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主に戦ってます

「ただいま……」


 そう言ってドアを閉めると、エプロン姿の絆が玄関にやってきた。


 俺は、絆が苦手だ。別に、後妻だから、血が繋がってないからとかいうんじゃない。


「おかえりなさい、マモルさん」


 意図的に目を合わせなかった。こういうのは傷つけるよなってのは分かっている。別に、悪気があってやっているわけじゃないんだ。


「――あぁ」


 俺と同い年なのが、な……ただ、それだけだ……


 くそ、ロリオヤジ……


「マモルさん、あのね……」


 靴を脱いで上がろうとすると、言いづらそうに声をかける。


「なんだよ」


「その、なんていうか。私が言うのもなんだかなぁって思うんだけど……」


「あぁ……?」


 もじもじ……


「なんだよ」


 なんとなく嫌な予感がした。


「同棲するのはまだ早いんじゃないかなぁって思って……」


 走った、俺は。


「あ、マモルさ……」


 ん、までは聞き取れなかった。


 大げさにドアを開け放つと、そこにはあのガキがいた。


「てんめ、何俺のベッドに入ってくつろぎながら菓子くいながら漫画読んでんだよ!」


「あ、おかえりー、待ったよんだよー」


 せんべえとオレンジジュースを手に、にっこりと笑顔を浮かべた。


「っぁ、くっそ! とりあえずそこから出ろ! くいもんこぼすな!」


 俺はカバンを乱暴に机に置くと、ベッドから引きずり出そうとガキの右手を掴んだ。


「あっ!」


 左手からコップが滑り落ちると、チェック柄のシーツがじわぁとオレンジジュースを吸っていった。


…………


「あーあ、マモルが手引っ張るからー」


 頭がフラリとした。なんて厚かましいヤツなんだ。わなわなと体が震える


「で、何だよ」


 こいつに怒ってもしかたがない。俺はため息を一つ漏らしてタオルをガキの方に放り投げた。


「えへへ」


 そう言うと、シーツの濡れた部分にタオルを押し付けた。


…………


「召喚士はね、召喚獣が戦ったら褒めてあげるんだ。たまに厳しくしないといけないけど、アメとムチってやつ?」


「――で?」


「今日はよく戦ったので褒めてあげようと思って」


 そう言うと、ベッドから飛び出すと俺のそばに寄って、背伸びをして頭を2回なでなでした。その2回目で俺は、クルリの手をはねのけた。


「いい加減にしろよ! なんなんだよお前!」


 睨みつける。


 クルリはびっくりしたような顔を俺に向ける。視線を斜めに上げると、首をかしげた。


「あれぇ、クラリス魔法学校ではこうやると召還獣が喜ぶって言っていたんだけどな、なんでだろ?」


…………


 駄目だ、コミュニケーションになってない。こいつのペースになったら負けだ…… 大人になれ、大人になれ、大人になれ、大人になれ、大人になれ、大人に……


「そ、それで、お前なんの用だよ」


「だから、褒めてあげに来たんですって」


 口をふくらませて言った。


 まさかこいつ、俺のほうが会話のできない痛い子とでも思っているのか。


「いい子いい子~」


 また頭をなでなでする。


 プライドが、やばい……


 体がわなわなと震える。かろうじて何かを抑えていた俺は、無意識に目を閉じていた。


「そういや、色々わかってないことあるから教えろ」


 何かがふっきれた。きっと今の瞬間、俺はレベルアップした、精神力が100くらい上がった。


「うん、なに?」


「あの世界なんなんだ。地球じゃないのか?」


「んーっと、ここの世界はスティングレイ、私の世界はセラム」


「セラム、スティングレイ……それで、お前はそこで何やってんだ」


「私はですね、セラムで召喚士をやってます」


「なんだ、その召喚士ってのは」


 クルリは不思議そうに首を傾げる。


「なんか、召還獣さん質問多い。変わってるねー」


 そして、クスクスと笑った。


 俺の質問を無視してこの野郎……


「えっと、召喚士は職業の一つで、召喚獣と召喚契約を結ぶことができるの」


 誇らしげに言う。


「そんで、その召喚士さんは何やってんの?」


「魔王と戦ってるに決まってるでしょ?」


…………


 ここまでべったべたにRPGで良いのか……しかし、そういう世界なのだと思って話をすれば色々理解が早そうだ。


「お前さ、召喚士が一人で旅するって変じゃねーの。普通、なんつーか、戦士とか勇者とか僧侶とかいて、召喚士だろ?」


「ぎく……! そ、そそそそそそうだよね、普通そうだよね、そう、だよねぇ……」


 しょんぼりとして肩を落とした。


 ははーん、こいつ駄目なやつだ、きっと。妙に気を落としているガキを見ていると、今までの復讐をしてやれ、と俺の心がささやいた。


悪いが俺は心配して同情してやるほど性格がよくないんでな。


「お前、まさか、仲間見つけられなかった系?」


「――ぎく!?」


 ずぼしか。


「いや、まっさかなー。あんだけ偉そうにしていてそんなわけないよなー。きっと、出来る子だから一人で旅しちゃってるんだよなー」


「ふぐぐぅぅー」


 いやぁ、たまらん。


「さっきの戦いも、わざと追い込まれてるふりしてたんだよなー、きっと。うんうん」


「うぅぅぅ……うぇぇぇぇーん!」


 子供のように大声を上げて泣き始めた。


 さすがに俺もおどおどして、冗談だよとか、ごめんとかあれこれ繕ってみたが、一向に泣き止まなかった。


「マモルさん!」


 バタン! という音とともに絆が部屋に入ってきた。


 バチーン!


 振り返って絆を見上げると、俺の左頬がおもいっきりはたかれた。


「女の子を泣かせたりしちゃいけません!」


 さも全うなことを言って俺をしかりつける。


 そして、クルリを抱きしめると頭をぽんぽんと優しく叩くのだった。


「えぐ、ひっく……」


「大丈夫ですからねー」


 その声はまるで赤ん坊をあやすようだった。そして俺の方を睨みつける。謝れ、という無言の命令だ。


「そ、その、すまんかった……」


 なんか、なんか腑に落ちないぞ俺は……


「いえ、いいんです……」


 するとガキは少しして絆から離れると、顔を手で覆いながら言った。


「私、なんか偶然試験に受かっちゃって学校に入ったけど、周りがみんなすごい子ばっかで浮いちゃって、けど、なんとか頑張って卒業は出来たけど、やっぱ成績低かったから仲間も出来なくって、ていうか、私の学科人気なくて、よっぽど優秀じゃないとパーティーも組めなくて……」


 その言い方、絆にはきっと色々伝わってないぞ……


「そんなことないわよ、クルリちゃんとっても可愛いんだから。お友達見つかるわよ」


 笑顔の絆は、俺と同い年なのに母親のようだった。だけど、きっと根本的なところは理解してないんだろうな。いや、理解出来るわけがない。


「ほんと、かな」


 クルリが目を見開くと。


「ええ、お母さんが約束するわ」


 お前、16だろ、お母さんとか言うなよ……


「わーい、絆やさしいなー」


 絆の胸に飛び込む。


 くっそ、茶番が……行きどころのない感情が吹き出しそうだった。


「マモルも、まだまだ子供だから駄目なところあるけど、その、なんていうか、長い目で見てあげてね」


 だから、お前もガキだろう!


