1章
一章 無関心な魔法使い
ここはとある地方都市。
過疎化・統合合併が波及的に広がりつつある昨今において、辛うじて『市』というくくりの中で行政の管轄下にあるこの地。都心のような高層ビル群や、周囲を取り囲むような山地など無い中で、これほど注目すべき点の無い都市は存在したことか。
別に、市町村が合併して新しい地名になろうが住所が一新しようが関係ない。地球の表面を重く暗い暗雲が立ち込めるような、地球の危機的状況に陥ることは重大なことだか、この少年、水海道雅毅にとって空以外のこと全てがどうでもいいことだったりする。
九年間という義務教育の最後の年、一般的な中学三年生の学生なら一度は気にするであろう進路。中には、中高一貫教育の学校だって存在しているが、次なる進学となると高等学校となる。自分の学力に合わせたり、その校の特色を吟味し自分に合った高校を選択するだろう。しかし、雅毅は安易な考え一直線のもと、距離の近さ、学力のレベル、通学方法の手軽さから私立カシミシュナ学園高等学校に入学した。
当初、変わった名前だなぁと思ったりしていたが、学校の教育内容も他の高校と比較対照にならない特殊なものだと、授業開始日から思い知らされたのだった。
日本各地(ちゃんと調査はしていない)のどこを探しても、現実世界に有りえるはずのない『魔術』を教える学校なのだ。勿論、国・数・英・理・社も必須教科に含まれ勉強する。しかし、この校では平行して魔術に関するノウ・ハウもカリキュラムに組み込まれており、ここに入学する生徒の半数以上がありもしない(独断)魔法の力を信じ入学し勉学に勤しみ巣立っていく。
事前に何もリサーチしないまま、雅毅はこの学校に入学し始まったばかりの学園生活を過ごしていく。日常と非日常の中で始まる、カシミシュナ学園で。
でもって、ここはカシミシュナ学園に通う三学年が集まる教室棟。私立校だけあり、校舎は赤茶色のレンガ造りになっていて気品と格式高い装いをしている。三階の最上層に新入生の一年生が使用し、進級するたび下層の教室へと移動する仕組みになっている。
その最上階の階層、ちょうど真ん中の教室の窓辺に背を向け佇む制服の少女。髪を首の下の位置で切り揃え、後ろから見ると、まるでヘルメットを被ったようなヘアカットの女子生徒が誰かと会話をしている。近くに寄って聞いてみよう。
「うぇ〜ん、礼央奈ちゃ〜ん、どーして、ねぇ〜どうしてなのぉ〜」
何を思ってか、その少女は会話の最中でいきなり涙を滲ませ嗚咽を始める。教室には大勢のクラスメイトがいるものの、誰も気に止める様子はなく思い思いに時間を過ごしている。
「グスン……やっぱり、私って才能ないのかなぁ……」
「そっ、そんなことないよ柴原さん。今はまだ習いたてだから、力をコントロールできないのは当然だよ」
懸命になって泣き出しそうな少女を慰める、礼央奈と呼ばれた少女。眼鏡が似合う知的なイメージの彼女だが、声の聞こえる範囲はかなり狭く、向かい合った少女しか聞こえていない。
「でっ、でも〜、実習の授業であんなことしちゃったんだよ……自信なくすよぉ〜」
どうして、新入生である彼女がここまで落ち込むのか。
では、ここで振り返るとしよう。
柴原さんこと柴原海涼は、さきほどあったばかりの実習(物を動かす)でド派手なことをしでかしてしまったのである。
彼女は雅毅とは違い、この学園には本当に魔法使いになりたいという夢を叶えるため入学した。国内にこんな学校があるということを知り、親元を離れ寮に入り学校に通うことになった。両親にはどんな高校なのかはっきりと告げてはいない。本心を告げることのできなかった海涼は、心の中に罪悪感を抱えながらこの地にやってきた。自分の夢を叶えるため、両親をがっかりさせないために。
そんな彼女に突きつけられる現実の壁。
初めてパソコンを触るように、魔法も使いこなせるには多少時間がかかると思っていた。持ち前のがんばり精神で一日も早く一人前になるんだと。だが、今さっきあった授業で彼女はやってしまったのである。
