第五話
草むらに隠れ、野営地を如何に奇襲するべきかの軍議が始まった。
「俺は騎士たるもの、打って出るべきだと思うぜ!!全員倒して、その石版とやらを奪い返せば良いんだろ!?」
ゲオルギオスが言うとそのあとに
「ゲオルギオス殿、兵法と言うものはそこまで単純なものではありません。」とラトスが中に入る。
「ここは包囲戦術を実行し、その後に火矢で殲滅することが上策かと存じます。遊牧民の家は、布でできた移動式住居で、草原を旅するにはどうしても飲料として水を使うので、消火もしにくいでしょう。小を持って大を打つことこそ、謀の本懐でございましょう。」
それを聞いた伯爵が頷く。
「そうじゃな。包囲戦術においてはラトスの意見を採用しよう。しかし、火矢はどう用意すれば良い?」
その提案にゲオルギオスが答える。
「ガハハハ!!俺の火打ち石を使うとよい!!それにこのボロ布を巻きつけてな!たちまち奴らは紅蓮の炎の中よ!!ガハハハハ!」
ゲオルギオスはカバンから大量のボロ雑巾を出し、そこら一帯に撒き散らした
「きゃあ!」
「ほぉ、ゲオルギオスにしては良いことをしたなぁ。よし、チドリよ、このボロ布を巻き付けて、火矢を作れ。」
伯爵が命令すると、チドリは明らかに不機嫌な顔をしたので、俺は
「アハハ…良いですよ、これは僕がやりますから…少しでも皆さんの役に立ちたいですし、」
と言った。しかしチドリは相変わらず、敵対的な目で俺を見ている。
「僕も手伝うよ!」とリリーがこちらに来た。ライラも「私も手伝うわ。」と矢を巻き始めた。
100本ばかりの矢を作ると、それをチドリに渡すことになった。やはり、俺から受け取るときは嫌そうな顔をした。一体俺は何か悪いことをしたか?
ライラになぜ俺が嫌われてしまっているのかを聞いたら、
「わからない。でもあなたのことが嫌いではないはず。だって会ったのも昨日でしょ?きっと何か理由があるのよ。」
その理由とやらは俺にはわからなかったが、直ぐに戦闘配置についたため、考える余裕もなかった。
「放てぇ!」
伯爵が勢いよく気勢を上げると、チドリの火矢が遊牧民のテントに向け放たれた。チドリは可燃性のあるテントの表面などに火を放ち、殆どが百発百中であった。
遊牧民のテントは紙と布でできており、一瞬のうちに紅蓮の火柱が巻き起こり、草原の草木の周りの草木にも燃え移ったため、一帯は夜であるにも関わらず、昼のように明るくなった。
中から火だるまになった蛮族や、熱くてたまらずによろけながら蛮族から出てきた。
「熱い!熱い!誰だこんなことをした奴は!?」
「俺だぁ!!」
出てきた盗賊を一人残らず討ち取るため、非力なチドリを後方支援に置いて前方に、伯爵、ラトス、ゲオルギオス、リリー、そしてスマホを取り返すために俺とライラが攻撃に参加した。
しかし、俺は勿論非力であり、まともに打ち合ったりしたら、勝てる相手ではない。
あくまで俺の目的は、迅速にスマホを取り返すことだ。
「おい!おぬしら!よくも我が皇国の神父を冒涜してくれたな!?」
伯爵が叫ぶ。
「し、知らねぇよ!」
下っ端らしき男は気迫に押され、剣を構えながら答える。
「嘘をつくな!石版を奪った筈だぞ!出せ!!」
「だから持ってねぇって言ってるだろうがぁ!」
下っ端の男は、瞬くまに小型ナイフを投げたが、伯爵はさらりと交わし、逃げようと背を向けた途端伯爵の剣によって首をはねられてしまった。
目の前で人の首がはねられるのをみて、俺は思わず吐いてしまった。こういったシーンは、映画やマンガではよく見てきたが、やはり目の前で本物を見るのとは違う。すると後ろからライラが、
「吐いてる場合じゃないわよ。早くスマホを探さないと。」
と俺の背中を叩いた。
周りでは他のメンバーたちも、戦っていた。ゲオルギオスはその手に持った巨大なハンマーで、襲い来る敵たちを根こそぎ倒していた。
リリーは吹き矢を使い、次々と麻酔で敵を眠らせていった。
あたり一面は火の粉がまい、俺は一刻も早くここからスマホを取り返し、ここから逃げ出すべきだと考えた。
リーダーがいると思われるテントについたが、中には人がおらず、スマホもなかった。
「どうやら、逃げてしまったみたいね」
俺は落胆しライラに、「どうすれば、敵のリーダーをおびき寄せることができる?」と尋ねた。
彼女は「ここにいる人間を一人捕虜にし、人質として交換させることね。遊牧民は仲間を大切にするから、石版ごとき、返してくれるでしょう。」