「うん、ありがと! 絆!」


「ね、マモル、さん……」


…………


 しっとりとした殺意が俺に向けられた。


「は、はい……」


 少しして絆は去った。去り際、再度俺に冷たい視線を送っていった。俺は、なんだか何もかもどうでもよく思えてきた。


「あ、そういえば、さっきレベル上がったんだけど、どのパラメータあげよっかな……」


 独り言なのか、俺に相談しているのは知らんがガキがつぶやいた。


「どんなパラメータがあるんだよ」


「えっと、力、体力、素早さ、知恵、精神力、運ですね」


 まんまRPGか……


 俺の中で、ふと悪だくみを思いついた。


「お前、これからレベル上がったら運に振りまくれ」


「え、えぇぇ、なんでですか? 運なんてみんな上げないのに……」


「馬鹿、運がよくなったら仲間出来るだろ?」


 そう言うと、クルリの顔に笑顔が戻った。


「そっか! じゃ、運で!」


 そう言うと、クルリはバックから紙とペンらしきものを取り出した。


 そして、紙面に文字を綴った。


「その紙なんだ?」


「んー、情報色々見たり書き込んだりできるやつ」


「へー、すごいな」


「どう!? レベルアップしてたくましくなったクルリは」


「そ、そうだな……」


 レベル上がったのか? よくわからないが、スマホのパワーアップ版のようなものか……


「そういや、お前、俺との契約に期間がないつったよな」


「はい」


「――そうか。正直迷惑だが、どうしようもなさそうだから、俺より強い召還獣と契約するまでは手伝ってやる。それ以降は呼ぶな。てか、呼ぶ必要ないだろう……」


「はい、分かりました。それまでお願いします」


 そして、ペコリとお辞儀をする。何のためらいもなく同意か……


 そういや、RPGでもレベルが上がると初期の魔法なんて使わない。まして召還獣なんて、ムービーやたら時間かかるし、グラフィックが綺麗なだけでダメージ少ないし、無属性系ダメージの強力な召喚獣が出てきたらほんとクソだ。


 そして、こいつから俺はそんな風にしか見えてないんだ。


 ま、プレイヤーからすりゃー召還獣なんてそんなもんか。こっちは呼ばれても断ることすらできねーのにな……


 平穏な日々を期待しながらも、少しだけ寂しい気がした。



 俺が向こうの世界のことをネットで調べたのは、雄牛の敵と戦った日の夜のことだった。


 探すといっても、『あっちの世界』とか『クルリ』とかが限界で有益な情報など見つかるわけもなく、気がつけば幽体離脱など調べていて、基本的に金縛りを経て幽体離脱をするなんていう豆知識を得ては「へー」と言っている状況だった。


 はっとしてページを閉じるも、契約は消せない上に向こうから一方的に呼び出されるという状況から、戦闘に備えて役に立つ情報でも調べた方が得策だと気づき、再びブラウザを開いた。


 向こうの世界はRPGの世界に似ている。レベルや召喚獣といった概念はまさにそれだ。それなら、RPGの特徴を調べてみようと思うが一般的な概念以上の細かな情報サイトはなかった。


 検索は諦めて、俺は引き出しから紙を取り出すと、自分の経験から思いつくRPGの特徴を羅列していった。


 HP、MP、パラメータ、ラスボス、主人公、モンスター、魔法、レベルアップ……


 他は……


 パーティー、死、復活、ゲームオーバー、武器屋、宿屋……ストーリー、とか。


 思い浮かぶものだけを上げればいくつでも出てきそうだ。しかし、どうにも胸がすっきりとしない。何か喉の奥がイガイガするような感覚が残る。


…………


「そうか、俺自身だ」


 普通RPGはゲームのプレイヤーが主人公だ。その主人公を中心にストーリーが進む。主人公には、こうしていい、これはできないという明確なルールが設定されている。ルール以外の行動は起こせない。いわゆる仕様というやつだろう。ところが、向こうの世界で俺は、召喚獣でありながら自由意志で行動できる。


 まぁ、そもそも、RPGと定義しきるのがおかしい。RPGっぽい世界、が正しいのだ。現実の一部と考えるべきだ。


…………


「現実か」


 それはそれで違和感を覚える。そりゃそうだ、召喚士が突然部屋にあらわれて契約を結ばせられるとか。そして、主人公はそれをうざいと思いながらストーリーが進むわけで、そういう感じの話あるよねーって言いたくなる感の漂うラノベそっくりだ。


 結局、いくら考えたところで何も分からなかった、ただ一点だけを除いて。向こうの世界で俺は自由に考え、行動できる。



 クルリからの召喚はいつも突然だ。俺の都合などあったものじゃない。ルールみたいの設けてもらいたいものだ。俺だって、こっちに来るときにはそれなりに気持の準備がしたい、風呂入っている時やら便所に行っている時だったらどうしたらいいんだ?


 それは後で伝えることにして、俺は今目の前の敵をどうするかを考えなければ……


「おい、逃げるぞ……」


「え、まだ戦ってな……」


 クルリを肩に抱き上げると、俺は一目散に走りだした。


 目の前に居たのは髑髏の兵士の群れ。多分10体くらい。勝てるわけがない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 どれだけ走っただろう。分からんが、敵は追ってこないようだった。


「ちょっと、なんで逃げちゃうんですか!」


 背中のあたりをポカポカと叩かれた。俺は、「いてーいてーって」と言いながらクルリを地面におろした。


「お前さ、真性の馬鹿だよ……」


 そう言われると、クルリは腕を組んで口をふくらませた。


「相手みろよ! どう考えても『俺』でなんとかならないだろ!」


「前みたいに戦えば勝てるもん!」


「もん! じゃねーよ! あんなん偶然だ! 一歩間違えればこっちがやられてただろ!」


…………


 まずい、言い過ぎた……絆に叩かれた場面が脳裏をよぎって、思わず身構えていた。


「あのさ、なんでこんな無理するわけ?」


それに答えようとせず、両手を強く握って下を向いた。本当にこいつの行動はよく分からない。


「あ、なんだクルリじゃないか」


 俺がガキの扱いに困り果てていると、後ろから男の声がして振り返った。


 そこには、いかにもファンタジー系RPGを彷彿とさせる四人組がいた。コスプレイヤーが合わせで撮影会に行く感じだ。思わず吹き出しそうになったがなんとか押し殺した。


話しかけられた当の本人はさっと俺の後ろに隠れる。


「なんだ、やっとパーティー作ったのか?」


 そう言ってニヤついた顔で俺を見下ろすのは、最初に声をかけてきた奴だ。赤い甲冑、大剣を腰に、いかにも戦士っぽい。


「違う、召還獣ね……」


 クルリと同じくらいの身長のガキたれが見下したような表情を浮かべる。


「ぷ」


 と、笑う声はもう一人の男。俺と同じくらいの身長、長髪のイケメン野郎。


「ブハハハ、まじかよ! 召還獣連れて歩いているやつなんて聞いたことねー!」


 そう言って戦士っぽい男は腹を抱えて笑い出した。


 なんだこいつら……


「敵……」


 ぼそりとつぶやいたのは、四人組の最後の一人。白装束で、どっかの教会で夜な夜なミサでもやっていそうな雰囲気の女だった。こいつは多分魔法使いだ、回復系の、絶対そうだ。


 敵、ひょっとしてさっきのあいつらか……


 ガチャガチャと鎧が擦れる音が微かに聞こえる。会話がなくなった沈黙の状態になってはじめて気づいた。どうやら逃げきれたわけじゃなかったようだ。


 小高い丘をはさんでいるから姿は見えない。だが、距離にして数百メートルくらいだろう……


 戦士っぽい奴とイケメンがそれぞれ剣を鞘から抜き放った。戦士っぽいやつは腰を少しかがめ、ロングソードで八双の構えをとった。イケメンも同じように腰を低くし、中段の構えをとった。


「ち、骨か」


 視界に入ると戦士っぽい男が不満気につぶやいた。


「私からいきます!」


 戦士っぽい男の後方でガキたれが声を張り上げる。ひょっとするとコイツはクルリと同じ召喚士なのかもしれない。


そのガキが、ちらりとこちらを振り返った。


…………


 なんだ、今の面…… いかにもあっち行ってろ、という面だ。


しかし、巻き込まれるのも得策じゃない。俺はクルリの肩をトントンと叩いて合図すると、その場から離れるよう促した。そして、10メートル程離れた傾斜で止まると、連中の戦いを見学することにした。


 ガキたれがブツクサと言い出すのが微かに聞こえる。すると、アニメやら漫画やらでお馴染みの魔方陣がガキを中心に浮かび上がる。それは一陣の光を放つと、風が激しく舞い、周囲が暗くなった。


 髑髏の一団はいよいよ近づいてきた。距離にして、あいつらと100メートルくらいのところだ。


 戦士とイケメンが少し前進する。


10体相手に余裕なんだなぁ、と俺は思わず嘱目した。


「いでよタイラー!」


 その声が大地に響くと、暴風がガキを中心に巻き起こる。空に暗黒の空間が生じると、そこから俺が以前戦った『雄牛』くらいの大きさの炎に包まれた魔獣が走り出てきた。見ようによってはでっかい犬だ。


