悪役令嬢?嫌です
「クリスティーナ! お前とのこ「いけません! それ以上おっしゃってはいけません」ええい、王族の言葉を遮るとは、不敬であろう。 護衛の出る幕ではない!」
「いえ、王族方が誤った選択をされないようにするのには関係ないかと」
「ええい、黙れ黙れ! とにかく、クリスティーナとの婚約を破棄する! そして……」
此処は国立総合学院の卒業記念パーティー会場。
雛壇の上で声を荒げているのは、この国の唯一の王子。
そして、その脇にしがみついるのは、ブラウン男爵令嬢。
王子の横にいる取り巻き三人。 宮廷魔術士筆頭子息、近衛騎士団団長子息、宰相子息。
そして、自分は、自分は……
此処は所謂乙女ゲーの世界。 それに気が付いたのは六才の誕生日。 そして自分は悪役“令嬢”である。 そう“悪役”ではなく“女”であった。 男であった自分が女になっていた。 祝ってくれている席で気絶して、意識を取り戻して両親に話すことにした。 最悪“気が狂れた”として、修道院に入ればいいと思っていたが、両親は全て受け入れくれた。 というよりも両親も転生者であった。 より深く理解してくれたのは母であった。 前世は男で女になりたかった、というより男である事が違和感しかなかった。 それが今世では女に生まれた事が平民の身分よりも嬉しかったそうだ。 王子との婚約は、本来は自分になるはずが、双子の妹に押し付けてしまった。 申し訳なくて、何度も何度も謝って、許してもらった。 でも気が済まなくて妹の護衛をする事にした。
「そして……」
「ブラウン男爵令嬢ヒルダ殿ですね?」
兵士がヒルダに問いかけ、後ろにも二人の兵士がいる。
「はい、ヒルダは私です」
「では、国家騒乱罪で捕縛します」
「ちょ、まっ…」
「抵抗するな! 魔法も封じる」
魔封じの首輪をされ、ハッとする王子。
「おい、お前達! 未来の王妃に何をするか、放せ! ……クリスティーナ! これもお前の仕業か! 覚悟しろ!」
王子が剣を抜いてこちらにかかって来るが、苦もなく剣を手刀で払い落とし、一本背負いで取り押さえた。
妹の代わりに自分が答える。
「えー、ヒルダ嬢をクリスティーナが虐めたという事ですが、そんな事実はありません。 何故ならば貴方達がこの学院に入学する前に、認定試験を受けて卒業しているからです。 今しがた“元”王子が言ったように、王子の婚約者とは未来の王妃。 王妃教育に最も為になるのは王妃の側に付いている事。 ですからこんな所で現を抜かす暇はありません。 ちなみに、自分も同じで卒業しています。 そして騎士団で下で訓練三昧です。 ここに来たのは、王子の卒業記念パーティーに婚約者として。 自分はその護衛としてです」
「それから王子、いえ“元”王子」
「王子だ! “元”王子ではない」
「いえ“元”です。王子の婚約とは、謂わば勅命。 しかし不測の事態に備え、王家と公爵家の間に取り決めが話し合われました。 これが根拠です」
懐から現状維持の魔法の掛けられた書類を取り出し、王子に渡した。 公爵家の封ろうを解き、中身を確かめている。 王子の表情が蒼ざめていく。
「元王子とは言え今は平民。 その平民が貴族に剣を向ける以上、無礼伐ちにあっても文句は言わせない。 ただ、陛下のご臨席にあって、流血沙汰を控えたまでの事」
「ヒルダ嬢にはこちらを」
同じ物をヒルダ嬢に渡したが、それには日本語で書かれていた。
『なッ』
「さて、貴方は宮廷魔術士筆頭の子息でしたね?」
「何か刺がありそうな言い方だな。それが何か?」
「宮廷魔術士筆頭は公費横領に寄り捕縛され罷免。 公爵家も断絶し領地も没収と為りました」
「な! ウソダ!」
「よって、貴方は平民になりました」
「……」
茫然自失の子息
横領の金は“筆頭”を維持するための工作資金に使われた。 公爵という身分で脅したり、金で辞退させたり、罪もでっち上げたりして対抗馬の人物を蹴落としていた。 そもそも魔法使いは魔法使い→魔法士→魔術士→魔導士→大魔法使い→大魔法士→大魔術士→大魔導士とランクが上がるに連れて名称が替わる。 魔法の道を極めていれば自ずとその名も替わるのに、下から三つ目なのは、上から抑え付け、かつ、下から足の引っ張りあいをさせていたからに他ならない。 これで宮廷内も風通しが良くなるでしょう。