確かにそうだ。血肉を分けた兄弟であるはずの遊牧民が、たかだか珍品のために人の命を投げ出すような真似をするはずがない。それにこの広い平原の中を水も食料もなしに逃亡すれば、たちまち餓死してしまうだろう。蛮族の親玉と言っても、そこまで単純ではないはずだ。
「ねぇ!その石版あった!?」
リリーが首を動かし、尋ねてくる。
「いや、なかったよ。親玉みたいなやつもいなかったしな。」
「えぇー!それじゃあ」
俺と同様、落胆したような顔をしたが、ライラが俺に説明をしたように返した。
「リリー、貴方は吹き矢で敵を眠らせたわよね?その敵を人質にしてほしいの。」
「わかった!」
俺たち三人は馬を繋いでいた綱や手綱で、眠っている蛮族たちを縛り上げた。
「いやぁ、夜襲を仕掛けたが親玉らしき者はおらんのう。」
伯爵はあたり一面を見回したが、それらしきもなは見当たらない。
まいった。
スマホがなければ俺は帰れなくなってしまう。よくよく考えれば、スマホがなければ俺も榎本さんも、元の世界には帰れない。両親、親戚、友の顔ももう拝めない。そして日本にも帰れない。そう思うととても感傷的な気分になり、必ずや取り返さなくてはならないと思う。
そう思った次の瞬間だった。
遠くから灯りが見えた。それも四方を囲っている。
遠くからゲオルギオスの声が聞こえる。
「おいおいなんだぁありゃあ!?リリー!お前目ぇ良いだろ!?よく見てくれよ」
「う、うんあれはね、あっ!蛮族だ!蛮族がこちらを囲ってるよ!」
「なにぃ!?」
灯りがどんどん近づいてくる。
「まさか!?蛮族の隊長は今日は野営地にいなかったのか!?そして今帰っていたということか!?」
伯爵が叫ぶ。
「わしとしたことが何たる不覚!!しまった!!チドリは後方支援にいる!わしらとは別行動なんじゃ!」
するとラトスが落ち着いて
「私が行きましょう。直ちにチドリさんを救出しに行きます。」
「うむ!わかった!しかし、流石のおぬしとはいえ、一人では危険じゃ。他に援護を。わしは蛮族と人質を巡って話をつける!」
ラトスはゲオルギオスと共に行こうと彼の方を見た瞬間、
「俺はまっぴらごめんだぜ。なんせ体重が重いので馬にも乗れんし、足も遅い。一緒に行かせるのならリリーが…」
「いや!僕も行けないよ!伯爵にもしもの時があったら、影から蛮族隊長を暗殺する任務を授けられたから!」
「くそっー!誰が行けばいいんだ。」
団員たちが話をする中で、俺は自分の無力感を悔やんだ。他の人が一所懸命戦ってる中で、俺は全くの無能じゃないか!周りの人間が命を賭けている中で、俺は未だお遊び気分が抜けないままだ!蛮族にスマホを取られたとき同様、俺は弱いのか!?どこでも変われないまま終わってしまうのか!そう思った瞬間、俺が出した結論がこれだった。
「俺が行きますよ!」
一同が顔を顰める。
リリーが「無茶だ!」と叫ぶ。
「ナードは戦をしたことのない僧侶でしょ!?いくら人手がいないからといったって無茶だよ!」
「そうだぜ!お前の石版を取り返すために来たのに、お前が死んだら本末転倒じゃあねぇのか!?」
そしてライラも後ろから、
「ナ…竹林くん!スマホがなくなったら、貴方は現実世界に帰ることから遠のくのよ!?それでも良いの!?」
俺はライラに「榎本さんは帰れなくなっても良いのか!?」と聞き返した。
「私は…竹林くんをここに連れてきた張本人だから、そんな事を言える資格はないわ。」
「そうか!ならば行く!」
一同が再びざわつく。
「皆さん!聞いてください!元はといえば石版を取り返して来いというのは俺の依頼です!しかし今、俺の依頼の為に皆さんが命の危険に曝されています!!」
「そ…それはわしらの責任じゃ!」
「いや伯爵!僕の責任です!蛮族に石版を奪われてしまったのも、僕が弱かったからです!僕は今まで、誰の役に立つこともない人生を送って来ました!どうせ死ぬなら、誰かの役に立って死にたい!!囮ぐらいにはなるでしょう!皆さんの命は僕が助けます!」
「そっ…そんな…」
メンバーたちがざわつく中、伯爵が一言が空気を沈黙させた。
「行って来なさい。」
「そんな、伯爵!よろしいのですか!?」
「良いのじゃ、ラトス。ナードくんの目は今は戦士の目だ。止めようとしても止まれまい。人間はここだと命を賭ける場を逃げてしまうと、一生を虫けらのように後悔して生きる羽目になるんじゃ。」
そうだ。俺も今までありとあらゆるものから逃げ続け、虫けらのような人生を過ごして来た。仮にスマホを取り返し、現実世界に戻っても虫けらのような人生を送るだけだ!