 その俺は、召喚獣が出てきた瞬間少し吹き出していた。便所にいる自分が召喚されるシーンをイメージしての事だった。


 不思議そうに俺をチラ見するガキの視線に気づいて、ごまかすように咳き込んでみた。


「ガァァーーー!」


 タイラー、と呼ばれた召喚獣は咆哮をあげる。タイラーの空間がゆらゆらと怪しく揺れているのが見て分かった。どうやらエネルギーを充填しているようだ。


それから数瞬して、エネルギーが爆発したようにより一層大きな炎が吹き上がると、敵をめがけて突進する。


 あぁ、イフリートっぽいやつか。まるで、3D技術の進化したハリウッド映画でも見ているような心持ちでその突進を眺めていた。


 タイラーの駆け抜ける線状に炎の柱が立つ。そしてそれが敵の一団に直撃すると、そのまま突き抜けて行ってしまった。


 あ、戻らねーんだ、まぁ実際、普通のRPGだと打ちっぱなしだよな……しかし、あんなんくらったら即死だよなぁ……

戦闘の終了を予感したが、そうはならなかった。吹き上がった炎の後には、10体の髑髏の兵士達が残った。


「敵すっげー……」


「バルラ、攻撃強化くれ!」


 と言ったのは、戦士っぽい奴だ。返事はないが、白装束はブツクサと何か唱えはじめた。いわゆる呪文の詠唱中のようだ。


「ベグジト!」


 白装束が杖をかざす、光の輪が浮かび上がり、戦士っぽい奴の肉体を包む。補助系魔法は詠唱時間短めなんだな、と思っていると「カルド、行くぞ!」とイケメンが叫ぶ。


「あいつカルドってのかぁ……十体相手に大丈夫なのかな」


 掛け声一閃、戦士のカルドとイケメンは敵に向かっていった。


 カルドの初打は、一回転しながら大剣を薙ぐものだった。 髑髏は、強化されたカルドの一撃を剣で受けるが、パワーで勝るカルドの一撃で後方に吹き飛ばされた。


「おぉ、かっけー……」


その一撃と同時に、カマイタチのような衝撃波が走り、敵全体を襲う。


「あぁ、なる、単体大ダメージと全体ダメージセットの特技ね、すげーすげー」


 イケメンは、カルドの背後に回りこもうとした骸骨を上段斬りする。斬りつけられた髑髏は真っ二つに割れて崩れ落ちる。


「一人目倒したな……」


 俺は、もはやアナウンサーとかしていた。


 さすがに数が多すぎるのかいくつか攻撃をもらいながらも、イケメン野郎とカルドは善戦していた。後方からの白装束の援護が度々あった。ミシエルなんたらと叫んでいたのは回復っぽい。


 ガキたれの方は引続きぶつくさ唱えている。多分さっきの奴を召喚するんだろう。


 すると、敵の一体が前線の二人をすり抜けて後方の二人に向かう。ガキたれは詠唱をやめると、杖で立ち向かう。ロッドと剣のつばぜり合いを目の当たりにして、俺は、あの杖硬いなー、などと考えていた。


ガキたれを襲った髑髏が背中に火を背負う。


 イケメン野郎が魔法を唱えたのか。態勢を崩した髑髏、間髪入れずにガキたれが体を回転させ、ロッドをひざにうちこむ。


 足を失って崩れる髑髏。


「すっげー、面白いなこれ!」


 嬉々としてクルリの方を向くが、テンションだだ下がりの状態だった。さすがに気まずくなって視線を戦場に戻すと、クルリは俺の服の裾をクイクイとした。


「あ?」


「いこ!」


「あ、あぁ……」


 是非とも最後まで見たかったが、そこはクルリの気持ちをくんでやった。俺達は、上映中の映画館から立ち去る観客のように、身をかがめながらコソコソと、そそくさとその場を離れた。


「なんかすごかったなぁ……普通はあんなもんなのか?」


「――はい」


「あんなオーバーアクションな攻撃でもやられないなんて、敵も強かったんだなぁ」


 よくあんな奴に戦い挑んだよ、と言いかけたが口をつぐんだ。壊滅的なまでに自信喪失しているのは一目で分かる。


「えー、いや、まぁ、うん……」


 何か言おうとはしたが、言葉は続かなかった。


 そして、俺たちはとぼとぼと歩いた。


 そういや、俺なんで元の世界に戻らないんだ? と思っていると、ちゃららららーん、ちゃんちゃんちゃららーんと、チープな電子音、レベルアップの時になるあれが鳴った。


「あれ」


「え?」


…………


「なんで?」


 俺は首を傾げて言った。


「なんで、ですかね……」


 クルリもそうした。


「あ……ひょっとすると」


「おぉ、なんだよ……」


「私たち、あいつから逃げ切れてなかったんだ」


「うん」


「それで、偶然カルド達とはちあわせて、勝手に戦ったから……多分戦いに勝ったけど経験値は私についた、のかも」


「ぶー! なんだよそれ!」


「あ、レベル4つも上がってる!」


「すげー!」


「こんなこと絶対ないのに……」


「バカ、そんなのどうだっていいだろ! ラッキー! そしてあいつらくそざまー! ただ働きマジお疲れさんしたぁ!!」


「い、いいの、かな」


 少し戸惑ったように表情を見せる。


「何いってんだよ、世の中運だぜ! 返せって言われても経験値なんてかえせねーし」


「そ、そうか、な」


「あったりまえだろ!」


「へへ、そっか……」


 そう言って大きな帽子の上から頭をポリポリとした。そんな姿を見て、いつになくしおらしいクルリがなんとなくもどかしかった。


 その瞬間、俺の視界は移り変わる。面前にはRPGの設定とタイトル付けのされたノートが置いてあった。



 夜の12時。


「そろそろ寝るか……」


 明日は期末テスト、まぁ、正直テストなんてどうだっていい。どうだっていいわりに、成績は上位だ。


 ま、頭良いしな、俺。


 生活態度は悪いし宿題もろくにしないわりにテストでいい点数をとる俺は、一部の教師に目の敵のように扱われている。だが、それがまた楽しい。解答用紙を手渡す時の教師が苛立っているのが見て分かる、そんな時は思わずニヒヒと笑みがこぼれる。


