第四話
昨日の疲れからか沈むように深い眠りについたのにも関わらず、朝は驚くほど早く起きた。体中に骨折を負っているので、ベットから出るのも松葉杖を使っての、慎重な作業だ。
手すりを伝って一階に降りると、朝早くからデサリーヌ伯爵が、筋骨隆々とした上半身の肉体美をさらけ出しながら、朝早くから大斧を持って薪割りをしていた。
「伯爵、おはようございます。」
「おはようナード君。あまり動くと危険じゃ。注意しなさい。この後に朝ごはんを作るからな?」
そう言われたあと、俺はそのまま部屋に戻った。部屋ではライラがいた。
「蛮族にスマホを奪われた件について、お父様に切り出したほうが良いわ。」
お父様呼びに思わず違和感を覚えたが、これは一応映画の中であるので仕方がない。
朝食を食べる際にライラは俺の先程言ったことを切り出した。
「実はこのナードさんは神官らしいんだけど、どうやら蛮族に襲撃されて大切な石版を奪われてしまったらしいの。」
すると伯爵は
「なっなんだって!?それは大変だ!!すっ…直ぐに取り返しにいかねば!!」
いきなり伯爵が大きな声を出したので、俺は思わず飛び上がってしまった。
伯爵は机に手を置き、直ぐに立ち上がった。
俺は食事後に伯爵に案内され、家の近くにある訓練場に案内された。
「君に私の部下を紹介しよう。いずれも頼りになる者たちだ。」
ズラリと並んでいるのは全員四人の合わせて14〜35歳ぐらいの年齢層の男女だ。伯爵は頼りになりそうだと言ったが、そうなりそうなのは三人だけで、一人いる俺より年下の娘は頼りにならなさそうだ。多分マスコットか医師だろう。
「君たち、蛮族関連の依頼だ。この神官の方が、昨日砂漠を歩いていたら蛮族共に怪我をさせられ、しかも大切な石版を奪われた。」
「石版を?本当ですか?」
反応を示したのは上から二番目くらいの年齢の穏やかそうな目の細い男だった。
「その通りだシラクスよ。異教の神官を襲うなど、我々の宗教では許されぬことだ。ましてや、冒涜するなどと…」
男は唇をかんだ。その後に
「蛮族共、調子に乗りやがって…このオレが一人で殴り込めば奴らなぞ皆殺しですぞ!!」
続いて憤慨を示したのは大柄でヒゲを蓄えた男だ。頭にはニット帽のようなものを被っている。
「ねぇ君、本当に襲われたの?助かって良かったね〜」
「え…えぇまぁ」
俺に話しかけて来たのは年齢は下から二番目の娘だった。俺と同い年くらいで、見た目は美しい金髪をしていた。
伯爵はグダグダになった状態を見てため息をついたあと、
「ところで君たち、この依頼人にのナードくんに挨拶をしなさい。整れーつ!!」
伯爵が気勢を上げると、兵士たちは身長の高い順に並んだ。
「では向かって左から!!」
「はい。私の名前はラトスといいます。ここでは年齢は上から二番目、腕はそこまでですが、この小隊の軍師をしています。ナードさん、よろしくお願いしたします。」
「こっ…!こちらこそお願いしたします!」
あまりにも礼儀正しくされるので、俺は困惑してしまった。でも第一印象で、この人は良い人だと言うことがわかった。
「ガハハハハ!!俺は重装歩兵をやっとる、ゲオルギオスだ!!伯爵の部下の中では最年長だ!俺のハンマーで夷狄の奴らなどせんべいにしてくれるわ!!ガハハハハ!!」
「はぃ…よろしくお願いしたします…」
あまりの気迫に驚いてしまった。あまりこういう情熱的な人は現代では見ないので、すこし新鮮な感じもした。
「うーんとね。僕は吹き矢を使う竜騎兵のリリーだよ!」
「僕って!?男なんですか!?それとも…」
「うん。男だよ。容姿があれだから最初は殆どの人に女の子に間違えられるから気にしないで!大丈夫だからね!」
あまりにも容姿が端麗なので、彼の性別を間違えてしまった。
「…フンッ!」
えっ!?何?何だ今の?
「コラ!チドリ!依頼人の人にはきちんと自己紹介しないか!なんどいえばわかるんだっ!」
伯爵が娘に注意をする。
空気が悪くなったので俺は、
「い、いやぁ…アハハハ いいですよ伯爵、彼女も疲れてるみたいで…」
と無理やりな援護をした。
それでも彼女はそっぽを向いている。余程おれのことが嫌いなのか?