「うぇ〜ん、あんな失敗しちゃったら、魔法使いになれないよぉ〜」
「でっ、でも、皆さん動かない中で、柴原さんはちゃんと動いたじゃないですか? それは、評価に値すると思いますよ」
事件現場を目撃してるだけあって、礼央奈は更に慎重に海涼を慰める。
(彼女の傷に塩をすり込むようなことはしたくありませんが、皆さんにどのような状況だったのかと知ってもらう必要があります。そして、海涼が落ち込む理由を分かってくださるはずです)
学園内にある実習室。
ここでは魔術を学ぶ上で、机上だけで学ぶだけでは理解できない実証をもとに学習するために使う部屋(理科の実験や、家庭科の調理実習と同じ理屈)。
教室ではできないことも、こういう実習室なら可能になる。今回した『ある物体を動かす』ということは、入学したばかりの新入生に必須な魔力をコントロールするということと結び付いている。
新入生には魔力をコントロールするため、あらかじめ制御するための媒体(杖)を持参するように定められている。杖といっても使いこなせなくては意味がなく、個人個人の身近にあるものなら何でも可となっている。学校指定の杖という代物もあるが、それぞれが手に馴染むものでなら魔術の上達も早いだろうということで制限はない。
そこで、海涼はお気に入りの室内まで持ち込む、柄の先端がクマさんの傘を杖として使うことにした。クラスメートは座ったままトライしてる中で、海涼は椅子から立ち上がり両手で傘をしっかり握る。そして、木片に動けという念を送り続け魔力を高めていく。
「さぁ皆さん、集中、集中ですよ」
妙にイントネーションのおかしい外国人教師が見守る中、クラスメイト達は思い思いの杖を使い木片を動かそうと真剣に取り組む。顔に見たこともない血管を浮かび上がらせるが動かない生徒。辛うじて微動させるだけの生徒と様々。今の段階で動かせるのは極めて稀なことで、動かせない生徒が半数を占める。誰もがまだ無理だという中で、海涼は偉大なことをしでかしてしまったのである。
ボワッ!
突然室内に沸き起こる魔法っぽい効果音。
クラスメイトの全員がそんな実験なんかしてたっけと思うほど、見事な音と共に白煙が上がる。
「Oh! こっ、これは何事でーす!?」
全体を眺められる教壇の上にいた教師は、煙の発生源へ早足に向かう。煙の中では白煙を吸い込み大いに咳き込む海涼と、微動だにしていない木片に……変化が生じていた。
「ケホッケホッ……えっ、ええっ!」
傘の柄を握ったまま顔を真っ白にして咳き込む海涼が見たもの、それは木片に劇的な変化を与え、ありもしないものを具現化させていた。
「柴原さ〜ん、何ですかこれは?」
右手を懸命に振り白煙を掻き消す教師。
「はっ、花、です、よね?」
自分でもびっくりした様子で、教師の質問を質問で返す。
「アウ……柴原さ〜ん、それは見れば分かります。ワタクシは木片を動かして下さ〜いと言ったのですよ、それをなんですか? このセンスの欠片もない下品な花は?」
一般的に花というものは美の象徴のように扱われるが、海涼の発生させた『花』は、何の美もセンスも与えないクレヨンで殴り書きしたような花で、木片から突き出しているのだった。
「ムムム、私にも分からないです……」
海涼自身見当もつくわけなく、難しい顔をしながら傘を床に突き左手を顎に当てている。
「柴原さ〜ん! もっと真面目にやってくださ〜い!」
絶叫に近い声のような奇声を発する教師を傍らに置き、海涼は再度木片を動かそうと更に真剣に傘の柄を握る。
「う〜ん、どうしてできないのかな?」
眉間に皺を寄せるまで真剣さに磨きを掛け、海涼は取り組もうとする。クラスメイトの視線を集める中、教師も混じって次なる一挙一動に注目する。
「う〜〜〜〜ん!」
杖として使用する傘に魔力を集中させるイメージをしながら、海涼は竹刀のように正眼に構え、木片の上空に振り下ろしピタと静止させる。
シュン ドガン!