「何笑ってんですか?」


「ぬぉわぁぁ!?」


 クルリだ。


 俺の半径20cm内にいる。


「お前、いつもいつも突然居るなよ!」


「あはは、怒ってる」


…………


 テストでいい点とれても、こんなガキ一人うまく操れない。お勉強なんてそんなもんだな、と思った。


「てか、いつもどうやって来るんだよお前は」


「えっと、そこ……」


 指さしたのは俺のベッド。


…………


「召喚士は、契約した召還獣の元にいつでもいけるんだ。まぁ、場所は指定しとかないといけないんですけどね。申請の受理が結構たいへんなんだけどね、あはは」


あはは、じゃねぇよぉ……


「で、何しにきた?」


「え、今日も頑張ったからなでなでしてあげに来たんだよ。なーでーなーでー」


…………


 頭を撫でられながら、耐性つくの案外早いな、俺と思った。


「で、さっきのあいつら何よ」


「んー、同級生」


「あぁ、そうなのか……」


「戦士のカルドと召喚士のリルリル。他の二人は知らなかった」


「ふーん。大抵四人で行動してんのか?」


「――はい、そうですね……」


「そか」


ま、こんな使えない召喚士入れて枠一つ使いたくないよな……


「しっかし、さっきはざまぁだったな。あの後どうなったんだ」


「そのまま街に戻りました」


「そ、そか」


「で、何しにきた?」


 同じ質問をした。


「えっと、レベル上がったし、ルドもいっぱいはいったし、どうしよっかなぁって」


 こいつ天然タイプだな……同じ質問すると異なる反応が返ってきやがる。


「ルドってなんだよ」


「お金ですよー、1,700ルドももらっちゃった」


「おぉ、すげーじゃん。って、よく分らないけど」


「今の街だったらだいたいなんでも買えちゃう!」


「へー、そらすごい。とりあえず運にふっとけよ。今日のあれも運がよかったからだぜ、きっと」


「うん、じゃあ運増やしちゃおっと」


 罪悪感は無視した。


 肩がけのバックからごそごそと紙とペンを取り出す。前にも見た光景だ。


「どう、強そうになった?」


 クルリは、腰に手をついて威張ってみせる。


「そ、そうだな……ところで、お前のパラメーターどんくらいなんだよ」


 俺は話をそらした。


「レベル8、力4、体力6、素早さ8、知恵7、精神5、運41、HP30、MP29です」


「運すげーな」


 まるで他人事。


「で、さっきの奴らどんなもんなんだよ」


「えっと、カルドは17だったかな」


 そう言うと、同じ紙面を指で触れる。文字は読めないが、指を触れるたびに文字が変わっているのは分かる。


「あったあった。カルドは、レベル17で、力38、体力31、あとHP131。すごいなー」


「そうなのか?」


「うん。だって、卒業して1年もたってないのに。17はしょっちゅう戦ってないと無理ですです」


 嬉々として語った。


「そうか……」


 こいつは、カルドの話をするとなんとなく態度が違う。気のせいかな。


「お前さ、ひょっとしてさっきのカルドってやつのこと好きなの?」


かまをかけてみた。


「え!!!!!!!!!!!!!!!!!!?」


 分かりやすすぎる反応、ずぼし、ってことかな……


「そ、そそそそそんなことないですよ!!!!」


「いや、良いじゃん別に隠さなくたって」


「ちがうちがうちがうちがう絶対ちがう!!!!」


「はいはい、ワカタワカタ」


 これ以上言うとまた泣かれそうでしょうがない。と、思う心のどこかでイライラする自分がいる気がした。


「そんで、どんなアイテム買えるんだ?」


「えっと、こんな感じです」


 そういうと、四つ折り出来る便利な紙風スマホを指で触れる。


 アイテムのリストが浮かび上がる。


「文字は読めないので俺は一つ一つ説明させることにした」


…………


「――えっと、結論的に今の装備でおkってこと?」


 全て説明させた後で俺は尋ねた。単純な話、新しい装備が一つもなかったのだ。


「はい、そうですね」


………


 まぁ、序盤の街だったらそんなもんか……


「あ、あと魔法アイテムとトラップ系のアイテムがいくつかありました」


「――読んでみろ」


「はい、エルモ、これは炎系の効果のある草です」


「ほう……」


「けど、大したダメージにならないですよ。一つで10くらいかな」


「一つならそうだろうけど、その葉っぱ一枚で使うわけじゃないだろ?」


…………


「一枚で使いますよ」


「なんで?」


「――なんで、でしょう」


「これ30枚一気に使えば300くらいになんだろ。結構すげーじゃん」


「――そう、ですね」


「一枚いくらだよ」


「2ルド」


「安いな。買いまくれよ。30個一つくらいにして丸めてもっとけば使えんじゃねー」


「おぉ、じゃぁ300個買ってみる!」


 そういうと、指先でピピっとした。


「ちゃりりりーん」という音がどこからともなく……


「おま、はえーよ!」


「あは」


「で、他はなんだ」


「次は、ルクスィ、毒の実で、定期的に10のダメージ、毒消ししないと死んじゃう」


「おぉ、それもいいね。いくら?」


「3ルド」


「30個買っとけ」


「はい!」


「次は?」


「フォリナ、穴掘るだけ……」


「どんくらい?」


「結構おっきいよ、ちょうどこのおうちくらいかな」


…………


「すっげぇ、いくら?」


「1個4ルド」


「買え買え、20個」


「えぇ、こんなの使う人いないのに……」


「いいから買えって」


「ちゃりりりーん」と音がした。


「よしよし、いいか、お前次の戦いに向けてエルモ30個を1つにまとめておけ」


「は、はい」


「今後は、俺の召喚での簡易瞬間移動とエルモ、ルクスィ、フォリナのコンボで戦う。あと、絶対敵に気づかれるな。気づかれたらとにかく逃げろ」


 意味が分からないという表情をする。


「なーに、わけわからなくても良いよ。次の戦いで見せてやるから」


「おぉ、マモルが気合入った!」


 なんとなくやる気がアップしたのは、アイテムの連携で戦える気がしてきたことと、さっきの4人組を見て競争心が芽生えたからかもしれない。


「よっしゃ、今度の戦いが楽しみだな! エイエイオー!」


「エイエイオー!」


 なんか、俺楽しんじゃってないか? はっとする俺は、すでにエイエイオー、と熱く猛っている自分に気づき、かなり恥ずかしい思いがした。


 まったく、何やってんだか……



「ねぇねぇ、あの子はどんな子なの?」


 いつも会話の少ない俺と絆だったが、今日はそれ以上だった。嫌な予感は食事の前からしていた。夕食を食べ終わったらさっさと逃げるつもりだったが、そうはいかなかった。


 絆の方を向くと、下手くそな作り笑いを浮かべて俺を見つめていた。


「あぁ、ただのガキだよ」


「そう……」


 あからさまに傷ついたような返事で気が引けた。そっけなく答えたのがまずかったのか。


「いや、なんつーか……」


 俺の召喚士……言えるか! 俺は言葉を止めた。


「お名前は、クルリちゃんだっけ?」


「あぁ、そうだよ」


「へー、外国の人?」


「ま、まぁな」


 地球外だがな……


「どこで、出会ったの?」


 なんて答えたら良いんだ。


「うーん、偶然?」


「そうなんだ。可愛くていい子よね。私なんてもうこんな歳だしなぁ……」


 てめーも俺も高校生2年のクソガキだろうが。俺もじじいって言いたいのか。


「それで、何歳なの?」


「さぁ……」


 そう言われて俺もふと考えた。見た目はガキだが、学校は卒業しているって言っていた気がする、学校っていっても色々あるだろうが。


 ふと、同級生と言っていたカルドを思い出す。実際は俺と同い年くらいなのかな。


「高校生かな?」


「さぁ」


「まさか、中学生とか……」


「さぁ……」


「まさかまさかまさか、小学生と……か……」


…………


 チラリと顔を見ると、笑顔がひきつっていやがる。


「あのさ……」


「お、お母さんは気にしてないんだからね。その、なんていうのか、マモルさんがロリコンでも……」


「って、おま!」


「私はね!」


 不条理な展開を挽回しようとするも言葉を遮られた。


「その、あの人とは年齢離れてるし、こんなことになっちゃったけど後悔してないから。だから、応援するわ」


 やれやれ、その話かよ。


 俺の親父は腐れ外道だ。本当の母さんが死んだのは去年のこと。まぁ、普通に病気で死んだ。風邪が悪化して、あっけなくな……


 なんていうか、あっけなさすぎて、わけわかんなくて、今でもそんな感じだ。それから少しして、こいつがうちにやってきた。さすがに呆れたオヤジだと思った。だがまぁ、オヤジがいた頃は色んな人間が出入りしていたし、それくらいなら理解できなくもなかった、まさか、結婚してくるとは思わなかったが。


 俺の中に悪意が芽生えた。本来、父親に向けられるべきそれは、矛先を誤って絆に向けられた。


「あんなクソオヤジと比べられたくねーよ。第一、俺も絆もあいつの犠牲者だろ」


…………


「マモルさん、そんな風に思ってたの?」


「当たり前だろ! お前だって実は分かってんだろ? あいつは、俺のおもりをさせるためにお前を騙したんだって。だから、結婚してすぐに家を出てったんだ。小切手と離婚届残して! しかもなんだよ、マモルをよろしくってだけ書かれた置き手紙。あいつは、お前の純情弄んで楽しんでんだよ、分からないのかよ!?  お前があいつのこと思ってるのだって、全部あいつが仕組んだことだろ! クソ、クソオヤジ! お前もクソだ!」


 絆は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。その悲しみが、オヤジを想う気持ちが、俺には全く理解出来なかった。


「きしょう!」


…………


5


「ニイヤマ マモル登場!」


「あれ……」


 この、視界が突然変わる感覚はなかなか慣れない。


 どっちが夢でどっちが現実だかわからなくなる。


「――なんだ、お前、か」


俺がここにいるってことは、敵がいるのか。チラチラと左右に目をやる。


「今度のやつはどこだ。悪いが今日の俺は容赦しねーからな」


 絆との言い合いでむしゃくしゃしていた俺は、これ幸いにとストレス解消しようと思った。今は、何もかも忘れていたかった。


「あそこです。」


 俺とガキは、森の一本道の脇にある茂みにいた。ガキが指さした先は、ちょうどその一本道が途切れて草原が広がっていて、その先に敵の集団をとらえた。


…………


「いち、にー、さんー……」


「18体です!」


そっか。18か…… これRPGだよな。18って……一個小隊だぞ、あれじゃぁ。いつからシミュレーションになったんだよ。


少し思案するが、どう考えても不利だ。それでも戦おうと思ったのは、絆との一件から気を紛らわせたかったからかもしれない。


「で、あいつらの特徴はなんだ」


「はい、まず、あの褐色の獣毛に覆われているのが、アンドール・ガルシルド。レベル19です。レベルのわりに弱いです。以前やったパズ・ラリ・ズ・ヌール、あ、髑髏の兵です、あれよりは弱いです。強いて言うなら、HPが370でやや高いのと、素早さが55で少しだけ早いです」