「次に、貴方は近衛騎士団団長子息、でしたね?」
「そうだ」
「この国に近衛騎士団はありません」
「何をデタラメな事を!」
「デタラメではありません。 団長子息……確かウォルフガングでしたか」
「兄上がどうかしたのか?」
「平民にかなり無体な振る舞いをして、その場で拘束。 イルゼス砦守備隊へ廻されたとか。 また、団長自身も団長を返上するも慰留された。 副団長筆頭が団長代理、元団長は、副団長付きとして降格中」
「ア、ア、兄上…… 父上……」
「騎士団は第一〜第四と近衛の五つあるが、それまで近衛は格上とされていたが、同格とし“第五”騎士団と変更されました。 また、この五つでローテーションで守備する地を変える事なっています」
そもそも、近衛に入っているのは貴族のバカムスコども。 貴族の身分が通用するのは人間のみで魔物や獣には全く通用しない。 任地を廻す事で弛みきった“第五”騎士団も引き締まるでしょ。
「それから、貴方“が”宰相子息でしたか」
「そうだ! 俺の名は「どうでもいいんですよ、貴方の名前なんて。 それよりも、この国に宰相は居ません」 ……バカを言うな!」
「いいえ、宰相を辞任されました。 陛下より強く慰留されましたが意志は固く、辞任は受理されました。 が代わりに国務卿に任命されました。何故辞任したのかは他の二方の件もありましたが、それ以上に大きかったのは、“貴方”の婚約破棄です」
「俺の?」
「ええそうです。 貴方、婚約者は“どこの誰か”知っていますか?」
「アー、アンリエッタという名の侯爵令嬢……だったかな」
「ハァ〜〜〜、やっぱり。いいですか、貴方の婚約者は“隣国”の宰相のご令嬢です」
「エッ!!」
「宰相同士の子供の婚約でより関係強化という目的を貴方は破壊したのです。 アワや戦争かと思われたのを救っていただいたのは陛下の姉君。 ええ、かの国に嫁がれた王妃様。 あのお方のおかげで事無きを得ましたが、本当に危ないところでした。 戦争になっていたら。 どうするつもりですか!!!」
「……」
『ウソ……そんなの聞いてないよ……』
「ところで、貴方達の服装は何ですか? 卒業記念パーティーは制服着用のはずです。 ここの制服はいつからそんな派手なものになったんですか! そして、その髪! 貴方達は、学院自治会のメンバーでしょう! 規則を率先して守るべき自治会が反故にしてどうするつもりですか!」
全員がうつむいてしまう。
「そもそもこのパーティーは、卒業生のためのモノで卒業生ではない貴方達に、ここにいる資格はないでしょう。 宰相子息、近衛騎士団団長子息、お二方は成績不足です。 魔術士子息も成績不足ですが、どうしますか? 学費払えますか?」
「それはどういう意味だ? ここは国立で学費も無料なんだろう?」
「それは通常の場合。 落第した者まで国は負担しません」
「…………」
「他の二人も、実家に確認した方が良いのでは? 学費などに気にしている場合ではないでしょうから」
「「……」」
そこに陛下が近づき、妹と自分は臣下の礼をする。
「この大バカ者」
元王子を殴り倒した。
「父上「陛下だ、バカ者」……陛下、これウソですよね? “王子もしくは公女が、一方的に家族の承諾無く、何の理由も無く、婚約破棄宣言をすれば、宣言した方を、その時点をもって王籍、公籍より除籍し平民とする”なんて書いてあるんですけど、ニセモノでしょ? 本物であるわけがない……」
「ソレは本物だ。 公爵家の物だ。 コッチが王家保管の物だ」
元王子は王家の封ろうの物を確かめて肩を落とした。
「これを読め」
「コレは?「早く読め!!」……ハイ」
読み進める元王子目が大きく見開き
「ウソダ、コンナノ、ウソダ。 コレジャ、ヒルダトケッコンデキナイ」
「王子、しっかりして下さい! アナタ……ね? 王子に何したの? アナタ何者?」
『エッ?それを自分に聞く? まあいいか。 自分はアリスリード・メルカッツェ』
『……冷血のリード』
「お黙りなさい!!」
それまで黙っていた妹のクリスティーナが、烈火の如く怒って言った。
