空想世界が現実世界と知るまで
とりあえず初投稿です。たぶんネット小説向きの書き方ではない。
高校生になってもう一カ月が過ぎた。入学した時のような咲き誇った桜、花と緑の香りが漂う、期待に満ちた世界は散り、消えてしまっていた。そして今の俺は灰色の世界に回帰していた。高校ではどうにかなる、何か変わると思って中学時代を過ごしていたが、いざなってみると何が違うか、と言われると何も出てこない。それはそうだろう、だって実際に何か起きたり、変わったりしたことはなかった。やはりあこがれや夢などというのは蜃気楼のようなものなのだろうか。
そんなこんなをしていたらもう部活動の仮入部期間を終わり、それどころかGWさえも過ぎてしまった。大事な滑り出しで失敗した俺はもちろんずっと家でゲームをして過ごす始末である。
そして、今日はGW明けの登校日である。俺はいつも通りに教室に入り、窓際の後ろから二番目の席に鞄をかけて座った。ふとそこであることに気付いた。何やら教室がいつもより騒がしいのである。不思議に思っていると都合がいいことに仲のいい友人である坂本が俺の後ろの席に座って話しかけてきた。
「へい、久しぶりだな、ここいいか?」
「別に誰もいないんだし、いいだろ」
へい、というのは決して掛け声ではなく、俺のあだ名なのである。名前の一部であるのだが、どうも俺自身はこの呼ばれ方は好きではない。なぜならさっきも言ったように掛け声のようになってしまうため、からかわれやすいからだ。まあ、もうずっとそう呼ばれているため、気にならなくはなっているのではあるのだが……。
そして坂本だが、どうやらこいつは隠し事ができないたちのようだ。表情が豊かすぎのである。今も何やら含み笑いでこちらを見ているところから、何やら面白そうな話題があったらしい。そしてそれは教室のいつもと違う雰囲気と関連があることだろう。
「何かあったのか?」
「あれ、どうしてわかった? 今日転校生が来るらしいんだよ」
本当にこいつは隠し事ができないらしい。
しかし、転校生か。こんな中途半端な時期にか?そいつも大変だな、もうクラスでのグループ形成は終わっているしなぁ。
「へいはどんな奴だと思う? こんな時期に来るんだし、やっぱ謎だよなぁ。こう、超絶美少女でなんか不思議な能力を持ってる、的な」
「逆にイケメン男子だけは嫌だよねー」
「河嶋のは同感だが、さすがに坂本のはあり得んだろ」
坂本の意味不明な意見を聞いてると、隣の席の河嶋も話に参加してきた。これでいつもの三人組がそろったわけである。
しかし、坂本はさすがに夢見がちすぎじゃないだろうか。ファンタジーの世界じゃないんだからそんなあからさまな不思議な転校生なんて存在するわけがないだろう。
「えー、わからんぞ、この世界にはまだ見知らぬ不可思議なことがあるかもしれないじゃないか」
「まあ、不思議な能力はともかく、美少女ってところは賛成だよねぇ」
「そこは否定せん」
こうして、転校生は誰だ!緊急会議は美少女がいい、ということで終幕を終えた。
そんなくだらなく、どうでもいい会話をしていると、予鈴が鳴った。その途端、教室中がバタバタとせわしない音で溢れかえり、先生が教卓のところまで付くころにはピタリと音が止まった。そしていつもと違い、その教室中の誰もが先生の方に注意を向けていた。
「……さて、まあもうみんな勘づいてそうだが、ホームルームの前に転校生を紹介しよう。ちょっと待ってろ」
そういうと先生は廊下へと姿を消した。その先生の行動を皮切りにそこら中で話し声が湧き出した。無理もないだろう。かくいう俺も隣の河嶋とあれこれ話しているわけだった。
そんなこんなで三分が立ったぐらいだろうか、扉が開いた。瞬間、話し声は止んだ。そして誰しもがそのほうへ視線を集中させていた。すると、先生と転校生であろうショットカットの女生徒が入ってきた。その時点で妙な感じを俺は覚えた。
「ねえ、結構あの子かわいくない?」
河嶋が言う通り横顔だけでその整った顔立ちは美少女と言って遜色ないものだと察することができた。本来なら転校生は誰だ?緊急会議の結果通りの転校生が来て喜ぶべきところなのだろうが、どうも俺は釈然としていなかった。
そしてそれは彼女がこちらに向き直った時に晴れた。
「んな!!」
