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召喚獣ニイヤマ マモル

1章 



 学校からの帰り道、自宅近くの名も無き公園に差し掛かった頃、俺は無意識にスマホの画面を開いていた。


「あぁ、そうだ。消したんだっけ……」


 あるはずのないRPGゲームのアイコンを探していることに気づいた俺は、すぐさまそれをポケットにしまうのだった。気がついたらレベリングするだけの作業ゲーとなっていて、ラスボスと戦うまでもなく飽きてしまったのだ。


「ち、つまんねー……」


 学校を出る頃茜色だった空が今ではすっかり暗黒色であった。突然、秋の夜風が何かの意思を持ったように俺の頬を愛撫していく。そして、俺はその風が向かう先、公園の方に視線をやった。


 公園に何かあるのか? そんなことを思うと、俺に答えるように街路樹のプラタナスの葉がサラサラと音を立てる。


 何か、あるかもしれない。たったそれだけの思いに俺の胸は高鳴った。そして、そんな物語みたいな、お前が期待するようなことがあるわけないだろう? と批判的なもう一人の自分の言葉を無視すると、何者かに操られるように公園の中に歩を進めるのだった。


 外灯の乏しい園内は思いのほか暗く、木の根でもないかと足下が気になって仕方なかった。俺の鼓動は必然的に高まる。閑静な高級住宅街でも、この辺りはおやじの馬鹿でかい城みたいな家があるくらいで何もない、周囲の音に注意深く耳を傾けても、聞こえてくるのは自分の足音と鼓動くらいのものだった。


 200メートル程進んで公園の中央付近に差し掛かったが、薄暗い芝生にぽつんと外灯が佇んでいるだけで、他には何もなかった。


「――ふぅ」


 ため息が一つ溢れる。だから言っただろう? 何もなくて残念でしたー、と皮肉を言う俺がいた。そして、いま来た道をそのまま戻ろうとして振り返った。


「うわぁ!」


 思わず声を上げるほど驚いたのは、その場にうっすらと人影があったからだ。


「あなた、私と契約しない?」


 その、自分よりずっと小さな、小学生くらいの背丈の人影は、俺に語りかけてきた。


「は、はぁ?」



「夢……か」


 窓から差し込む日差しが目にしみる。


「まぶしいな」


 どうにも眠くてたまらない。もう一眠りしたいところだが、これ以上遅刻すると担任の松下に呼び出される。嫌々ながら俺は二本の足をベッドから投げ出した。


 夢のことをぼんやりと思い出しながらクローゼットから制服を取り出した。寝間着を脱ぐとき、違和感に気づいた。ボタンが一つ掛け違えているのだ。


 なんだこれ? 思わずこぼしていた。違和感をそのままに、夢の回想を続けた。夢の中で俺は、妙な魔法少女風コスプレをしたガキに襲われた。「契約、契約」と叫びながら木の棒を持って追い回され、訳も分からず逃げ回ったが、いつしか追いつめられた。


「あんとき、確かあの棒で頭を・・・」


 無意識に頭をさする。


「いってーーー!」


 思わず声を張り上げていた。


 くっそ、なんだこのでかいたんこぶ。そっと頭をさするとズキンと鳴った。


 頭をさすった手の平を習慣的な動作で目の前にする。血は、出てない。夢じゃなかった、のか? 記憶を手繰ると、公園に行って殴られるところまでは鮮明に思い出せた。しかし、それから家に戻るまでの時間が空白だった。


首を傾げながら登校する俺は、学校の正門を過ぎた頃に始業式の鐘の音を耳にした。やべー、遅刻じゃん。まぁ、今更焦っても仕方ないか・・・松下と生徒指導の矢島にこっぴどく怒られている自分の姿が容易に想像できた。


 案の定、放課後俺は松下に呼び出された。生徒が減って空き部屋になった教室は生徒指導という名目の説教部屋に様変わりする。


「新山、お前何度言ったらわかるんだよ」


 両腕を組んだ松下は、眉間をしわしわにして言った。


「はい、すいませんでした」


「遅刻の理由もう一回いってみろ」


「えー、ですから、自宅の愛犬がお腹を悪くしたので、病院に連れていこうかどうか迷っている間に時間が経ってしま・・・」


「んなみえすいた嘘があるか!!」


 机を握りこぶしで叩きつけると、矢島が声を荒らげた。


「あい、すいません!」


「お前、俺のことなめてんだろ。勉強できたってな、お前みたいに人のこと馬鹿にしてるようなやつはまっとうな社会人になれねーんだよ!」


「あい、すいません!」


本当の理由を告げれば信じるか? 木の棒持ったガキに追いかけられて頭殴られて気絶していましたって。まったく理不尽な展開だぜ。


「あい、じゃねー!」


 頭を下げながら俺は茜色に染まる空を横目にした。と、その瞬間、茜色の空は乳白色に染まる。いや、それだけじゃない、目の端に映っていた窓枠まで同じ色に、空間そのものが消滅してしまったようだった。