「貴女は何様ですか! リード姉様の事をリードと呼ぶお許しを得ているのは、ワタクシだけですの。 両親や兄様でさえアリス姉様呼びなのに。 初対面で言うなんてもってのほかですわ。」
「まあまあティーナ抑えて抑えて、そして有り難う」
クリスティーナをひとしきり宥めて、ヒルダに向きなおる。
『なぁ、あんたはいつ気が付いた? 自分は六才の誕生日』
『学院入学の校門の所でよ』
『じゃあ、ゲーム通り進めれば、逆ハーも簡単に出来ると思ったの?』
『そうよ』
『でも、変に思わなかった? ゲームなら、王子は第二王子じゃなかった? アリスリードに、クリストファーという弟は……』
『そうよ! クリストファー様はドコよ、ドコに隠したのヨ!』
『それに、他にも攻略対象居たよね?』
『そう! その通り。 ドコへやったの』
『中の人なんて居ないの。 自分は自分自身以外は、何もしていないよ。 強いて言うなら王様、かな』
『ナニヨソレ、答えになっ『この国は一夫一妻制を王が決めた。 身分の例外無く。 何故ならば王も転生者だから』……ハァ?』
『公式設定覚えてる?クリストファーは第二婦人の子。 攻略対象の双子は妾の子。
だから、居ないの』
『……』
『育児に乳母の禁止。 だから、王子の乳兄弟も居ないの』
『……』
『そんな前世の価値観の一部を取り入れたの』
『……』
『ヒロインの公式設定は?』
『ええっと、確か母は私を産んで産後の肥立ちが悪くて死亡。 父は旅商人で子を育てたけど、十才の頃流行り病で死亡。 そして母の親の男爵に引き取られる。 そこで貴族の教育を受ける、だったかしら』
『公式じゃあね』
『違うの?』
『調べた、というより調べざるを得なかった。 アンタが王子や上級貴族の周りをうろちょろするから。 結論から言うと、漏れてる』
『どういう事?』
『まず、男爵は伯爵だった』
『何で? 何したの?』
『何も。 本人は何もしていない。 したのは娘。 ……男爵(当時伯爵)は、娘が(頭の出来が)ヨロシク無いのが分かっていた。 当時は、義務ではなかったので、学院には入れず、代わりに、王城に侍女として上げて三年務めれば、箔が付くと考えていた。 爵位としても申し分はないから、そのまま務め上げていれば、婚姻の箔も付いていたのだろうけど、本人はそう思ってなかった』
『どういう事?』
『当時、王が法を定めたものの、王に第二婦人を勧める者が絶えなかった。 それを聞きつけた伯爵令嬢が、強行手段に出た』
『まさか』
『そのまさか。 既成事実を作ってしまえば第二婦人に成れると思ったんだろうけど、実行したものの、棄てられた。 王城どころか王都外退去。 そして女は平民になり、実家は男爵に格下げ、領地も縮小。 で学院が貴族の完全義務化。 王に第二婦人を勧めるのも完全消滅』
『うわぁ、何やってるのかな』
『そうだね。 でその女は、旅の商人に拾われ、結婚、子を産んだ』
『エッ! それって……』
『女は、諦めてなかった。 “子が男なら次期国母に成れる”と思っていた。 出産に立ち合った人聞いたところによると、そう言ってたらしいからね。 で、それがよほど嫌われたんだろうね。 生まれた子示して“おめでとうございます、元気な女のですよ”と言ったら一気に力が抜けて、そのまま亡くなったそうだよ。 後は公式と同じ』
『………………じゃあ王子とは異母兄妹? ウソデショ?』
『DNA鑑定の技術がないからはっきり言えないけど、可能性がある以上王子とは、ダメだね』
『ナンデヨ……ナンデ……ソレニ、ねぇここに書いてるのって王様よね?』
ヒルダに渡した書類を示して来た。 そこには署名している王の下に日本名が書いてあった。
公爵と婦人の方も日本名が下に書いてあった。
『そうだね、王様とそしてその日本名だね』
『……お……父……さん』
『男爵からの伝言だ“あっちで娘と待っている”と。 ……貴女のハッピーエンドはゲームのノーマルエンドみたいだね』
* * * * *
さあ、今日からスタートよ。 ここがあのゲームの世界なのは、分かってる。 私がヒロインなんだからね、逆ハー目指して頑張るわ。
って思っていたのに、何よアレ。 何で入学式なのに、学院に入れないのよ! 規則ですって? 制服? 髪型? そんなのゲームにはなかったじゃないの!
