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悪意との死闘

作者: 悟飯 粒

深く詮索してはいけない

歩いていると、‪急にお腹に違和感を覚えた。‬

‪ギュルルルッ!!‬

‪と思った直後、急降下!!腹が悲鳴を上げ始める!!キリキリと音を生み、ガンガンと腹を殴られる!!

‪これはまさか……‬

‪だが俺は、至極冷静に、痛みを忘れようと無我夢中で息を吸いながらトイレへと向かう。‬

‪この感触……間違いない、大物だ。‬1分でも遅れれば……撃ち損じてしまったら、俺に明日はない。

‪しかし俺の心は焦りと、微かな安心を滲ませていた。‬

‪トイレは目の前だ……大丈夫。漏れることはない。‬安心しろ。マンガみたいに1キロ先とかじゃあないんだ。しかもここは大型のショッピングモールの地下。トイレはどこかしこにもあるし、わざわざ地下などにくるやつもいない。……刺激が足りないぜ。

そう、ここは現実。冷静に物事に努めれば対処など他愛もない平易な世界なのだ。

俺はある意味、鼻歌交じりに入り口を通過した。


「……………」


そう、だからこそ、目に入った光景が信じられなかった。

………いやがったのだ、2人。俺には見えない、あの個室を呆然と眺める2人が。


「……………」

「……………」

「……………」


ドッドッドッドッ!!!

そいつらと目が合った瞬間、鼓動が早鐘のように脈打ち始めた。

虚ろで、急いて何かを求めるその悲嘆の眼差し………その表情は確実に、終わりを告げていた。


なぜだっ!!ありえないっ!!


心の中で叫ぶ。

ここは札幌タワーだろ!?なぜ密集しているんだ!!

「……あっ…………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴっ!!!

時計を見た瞬間、全ての合点があった。

そうだ……まだ10時になっていない………つまり、開店時間じゃない!!この地下に人が集中しているのか!!


「くっ………」


このままではまずい!!

俺の思考が僅か1秒でたどり着いた、世界の真理。ここにいたら………ダメだ、終わる。逃げなくては!!

俺はそこを壁伝いに逃げた。

まだまだだ、まだ焦るな。俺は知っている。出た先に障害者用のがあることを………まだだ、まだ希望はある!!


「はぁはぁはぁ…………っ!!!」


俺の目が揺れた。わかる、動揺したこの俺にすら認識させてしまう圧倒的な緊迫感が俺を襲った。

使用中だとぉぉおお!?!?

完璧に目の前があやふやになった。全ての造形物の線がボヤけ、曖昧で虚無の無限世界に変貌を遂げたのだ。


よろっ………


俺はそんな、崩壊した世界の中、ゆっくりとそこから離れるように歩き始めた。

覚束ない足取り、我慢するための小股。

………隠れなくてはっ。

冷え切った噴き出す汗をそのままに、ただ、延命するだけの歩行の先に待っているのがどうしようもない希望だということを知りながら。

隠れなくては……ならない。まだだ、まだ希望はある。まだチャンスはある。………見られなければ、まだ希望は…………


段々と消えていく人影。短くなるストローク。それに反比例するかのように跳ね上がる鼓動。

音が消えていく。

視界が消えていく。


俺は立ち止まった。

壁につく手から感じる無情の冷たさ。それが俺の腹を冷やしていることを理解し………だから、……だから…………目をつぶった。


猫の気持ちが分かった。………死はこの世で最大の恥だ。………だから、人前から消えたがる。


「出すなら………一気にだ。」


俺はゆっくりと、崩れるようにう○こ座りをした。もう迷いはない。あるのはただの冷たな優しさだけ。

「おめでとう。」

そんな言葉が聞こえた気がした。




「…………そんな……」


1分が経った。

好奇にさらされるこの俺は……口を開けたまま固まっていた。

………止まっただと?ばかな、ありえない。う○この名を冠する座り方だぞ!?そんな……退くなんて…………

ブルッ

その時、俺の中で何かが震えた。

だから俺は立ち上がり、大きなストロークで歩き始めた。


ギュルルルッ

歩き始めた途端に再開した苦痛。……加速したかもしれないその殴打は、確実に俺を苦しめる。

キッ

だが、今の俺の顔には覚悟が灯っていた。さっきまでの情けない、命乞いをするような表情なんていうのは消し飛んでいた。

痛む腹を庇うことなく肩で風を切りながら、来た道を戻る。


今の俺はきっと、表情だけで敵を殺せる。

俺は腹をさすった。

……こいつが俺をここまで追い詰めくれたおかげで、俺は少し成長したようだ。


無意味な世界を明るく照らす覚悟……そのおかげで、俺の目の前にはっきりと道が見える。


暴れる腹を殺気で黙らせながら、俺は逃げ帰った場所に舞い戻った。そして横目で扉を確認する。

使用中………だからどうした。俺の覚悟はもう霧散しない。

ザッ

そして入って見える人の列。相変わらず2人いた。


「……………」

「……………」

「……………」


2人と視線があった。


プイっ

そして2人はすぐに目線をそらした。


「………………」


変わらない表情。変わらない呼吸。変わらない隊列。

無限に続く暗雲に包まれたように、仄かな黄色に染まった部屋は水の音だけが聞こえる。


この世界で必要なのは覚悟だ。……どれ程辛くても、希望がなくても………真っ暗な世界に包まれた時に必ず自分を照らしだしてくれる灯火。


ガチャっ

静かな眼差しで立ち尽くす中、扉が開いた。

たとえ目の前に邪魔があろうと、時間がかかろうと、覚悟があれば耐えられる。……確実に突破口は見つかる。


ガチャッ

もう一つ、扉が開いた。

何に対して言えばいいのか分からないけれど………ありがとうとひとこと言いたい。

………ありがとう。


ガチャッ

扉が開いた。


「………ふっ。」


鼻で一回笑った後、俺はある意味鼻歌交じりに扉をくぐった。

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