「彼女はチドリと言ってな。まぁなんだ、人見知りでな、そういう性格なんじゃ。まぁ悪いやつではないからなぁ。許してやってくれ」
一通りの自己紹介を終えると、ラトスが
「伯爵、蛮族からその石版を取り返すのは明日が吉日かと存じます。明日は三日月の日です。三日月は弓の型をしているが故、武運長久に繋がるとも言います。」
すると後ろからゲオルギオスが
「なんでぇラトスよぉ、俺は今日にでも撃って出るつもりだったぜ。」と言う。
「ゲオルギオス殿、今日は鬼の日です。思わぬ悪運が待っているかもしれませんよ。」
「けっ!ラトス!お前はエンギばかり気にしすぎるんだ!だから優男なんだよ!オンナはワイルドな男を好きになるんだ!例えば俺みたいなな!ガハハハハ!」
リリーがこうからかう
「その割にはゲオルギオスはこの中で一番年上のくせ恋人はいないよね?ワイルドと言うよりもファットなんじゃない?」
「うるせぇ!ガキ!」
その後に笑い声が巻きおこる。しかし俺は笑えなかった。このダジャレが対して上手くないのもだが、蛮族を相手に明日死ぬかもしれないのにこの人たちは笑顔で洒落を飛ばし合っている。
現代人の俺にはない感覚だ。俺は俺のスマホの為に、この陽気な人たちの命を奪ってはしまわないかと内心震えていた。
現在、ナードたちがいる街は草原の城壁都市であった。夜には野盗や盗賊が侵入しないように、門が固く閉められる。その街からすこし離れた場所に、蛮族の野営地があった。
今の季節は春だが、北の春はまだ寒さが残る。蛮族と呼ばれた遊牧民たちは、暖を求めて南下してくる。ナードのスマホを奪ったのは、彼ら遊牧民の中のゴロツキ一派であった。
そしてここは蛮族の野営地である。
「おい!!兄貴ぃ!その変な陶器を見してくださいよ!」
「いやな、なんかここの突起物を押すとよ、中に松明が埋め込んであるらしく光るんだよ。」
「松明ぅ…ですかい?でも俺はこんな薄い松明なんぞ見たことがありませんよ!それになんですか、このミミズが踊っているような奇怪な文字は?」
「うーんそれがよぉ、分かんねぇんだよ。陶器に松明が埋め込んであるってことは、これは石版というよりも灯りとして使うんじゃあねぇのか?」
蛮族たちは、珍しいと思って調達した品のスマホを、パスワードの段階で何をすれば良いのか解らず、これを松明として利用しようとしていた。
俺は伯爵の家に戻ったあと、ライラに再び大切な話があると言われた。
「ナードくん、うまくお父様に取り入った結果、蛮族からスマートフォンを取り戻す計画が進んでいるようね。」
「うん。良かった。」
彼女は険しい顔をする。
「だけどね、明日は絶対失敗しては行けないの。明日、スマートフォンをもし壊されたり破損したりした場合、あなたの゛スマートフォンを使って無双゛という目的が達成で着なくなったことになるの。目標が達成できなくなると、貴方はもう現実世界に帰れないの。」
「いいよ…」
俺は答えを出さなかった。一瞬この女はなんと不条理で理不尽なんだと思ったが、よくよく考えれば、この世界が現実よりも楽しいと心の奥底で感じていたからだ。この世界の人々は、死と隣り合わせにあるからか現実世界の人よりも温かいように感じた。伯爵のように優しくしてくれる人もいないだろう。
もしかしたら、ここに連れてきてくれた彼女に実は感謝していたからかもしれない。
翌日の夜、俺たちは蛮族の野営地へと、向かった。パラディン、軍師、重装歩兵、竜騎兵、弓兵と、アリアは軍医だった。俺はよくわからんが、とりあえず刀とナイフを持たされ、軍師であるラトスの後ろに跨った。
いま考えれば、俺は死と生の狭間にいる。これから、俺を含めた部隊があの野営地へと突貫する。
俺は一昨日まで現実世界の日本という最も安全な場所にいた。だが今はアフガンやシリアのような場所にいる。いつ死ぬかもわからない、この状況をまだ俺はどこか甘く見てしまっている。
何か悪いことがおきてしまいそうだ。