「うわ、なんだこれ!?」


 目をぱちぱちする、脳が現状の認識にまるで追い付いてない。木? 森の中? 土? 草? 空は、青い。え、あお?


「やったでた! いけ、ニイヤマ マモル」


 ニイヤマ マモル、俺のことじゃないか。声の方を向いた。ガキだ。変な棒、あ、知っているぞ、あれ。確か夢で殴られた……


 脳が、なんとか理解できるものを掬い上げようとした瞬間、突然、強烈な衝撃が俺を襲った。わからない事だらけの中で、これだけはっきりと分かった。俺は、強大な何かと衝突した。車か、はたまたトラックか、それは分からない。


俺の体はふわりと宙を舞っていた。正確には、突き飛ばされてすっ飛ばされている。生まれて初めての不思議な感覚、体が半回転し、視界がぐるりと回る。力はまるで入らず、なすすべもないままに重力の方向、地面にダイブしていた。まるで迫ってくるような大地を目にしたが、反射的に目を閉じていた。非常識な衝撃が俺の頭部を襲った。頭からいったのか、それだけは分かった。そして、俺の体はその場で崩れ落ちた。


「大丈夫!? ニイヤマ マモル!?」


 すっとぼけた声がするが、それどころじゃない。くそ、なんだってーんだ? 苛立ちがフツフツと湧き上がる。


「いってーなコノヤロウ!」


 感情のままに声を上げた。


 …………


「あれ、あ、え?」


 松下と矢島は、大きく目を見開いて、口をぽかんとしていた。


「なんだきさま、その態度は……」


 矢島が立ち上がると、俺の胸ぐらを掴んで汚い顔を近づけてきた。


「あれ、先生?」


「あぁ、そうだ。セ・ン・セ・イ、だ」


 目をそらすと、そこには夕焼け空があった。


「きさま! いい加減にしろ!」


 頭の中に星が散った。左の頬を思いっきりはたかれたのだ。だけど俺には、さっきの衝撃と比べると遥かにましだと思えた。



 こっぴどくしぼられた俺が解放されたのは七時を回った頃だった。だが、その間にも俺の頭はさっきの出来事がぐるぐると回っていた。


 まったくなんなんだよ、むしゃくしゃして頭をかきむしった。気がつけば飯を食っている時も、風呂に入っている時もそのことを考えていた。そして、はっとした頃には夜の十一時が過ぎようとしていた。


 すっかり暗闇にあたりが包まれている。いつもの勉強机、そのすぐ右手側に窓ガラス、窓の外には、外灯の明かりがはっきりと、そして窓ガラスには俺自身がぼんやりと映っていた。いつもの俺の部屋だ、俺の少し後ろにコスプレのガキがいることを除けばな。


 緊張をかみ殺すように俺は目を閉じると、そいつの方向に向き直った。


「今日のあれはどういうことですか!」


 妙な格好だ、というのが最初の印象だった。妙ちくりんな大きな帽子、ななめ掛けの大きなバッグ、ボレロ風の上衣に腕元が膨らんだワンピース風の衣装だった。小学生くらいの身長で、クリクリした大きな瞳が特徴的だった。


「ちゃんと戦ってくれなきゃ困ります!」


 そう言うと、あの棒を俺に突きつけた。よく見ると、青色の宝石が施された魔法使い風の杖だった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。何がなんだか分らなさすぎる……」


