恋ではなく
お嬢様はヘンデル王国四侯爵のうちの一つ、メーデル家の嫡子だ。
なぜ女性なのに嫡子なのか、といえば旦那様と奥方様が御年を召してからの唯一のお子様で。
それ以上の御子を見込めまい…という事情からだ。
「あんどりゅー、あんどりゅー。あのね、ないしょのおはなしがあるの」
「何でしょうかお嬢様」
「あのね……わたしおおきくなったらあんどりゅーのおよめさんになるのよ」
「そうですか。それは嬉しゅうございます」
「うれしい?ほんとうに?」
「はい。それはもう。感激のあまり胸が張り裂けそうなほどです」
「うふふ!やくそくよ!」
無邪気に笑うお嬢様。
えくぼの浮かぶ可愛らしいお顔は砂糖菓子のようで、甘やか。
何かとメイドではなく私を頼ってくるお嬢様は、本当に愛らしく、愛おしい。
だが私は一介の従卒。
お嬢様が戯れに発する結婚の約束も、受け流さなければならない。
「ねえアンドリュー。私との約束を覚えている?」
「はて……今度の週末に城下で評判の甘味を買ってくるという……」
「もう、それではなくて……私がもっと小さいころの……」
「申し訳ありませんお嬢様。お嬢様が小さいころのお約束となると少し記憶が」
「……そう」
寂し気なお嬢様のかんばせ。
私はそれに気づかないふりをする。
お嬢様は、そろそろ社交界にデビューする御年。
古い約束など忘れて頂かなくては。
「アンドリュー、アンドリュー」
「はい、どうなさいましたお嬢様」
「あのね、舞踏会でお父様にデルツ家の次男様と引き合わされたの」
ちらり、ちらりと私の反応を伺うお嬢様。
ああ、愛おしい。
でもそれは駄目なのです。
「素敵な方でしたか?」
「そうね……整った容姿に紳士的な態度で……一緒に居てとても安心できるお方だったわ」
「このアンドリューと居るよりもですか?」
「それは……アンドリューの方が」
雪のような頬を染めていうお嬢様。
ああ、愛おしい。
でも違うのですお嬢様。
「僭越ながら私はお嬢様の兄のような立場でいさせて頂きましたからね。次男様と御目通りするたびにこの私めより、その安心は大きくなっていくと思いますよ」
「なんで、そんなことをいうのアンドリュー」
「はっきりと言わせていただきます。私もお嬢様をお慕いしております」
「なら、なんで私の想いを打ち砕くような言い方をするの?」
「私は「家族」としてお嬢様をお慕いしているのです。不敬ですが、一人の女性としては対象外なのです」
「……バカ!」
それからしばらくお嬢様は私をお傍に召しませんでした。
ですが時が経つにつれて自然と私を以前の様に連れまわすようになり。
「アンドリュー。なんだか貴方の気持ちが解ってきたわ」
「私の気持ち、とは?」
「恋をするのではなく、ただそこに居てくれるだけで心が安らぐ。そういうことなのね」
微笑むお嬢様。
「はい。そういった気持ちでございます」
「なら、いいわ」
お嬢様は、来年の春にはデルツ家から婿を取る。
私も従卒から家令見習いとしての勉強を本格的に始めるつもりだ。
恋ではなく、愛なのです。
お嬢様。