その場にいた者、誰もが何が起きたのか理解できないでいた。皆が目を丸くする中、不自然に煙が出ている場所に気づき、一斉にそちらに向く。すると、さっきまであった花の生えた木片が、原型を留めたまま壁にめり込んでいたのである。
「柴原さーん! なんてことをしてくれたんです!」
「うわ〜ん、ごめんなさ〜い!」
持っていた傘を落としかがみ込んで頭を抱える海涼。注目していたクラスメイト達は、堰を切ったように一人をきっかけとして笑いが伝染していく。しばらく室内を笑いが満たし続けたが、授業の妨げになりかねない事態に対し教師は止めるよう指示を出す。
「お〜っ! 水海道クンブラボーですよ、完璧で〜す!」
教卓に戻る途中目に止まった生徒。仏頂面で小枝を振るいながら、彼は目の前にある木片をいとも簡単に動かしている。
「あっ、そうっスか?」
その表情にはこれとって懸命さも微塵も感じさせず、余裕っスって感じで四角形を描くように机の上で動かし続ける。
「いつの間に、できるようになったのですか水海道クン?」
「さぁ、オレにもさっぱり。てきとーに動けって思ってたら、勝手に動いちゃって。何なら、浮かせましょうか?」
適当に振っていた小枝を止めると、ぐるぐる円を描くように動いていた木片も止まる。
「じゃっ、浮かばせます」
静止した木片と持った小枝を直線上の位置に置き、小魚を釣り上げるようにヒョイと上げると木片も釣り上げられるように持ち上がる。
『おおっ!』
笑い声から一転、驚嘆の歓声がワッと上がる。それはまるで、マジックショーを見ていた観客がマジシャンのトリックで驚かされるようである。
「すっ、素晴らし〜っ! 水海道クン、あなたは天才で〜す!」
素晴らしい演劇を見終え、喝采を送るような拍手を教師がしたとたん、一斉に拍手が鳴り響く室内。
『水海道君……いいなぁ』
と、いうことで、一躍水海道雅毅はクラスのヒーローみないな存在になり、柴原海涼は逆にお騒がせな天然娘というレッテルを貼られたのである。
「あんなの見せられたら、私、自信消失。ショボ〜ン」
思い出したくもない過去を顧みてしまい、肩をがっくり落とす海涼。それを見ている礼央奈はゆっくりとした動作で海涼の肩を抱き、優しく慰める。
「また落ち込んで……もう、柴原さんそんなに落ち込まないの。あれくらい、今は出来なくても、二年生になる時にできてればいいんです。それにしても、どうしてそんなに焦ってるんですか? 学校生活はまだ始まったばかりなんですよ」
「礼央奈ちゃんに話してたよね? 私の子供の頃からの夢」
何とか立て直し、海涼は元気を取り戻し始める。
「はい、もう中学校の時からずっと聞いてますよ、柴原さんの夢。魔法使いになりたいんですよね?」
理解しているということを表すように、礼央奈は言葉と同時に視線を合わせる。
「うんうん。だって、魔法が使えるって素敵だって思わない? 絶対必ず、魔法使いになるって信じてきたから、この学校に入学したんだよ。だからさ、早くなりたくってウズウズしちゃってるんだ」
まさに瞳を輝かせるというのはこれといった感じで、海涼は魔法に対してとてつもない憧れを持っている。
「その気持ち分かります。一刻も早くなりたいって思う気持ちは、ごく当然なことです。でも、急ぐことはないです。ゆっくりでも前進さえしていればいいことなんですから」
「う〜ん、そうかなぁ? 時には急ごうよ、遅刻しそうになった時とかはね」
ジョークを呟く余裕の出てきた海涼。その時、教室を見渡した先に、注目すべき人物がいた。水海道雅毅である。
「あ〜あ、私も水海道君みたいになりないなぁ……」
羨望の眼差しを雅毅に向けながら、海涼はぽつり呟くのだった。