 俺は、無抵抗の証に両腕を上げて見せた。


「なんですかそれ! 昨日ちゃんと契約したじゃないですか!」


「けいやく?」


「とぼけないでください! 召喚獣のけいやく!」


 …………


「はぁ?」


 わりと余裕のある自分に気づいた。冷静に考えれば、妙ちくりんな帽子をかぶった小学校中学年くらいのガキにのほほんと凄まれても怖くはないわけだ。


「えっと、お前誰? どっから入った?」


 …………


 ガキは少し首を傾げる。


「まさか、本当に憶えてない?」


「うん」


 …………


「私はクルリ、クルリ・クムリ、召喚士。昨日あなたと戦って勝ったの。そしてあなたは、私の召喚獣になる契約を結んだの」


 …………


 電波なセリフもここまでくると説得力がある。


「えっと、ひょっとしてその棒で俺のこと殴った?」


「うん」


 …………


「てめぇ……」


 俺の中でふつふつと怒りがこみ上げてきた。


「このクソガキ!」


 今日一日の理不尽な出来事は全てこのガキのせいなんだと分かると、思わず怒りに拳をあげていた。


「ふぇぇぇ?」


 俺の勢いに気圧されたのか、ガキは体をこわばらせると身を守るようにうずくまってしまった。そして、泣き声が響き渡る。


 振り上げた拳を虚しく降ろすと、行き場のなくなった怒りがはけ口を求めるように「ち、なんなんだよこれ……」とぼそりとつぶやいた。



「泣くなよ」


 いつまでも泣きじゃくるガキが少し哀れになって声をかけた。


「すいませぇぇん……」


 ちょこんと正座すると、手を顔にあてながらガキは言葉をこぼした。


「で、お前なんなのよ、まじで」


 今となって殴られたことへの怒りよりもウザさが、ウザさよりも好奇心が優っていた。


「はい、私は召喚士です」


 …………


「なんなの、それ?」


 慣れろ、慣れろと心で何度か唱えた。


「召喚獣を使って魔物と戦う人です」


 …………


「そっか……」


「それで、どっから来たの?」


「クラリスです」


「どこそれ? 何県?」


「えっと、なんていうか、こことは違う世界です」


 …………


 さすがに耐性の限界値を超えかけた。夕方の一件がなかったら、会話終了もいいとこだろう。


「召喚士ってなんなの?」


「でーすーかーらー、召喚獣を使って魔物と戦う人です!」


 突然、俺の中で学校での出来事の謎がとけた気がした。


「ひょっとしてさ、俺、お前の召喚獣だったりして?」


「はい」


 笑顔だ……殴ってやりたくなった。そして俺は、引きつった笑顔を浮かべた。


「なんで俺なんだよ」


「はい、それはですね、召喚獣を探していたら、このあたりに居るという情報が入ったので来てみました。あ、来る時はクラリスの転移装置です。そうしたら、この部屋に来たわけです」


「――それで?」


「部屋を出て近くに森があったのでそこにいたら、偶然見かけたのですが、召喚獣になってくれるかな? と思ったので」


「それで、その棒で俺のことしこたま殴りつけたわけか……」


「はい、そうです」


 そして、ニッコリと笑顔を見せる。


「その、えっと、クルリさ……」


 こんな時どんな反応をすればいいのか俺には分からなくて、言葉半ばにしてつまってしまった。とりあえず一発殴ってやりたいという気持でいっぱいだったが、このちっこい相手に拳を上げるのも大人げなくてできなかった。


「そういや、クルリ、俺の名前どうやって知ったんだよ?」


「あ、絆に教えてもらった」


「って、おい! 絆に会ったのかよ?」


「はい、色々話きかせてもらっちゃいました」


「――そ、そう」


「まぁ、そういうわけで、よろしくお願いします」


 そう言って、俺の頭を木の棒でぶん殴っていったガキは、悪びれることもなく俺にお辞儀をしてみせた。その姿を見ていると、これからろくなことが起こる予感がしなかった。けれど、退屈もしなそうに思えた。そんなことを考えていると、クルリの召喚獣をやってみるのもまんざら悪くないように思えて、思わず苦笑を浮かべていた。


「あぁ、分かったよ……」


 そう答えると「やったー、やったー」と言ってピョンピョンと飛び跳ねる。その姿を見て、やっぱり前言撤回しようかなと、つい数秒前の自分の発言を後悔するのだった。



「いけ、ニイヤマ マモル!」


「お、おう!」


 俺の面前には、鎧に身を包んだ牡牛が大きな斧を構えていた。角の肥大化したそれは雄牛と比べると遥かに禍々しく、敵意を象徴するような赤い目を俺に向け、グルグルと低い声でいなないていた。