思わずそんな声を上げてしまった。しかもまずかったことにその時教室は騒がしくなく、どうしたって自分の方にみんなの注意が向いてしまうことだった。無論、それは現実に起きてしまっていた。
さて、なんで俺がこんな失態をしてしまったかと言えば、端的に言えばその少女、本名神代風香は俺の古い友人であった。ただし、俺の知っているあいつは九州にいるはずだった。それが今日、この教室で再開することになるなど、夢にも思っていなかった。
ただ、今の俺はそんな感傷に浸っている余裕などなかった。今この状況はあんまり芳しくなかった。クラスの連中からの視線が痛く、説明しようにもなんとも難しい間柄のため、躊躇していた。
そして、そんな状況をぶち壊したのは誰でもない、神代だった。
「へーくん、会いに来たよ」
他の生徒同様、俺のほうを向くと、含み笑いをするとそう言い放った。
痛い、痛すぎる、男子どもの視線が痛い。そして女子どもの小さな歓声、辛すぎる。俺にはわかっている、あいつはそういうことを冗談で軽々と言ってのける奴なんだ。ちくしょう、なんだってこのタイミングでそんなものをぶち込んでくるんだ。
「はいはい、騒がしくなる気持ちはわかるが、今は転校生の紹介だぞー」
先生の鶴の一声でひとまず俺へのいろいろな注目は削がれ、再び神代のほうへと向いた。
「えっと、私は神代風香といいます。こんな時期ですが、皆さんと仲良くできたらと思います」
「えー、神代さんは家庭の事情で五月にこちらに来たばかりなんで、いろいろと大変だと思う。だから、えっと……よろしくな」
「あ、はい」
先生の威圧的なよろしくな、は強烈で頷くしかなかった。これはもうどうしよもないと悟った瞬間であった。
――――
神代の紹介も終わり、神代は俺の後ろの席となった。そしてその後の諸連絡が終わると、ホームルームの終わりの号令が入り、先生が出て行った。その瞬間俺は行動を起こした。
「ちょっとトイレに」
「まあ待て」
ちくしょう、わかっていたよ、窓際なんだし逃げ切れないなんてことは。俺は席を立ったところで坂本と河嶋に囲まれ、連行された。ちなみに神代の方は女子の集団に飲まれたようだった。
「さて、まあ、言わんとしていることはわかっているよな」
「決してお前の考えているようなことはない。ただの旧友だ」
もう俺は即答した。ここは真実を簡潔に的確に伝えるのが最善の手と言えるだろう。そう思ったが、やはりというべきか、納得してくれていないようだった。そしてよくよく見てみると男子の半分がこちらに視線を向けているのに気付いた。なるほど、これが公開尋問というやつか。
「わかった、素直に話そう。小学生くらいの時は長期休みにはおばあちゃんちに行ってたんだが、その時によく遊んでいた近所の子なんだよ。中学上がってから行かなくなったからこんなところで会うなんて思ってもいなかったんだよ」
「……嘘は言ってないようだけど」
「そうだなぁ。だが、神代さんの最初のあれはどうなんだ?」
俺の必死の訴えはどうやら聞いたようであった。それはいいのだが、やはり問題はあのふざけて言ったであろうあのセリフである。俺からしたら神代がろくでもないことを考えている笑みであったことからからかっているのだと気づけたが、こいつらはそんなこと知らないからたちが悪かった。
「ああ、あれは、えっと、あいつの冗談だ。あいつはそういうやつなんだ」
「……嘘は言ってないんだよなぁ」
信じてはくれているようだが、納得はいっていないという様子だった。暫く悩んだ様子を見せると神代に群がる女子の集団へと突撃していった。それができるなら最初からそうして欲しい。
帰りは早かった。それどころか見たところ神代のところまで行けた様子もなかった。
「確かにそうらしいな。あっち側も驚いてたらしい」
「わかってくれてうれしいよ」
どうやら女子の方でもその発言が真っ先に言及されていたようだ。神代もさすがに悪ふざけを続けないでいてくれたようだ。これでなんとかひどい誤解をされずに済んだようだ。
「しかしすごい偶然だよな」
「ああ、そう思うよ」
その時、一限目を知らせるチャイムが鳴り、俺は急いで席へと戻った。
――――
四限目が終わり、教室の人口密度が半分ほどになった時、俺は椅子を後ろに向けて弁当を出していた。坂本と河嶋の二人は気を利かせたつもりなのか、少し離れたところで食事をしていた。そして今俺の目の前には三年ぶりぐらいだろうか、懐かしい顔があった。