 そんな説明を受けながら、戦闘中は敬語になっているガキが少し可愛らしく思えてニヤついてしまった。


「と、特徴は?」顔を見られて、ごまかすように言葉をかけた。


「そうですね、特にはないです」


「まぁ、数はうじゃうじゃいるけどな」


「はは、ですね。で、あの背の低い、鱗で覆われているのが、ルーズ・ド・ダルサム。レベル16です。HP250で低いですが魔法を使います」


「どんな魔法だ」


「ブルダリといって、氷系の初級魔法です」


「射程は」


「そう、ですね。遠くはないと思います」


「それならカスだな。あいつは……6体か。あと、一人、あいつは」


「はい、バンド・ルガアール・ナズルです。けど、ちょっと変なんですよねぇ……」


「何が」


「バンド・ルガアール・ナズルって、ここには出てこない敵なんです」


「なんでだ」


「ここはゼファーといって、アンドール・ガルシルドレベル、パズ・ラリ・ズ・ヌールなどの出てくるエリアです。バンド・ルガアール・ナズルはテンダーといって、ここから洞窟を超えた先の街の周辺に出てくる敵なんです」


「ふーん……」


 なんとなく引っかかる言葉だった。


「それに、基本は一体でしか出てこないんですよね」


「そうか、で、能力は」


「はい、レベル28です。単体としては最初に倒したフレ・グルヌーンを強くした感じですね」


「え、あれを、か……」


「はい、力121、体力105、素早77、知恵と精神力は60ちょっとですが、HPが910あります」


「――参考までに、フレなんちゃら君は?」


「力101、体力112、素早、知恵、精神力は雑魚で、HPが890です」


「あぁ、機敏なフレ君って感じか……」


 ふと、初めに戦った時のフレ・グルヌーンという雄牛の突進を思い出した。あの時の恐怖感がよみがえる。そして、今回戦う相手はそれより強いというのだ。


思わず背筋にぞわりと嫌な感触がした。


「はい、そうですね」


「帰るか」


「え!?」


「いや、無理でしょ、絶対! ていうか、なんでもっと雑魚狙わないの!」


「だって、前回も勝ったし……」


 目がうるうるっとした。


「はぁ…… 勝てる気がしない」


「大丈夫ですって、絶対勝てますよ!」


……


話を聞くほどに無理のある戦いだ。少し自暴自棄になっているに違いない。そう分かってはいるはずなのに、俺の闘争心はゆらゆらと燃えるのだった。



「お前、例のあれ、言いつけ通りにしてきたよな?」


「はい!」


「よし、見せてみろ」


 カバンをゴソゴソした。


「これです」


「おぉ、良い感じじゃん。確か、エルモだっけか」


「はい」


 そのうちの一つを手にする。手のひらに三つくるいは収まる大きさ、葉っぱを丸めて固められたそれは、ある程度なら投げて飛ばすことも出来そうだ。俺はそれをエルモ玉と呼ぶことにした。


エルモ玉は、俺の考えが正しければ一つで300のダメージになる。これが10個なら3000のダメージだ。


「これ、使い方どうすんだ」


「はい、葉を対象に投げてから、エルモ・カ・ウツって唱えます」


道具の使用がある種の音声認識であるとして、うっかり間違えがてその言葉を唱えたらどうなるのだろうか。


おそらく、それだけでは発動しない。何か、思念のようなものとセットにならないといけないんじゃないか。


「で、他の2つは」


「はい、名前とカ・ウツですね」


 冷静に考える。常識的に考えれば、エルモは誘爆してダメージはその分大きくなるはずだ。だがもしも、10のダメージしか与えられなかったらどうなる。RPGの常識では、例えば10個持ってる薬草はどうあっても1ターンに1個しか使えない。RPGの常識が正しいのか、それとも俺の常識が正しいのか。


 試してみるまで答えの出しようがない。そこは賭けるしかないってことなのか。冷静に考えれば、雑魚を相手に試すべきだが。ここに来てからというもの、リスク度外視のことが多すぎる。そのことは自覚しながらも、今またこうして勝率の低い博打のような戦いを挑もうとしている。


 他にも問題はあった。どうやって奴らに近づく、気付かれずにいけるのか。クルリの連続召喚で近づくのはありかもしれない。だが、コントロールはどうだ。こっちと向こうの時間のズレは?


 これ以上のギャンブルは控えるべきだ。そして俺は、待ち伏せがベストだと判断した。


「奴ら、どこに向かってるか分かるか」


「えっと、モンスターは普通うろうろしてるだけです」


「それにしては、なんかまっすぐだぞ」


「はい、おかしいんです。このままこの速度で進むと、明日くらいにはゼファーに着いちゃいます」


「よし、それなら奴らの先回りする」


「え?」


「進行方向が正しいなら、奴らの行動は読める」


「今までの戦い方はギャンブル過ぎるからな。待ち伏せて罠で潰す」


「おー!」


 ガキは興奮してすでに勝負がついたみたいな顔をする。


「馬鹿、まだ戦ってすらいないんだ、それから、出来れば狭くて隠れやすところがいい。これより先にここと同じような場所はあるか?」


「はい、この平原を越えると森になります。ここと同じくらいの広さの一本道になっていて、最初の直線を5リール程行くと曲がり角があります。


「1リールってどれくらいだ?」


「ちょうどこことあそこくらいですかね」


 そう言って指さした先を目測すると、だいたい40~50メートルが1リールなのだと分かった。


「じゃぁ、そこのちょうど曲がった場所で勝負だ。奴らが曲がり角を通ったらフォリナを使って穴をあける。そしたらお前俺を元に戻せ。そしてまた召喚しろ、間違えて俺を穴に落とすなよ!」


「は、はい!」


「それと、一番重要なことだ。もし失敗したらお前は逃げろ。お前は運だけはあるからな。きっと逃げられる」


「はい!」


 次の問題は、どうやって奴らをかわして先に行くかだ。今もこうして物陰に隠れて奴らを追っている。距離にして200メートルくらい。ポツポツと木が生えている程度であたりは見晴らしのきく草原だ。


 大回りして先をいくしかないだろうが、万が一視界に入ったら。


 リスクがでかすぎる。


 機会をうかがいながら追跡を続ける。ちょうど緩やかな下り坂になるあたり、隠れるには丁度よい木が立っていて、俺たちはそこからモンスター御一行を見下ろした。


 此処から先、物陰になるものがない。


「くそ、まずいぞ……」


「どうしましょう……」


 と、そのときだ、モンスター御一行の先に人影が。


 お……


「勇者様かな……」


「そう、ですね」


「前のやつらじゃないのかな」


「違うっぽいです」


「あいつら、まさか戦うのか? 4人で……」


 クルリといい、ここの住人は本当に馬鹿なんじゃないかと思う。


「よし、ちょうどいいな。あいつらに盾になってもらう」


「えぇぇ……」


「馬鹿、どうせ俺たちが行ったって助けらんねーよ」


勇者御一行と敵小隊が戦闘に入るのを見計らって、俺はガキに合図を送った。


「行くぞ!」


 俺が走りだすと、クルリが「まっ……」と言って追いかけてくる。振り返らず、俺は走った。


6


「はぁはぁはぁ、大分走ったな……」


 その言葉は偽りでもなんでもない。この世界にいると俺は体力の減りが遅い気がする。これは気のせいじゃないはずだ。実際、あまりに遅いので途中クルリを背負って走った。多分、5kmくらいの距離だ。その距離をほぼ全力で走ってきた。


 ひょっとして、俺もレベル上がっていたりすんのかな、と思いニヤリとした。


 ガキの言葉通り、俺達は木々に光の遮られた薄暗い森の入り口に辿り着いた。そして、道を少し進むと曲がり角にぶつかった。


曲がり角といっても壁があるわけではない。ただ、樹々に阻まれて曲がり角のように見えているだけだった。


森の雰囲気は、どこか富士の樹海に似ている。舗装された道があるわけでなく、獣道が少しマシになった程度の道がある。それでも樹々の中を抜けていくよりは大分マシだろう。


「あの人達、どうなっちゃったかな……」


 クルリが心配そうに後ろを向く。


「普通に考えたらやられただろうな」


「そっか……」


「死ぬとどうなるんだ?」


 素朴に問いかけた。RPGだったらセーブポイントからやり直すんだがな。


「死ぬと、消えます……」


「え、消滅ってこと?」


「はい、何もなくなっちゃいます」


「そっか……」


そこの設定は予想外にシビアに思えた。ますます、クルリが戦闘に巻き込まれる訳にはいかないなと思った。


「俺たちは、死んでも肉体は残るんだよ……」


「そうなんですか。良いなー」


 一瞬、何が、と思って前を行くクルリの背中に目を向けた。


「私達は何も残らないんだもん」


「いや、肉体あるつっても、心は何もないんだぜ。最後は燃やしちまうし」


「けど、最後にみんな集まったりバイバイとか言えるんだよね。私の友達もたくさん死んじゃったけど、バイバイって言えなかったもん」


「そう、だな」


 ふと、母さんの面影がよぎった。俺は、さよならって言ったのか?