 おう、などと掛け声をあげたものの、こんな相手無理に決まっている。


「いや、すまん、これ無理、帰る」


 そう言い残すと、牡牛に背を向けた俺は脇目もふらず全速力で走った。


「えー、ちょっ……」


 クルミだかグルリだか、ガキの声が微かに聞こえた気がするがそんなもの知るかってーんだ。


 いくらか走ると、視界は日常に戻っていた。国語の授業、黒板の文字をノートに書き写している最中だった。


 あぁそうか、授業中だったな。首を横に振りながら周囲を見回す。はは、半分は眠ってるわ。日常が心なしか懐かしく思えて仕方なかった。


 やっぱいいな、こういうのが。


そして、周囲と同じように俺も眠りにつこうと大きなあくびをした。


「ちょっと、なんで逃げちゃうんですか!?」


…………


「なんだよ、またお前かよ。俺はこれから寝る、ていうか、なんでお前……」


 ガキは、仰向けの俺に馬乗りになっていた。


「危うく死にかけたじゃないですか! 召喚士を置いてく召喚獣がありますか!」


 そう言うと、あの棒で俺をポカポカと打ってきた。


「いてーっつーの!」


 思わず声をあげると、ガキは俺の口に手を当てて人差し指を口にあてた。


『静かにして下さい!』


 そう言って、俺の後ろ、茂みの向こう側に視線を向けた。


『なんだ、さっきのか……倒してなかったのかよ』


『あたりまえでしょー!』


『なんか、俺以外の召喚、獣? だせばいいじゃん』


 そう言うと、ガキは腹の上で足をもじもじとさせた。


『だって、一匹目だし……』


 おま、やめろこの姿勢でもじるの……と言いかけて終わった。


『俺しかいないの?』


 コクリ、とうなづいた。


『お前、ひょっとして駄目な召喚士、なのか……』


 そう言うと、怒ったような、泣き出しそうだ表情を浮かべた。


 図星か……なんとなくため息がこぼれた。


『まずな、あれ見ろ。でかいぞ。俺10人分くらいだぞ。お前15人分くらいだぞ』


『――です、ね』


『あんなでかいのに斧と鎧だぞ。それに引き換え俺達なんだよこれ』


『です、ねー』


『なんであれに挑もうと思ったんだよ?』


『だって、手っ取り早くレベルアップしたかったし……』


『てめぇ……』


 呆れて言葉を失った。


…………


 いつまでも俺の腹に乗っかっているこいつをほっぽって帰ってやろうかと思った。


『まぁいい、暇だしな。付き合ってやるよ』


 どんな自信が、俺にその言葉を出させたのか分からない。ただ、やってみたいという好奇心に負けたのだ。


 クルリを腹の上からどかすと、半身を起こした。


『あいつの特徴教えろ』


『え……』


『あと、お前他に何ができるかもだ』


 クルリはあたふたとすると、目線を上向きに逸らして口元をもごもごさせた。


『えっと、あいつは、フレ・グルヌーンっていいます。レベルは17くらい、かな』


『なんだ、そのレベルってのは』


『強さです』


 ――この世界のことはよく分らないが、RPGのような感じなのだろうか。強さの指標としては最高にわかりやすい。


『で、お前のレベルは?』


『――えっと……2、です……』


…………


『お前なぁ……』


 初期レベルでいきなり進みまくったみたいなもんだろうと理解した。


『で、他は』


『はい、攻撃力防御力ともにこの辺りのモンスターでは最強です。ただ、基本速度はないですね』


 俺が消えた後こいつが逃げられたのはそういうことかと思った。


『単独で行動するタイプか?』


『はい』


『弱みは?』


『技は突進しかないです。あ、突進するときは速いです。で、後、精神攻撃の耐性が低いです』


『――なるほど。で、お前は何ができる』


『私は、召喚士なので召喚以外は……』


…………


『ちなみに俺、なんか特技とかあるの?』


『え? ないんですか?』


…………


『――これ、無理ゲーじゃねー?』


『そ、そうです、かね。あはは……』


…………


『あ、このロッドで叩くと、少しだけ意識が遠くなります』


…………


 気を取り直して周囲を見渡すと、地形がある程度理解できた。周囲は、崖に囲まれた窪地で、俺たちは崖を背にしている。ゴツゴツした岩壁で、ロッククライマーが歓喜して登りかねない印象だ。俺たちの場所は、岩壁を背にしてすぐのところで、目の前の茂みが目隠しとなっていた。総合的に、隠れるには良いが、ヤツを避けて逃げられない状況にあった。