「へーくん、ほんとひさしぶりだねー。全然変わらないなー」
「そういうお前も全然変わらないな」
神代は昔と変わらぬその無邪気な笑顔を向けてきていた。昔は意識していなかったが、
その笑顔はかわいく、昔を知らなければ思わず惚れてしまいそうだった。
「そういえばへーくんはどんな部活入ってるの?」
「……部活は入ってない」
ぼやぼやしていたら結局今日に至るまで部活に入ることができずにいたのである。あてのある部活や特に興味が引かれるようなものもなかったため、それもいいかと思ってきていたところであった。
しかし、なんでそんなことを聞いてくるのかと、思っていたら神代はまたいつもの含み笑いを見せた。
「じゃあさ、一緒の部活入ろうよ」
「何を企んでる?」
ついとっさにそう口に出た。どうせろくでもないことを考えているのだろう。そしてそのろくでもないことはたいていの場合俺に被害を被るものである。高校生になってまでこいつの世話などやっていられない。
神代は俺の一言に待ってました、と言わんばかりに身を乗り出すと、嬉々として突拍子のないことを提案しだした。
「実は部活を作ろうと思ってて。それで一緒に部員になってくれない?」
「は? 部活を創る?」
一緒の部活に入るどころか、一から作る話になってるじゃないか。それにこの学校に来たばかりで大体の人がもう部活に入ったこの時期にどうやってやるつもりなんだ。
「ちょっと待て神代、部活を創るって言っても俺も含めて後三人必要な上に部室と顧問も必要になるんだぞ? 現実的に考えて無理だろう。せめて元からある部活とかにするとか……」
「部室があればいいのね? それじゃあ急がないと。あ、じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
そういうと神代はおにぎり片手に教室から走り去ってしまった。まさに台風と言わんばかりの勢いだった。そしてこの流れだともう俺が入ることは確定しているような気がしてならなかった。
とりあえず俺はのちに来る騒乱の放課後の前にまだ残り長い昼休みを平穏に過ごすべく、まずは弁当の処理へと移ろうとした。
「お、さっき何の話してたんだ?」
残念ながらそうは問屋、もとい坂本たちが許さなかったようだ。
――――
そして放課後、俺は一人化学室の前に来ていた。なぜこんなところにいるかと言われれば簡単である。神代が昼休みが終わるギリギリに帰ってくると放課後にここに行けと言ってきたからである。ちなみに当の神代は放課後になるとまだやることがあるからと、すぐに教室から出て行ってしまった。しかし、神代は部員を集めることができたのやら。
「はあ、入るしかないか……」
このままここに突っ立てるわけにもいかなかったため、扉を開けた。するとそこには不自然な物体が存在していた。それはまだ授業に使っていないため、化学室に来るのが初めての俺でもわかる異質なものだった。
「えっと、神代に呼ばれて来た人で合ってるかな?」
「……」
遮光カーテンによって薄暗くなっている教室に溶け込むように黒いローブを纏った人物がこちらを背に座っていた。フードを深くかぶっているせいで性別はわからなかったが、小柄でおおよそ女子だろうと予想できた。
「……ん」
「っあ」
その人物は俺の存在に気付き、フードを深くかぶったままゆったりとこちらに視線を合わせた。瞬間、俺はその人物が彼女と呼ぶべき存在だと気づいた。そしてそれ以上にあることに驚いた。それは彼女の目が赤く、肌と髪の色が白かったことだった。彼女はいわゆるアルビノ、アルビニズムの人だった。
俺は彼女と目が合い、思わず息をのんだ。あまりの事に視線は彼女から離れなくなってしまっていた。そのローブからわずかにのぞかせるシミどころか黒子一つない磁器のように白くなめらかそうな肌、こちらを見上げるガーネットの如く赤い瞳は、影から除くそれは見る者を魅了する不思議な魔力を感じられた。練糸のように透き通った光沢あるその長い白髪、短くキュッと結ばれた唇は肌と比べてほんのりと赤く、ふっくらとしていた。彼女の顔を見た瞬間俺は思考するのを忘れていた。
そして次に動けたのは、彼女に話しかけられた時だった。
