整然と並んでいる。その中、大きな窓ガラスの前にて背を向けるスーツを着たふくよかな女性。

「何用ですかペッテンバウアー先生。あながこちらへ来るなんて、初対面以来ですね」

 背を向けたまま理事長は意外な訪問者に対し、優しく語り掛ける。

「理事長殿に、お伝えしたいことがございまして……」

 理事長との距離を詰めるように、綺麗に整えられたカーペットの上を歩き、向かい合って置かれたソファの前で止まる。

「知っています。学園内で起きていることや、彼らの目的。そして、あなたがこの学園に派遣された理由も……」

 ゆっくりとした動作で振り返り、一度年輪を重ねた皺の寄った顔で微笑む。そしてそのままゆっくりと歩き、理事長が利用しているデスクを背にする方のソファに腰を下ろす。

「なっ、何故なのです? わたくし、一度とたりも素性を明かすようなこと……」

 理事長の見抜かれたという言動に驚きを隠せない様子で、ずれかかったメガネを直す。

「まぁ、細かい話はソファにお掛けになってからお話ししましょう」

 にこやかに微笑み、ソファに掛けるよう手を差し伸べ促す。

「はぁ、失礼致します……」

 自分の想像の範疇を超えた出来事に度肝を抜かれ、頭が真っ白になってしまったアンリは理事長の指示に従いソファに座る。

「さて、どこから話しましょうか。一部の教師と生徒が対立しているのは、学園内にあるかも分からない禁術の記されたレポートを探しているから。そして、一年生の水海道雅毅君が事件のキーパーソンであること。彼には絶大な魔力が眠っていて、それを危険と判断する和鍋先生をリーダーとする教師グループは命を狙い、ウェルバック君をリーダーとした上級生グループは彼の力を買って仲間にしようと考えている。そして何よりも、あなたがこちらへ派遣された目的こそ、学園内で騒動となっているレポートに記されているという禁術を葬り去ることなのですよね」

 あまり教師や生徒との関わりを持たない自分だというのに、ここまで学園内の内情を知りえているということに、アンリは驚かされるばかりである。その上、自分の素性まで見抜かれているなんて、改めて侮れない存在だと思い知らされる。

「理事長の仰る通りです……わたくしの目的はただ一つ、レポートに記された禁術をこの世から葬り去ることにあります。何故、そこまでの情報をお知りになっているのでか?」

「フフフ、それは人よりもちょっと観察眼が良いだけのことです。私は、教師の皆さんに教育の何たるかを説こうとはしませんが、あなたのような秘密裏に活動している教師が問題行動を起こせば、何らかの処分を与えるつもりです。まぁ、ペッテンバウアー先生は問題ありませんけど、どうかそのことだけは念頭に置いてください」

 優しさの中にも鋭く研がれた棘のような言葉を述べ、再度、優しげに微笑む理事長。

「……じゅっ、十分承知の上で行動いたします。それで、その……」

「分かっています、あなたの身分は誰にも口外しません。今日のところはご苦労様でした、明日からの御教鞭、期待してますよ」

 学園の実態を報告しようとしていたアンリは、逆に自分の正体を知られてしまう結果となり、今の心境は複雑なものだった。

『やはり、噂は本当だった……現理事長にして、伝説の魔道士、Mrs・八代暁子。あなたの力、見くびっていたようです……』

全身に走る緊張感に指先が振るえ、それを抑えるようアンリはギュッと拳を作るのだった。


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