時は経過し、昼食を済ませた雅毅は友達歴の長い翔馬に連れられ構内をぶらぶら歩いていた。
絶好の散歩日和で、校内にいてはもったいないほど温かな陽射しに溢れ、心地良い風は思わぬこともしてしまう。
「うっほー、ここは天国だな雅毅」
「ん、何が?」
周囲に視線を配りながら、翔馬は顔をニヤつかせる。
二人は校舎から離れ、グラウンドや軽いスポーツができる芝生が敷き詰められた広場に来ていた。そこには、雅毅達のように外へ出た学年を越えた生徒達が思い思いに羽を伸ばしている。
「チッ、分かってねぇなぁお前。これを見て何とも思わないのか?」
立ち止まる翔馬に合わせ、ズボンのポケットに両手を突っ込んだままの雅毅も止まり周囲を見渡す。
「思うって、何を?」
「はぁ〜、お前は鈍感だねぇ。ここをどこだと思ってるんだ?」
「……学校」
「そう、学校だ。それも、私服じゃない制服を着た生徒達が通う学校だ」
妙に意気込んで身振り手振りを加える翔馬。
「それが?」
「それがじゃねぇよ! 見てみろ、あそこに誰がいる?」
翔馬の指し示す指先を無愛想に見据える雅毅。
「女子生徒」
「そうだ、女子生徒だ。どんな制服を着てるんだ?」
「見た感じ、セーラー服」
「どうだ? 何か感じないか?」
「……別に」
「はぁ、お前はつくづく夢がないな」
今度は肩をがっくり落とし、大きなため息を地面に向かって吐く。
「あの格好を見てどうも思わないのかよ? あの丈の短いプリーツスカート。膝上20センチの楽園を」
「……お前、頭の中が溶けたのか?」
冷静に淡々と雅毅は、テンション上がる翔馬に対し異常者発言をする。
「溶けるかよ脳みそ! ったく、お前はいっつも無反応、無感情、無愛想だな。授業中なら分かるけどさ、女の子を目の前にしたときぐらい、飛びつくぐらい感情をむき出しにしてもいいんだぞ」
オーバーアクション気味に、翔馬は更に雅毅に訴えかける。
「別に、そんなことする興味すらない」
「はぁ、お前は悲しい男だな。第一、お前は男としての本能に欠けてる。あんなミニスカートの女子高生達がわんさかいる学校の中にいて、関心が沸かないなんて知れたら、ゲイか何かに勘違いされるぞ!」
「そんな大げさな……」
「大げさだなんて失敬な。これは、男としての死活問題だぞ。男として生を受けた以上、異性に興味を持たないなんてことがあってみろ、ヒトを創造した神様に対して冒涜してることになるんだぞ」
さらに声を荒げ、翔馬は男と女の関係のあるべき姿を熱く語る。
「それに、女子の制服には大きな利点がある。第一に、どんな靴下を履こうがむき出しになるすらりと伸びる太もも。そして、一番の重要ポイントはたまに見えるパンチラだ。故意にやったら犯罪だが、風が吹いてふわっと浮かび上がった拍子に見えるあれは、まさに神のなせる業。神のなさった思し召しを無下に扱っちゃあもったいないってもんだ。ありがたく拝もうぜ」
何の恥じらいもなく、堂々とパンツのありがたい様を語る翔馬。その顔は、どこか誇らしげで厚顔無恥の何者でもない。
「お前の発想、オヤジそのものだぞ」
黙って聞いていた雅毅の少なくも多大なダメージを与える一言。ティーンエイジャーの若者に効果を発揮するに違いない一撃。
「いいや、オヤジのパンチラはどうあろうと犯罪だ。社会が許そうが俺は許さない。俺のような若者が見る分には、犯罪にならない。というか、俺が犯罪にしない」
ニヤニヤと自分のしようとしている罪を誤魔化し、あやふやな扱いにする翔馬は、別に罪にはならないと主張する。だが、どこへいったって、犯罪は犯罪である。不可抗力を除けば。
「あぁ〜、いつ見れるんだろう。純粋な証、真っ白なパンツもいいけど、ボーイッシュなストライプもいいし、女の子らしいクマさんもいいなぁ。う〜ん、水玉も捨てがたいし、大人っぽいランジェリーもいいかも……」