俺は決心をついた。現実で虫ケラとして生きるよりも、この世界で戦士として死のうと!
そう決心した途端にあたりは雨が降ってきて、雷鳴がなり、火攻めで燃えていた、野営地の火も消え始めた。
「良いですか。ナード殿は、この旗を精一杯振って敵の注意を引きつけてください。敵は奇襲をしにきたと勘違いをし、たちまちこちらに矢を放ってくるでしょう。敵が攻撃をしてきたら、直ちにチドリさんを救出してください。」
わかりました、と俺は話を聞きながら頷いたが、一つ疑問があった。
「この馬は、三人も載せて大丈夫ですか?」
するとラトスは自信満々な表情をし、
「我が馬ダルタニャンは皇国一の駿馬です。皇帝陛下から伯爵が賜わったのですが、私の結婚祝いに伯爵がくれたのです。年ですがまったく衰えてはおりません。」
なるほどと、俺は伯爵とラトスの働きに関心する暇はなかった。一刻も早く、チドリを救い出すため、ダルタニャンが走り出した。
その速さといえば、スポーツカーと同じ程の速さで走った。
俺は旗を大きく振り回し、
「蛮族共、こっちだぁ!!と叫んだ。」
すると、取り憑かれたように蛮族は弓矢を放ってきた。普段から遊牧民は弓矢を扱っているため、銃弾のように早く、矢が飛んできた。
しかしラトスは、それを軽い槍さばきで、振り落としていく。そして蛮族の包囲陣形をたちまち突き破った。
「見ていればなんだこの体たらくは!騎乗の雄に敵無しと言われたこのウリヤスタイが相手だ!」
蛮族の中隊長と思われる男が名乗りを上げ、双剣をもってこちらにやってきた。ものすごい気迫に体が揺れてしまう。ここは戦場だと実感をした。
対してラトスも名乗りを上げる。
「デザリーヌ伯爵が部下、ラトス・ロドリゲスと申す!!」
双剣と、双剣が激しく打ち合い、火花を散らす。しかしラトスの槍は敵以上に優れていた。七合程の打ち合った後、ラトスは敵兵の腹を突き刺し、敵兵は落馬してしまった。
「ではここからチドリさんを探しましょう。」
他の敵兵は自身に命令をしていた隊長が倒れてしまったため、混乱している。
すると岩陰に、人の影から見えた。蛮族の体格ではない。
岩にまでダルタニャンを走らせると、そこにはやはりチドリがいた。
「乗って!」
「!」
俺はチドリの手を掴むと、チドリは俺の後ろに乗った。余程恐ろしかったのか、今でも体が震えている。
「あり…がとう」
「良いってことよ」
ラトスはダルタニャンの手綱を引き、方向変換をした。
一方燃え尽きた後の野営地では、伯爵がひきいる本隊と、遊牧民の本隊が捕虜の交換の取引をしていた。
「て!てめぇは、鬼子の警視官、デザリーヌだな!?石版を取りに来たんだろうが間抜けな狗どもめ!俺は部族の宴会に行っていたんだよ!!仲間も読んで、てめぇら小鬼子ども皆殺しだぁ!」
蛮族のリーダーが激しく罵るが、伯爵は一切どうじない。
「うむ。いかにも。でも皆殺しはできん。ここに、捕虜がおる。これと石版を交換しよう。」
すると、蛮族のリーダーは嗤って、
「ククク…交換だぁ!?いいか、我々遊牧民の命は、生まれたときから部族に捧げているんだよ!!捕虜になるような出来損ないは、いらねぇ!!おい!」
リーダーが合図を出すと、周りの蛮族たちが、矢を放ち、縛られていた蛮族を射ち殺した。
「ぐぇぇ…!!」
「首長様ぁ…お助けを!」
その情景を見た伯爵は激しく憤り、
「なんと、惨たらしいことを…!!仲間ですら…同族ですら、自分の都合のためだけに殺すだなんて!!」
