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神社で女の子に出会ったら。

作者: セツナ


 オレは走っていた。

 両手を強く握りしめ、必死に走っていた。

 その強く握られた手の中にあるリカちゃん人形の腕は変な方向に折れている。

 リカちゃん人形の腕が壊れてしまっているのは、別にオレが強く握りしめているからではない。

 オレは一層手を強く握り、唇を噛みしめ、目をギュッと瞑った。その目からは、今にも涙が溢れそうだった。

 自分のしてしまった事への後悔と、そんな自分への憤りで胸がいっぱいで、行き場を失ったそれらがリカちゃん人形を握る手に力を込める。

 このリカちゃん人形は、オレの好きな女の子の(あん)ちゃんものだった。

 その子が好きで好きで、好きなのに素直になれないオレは、その子へ意地悪をすることしかできなかった。

 その結果、リカちゃん人形を壊してしまったのだ。

『健ちゃんのバカっ……!!』

 壊れてしまったリカちゃんを見て、涙を浮かべオレを睨みつけていた、杏ちゃんの手からオレはとっさにリカちゃん人形を奪い取り、走り出してしまったのだった。

 走り続けるオレの頭には、昔クラスメートの女子が言っていた噂話が思いだされていた。

『あの駄菓子屋の近くの神社はね、お願い事を叶えてくれるんだって』

 噂話を信じてたわけじゃない。……でも、好きな子を泣かせてしまったオレは、噂話にもすがりたい思いでいっぱいだった。

 そして、その神社へ向かう足を更に速めることにした。



 オレが足をとめた神社は入り口から樹木が生い茂っていて、少し日が落ちてきていた事もあり、とても暗く不気味な雰囲気だった。

 神社の入り口の近くに建っているボロい駄菓子屋にある人の気配が唯一の救いだった。

 でも、オレは人形を直さなければならない。杏ちゃんにこのまま嫌われっぱなしは嫌だ。

 そう自分を奮い立たせ、オレは神社の赤い鳥居をくぐり神社に足を踏み入れることにした。

 鳥居をくぐると、神社は外から見るより更に寂れていた。本殿の前まで行くと、両脇に本殿を守るように狐の像があった。

 その狐の目がオレを監視しているようで、更にオレの勇気が試される。

 狐の監視の目を通り抜け、賽銭箱まで足を進めると、オレは右ポケットからなけなしの10円を取り出す。

「……10円じゃ駄目かなぁ……」

 もう少しご利益を高めようと、オレは左ポケットも探ってみる。すると、ポケットの底の方に硬貨の感触があった。取り出すと、金色に輝く5円玉だった。いつの日か、綺麗に磨けて記念に取っておいたやつだ。

「……10円だけよりはマシだよなぁ」

 そう呟くと、オレは10円玉と5円玉を賽銭箱に投げいれた。

 そして二回、パンパンと手をたたく。

「杏ちゃんのリカちゃん人形を、直してください」

 お願い事を、口にする。明るい光がリカちゃん人形を包み込み、リカちゃん人形の腕が直った!! ……なんてことは勿論ない。俺の手の中のリカちゃん人形の腕は折れたままだった。