ひとり妄想の世界に没頭してしまう翔馬。
同級生としてあまり付き合いたくない雅毅は、気づかれないようなため息を吐き翔馬を残し違う場所へ行こうとする。
「なぁ、お前はどんな……って、置いて行くなよっ」
翔馬が気づいた時には、雅毅は既に遠くに行っていたのだった。
入学してから数日が経過してるものの、新入生に学校の構造を理解せよというのは不可能なこと。冒険感覚で構内のあちこちを巡るのは可能でも、一度しか使用しない教室だって存在する。あれやこれやと急速に覚えなくてはいけない時期において、どこに何があるのかを覚えるには繰り返しの学習が必要になる。
屋外に出ていた雅毅達は、学校指定の内履きに履き替え校内を散策しているうちに大きい体育館、大体育館に来ていた。ここへ来る途中にも、同級生上級生問わず翔馬のエロエロ視線は止まることを知らなかった。視線が常に顔より下に向けられ、行き過ぎる女子生徒を品定めするように見続けていたのである。隣の雅毅は別に注意することなくよそ様だというオーラを出しつつ、突き返ってくる侮蔑な視線に臆することなく歩いていた。
「この学校は、なかなかレベル高いなぁ」
これまで見てきた女子生徒から判断する翔馬。彼は今までどれだけの女子高生を見てきたのか知りたくもないが、そう彼は評価している。
「あれだけ短いんだ、いつ見れるか期待が膨らむぜ」
ニタ〜っと顔の筋肉が弛緩しきり、締まりのない表情を浮かべる。
「オレは絶対、付き合わないのでよろしく」
瞬時に釘を打ち、自分に被害が及ばないよう予防処置をする雅毅。
大体(大体育館の略)は今まで過ごしてきた小・中学校よりも遥かに広く、バスケットコートが一面取れれば良かった体育館は、この学校では三面ぐらい使えそうな広さがある。左右にはギャラリーもあり、開け閉め可能な窓ガラスが何十枚と左右にある。
「やっぱ、広いなぁ。中学校と比べ物にならないぜ」
「そうだな」
大体のステージから見て後ろ側の入り口で立ち尽くす雅毅達。昼休みの体育館は、自由に開放され何らかの用事がない限り、バスケットやバドミントンなどすることができる。昼休みも中盤に差し掛かり、今体育館はバスケットをする男子やバレーボールをする女子で占拠されている。
「この中じゃサッカーもできるぜ、きっと」
「そうだな」
またしても聞いてるのか聞いていないのか判断しづらい返事をし、雅毅はそれぞれスポーツしている生徒を眺めている。
「お前の返事、何の面白みも状況も分かんないぞ」
「あっそ」
頭のてっぺんに近い位置を一本指で掻く雅毅。これといって興味を示さず、ただ事務的に答えるだけの単純作業。
「いいねぇ〜、まさに学校生活、青春真っ盛りって感じだねぇ〜。さっそくカワイイ彼女見つけて、遊びまくりてぇ〜」
一人盛り上がってる翔馬を一人残し、雅毅はとぼとぼと歩き出す。スポーツを楽しんでいる生徒の迷惑にならないよう外側を歩き、ステージから正面にあるギャラリーへ続く階段の前で止まる。左右対称の中央から見る大体は、とても広く奥行きもありスケールの違いに驚嘆してしまう。
「やっぱ……高校は違うな」
ぽつり感想のような一言を呟く雅毅。
「おい、一人で行くなよな」
ようやく現実に戻った翔馬が雅毅の所までやって来る。
「もうそろそろ戻るか? 次の時間、移動だし」
「あっ、ああ」
校内の散策を切り上げ、大体を出ようとした時、上の方から女子の声が聞こえてくる。
「荷物重いから、気をつけてね」
「はぁい」
見上げてみると、視界を遮るほど大きなダンボール箱を抱えた女子生徒が降りてくる。中身は定かではないが、大量に物が入っているのが慎重な足取りから推測できる。