『近づいてます! 20リールくらい』


 クルリの声が小さくなった。


『思ったより速いな』


 俺には、近づいている感覚はなかった。ひょっとすると、この洞察力は運の力なんじゃないか。エンカウントを減らす効果というか。


俺は、ジャケットのポケットに入れたアイテムを手で探る。


『いいか、お前は遠くにいろ。』


『はい、けどあんまり遠くは駄目です』


『なんでだ?』


『5リールを超えると召喚が解けちゃいます』


 なんだそのとってつけたような設定は、と思いながら初めの戦いを思い出した。俺が全力で走っていると突然現実に戻ったのはそういうことだったのだ。


『じゃぁ、あそこの陰に隠れろ』


 俺は、道の脇の藪の深い辺りを指さして言った。


『はい! 頑張ってください!』


…………


『任せとけ』


 俺は、エルモ玉を6つ、ルクスィを2つ足元に置いた。そして、手にフォリナを握り締める。ルクスィは、紫色の葉で、梅干しに入っているしその葉っぱに似ていた。ルクスィは、雑に削られた黒曜石のような素材だった。


 心臓が高鳴る。


 近いのか? 1キロメートルってどんなもんだ。ここから10分くらいか。


かなり引き離したつもりだった。こんなに早く追いつかれるというのは、勇者御一行はわりと瞬殺されたのかもしれない。


まだ時間はある。緊張感からか、神経が研ぎ澄まされている。耳が熱い、集中力がグンと高まって周りの景色がよく見えるようになった。頭は、まだ冷静なはず。大きく息を吸うと、森の大気が心地よく思えた。


 絆に謝りたいな、なんていうことを急に思った。そして思わず苦笑。


 ガキは大丈夫か? 隠れているはずの藪に目をやる。


 両手を振って俺に答える。


 あいつ馬鹿だからな、心配になる。俺は、あっちいけ、という手つきで隠れるよう促した。


 来るか。


 音に、意識を向ける。


 さわさわ。


 ざざざ、ざざざ。


 風が、木々の上枝を揺らす。ふと、既視感を覚えた。


 あぁ、あいつと出会った時か。懐かしい思いがした。


 微かに甲冑の音。


 近づいている。


 まだ少し距離がありそうだ。


 あれだ、試験前の5分間に似ている。


 やれるか、と自らに問う。


 いける、大丈夫だ、と答える。虚勢を張っているのは感じ取れるが、無理にでも鼓舞して自らを高めた。


 近い。


 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャガチャ……


 はっきりと目視できる。敵の獣毛、肌、武具の質感、漂ってくる殺気、まったく、ハリウッドもびっくりのメイキングだぜ。


「よーし、お前らそこまでだ」


 腰に手を当て、居丈高にする。


「ガオォアォオ」


「グアアアォォアォ」


 一体、二体とモンスターが次々顔を出す。け、どいつもこいつも似たような面しやがって。


 手で合図を送っている奴がいれば、俺と距離を取りながら後ろに回る奴もいた。


 なんつったっけこいつら


「おい、お前らなんつったっけ」


 ガキが、レベルは低いと言っていた褐色の獣毛をした敵の一体を指差して言った。しかし、返事はなかった。


「ち、無視かよ。じゃぁ、お前ら毛な」


 徐々に後ろにまわりこむ。次に現れたのは魔法使うやつだ。


「お前もなんだっけ」


…………


 ざわざわと木々がざわめく。


「お前らは魔法な。めんどくさいから」


 そして最後の一体。


 黒の甲冑に身を包んだ敵、プロレスラーが甲冑を着込んでいるような分厚さだった。そして、こいつが一番強いという奴だ。


「お前は、黒でいいか」


 一体ずつかかって来られたらどうしたものかと思ったが、俺を中心に半径5メートルの円形上に取り囲んでいった。


 ほんの一分もしないうちに完全に包囲網が作られた。RPGの世界にしては敵の連携が良い。殆ど合図もなく、俺を中心に包囲網を作るなんていうのは、何も訓練がなかったら出来ることではない。今回はむしろ好都合なのだが、それにしてもさっきから違和感が拭えない。


 馬鹿野郎、今は戦いに集中しねーと、俺は自分の頬を叩くような気持で自分自身を叱責した。


敵意の眼差し、呼吸の一つ一つが苦しくなる圧迫、これが殺気なのか? それに呼応するように、俺の全神経が研ぎ澄まされる。


緊張が最大に高まる。それを打ち消すように大きく一つ息を吸う。


ドクン、ドクンと鼓動が激しくなる。


『毛』の一体が、俺のわずか3m程のところににじり寄る。近くで見ると、作り物じゃあり得ないとひと目で実感させられる。



  一瞬、無音の時間が訪れる。それは戦闘のはじまる合図のように思えた。


「グガガアアアア」


 獣の咆哮とともに、一体の『毛』が獲物の剣を振り上げる。反り返った曲刀の刀身はファルシオンというやつだろう。


「クルリ今だ!」


 俺はクルリに合図を送った。


 ジャケットから一つ、黒曜石に似たフォリナの石を取り出すと、それを大地に投げつけた。


「フォリナ・カ・ウツ!」


 次の瞬間、音もなく面前に巨大な暗黒が口を開ける。それは、俺を中心に半径10メートル程広がると、そこにあった木々、敵、俺を含め全て重力のまま落下しはじめた。


フリーホールの感覚がした瞬間、絆が両手で顔を抑えながら俺の目の前で泣いていた。


 あぁ、飯食ってたっけ、絆の飯はうまいんだよな。早く続きを食わねーと。


 視界が戦いの場面に戻った。目の前に直系20メートル、深さ5メートル程の大きな穴があった。


 すげーなこれ。土木工事捗りそうだわ。穴の中を見下ろすと、18体の敵が穴の底に囚われていた。



「遠慮無く行くぜ、ルクスィ・カ・ウツ、エルモ・カ・ウツ!」


 穴の底にあるはずのエルモ玉に向けて唱える。この距離での詠唱が効果あるのか不確かだったが、最悪手元のエルモ玉を使って誘爆させるつもりだった。


 一瞬、何もかもが静まり返った。まさか、使えないのか? 俺の脳裏に不安が生じる。その次の瞬間、ちょうど黒いのが俺の方を見上げたと同時に爆音が鳴った。すると、それに続いて複数の爆音。そして、一本の巨大な火柱が穴から吹き上がった。


「よっしゃ!」


 耳を押さえながら俺は大声を上げた。


 エルモの葉180枚、しめて1800ダメージ分の火柱だ。一点だけ予測できなかったのはその爆音の程度だった。俺は、耳が遠くなるのを感じた。次回使用時の教訓だな、とぼんやりと思った。


 炎の柱は、少しの間続いた。そして、徐々に火柱が収まる。


「ひゃーーはっはっっは!」


 勝利を確信して俺は無意識に高笑いしていた。


「余裕だぜ!」


 そして、クルリが隠れているはずの茂みに視線を送る。


 クルリの姿があった。喜んで駆けつけてきそうなものだが、はて…… あっち、あっちーという手、まさか……


 穴の方に振り返ると同時に俺は後ろに飛び跳ねていた。


「くそ、生きてやがる!」


 4体だった。俺から数メートル離れたところ、『毛』が2体、その後ろに『魔法』が1体、そして右手に『黒』…… エルモは残り4発。


 なんで死なねーんだよ! 怒りに焦りが混ざりこむ。いきなり万策尽きたわけじゃないが、サシでやりあったら間違いなく負ける相手、背筋に嫌な汗をかいた。


 姿を晒してしまったガキを放って行くわけにはいかず、俺は敵に背を向けてクルリの方をめがけて駆けた。


「フォリナ・カ・ウツ!」

 