「はぁ、やっぱり駄目かぁ」

「……どうしたの?」

 落胆のため息を吐くオレの耳元で女の子の声がする。

「おわっ!?」

 びっくりして前につんのめるオレ。何とかこける前に大勢を立てなおし後ろを振り向くと、そこには同い年くらいの女の子が立っていた。

 その女の子は黒く長い髪をたらしていて、同い年くらいなんだけどどこか大人っぽい雰囲気を持っている女の子だった。

「お、オレの後ろに立つなよなぁ!」

 オレはびっくりして、まだドキドキしている胸を落ち着かせながら言う。背後に立たれるのは嫌いだ。

「あはは、ごめんね」

 女の子はちっとも悪びれる様子もなく、口だけで謝ってきた。

 誠意のない奴め。

「で、どうしたの? その人形」

 女の子は、オレの握っているリカちゃん人形を指して言った。

「……壊しちまったんだ」

 オレは何と言っていいか分からず、それだけを伝える。

「ふぅん」

 女の子は少し考えるように折り曲げた指を唇にあてしばらく黙っていたが、数秒してから口を開いた。

「直してあげようか」

「本当か!?」

 女の子の言葉にオレはすごい勢いで食いついた。そんな俺に女の子はニヤリと笑い続けた。

「代わりに、私に神社の外の駄菓子屋で駄菓子を沢山買って来てくれればね」

「そんくらいお安い御用だ!」

 オレは勢いよく手を胸に叩きつけた。

 しかし、オレはあることに気づいてしまった。

「……あ、でも。オレ今お金ねぇんだ」

 ポケットの中のなけなしの15円は今、お賽銭に使ってしまった。

「あぁ、お金は要らないよ。あそこのおばあさんに『稲生(いなお)のおつかいです』って言えば」

 そう言うと女の子……稲生は楽しそうに「何を買って来てもらおうかなぁ~。チョコ棒好きなんだよなぁ~」なんて鼻歌交じりに紙に買ってくるもののメモを書きだす。

 オレは、本当に大丈夫かな……騙されてるんじゃないかな……なんて思いながらも、稲生の書いたメモを受け取る。

「じゃ、よろしく~」

 メモを受け取ったオレを、稲生は手を振りながら見送っていた。



 監視する狐の像の前を通り過ぎ、樹の生い茂る階段を下り、入口の鳥居を抜けるとすぐに、来た時に目印にしていた駄菓子屋があった。

 建てつけが悪く、開けづらい引き戸を開けると、よくある民家とお店が一体となった内装の駄菓子屋だった。

 入ると、駄菓子の並んでいるお店スペースの奥に腰ほどの段差があってそこから先が民家になっているようだった。

 その民家への入り口の段差に、おばあさんが腰かけてこちらを見ていた。

「いらっしゃい」

 おばあさんはオレに声をかけてきた。そのしゃがれた声は、オレのばあちゃんと同じような感じで、どこかほっとしてしまうオレがいた。

 オレは腰かけるおばあさんに近づくと、先ほど稲生に言われた事をそのまま伝えた。

「あの、稲生さんのおつかいなんですけど……」

 そこまで言うと、おばあさんは少し目を丸くして「えぇ……そうかい……」と驚いたように呟くと、茶色の手提げ籠を近くのタンスから取り出した。

「稲生さんのおつかいなんて、何年ぶりかねぇ……。稲生さんはお元気そうだったかいねぇ?」

 呟くようにオレに尋ねながら籠を準備するおばあさんの声に、オレはその言葉の意味を考えあぐねながらも、少し緊張しながら答えた。

「え、あぁ……元気そうでしたよ」

 オレがそう言うと、おばあさんは心底ほっとしたような様子でオレに籠を手渡してきた。

「はいよ。この籠に好きなもの入れて持っておいきなさい」

「ありがとうございます。あの、お金は……?」

 そこは話が通じたとはいえ気になるところで、オレはおばあさんに尋ねた。

 おばあさんは、そのしわくちゃの手と顔を横に振った。

「いいんじゃいいんじゃ。稲生さんのお使いでお金なんか受け取れんよ」

 オレはそのおばあさんの言葉を少し不思議に思いながらも、お金を一銭も持っていなかったのでとてもホッとした。

 そうして、稲生に書いてもらったメモ通りに駄菓子を籠に詰めると、おばあさんに「ありがとうございました」と声をかけ、駄菓子屋を出ようとした。すると、引き戸に手をかけたオレにおばあさんは後ろから声をかけてきた。