「おっ、格好のチャーンス。どんなパンツか見ちゃおっと」
同時に気づいた翔馬は、あえてスカートの中身を見てしまおうと階段下に移動する。
「止めとけよ、こんな所で……」
珍しく止めさせようと声を掛ける雅毅。その時、訴えかけるように聞こえてくる誰かの声。
『危ない!』
かすれたような、耳にやっと聞こえる小さな声。再度確認しようと、どこから聞こえてるのか方向を定めている矢先、それは現実に起きた。
「キャッ!」
それはスローモーションのように時間の流れを無理矢理歪め、自然の摂理に逆らった動きを見せる。
「くっ!」
自分だけが回りよりも素早く動くことができ、右のポケットに入れていた小枝を取り出す。ダンボールの中身である水鳥のシャトル、傾いて上空に浮かび上がるダンボール、そして階段につまづき前のめりに傾いていく女子生徒がゆっくり動く。
「止まれっ!」
落ちてくるもの全ての方向に小枝の先端を向け、心の底からそう願った。自分にそんな力など存在してるはずはないと決め付けていながら、雅毅は無意識のうちに小枝を振るった。
刹那、重力に逆らうことなくそれぞれ落下していたものが目には見えないヴェールに包まれる。それはまるで下から息を吹き上げて遊ぶおもちゃのように、不安定ながらも落下が止まる。
「おっ、おい、何がどうなってるんだ?」
マジックのような非現実的なことを目の当たりにし、誰よりも近くで見ている翔馬は両目を見開き驚愕しきっている。
宙にふわふわと浮いたまま、雅毅は小枝を持ち上げ安全に着地できる場所まで後退する。
大体にいた誰もが雅毅の力に驚き、スポーツに勤しんでいた生徒も手を休め固唾を飲む。徐々に凄まじい力に魅了され、呼んでもいないのに人々が自然と雅毅の周りに集まりだす。
「すっ、すげぇ……おう?」
上空に浮かんだまま移動する女子生徒を見上げている翔馬。その両目にしっかりと入ってしまった喜ばしき光景。
「こんな状況で見れるとは……ツイてる」
誰に聞こえるともなく呟いた一言。風にそよいでいるようにひらめくミニスカートの中、
翔馬が待ち望んでいたものがバッチリ捉える。
「……黄色」
逃すまいと一点集中して見続ける翔馬。誰にも気づかれまいとたかをくくって。
ゆっくりと大体のバスケットコートのセンターサークルまで後退した雅毅は、ゆっくりと右腕をゆっくりと下ろす。同時に重力に逆らって浮かび続けていたものもゆっくりと下降し、ふわっと着地する。
「えっ、ええっ!」
自分の身に起きたことが信じられない女子生徒は、自分の体を見回したり体を揺すって背中を覆っているマントをひっぱったりする。
「すっ、スッゲー! スッゲーよ雅毅!」
ひとり飛び抜けて騒ぎ立てる翔馬。
そして、巻き起こる拍手の渦。迫力は数段落ちるが、ひとりを褒め称えるにはそれで十分だった。
「誰なんだ、あの生徒……」
大体の中を見ることの出来る廊下の窓辺、薄気味悪い雰囲気を放った白衣を着ている男。
その白衣にも清潔感はなく、ずっと使い続けた証のような汚れが付着している。
「あの力……侮れん存在になるな」
眼力だけで人を殺してしまいそうな据わった眼で、男は光景を見据えていた。
「見事なパフォーマンスだったな」
ステージ側の入り口付近から見据える意味深な視線。
「一年生にしては、なかなか使いこなしている」
「あの一年生さん、すごいですぅ〜」
それぞれ表情や言葉は違えど、口々に賛辞を送っている三人。
「これからのことを考えると、彼を引き抜いておいた方がいいみたいだ」
リーダーらしき金髪の少年は、何か確信を得たように微笑するのだった。
自分が何をしていたのか分からなかった。