 少しでも時間稼ぎを、と後ろ目にフォリナの石を放り投げた。


 ガキの元に駆けよると、俺はクルリを肩に担いで森の中に向けて走った。


「どうしようどうしよう!」


 戸惑うクルリを見て、俺自身は多少落ち着きを取り戻した。


「馬鹿、オロオロすんな、走りづらい。今はとりあえず逃げるぞ。逃げてればルクスィの効果でいつか死ぬはずだ。距離を詰められたらフォリナとエルモで迎撃する」


 森の一本道を走っていく。所々木の根が張り出していて、うっかり足を引っ掛ければ一巻の終わりだ。


 鎧の音が近づいてくる。これは『黒』の方に違いない。


 カチャ…カチャ…… ガチャガチャ、ガチャガチャ……


 音がどんどん大きくなってくる、あっという間に距離を詰められる。逃走開始から一分も経たないうちに追いつかれた。


「フォリナ・カ・ウツ!」


 ポケットから取り出すと、後ろを振り向かずにそれを唱えた。


 甲冑の金属音が途絶えたところから恐らく穴に落ちた。危険ではあったが俺は足を止めて後ろに振り返った。


 視界に敵はない。なんとか敵との距離を稼ぐことが出来た。だが、あの穴からすぐにでも登ってくるに違いない。


  なんとしてもガキだけは逃さなければ。


「お前さ、俺の部屋にいつも来るけど、ここからじゃ出来ないのか?」


「あれは、クラリスからじゃないと駄目です!」


「そうか……」


「すいません!」


 俺の足じゃいくら走っても逃げ切れない。戦うしかないか……


「おい、身をかがめてそのまま茂みに隠れてろ」


「はい!」


「いいか、俺が指示したらその方向に俺を召喚しろ。絶対に姿を見せるな」


「はい!」


「本当に最悪な状況になったらとにかく走って逃げろ」


「は、はい!」


 穴から4体の敵が跳びだしてくる。距離にして約5mのところだ。敵のそれぞれが地上に立った瞬間、俺はエルモを敵に投げつけた。


「エルモ・カ・ウツ!」


エルモを投げた場所に火柱があがる。今回の一撃は様子見のための使用だ。どうやって先の攻撃から生き残ったのを知りたかった。しかし、エルモの残りは3発……


 炎がおさまると、そこには2体の敵が残った。『黒』と『魔法』だ。『魔法』がどうやってエルモを防いだのかを理解した。奴は、氷魔法を自分にかけて氷結させることでダメージを中和していたのだ。『毛』2体が残ったのは氷結の範囲が広かったことによるものだったのだろう。


 なるほど、敵にしては利口な防御方法だ。しかし、『黒』の方はなんだ? 特に防御をしている感じもしない。ひょっとすると属性防御かも知れない。そう考えれば納得もいく。そうなると、毒のダメージに期待するしかない。


 俺は、ルクスィを足元に落とすと、「木の上!」とガキの聞こえる声で叫んだ。


 再び食卓に戻る。目の前には絆が、さっきと同じ姿勢でいた。戦いが終わったら、とにかく謝ろう、そんなことを思った。


 視界が戻ると、ルクスィを落とした場所から少しだけズレた木の上に移動していた。俺を見失った敵は、警戒しながら左右に首を動かす。


 『魔法』の方は不意打ちのエルモ一発だ。だが、『黒』の方が厳しい。なんとか毒のダメージを蓄積させて倒さなければ……


 ちょうど、ルクスィの辺りに『黒』が差し掛かると、俺は「ルクスィ・カ・ウツ!」と詠唱した。さっきは穴での使用で分からなかったが、緑色の煙幕が巻き起こるもののようだ。この緑色の煙を吸うと毒にかかるということだろう。


 煙が2体の敵を巻き込んだ瞬間、俺はエルモ玉を魔法の方に放り投げ「エルモ・カ・ウツ!」と唱えた。


 再び炎の柱が立つ。


 あと、一体…… とにかく、こいつを攻略しなければどうしようもない。情報が足りないことに気づいた俺は、危険を承知でガキの元に戻ることにした。


「クルリ、俺をお前の側に戻せ!」


 ガキの元に移動した俺は、茂みに隠れながら敵の位置を確認した。


『まだ気づかれてないな』


『はい、大丈夫そうです』


『あの黒だが、属性防御とかあるか?』


『ちょっと待ってください』


 そう言うと、カバンから例の便利な魔法版スマホを取り出す


『いえ、属性防御はないです』


『なるほど……敵が属性防御系のアイテム装備するっていうのはありえるのか?』


『――聞いたことがないです』


『そんなことはない、明らかに致死量のダメージを与えてるはずなんだ。あいつをよく見てくれ、何かおかしいところはないか』


『はい、見てみます……』


 そう言うと、ガキは茂みから目を凝らした。


『あ! わかりました』


『馬鹿、声でかい! で、なんだ?』


『炎属性のアイテム装備してる……』


『やっぱりか』


『けどおかしい。あれは僧侶のペンダント……』


 と、再び黒が居たところに目を向けるが、そこに奴の姿はなかった。俺の背中にゾクリという悪寒が走る、そして、ガキを抱えて前方に飛び込んだ。


 首元に、鋭いものが走る抜ける感覚。見えないが、奴の斬撃に違いない。ガキの声に反応して居場所がバレたのだ。


「くっそ!」


 俺は思わず呻いていた。首元から血がしたたる。かろうじて、皮一枚斬られるにすんだのだ。


 立ち上がると同時に敵のほうを向き直る。黒い甲冑の騎士が、すぐ側で俺を見下ろしていた。


「いいか、お前はなんとしても逃げきれ」


「は、はい! マモルはどうするの?」


「俺は、ちょっと、戦ってみる、さ……」


「エルモあと三つだよ!?」


「いや、二つだ」


「もっと買っとけばよかったね……」


「そうだな……」


 そして、クルリはめそめそする。


「馬鹿、なくんじゃねーよ。お前のほうがやばいんだからな」


 俺は、泣きじゃくるクルリの頭をなでなでしてやった。護ってやりたい。そんな、生まれてこのかた一度も感じたことのない感情が俺に芽生えていた。


「貴様、なるほど、そういうことか」


 俺が立ち上がると同時に『黒』が声をかけてきた。甲冑の中身は中年のガチムチオヤジが入ってるのか? と思わせる低音の響く声だった。


「貴様のせいで、バアル様に預かった兵を全て失った」


「へへ、そりゃ残念だったな」


 態勢を整えると、ガキを俺の後ろに行かせるよう手で指示をする。


「貴様のその戦い方、こちら側の存在ではないな」


「らしいな」


「我々は何故存在する? 誰かが決めた、我々は貴様らの経験値のためにあると。貴様らの新しいスキルの練習のためにあると。貴様らを楽しませるためにあると」


「知ったことかよ」


「あの方のお陰で、我々は覚者となった。世界は変わろうとしている。その意味でお前は、我々にとって危険な存在だ」


「ゆえに、殺すってか? 何わけのわかんねー御託ならべやがって、やるならさっさと来い。来ないならこっちから行く」


「貴様、名は? 俺は、新山 護だ」


 態勢を整えると、ガキを俺の後ろに行かせるよう手で指示をする。


「貴様、名は? 俺は、新山 護だ」


「そうか、私の名はベリアル」


「なんだ、なんとかこんとかとかいう名前だったんじゃないのかよ」


「――ふ、そんな名で呼ばれていたこともあったな。少し話しすぎたようだ、そろそろ終わりにしよう」


 そう言うと、剣を中段に構える。それに対して俺は素手で、まったく無謀な突進を試みた。死中に活あり、という言葉が頭によぎったのはベリアルとの話の最中だった。というのは、敵は馬鹿じゃない、話の感じでそう実感した。そうであるならば、俺が逃げの一択しかないことは読まれているはずだ。それならば先に仕掛けるほうがましだ、という一手だった。