「稲生さんによろしくお伝えくだされな」

 子どものオレにそんな丁寧に伝言を頼んだおばあさんに、オレは引き戸を閉めながら会釈をして、駄菓子屋を後にした。



 鳥居を抜け、階段を上がり、狐の像のある境内まで行くと、稲生はお賽銭箱にもたれかかり空を見ていた。

 お賽銭箱にそんな事をするなんて、なんて罰当たりな奴だ。

「おかえり」

 空からオレに視線を移し、稲生はオレに声をかけてきた。

「待たせたな」

 オレがそう言うが早いが、稲生はオレの手に握られた手持ち籠に飛びついた。

「わーい、駄菓子駄菓子ー!」

 その様子は大人っぽい見た目の割に子どもっぽくて、非常にアンバランスな感じがした。

 手持ち籠を横取りし、中身を物色する稲生に、オレは駄菓子屋のおばあさんが言っていた事を伝えた。

「おばあさんが、稲生さんによろしく伝えてください、ってさ」

 オレがそう言うと、稲生は一瞬手を止め「ウメちゃんは本当に優しいなぁ」と嬉しそうに呟いた。

 そして、お菓子を物色する手を止めたまま、稲生は立ち上がると、オレに近づいてきた。

「今日はどうもありがとね、健太。はい、人形」

 教えてないオレの名前を呼びながら、稲生はオレにいつの間にかなくなっていたリカちゃん人形を渡してきた。

 そのリカちゃん人形の手は見事に直っていた。

「お前……」

 なんでオレの名前を……とか、リカちゃん人形をどうやって直したのか……とかは今さら聞けなかった。

「あれ、以外にも鋭いんだね。気づいてくれたんだ」

 稲生は少し嬉しそうに笑った。

「そう、君が察したように、私はこの神社の神様の稲生だよ。よく言われるのは『稲荷様』だけどね。私は稲生の方が好き」

 正直、半信半疑だったので冗談かと思ったが、オレの名前を言い当てた事や、リカちゃん人形を直してくれた事、駄菓子屋のおばあさんの態度などを考えると、納得してしまったりする。

「いやぁ、最近あんまりここにも人が来てくれなくてねぇ。今日は君と話せて嬉しかったよ。ありがとね」

 そう言うと稲生は僕の背中を神社の出口に向けて押してきた。

「さぁ、日が落ちてきた。よい子はもう家に帰らなきゃいけない時間だよ。帰りなさい」

 大人ぶったように稲生が言って、オレの足はゆっくり歩き出す。

 もう少し、稲生と話がしたい。と思っていたが、オレの意思とは反対に足が歩き出す。

 もしかしたら、稲生が何かをしているのかもしれない。

「また、また会えるか?」

 オレは稲生を振り帰りながら尋ねる。

 稲生は寂しそうに首を横に振った。

「ごめんね」

 そう告げた後、「でも」と稲生は口を開いた。

「私のことを覚えててくれたら、いつか別の形で会えるかもね」

 そう稲生が微笑みながら言うと同時に、オレの視界から稲生は消えた。

 神社の鳥居をくぐった瞬間に、オレの足は止まったが、きっと戻っても稲生は居ないと知っていたから、そのまま戻ることにした。

 直ったリカちゃん人形を持って、杏ちゃんの家へと、走って。



 それから、オレは杏ちゃんに人形を渡し、無事仲直りすることができた。

 綺麗に直ったリカちゃん人形を見て、杏ちゃんは不思議そうな顔をしていたけれど、稲生のことをオレは一言も話さなかった。


***


 そんな、小学生だった頃から数十年が経ち、俺はいい大人になった。

 小学校からの腐れ縁となっていた杏と25歳で結婚し、今では10歳になる息子を育てている。

 生まれ育った街で、家族仲良く暮らしているのだが、この前息子がこんなことを言っていた。

「駄菓子屋のとこの神社でねー、女の子の友達が出来たんだ」

「ふうん……」

 そんな息子に俺はこう伝えてやることにした。

「その女の子に今度チョコ棒を買っててやれば喜ぶぞ」

 すると、息子は「なんでお父さんそんなこと知ってんの!?」なんてびっくりした様に言っていたけれど、俺はそれに「ノーコメント」と茶化した。

 そう、これは息子にも嫁にも教えない、10歳の時の俺と稲生だけの秘密だ。


-END-


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