気づけば、大体の真ん中辺りまで来ていたし、何をして引きつけたのか周囲には多くの生徒が群がっていた。そして、自分の右手には何故か授業で使った小枝が……。
「すげぇよ雅毅、お前、あんな才能があったんだな!」
「才能?」
いつも興奮している翔馬は見慣れてるものの、興奮している理由が自分にあるというのが理解できない。
「無神経、無頓着、無愛想のトリプルセブンのお前が、魔法を使って人助けすンなんて信じられねぇよ」
「人助け?」
自分にも身に覚えのない言葉だった。一般的には、魔法で人助けは無理だとしても、意識的に『助ける』なんて指令を頭から出した覚えがない。体力でカバーし、捨て身に助けることなら誰でも出来る。しかし、まだ発揮はおろか魔法の『ま』の字も知らない段階で、人ひとり、ケガを負わせず助け出せたという点がおかしい。
「……トリプルセブンは、余計だ」
自分の身に何が起きたのか半信半疑のまま、雅毅は普段はしないツッ込みを入れる。
「あっ、あの、ありがとうございました」
助けられた女子生徒は、ちょっとおどおどした様子でお礼を述べる。助け出した彼女は無事だったが、散らばったシャトルはダンボールの中に数個を残し後は全て散乱している。
「……あっ、ああ、どうも」
性格が出ているのか、自分でしたという自覚がないだけあって曖昧な言葉で濁す。助けたという自覚がないにしては、右手にある小枝が妙な違和感を与える。
「お前、やっぱ魔法の才能があンだよ。きっと、もっとスッゲー事できるぜ」
翔馬のテンションの高さはどの場所でも違和感なく発揮されるが、雅毅の心にはある声が引っかかっていた。
『危ない!』
このフレーズ。別に言葉自体は何も怪しくはないが、この言葉を発した人? もしくは、
虫の知らせか何か分からないが、この声の主が何なのか分からない。
「もう、気を付けなさいって言ったばかりなのに……助けてくれてありがと。それにしても、すごい力を持ってるのねあなた」
助けだした女子生徒に荷物を持たせた女子生徒も加わり、注意と共にお礼を述べる。やはり、あの魔法は皆が気になるところか。
「あれはたまたまって感じです。ケガが無くて良かったです」
「ホントよね。さっ、ボーっとしてないで、シャトル拾いましょ、時間がないわ」
散乱したシャトルを拾い始める女子生徒達。取り巻く生徒等も時間が気になり始め、徐々に輪が解かれていく。そこへ、
「まっ、待って! そこのすごい人っ!」
解れ出した輪の中に飛び込んでくるは一人の女子生徒。しかし、取り巻いていた生徒とは異なり、とてつもないオーラを迸らせ瞳を爛々と輝かせている。
「あっ、あの、私に魔法を教えてくれませんか……」
言い切り終えようとした時、その中心にいた人物の姿が目に入る。
「あーっ! きっ、君は、水海道雅毅君!」
「あんた……今日、木片に花を咲かせて、壁に穴開けた奴」
冷静さが逆に冷酷感を与えてしまったらしく、花さか娘、海涼が泣き崩れる。
「うぇ〜ん! 忘れようって思ってたことを、思い出させないでよぉ〜」
「こんな場所で泣くな」
人がまばらになるとはいえ、人が皆無ではなかったため、泣かれるもんなら目立ってしょうがない。
「グスン……ごっ、ごめんなさい……」
涙で潤む目頭を擦り、ようやく立ち直り始める海涼。
「それで、大魔法使いの雅毅君に何の用なわけ?」
突然の来訪者におちゃらけた様子で尋ねる翔馬。
「あっ、あの、私に魔法のコツ教えてくれないかな?」
突拍子もない言葉に、聞いた翔馬はおろか雅毅まで少し虚を突かれてしまう。
「コツぅ?」
真剣に、そしてしっかりと意思を込め、海涼は断言する。前の事件と、今とのギャップある言動に自然と面と面を向かい合わせる翔馬と雅毅だった。