周りにいた蛮族兵たちが、反応する間も与えず、リリーが毒矢を放つ。
「ぐぇ!!」
すると、リリーがリーダーを狙おうとすると、
彼はスマホを盾にした。
「ふん!今となってはこんなもんいらねぇよ!」
すると、リーダーはスマホを近くの燃え残った火に突っ込んでしまった。
その後、リリーの吹き矢により、頭をやられ倒れ込んだ。
「くそぅ!わしとしたことが!石版も失い、依頼者や仲間の命も危険に晒してしまうとは…!」
「(これで、竹林くんも私も現実に帰るのが遠のいてしまう…)」
「クソッ!!あいつらまだやってきやがる!!このままじゃ俺らも犬死だぜ!」
ゲオルギオスが、外から帰ってきた。重装の鎧には矢がたくさん刺さっており、弁慶のようになっている。
「すぐに逃げる他あるまい。ラトスとナードを信頼しよう。」
一方その頃、別働隊のラトスがいた。
「やった!チドリさんも無事です!後ろからは着実に敵が迫ってきています。街に戻りましょう。」
ラトスがダルタニャンの方向を変え、街に戻ろうとしたときだった。ラトスの手に弓が飛んできた。
「ぐぅ…!」
「へへ…死ぬ前に一矢報いてやったぜ…矢だけにな」
気づけばラトスの手に、先程の一騎打ちに敗北した男が、弓を放った。
その結果、ラトスは手から手綱を離し、俺とチドリを振り落としてしまった。
そして運の悪いことに、後方には敵の大軍が見える。
「くそっ!申し訳ありません!どうかご無事で。」
ラトスと馬のダルタニャンが遠のいて行くのが見える。
なんという不幸だろう。助けられたのに俺はもうここで死んでしまうのか!嫌だ!俺はまだ死にたくない!
振り落とされた俺とチドリは、敵に見つからないように、手を繋いで必死に逃げた。ここで死ぬのはやはり嫌だ!
俺たちは蛮族の追撃を振り切るべく、平地にあった小さな洞穴に逃げ込んだ。平原ではいずれは見つかってしまうが、この暗闇のなかを、洞穴を探すのは難しいだろう。
洞穴に逃げ込むと、チドリの方から話しかけてきた。
「昨日と今日はごめん。貴方に厳しい態度で接してしまって。」
彼女の一言は突然の謝罪だったが、死の危険を逃れた俺にとって、そんなことは最早どうでも良かった。
「良いってことよ。それよりも怪我とかはないか?」
俺は気の抜けた声で彼女に尋ねる。
「大丈夫。あなたは優しい…」
先程、どうでも良かったと聞いたが、死の恐怖が遠ざかったこともあって、再び彼女の行為について疑問に思った。
「一つ聞きたいことがあるんだが良いか?」
「うん。」
「前のことを蒸し返すようでわるいんだが、なぜ俺に対して厳しい態度を取ったんだ?」
すると彼女は一瞬顔をしかめた。俺は焦って、
「い…いやいいんだ!言いたくなければ!ごめん!」と言ったが、
「言う。実は、貴方の顔が、死んだ兄に似ていたの。それで、嫌なことを思い出してしまって」
「…ッ!」
軽い態度でした質問の答えが、あまりにも重かったので、俺は言葉を失ってしまった。
「やっぱ、ごめん!きついこと聞いちゃって!」
「こちらこそごめん。私情できつい態度をとってしまって。貴方は私の命を、自分の命を賭けて助けに来てくれた。だから、あなたには感謝してもしきれない。」
まぁ彼女から嫌われていなかったということと、蛮族から逃れられたという安心感で、俺は硬い岩盤のベットに眠りについた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」