 絶体絶命というわけだ。俺の鼓動がドクドクと音を立てた。


こんな時、あいつならどうする? 考えろ、あいつならどうする? 頭の中で、死ぬほど嫌いなオヤジのことを思い出していた。


俺の中で何かが閃いた。


『その、召喚てやつ、場所は指定でかけるな?』


『場所、ですか?』


『あぁ、例えば、あいつの真上にとか』


『はい、できます』


『なんか、呪文の詠唱みたいのはあるのか?』


『はい』


『派手か? あいつに見つかるくらいに』


『いえ、ニイヤマ マモルのは一瞬です。召喚は召喚獣の詠唱時間はレベルに比例します』


要は、俺は雑魚ってことか。だが、今はむしろ都合が良い。要は、簡易瞬間移動ができるってことだ、これなら逃げることくらいはできるかもしれない。俺の体に闘志がみなぎるのが分かった。


『よし、退却する』


『えぇ!?』


『馬鹿、どうやったって勝てないだろ。それくらい認めろ』


『――わかり、ました……』


『はっきりいって逃げるのだって精一杯なんだからな』


『はい』


『それじゃ、作戦だ。あいつが、向こうの崖に行ったらお前、俺を一回戻せ。それから、あいつの頭上で俺を召喚しろ』


『え……』


『そのロッド、持って帰れるよな?』


『多分、私の時でもできるのできっと』


『落下と不意打ちなら、少しくらいはダメージになるだろ。それから次が重要だからちゃんと聞けよ。うまく殴ってあいつがひるんだら、俺はこっち側の崖の方に走って逃げる。崖のそばであいつが突進してくるのを待つ、もしきたらもう一度俺を戻せ。あいつが崖に突進してたらまた俺をあいつの上空に呼べ。良いな』


『は、はい!』


『もし、それでも駄目なら、また反対側に走る、何度も繰り返せ。何発殴れるかにお前が逃げられる可能性がかかってる。うまくいかなかったら、そんときゃ知らん。自業自得だ諦めろ』


『え、ぇぇえぇ……』



 視界が変わる。俺が向こう側にいる時間は一瞬のようだ。右手にはあいつの棒が握られていた。周囲が気づくよりも早く、再び俺の視界が移り変わった。


 面前に岩肌が映った、ちょうど崖の中腹辺りだろうか、その視界から俺が宙空にあることが判断できた。次の瞬間、フリーホールに乗ったような無重力の感覚がする。なんとか視線を地上に向ける。


 よし、ちょうどあいつの真上だ。だが、高すぎる。10mくらいか。く、この際……


 体が重力にぐんぐん引き寄せられる。宙空で姿勢を保つのがここまで難しいのかと感じた、だが、奇跡的にバランスが崩れずに済んだ、落下時の姿勢が良かったのだろう。


 異世界の大気を感じる、日常のそれとは違うが嫌な感じではない、春の昼下がりに近い。


 奴は左右を気にしてる、真上の俺には気づいていない。このままいけば、奴の背中側に落ちる。俺は、両手に握りしめたロッドを高く掲げた。


 クルリは大丈夫か、周囲に一瞬だけ気を取られる。くそ、今あることに集中しろ!


 風と一体になったような感覚、落下速度はグングン上がる。


 よし、いける!


 目一杯ロッドを振り下ろす、ガッ……という鈍い音がした。角と角の間、ちょうど脳天をロッドが直撃した。落下速度はそのままに、俺は大地に両足から落ちた。膝がビリビリとしびれる、思わず「くっ」と唸り声が漏れた。


「グググ、ウオォォォォーーー!」


 奴が雄叫びを上げる。


 構わない、走れ。


 膝のしびれはダメージにはなっていない、足腰は忠実に指示の通り動き、奴と反対側、クルリのいる近くの崖に駆け寄った。茂みの方をチラリと目にする、いると分かっていてもクルリは探せない、これなら大丈夫だ、距離は十分なはずだ。


 奴の方に向き直ると、頭を二三度振って俺に視線を合わせた。


 腰を屈めると、闘牛のように足を蹴り上げた。


 来る!