「私は、元からここにいた」
「へあ、……ああ、そうか、そうだったのか」
彼女のその不機嫌そうな声で俺はその魔力から解放された。そして思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。すぐに落ち着き払った声色で納得して見せたが、かっこ悪いことこの上ないだろう。恥ずかしいが、気を取り直していろいろ聞かねばならないだろう。そう自分を制御して疑問を投げかけた。
「元からって言っていたけど、どういうことだ?」
「言った通り。私はこの教室に登校して来てるって意味だが」
彼女は少し怪訝そう目を細めた。だが、俺の言わんとしていたことが分かったのか、とても簡潔に説明してくれた。
これだけですべてを察するほど頭の出来は良くないが、そういうことなのだろう。理由はわからないが、彼女は俺たちのような教室でなくここで学校生活を過ごしているということだろう。確かに彼女のローブの隙間から見えた服はこの学校の制服で間違いなく、かつ俺は今まで彼女を見たことがない。それはずっとこの教室にいるからなのだろう。
「でも、神代というやつは知っているな」
「やっぱりか……」
彼女はそういうとようやく顔を上げた。見上げられていた時は気付かなかったが、彼女は少し目つきが悪く、フードによる影も合間見合って近寄りがたい雰囲気を醸し出しているようだった。俺はさっきの衝撃的な印象があるため、まったくそんなことは思わなかった、ということだけ言っておこう。
「そういえばあいつは昼休みに突然入ってくると、この教室を部室にする、部員になれ、って言ってきてたな」
「すまなかった。あのバカが迷惑をかけたようで」
「え、あ、え、いや、別に、そんな」
皮肉たっぷりに彼女のセリフに俺はとりあえず体を九十度に折って謝っておいた。彼女があのバカの犠牲者なのだろう。部室を勝手に決めたどころかその中にいた彼女まで無理やり部員にさせるなど、強引にも程があるだろう。
彼女はそれに対して拍子抜かれたのか、戸惑っていた。
「あいつは怒るだろうが嫌なら断ってもらっていい。部室だって別のところにさせる。俺はそう言い聞かせる。……まあ、いやじゃないっていうなら大歓迎だが」
俺は渾身のセリフを吐きつつ、彼女が了承することを少しだけ期待しつつ笑いかけた。
彼女はそれを聞くと目を見開いた。そして誰にも聞こえないような声でぼそりとつぶやいた。
「……嫌がらないんだな」
「ん、何か言ったか?」
「いや、何でもない」
彼女はそういうと顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。俺はなんでそんなことをしたのかわからず、きょとんしてしまった。
そしてまだ返事を聞けていないのに気付き、もう一度問おうと思ったときだった。それを遮るように背後から扉が開かれる音がした。思わず振り返ってみると元凶が満足そうな顔でそこに立っていた。
「いやー、こいつが日直だっていうから遅れちゃったわ」
「どうもー」
神代はもう一人の部員らしき人物を連れていた。彼は確か七瀬という男子生徒で同じ一年である。別のクラスであるが名前が分かったのは同じ中学だからとかではなく、七瀬がうちの学校の有名人だからである。
姿はただただイケメンで、それなのにとっつきやすい雰囲気を醸し出していた。まさにイケメンを形にしたような男で、かつ嫌な感じがないという完璧さである。嫌味がなさ過ぎて、憎たらしい。その美貌がゆえに入学して早々別のクラスから女子だけでなく男子も見に行ったというほどだ。そのため俺自身は見に行っていなかったが、クラスの連中が話していたおかげで知っていた。
「私は七瀬というものですが、えっと、君はへいさんであってるかな」
「へえ、有名人である七瀬さんが僕なんかの名前をご存じとは光栄だね」
なんだって神代はこいつを引切れようと思ったのか。話したことはないがどうにも虫が好かないやつだし、大体今となっては最初の美貌による知名度より先にあるとんでもないことによって有名になっている始末だ。神代が来たばかりで知らないだろうにしても、なぜこの男なのか。そして君も俺をその呼び方ですか、そうですか。
「いやあ、有名人なのはへいさんも同じじゃないですか」
へ、俺も?