“髪型を直し、制服を着て来るように”って言ってもね、家は男爵家で王都に屋敷なんて無いし、領地から王都までは二週間はかかっちゃうから、往復で一ヶ月は無駄になっちゃうわ。 その分だけ攻略が遅れちゃうじゃないのよ、もう!
でも、規則を決めたのは王様だからしょうがないわね。 攻略を練り直さなくっちゃ。
ちょっと、どういう事よ? 学院に来たら、エッ、中間試験? 勉強なんて全然してる訳ないじゃないの! 試験範囲は何処までよ? って、算数なら簡単だと高を括ってたわ。
二次方程式? 因数分解? ちょっと! 冗談じゃないないわよ! 洒落になんないわ。 マジになんないと、赤点だわ。 そんな事お父様に知られたら、お小遣いが無くなっちゃう! たたでさえ入学式で失敗してるのに、嫌になっちゃう。 頑張らないと。
ダメだった。 ……全滅よ。 こうなったら、攻略対象者を見つけて心の補給をしなくっちゃ。
……居ない。 ……居ない。 何でよ! 何処よ、何処には居るのよ! 何処にも居ないって、どういう事よ!
生徒自治会のメンバーが全然違うじゃない! 平民が自治会長って、どうなってるの? 貴族じゃ無いって、どういう事? ここはゲームの世界じゃないって事? どうすれば良いのよぉ〜〜!
* * *
「シャルロッテ、誕生日おめでとう! さあ、蝋燭の火を吹き消して」
「はい、おとう……」
どうやら気を失っていたらしい。 心配した両親やお兄様、それにお祖父様お祖母様、そして叔母達。 私の名前は、シャルロッテ・メルカッツェ。 悪役令嬢……って、嫌よ! どうしよう、これから……。
『貴女はひょっとして、転生者?』
『!』
『どうやらそのようね。 安心しなさい。 貴女の叔母のアリスリードと祖父母の三人もそうだから』
『アリスリード! どうして……』
『生きているのか? って事を答える前に、シャルロッテにいる中の人に聞きたいのよ。 貴女の知っている事を全て話して欲しいのよ』
『何をでしょう?』
『貴女の立ち位置、ヒロイン? アリスリードの話のその後は? とか』
私は知っている事を全て話したわ。 あのゲームは、そこそこ人気があって続編が作られた事。 続編は、子供世代である事。 攻略対象者は、それぞれの子供たちである事。 私や悪役令嬢である事、等々。
でも、杞憂だった。 なぜなら攻略対象者が、存在してなかったから。 いるはずの人たちの親たちからして、存在しないのだから子供も当然存在しない。
『これからどうする? もし良かったら手伝って欲しいんだわ』
『手伝う?』
『そう! 俺達がやってる市長を』
『市長!』
『俺達(転生者)なら当たり前に知っている事が、発想からして考えてない。 例えば電話、車、コンピューターも欲しい。 でも技術が追い付いてない。 技術者も居ない。 それらの育成には、時間が掛かる。 俺達の次を引っ張っていけるのは貴女しか居ない! だから頼むんだよ』
『……分かりました』
こうして私は、乙女ゲームの悪役令嬢から、都市開発ゲームの市長にとらばーゆする事になりました、まる。