 非常識な速度で俺との距離を一気に縮める。俺の背筋が凍った、今になって恐怖を覚えたのだ。


 奴が俺に突撃する瞬間、俺の視界は再び日常に移り変わった。さっきと同じ姿勢のクラスメートたち、日常の時間はまだ一秒もたっていないようだ。


またあそこに戻らないといけない、そう思うと俺は恐怖で体が硬くなりそうになった。この場所にいたい、日常に戻りたい、その気持があふれた瞬間、再び俺の視界は移り変わった。


 頭上、案の定やつは崖にぶつかったようだ。しかし、想定とわずかな違い。てっきり俺はアニメのようにがけに頭をめり込ませていると思っていた。奴は、まるで呆けたようにその場に立ちつくしていた。


これはこれで構わない。もう一打いける。


 やらなければやられる。


 異様な程高まる鼓動、再びの浮遊感。そして、落下する肉体。恐怖心は消えてはいない。だが、全細胞が沸き立つ。恐怖心さえもそれに手を貸しているように思えた。


「あぁあぁぁーー!」


 俺は渾身の力を込めてヤツの頭上にロッドを叩き込んだ。


 攻撃の際にバランスを崩した俺は、受身もとれず肩から地面に突っ込んでいた。地面に叩きつけられると、尋常じゃない衝撃が全身を襲った、具体的にどこを打ったなど分からなかった。


「はぁはぁ……」


 敵が目の前にいるのが分かりながらも、俺は身動きがとれなかった。それだけのダメージを受けている。


クソ! 俺は悔しさから漏らしていた。10m近い高さから受け身も取れず落下したのだ、無事で済むはずがない。生きているのが奇跡にみたいなものだ。だが、体が動かない以上どうしようもない。


 やられる……恐怖心が俺を凍てつかせる。


 しかし、それから少しの時間が経過したが何も起こらなかった。


「あ、あれ……」


 目を見開いて見上げると、奴が俺を見下ろしていた。


 無意識に目を閉じる。


 だが、それでも何もない。


 そして少し経つと、奴が倒れる音とともに強い風圧が俺の前髪を吹き上げた。


 …………


 やった、のか。


 倒れた敵の姿を呆然と見つめた。


「すごい! すごいすごいすごいすごいすごい!」


 と言う声と共に、クルリが俺に抱きついてくる。うつ伏せに倒れている俺を抱き起こすと、ぺたんこの胸で俺の頭を抱きしめた。いつもならどけ! とでも言うところだか、今はどっと安心感が俺を包み込む。


 自分の成果に漠然と気づき始める。


「勝った、のか?」


「そうですよ、勝っちゃいました!」


 俺を抱きしめながらきゃっきゃと騒ぐガキ。うざいったらありゃしない。だけれど、俺は異常なほど癒されている感覚がした。


「ははは、まさか、勝つとは、ね……」


 そう言うと、ガキから離れてその場であぐらをかいた。不思議なことにダメージは残っていない。


「最初の一撃、不意打ちだったのでクリティカルでダメージ入ってました! その後の自滅も、精神ダメージ受けてたから直撃ではいったんです。最後の一撃は殆どおまけでしたが、すごいダメージ与えてました! トータルで1250です!」


「はは、何いってんだかよくわかんねーよ……」


「ちゃららららーん、ちゃんちゃんちゃららーん」


 次の瞬間、どこからともなくチープな電子音が鳴った。


「なんだ、これ……」


「やったー、レベルあっぷ!」


「あぁ、よかった、な……」


 ほんと、RPGの世界なんだなと思ったが、今の俺にはどうでもいいことだった。


 体のダメージは全くなくなっていたが、極度な緊張感から開放されたばかりの俺は、立ち上がるのもふらつきながらだった。眼の前には、俺の成果が横たわっていた。こいつも、なんだか知らないがやられてかわいそうな奴だよな、ふと思った。


 こんなにつかれること二度とごめんだと思った、命がいくつあっても足りない。


「そんじゃ、お前も次はもうちょっとましな奴と契約結ぶんだな。俺との契約はこれで終わりな……」


 …………


「あれ、契約内容言いませんでしたっけ?」


 …………


「あん?」


「ほらここ」


 そう言って斜めがけのバックから取り出したのは、真ん中で折られた一枚の紙だった。それを開くと、横文字で綴られた見慣れない言葉があった。少しだけアルファベットに似ている。


「えーっと、第二条、召喚契約の期間、召喚契約は、期間を設けないものとする。ほらね。あと、ここにあなたの名前と、私の」


 …………


「は、何それ? わけわかんねー、誰が書いた?」


 嫌な予感がした。俺の名前、見覚えのある丸字。


「はい、絆さんです」


俺の悲鳴が心の中で響き渡った、当然それがこのガキに伝わる分けはなく、さらに次の瞬間には授業の風景に切り替わっていた。


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