「謎の超絶美少女転校生に告白された男子生徒ってことで」
「なんじゃそりゃああああ」
は、え、ちょ、ちょっと待て。何、俺はそんな呼ばれ方されてるの?冗談だろ、嫌すぎるんだけど。ていうかなに、神代は謎の超絶美少女転校生ってなってるの?ありえねえ、絶対あり得ねえ。てか、神代、後ろで笑ってるんじゃねえ、お前はそれでいいのかそれで。
「はあ……、でだ、神代、なんでこいつを連れてきた」
「えっとねえ、ナンパされたからかな」
神代はそうなんでもないかのようにへらへらと笑って答えた。そう、それが今七瀬を有名にしている要因である。この男は生粋の女好きらしい。クラスの女子ランキングを作ろうとするような系統なのだろう。聞いた話だとこの男がやるのは目についた女子に甘い言葉を囁いて回っているのだとか。それはもう聞いてる側が恥ずかしくなるような。
そして神代は転校して早々この男の餌食にあったらしい。そこまではいいのだ。その後、逆にその男を部活の部員に引き入れたというのか。なんというか、さすが神代というべきか、うちの学校の中でも生粋の変人を丸め込むとは。……七瀬以上に変人ということなのだろう。
「……はあ、なんというか、迷惑かけたな」
「いえ、別に私は大丈夫ですよ。それどころか神代さんが作りたいという部活ならぜひ入ってみたいです」
「お、おう」
七瀬は涼しい顔で切り返した。なんというか、こいつに心配の必要ななかったようだ。どんな時でものらりくらりと楽しんで生きてそうな感じの奴だな。
そんなこんなで俺が七瀬とのファーストコンタクトを済ませると神代はこちらを一瞥すると満足そうに、そして例のたくらみ顔を見せると近くの机に両手を叩きつけ、注意を集めた。
「さて、みんな集まったわけだし、それじゃあこの部活の名前を発表するわよ」
「は、いや、待て待て、その前に自己紹介とかないのか? 俺はそこの子の事とかは全く知らないんだぞ?」
「そうですね、私も彼女の事は存じ上げていませんね」
神代はこれでもかというぐらいのどや顔を見せて宣言しきっていたが、俺はそれよりもずっと謎だったこの部屋の主のような風格を醸し出している黒ローブのアルビの少女のほうが気になっていた。そしてそれは七瀬も同じのようで、彼女のことを不思議そうに眺めていた。そして彼女自身は七瀬に見られると嫌そうにフードを深くかぶりなおしてそっぽを向いているようだが。どうやら七瀬がどういうやつなのか敏感に感じ取ったようだ。
「自己紹介ねえ、私は全員知ってるからいいのだけど……。まあ、確かに最初の名乗りは大事かもね。私はこの怪奇現象部の部長、神代風香よ。これからよろしくね!」
彼女はどうやら納得してくれたようで力強く自己紹介を始めた。いらない情報も付け加えて。怪奇現象部?うん、ちょっとまって、何その部活名?聞いてないよ、何する部活なのかな、それ。ていうかそれだと部活自体が怪奇現象みたいじゃないかな。
「私は七瀬焔と言います。まあ、特徴と言えば、ちょっとばっかし女性に対しての興味が人よりあるということでしょうか」
七瀬はこれまた突っ込みどころの多い自己紹介を披露してくれた。その発言は問題しか生まないし、顔がいいことがさらにむかつく。
そこで自己紹介の流れが途絶えた。その原因は残り二人が自己紹介をし始めないで黙りこくっていたことだろう。いや、まあ、そのうちの一人が俺のわけなのだが。
そしてそれにしびれを切らせた神代は先ほどから隅で黙りこくっていた黒ローブの彼女に催促を始めた。