「クルリ、とにかく隠れろ!」


 そう言うと、殴りかかるような素振りを見せる。こんなものがダメージになるはずはないのはわかっている。俺の狙いはペンダントの奪取にあった。だが、不意をつかれてはその本意に気づかないだろうという期待があった。


ベリアルはその動きに合わせるように剣を上段に構えた。奴が迎撃に出たことは、二つの点で俺の奇襲の成功を意味していた。一つは、クルリが狙われなかったこと、もうひとつはペンダントの防御から意識がそがれたことだ。

振り上げた剣を振り下ろす、その一瞬前、俺は前に踏み込むはずの足で思い切り後方に蹴りあげた。


 剣圧が俺の鼻筋に当たる。かろうじて、交わした。


 奴の首に青い宝石の輝き、ガキが言ってたペンダントに違いない。


 再び、前方に踏み込む。ペンダントを、なんとか破壊すれば……


 ぐんとベリアルに近づく、手を伸ばせば、ペンダントまであとわずかの距離。


 そこまではよかった。俺の甘さは、敵の身体能力が俺の想像をはるかに上回っていたことだった。敵は、振り下ろした剣から片手を手放すと、その手で俺をなぎ払った。


 意識がふっと消えかける。くそ、落ちるんじゃねー! 俺は心で怒鳴り声をあげた。


 どれくらい飛ばされたのか分からないが、吹き飛ばされた俺は枯れ葉の堆積した地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転げて何かの大きな固まりにぶつかって止まった。


 これだけで全治何ヶ月の怪我だろう。しかし、俺は体の痛みこそあれどなんとか動かすことができた。


「くっそ!」


 何かないのか? 何か!


 なんとか身を起こすと、周囲を探った。すると面前、俺が叩きつけられた大木に、もぬけの殻となった鎧と剣が一本、立てかけられていた。


 なんだよこの展開。まるでダンジョンに何故か置いてある宝箱のようで少し笑っていた。


 俺は剣を手に取った。


 ずっしりとした重量感。


 鞘から剣を抜いた。鞘の分だけ軽くなったが、それでも俺が使いこなせる重量ではない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 数メートル先、奴がいる。それだけの距離ふっとばされていたのか。どうしたらいい、俺は……そうだ、とにかく奴の気を俺に引き付ければ良い。


 息を整える。僅かな時間しかない。分からないが、剣で戦う一択だと感じた。


 剣を振り上げる、ずしりと重いそれを。その動きに合わせて奴も剣を振り上げる。カウンターを狙っている一撃だ。いや、剣同士で打ち合っても剣ごともっていかれる。


 剣の重量から、上段に構えての態勢維持の出来なかった俺は、剣を肩に担ぐ格好で構え一気に前に出た。


「クルリ、奴の後ろに頼む!」


 絆の泣きじゃくる声。俺は、肩に剣を担いだ格好で絆を見下ろしていた。くっそ、なんか俺山賊みたいじゃないか。


 次の瞬間、視界には奴が。


 後ろ、今だ!


 渾身の力を込めて振り下ろしたそれは敵の右肩に叩きこまれた。


 ダメージとしてどの程度なのかは分からないが、敵は地面に膝を着いた。


 もう一度いけるか? そう思った俺は再度剣を高く掲げ、頭をめがけて全力で振り下ろした。


 いける、そう思った瞬間、俺の胸に深く鋭い刃物が潜り込んでくる感触がした。


「な、なんだこれ……」


 体に力が入らない。


 剣は俺の手からすり抜けるようにして落ちていった。


 顔を下げると、すでに俺の方を向いたベリアルの姿、そして、自分の胸に突き刺さる剣の刀身が目に映った。


 口から血が溢れる。まずい、これは死ぬか……


 叫ぶ言葉もでない。


「無力だったが、よくやった」


 ベリアルの声が微かに聞こえる。剣を引き抜くと、血が吹き出した。


 すげぇ量だ……


 意識が薄らいでいく。


 まずい、な……


 絆に謝ってねー、クルリ逃さなきゃ……


…………


…………


「あ、あれ?」


 こりゃー、死後の…… って、そりゃねーや。


 俺の目の前には後ろ向きのヤツが。


 そうか、ガキの方に向かって、くそ、あのバカ。逃げろっていったのに。


 俺は立ち上がる。


 剣は? 握れる。


 足は? よし、動く。


 俺は走っていた、肩に剣を担いで。狙いはヤツのペンダント。


 奇跡的な動きだった。ほぼ、周囲に音を漏らさずトップギアに至った。


 そして、敵の間合いに入ると剣を叩き込む。


 首筋、ペンダントを狙った一撃。それは、奇跡的な程的確に首筋の金具にぶつかり、ペンダントは奴の首から外れて落ちていった。


 不意打ちでの打撃もあり、奴は姿勢を崩す。


「よし!」


 ジャケットからエルモ玉を二つ取り出す。


「エルモ・カ・ウツ!」


 ゼロ距離での発射、当然俺も火に飲み込まれる。自殺行為に思えるが、死にはしないという気がした。


「く、貴様!」


  ベリアルの声、まだ死んでない。


 体が焼けただれる。そして、その熱による激痛は例えようのないものであった。


体の方はいける、だが意識が飛びそうだ。


ふと、なんでこんな真剣になってんだ? という覚めた声がした。


「暇より、ましだからだ!」


思わず吼えていた。業火に焼かれながら、意識が覚醒するのがわかった。


「クルリ、上に上げてくれ!」


次の瞬間、ベリアルの頭上高くに移動する。幸いにして周囲に邪魔な枝はない。だが、まだ勢いの落ちていない炎はベリアルの姿を隠す。


 体が落下を始める。炎の中を通り抜けて行く。普通ならとっくに死んでいるだろう。


高さ10メートルとして、地球と同じ重力なら落下は1秒半くらい。瞬時に落下時間を物理演算すると、ただそれだけを根拠に俺は剣を振り上げた。


すでに目も焼けて視力は失われている。


「うおおぉぉー!」


 叫び声を上げながら、渾身の力を込めて振り下ろした。


振り下ろした剣は、確かに何かに激しくぶつかった。


大地に叩きつけられた俺はその衝撃に意識を失った。


「マモルー!」


微かに声がする。


ガキの声だ。


て言うことは、死んでねーな。目を見開くと、ぼんやりとガキの顔が映った。 ダメージは殆どない。まるで、よく眠れた朝のような心地よさだった。


 半身を起こすと、燃えてボロボロになった制服と、傷ひとつない体があった。


「ふ、ふふ。滅茶苦茶な戦い方だな」


  はっとして身を起こす。目の前には、仰向けに倒れたベリアルの姿があった。


「往生際悪いぜ、おっさん」


「――安心しろ。毒のダメージで、あとわずかで死ぬ」


「そ、そうかよ……」


「新山 護、ルール・ブレイカーよ、敵として合間見えたこと、残念であり、嬉しくもあったぞ……」


「あんたら一体なんなんだよ。ていうかこの世界なんだよ」


「私には、そんなことはどうでも良い。ただ、我らのルール・ブレイカー、ツグミ様は、この世界に興味を示していたな、お前が敵であるならそのうち合間見えるであろう」


 そう言うと、ベリアルは言葉を止めた。死んだのだろう。


俺は、ベリアルの亡骸を見つめていた。


 ちゃららららーん、ちゃんちゃんちゃららーんとチープな電子音がした。ガキのレベルアップか。


さすがのガキも、ベリアルの死を目に、はしゃいで喜ぶことはなかった。


「こいつら、死ぬとどうなるんだ?」


「うーん、私達と同じで消えていくよ」


 ガキがそう言うと、ベリアルは徐々に透明になって消えていってしまった。


「死んだな……」


「うん」


「レベル、いくつになったんだよ?」


「え? おぉー! すごい! レベル14だよ」


「そっか、やったな……」


 そう言うと同時に俺は食卓に戻っていた。


 あぁ、そうか。これが残っていたな。そう思っていると絆は泣くのをやめて俺の方を向く。


「――マモルさん……」


「あ、あぁ、さっきはごめ……」


「なんていう格好しているんですか! ヘンタイ!」


「え? えぇ?」


「真剣な話しているのなの! お母さんをからかうなんてひどい!」


そして、茶碗やら皿やらを俺に向けて放り投げる。


「ぬお?」


  皿の角が額にぶつかる。


「こっちのダメージは蓄積するからやめろ!」


それを聞いた絆は、からかわれたと思ってなお一層怒り狂うのだった。


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