「ほら、ちょっと、波留、早く自己紹介しなさいよ。さっきは名前教えてくれたじゃない」
「うう……、私は別に入るなんて。はぁ、私の名前は菊池だ」
黒ローブの少女は神代に促され、しぶしぶ名前を口にした。
へえ、彼女は菊池波留というのか、かわいらしい名前である。しかし、やはりというべきか、菊池は神代によって無理やりメンバーにカウントされていただけのようだ。本当に見境がない奴だな。
さて、最後は俺だな。
「あ、そこのあいつはへーくんよ。私の頼れる相棒だから」
「誰がお前の相棒だ」
お前にとって俺は後始末をしてくれる便利屋だろうに。そんでいつも俺が大変な目に合う。そしてものすごく自然流れで俺の自己紹介を終わらせられていたようだ。
「さて、この部活だけど、基本的にやることは決まってないわ。私が面白いと思ったことをやってみる部活よ。まあ、とりあえずは部の名前の通り、怪奇現象でも探してみましょう」
「へえ、面白そうですね」
「いやいやいや、そんなんじゃあ部活動と認められないだろ。それにメンバーだって一人足りてないじゃないか?」
そうである、部活動にするには部員は最低五人いなければならない。それは昼に神代に教えていたはずだったのだが……。
そこまで考えたところ、俺は神代がにやりと笑ったことに気付いてしまった。まずい、あの顔はろくでもないことを考えている顔である。
「その点は大丈夫よ。もう一人の部員には今部活動の創部手続きをしてもらってるわ」
神代はどうだと言わんばかりにこちらに言い放った。なるほど、あと一人は今創部手続きをしてるのか。それはご愁傷さまだな。こんな部活内容はどう頑張ったって生徒会に認められるわけがない。それを通せと言われたそいつには心底同情する。だがまあ、本音を言えば自分でなくてよかった、とか思ってたりするわけだが。
「もう一人の部員とはどういった方なのでしょう?」
「聞いて驚くんじゃないわよ。この学校の生徒会の副会長よ」
「な、そんなの卑怯だろ」
こいつ、まさかの権力を使って無理やり部活を創部させる気なのか。ていうかこいつのそんな戯言に乗った副会長って誰だよ。
そう、俺が思っていた時、その言葉が聞こえたのか、神代はこちらを向いて言った。
「あ、副会長だけど、多分そろそろ来ると思うよ。だいぶ乗り気だったなー、あの先輩」
「マジかよ」
そう俺が絶句するとふとあることに気が付いた。それはここに向かって走ってくる足音に。それに気づいた時にはもう扉が開け放たれていた。
「さあ、みんな揃ってるかしら」
そこには中学生くらいのうちの制服を着た少女が立っていた。……いや、話の流れ的にこの人が副会長らしいが、思ったより小さく、あっけにとられていた。
「私がここの副部長の伊藤陽菜だ。よろしくな」
そしてその中で、その伊藤先輩はふんぞり返って自己紹介をしてきた。そしてこの人が副部長らしい。確かあなた生徒会副会長でしたよね。それで大丈夫なんですか。あ、いや、自分の部活を自分で承認しているあたり大丈夫ではないのか。
「これで全員揃ったようね。それじゃあ今日はもう時間だし、明日から本格的にやっていくわよ」
「え、あ、そういえばもうそんな時間か」
慌てて教室の時計を見てみるともう六時近かった。外も暗く、今から活動というのはいささか厳しい面があった。見ると神代と伊藤先輩は帰り支度を済ませているようだった。そしてさっさと教室から出て行ってしまった。七瀬は何やら伊藤先輩の方へと意味ありげに近づいて行ったが、見なかったことにしよう。
「はあ、ほんと台風みたいなやつだな。えっと、菊池さんだっけ?それじゃあ俺らも帰ろうか」
そうして黙りこくってた菊池の方を見ると、菊池も外を一瞥すると帰り支度をしていた。それに安心し、自分の教室を出ようとした時、呼び止められた。
「……待って」
「ん、どうかしたのか?」
呼び止められ、振り返るとそこにはフードを脱ぎ、こちらをしっかりと見据えた菊池が立っていた。先ほどまで隠していたその白い肌に白い髪、赤い目が露になっていた。その視線に突き刺された俺は動けなくなった。
「私のこと、へんじゃないのか?」
菊池は不安そうに目を落とし、だが、ちゃんと最後にはこちらに目を合わせて、そう問いかけてきた。先ほどまでの不機嫌そうに黙りこくってたり、あたりの強い言葉でなく、姿通りのか細く、弱々しい口調であった。その様が彼女の本性なのだと、悟った。
こんなことを言われているのに思わずクスリと笑ってしまった。この子が今までにその容姿で何があったかは俺はわからない。だけど、少なくともここの連中はそんな容姿だからとさげすんだりするような奴はいないだろう。それだけはあいつらを見てればわかる。神代に至っては気に入りすぎて何をしでかすかわからないが。だから、俺はこう言ってやった。
「何のことだ? 別に全然変なんて思わないぜ。ほかの奴らもそうだろうよ」
「ふん、そうか……」
もっと気障っぽく言えたらよかったんだが、どうにも俺にはそういう才能はないようだ。俺じゃなくて七瀬だったらまた違ったんだろうが……。だが、少なくとも今はこれで十分だろう。現に言われた本人は素っ気なくしてはいるものの、そのほおが緩んでいるのがこちらから見て取れた。
「もしかして、今までずっと黙っていたのはそれが心配だったのか?」
「う、うるさい、しょうがないだろ。……同年代と話したのが久しぶりだったんだからさ」
菊池は一度俺のふと出た言葉にかみついたが、その後すぐにおとなしくなった。しかし、やはり同じ学校の生徒のようだが、その髪と肌の色から察するにずっとこの教室にだけ通っていたのか。せっかく高校生になったんだ、体のせいとはいえ、ずっとこんなところで過ごしていたらもったいないというものだ、神代が誘ったのは案外よかったのかもしれない。
「ああ、それじゃあこれからずっと一緒だろうし、改めてよろしくな」
「んな、貴様、何を……」
俺はおおよそこれから神代の暴走に一緒に付き合うことになるであろう菊池に握手を求めて、手を差し出した。
すると神代はなぜか驚き、一歩身を引いた。それと、もともと白かった頬が微妙に紅潮しだしていた。
「最初の奴と言い、貴様と言い、私に嫌な目をしないでそんな目をする奴は初めてだ」
「ん、何か言ったか?」
「いや、何でもない。ほら、そろそろ行かないとあのうるさいのが戻ってくるぞ」
「え、あ、そ、そうだな」
そういうと菊池はフードを被りなおし、そのまま足早に教室を出て行ってしまった。それに置いて行かれまいと、俺も急いでかばんを持つと、そのあとを追いかけた。
こうして、俺の白かった学園生活が鮮やかに彩られ、いや、もう色どころでなく爆竹が鳴らされたかのような生活に変わっていった。それは今までの俺の価値観まで帰る出来事になるなんて今では想像もしていなかった。
長編を無理やり短く収めるために書いたものです。ネタはありますが、時間や、他の作品でボツにした作品を供養がてら出してみました。本来だとこの後で超能力とかいろいろ出てきますが、これだけだと出てこないので、正直タイトル詐欺です。気が向いたら連載小説で書き直すかもしれませんが。