─しんぴの、むらさき。
1枚の、パスポートを手にした時、すごく、嬉しかった。
少年はそれでどこにでも連れて行ってもらえると、約束していたからだ。大切な、大切な思い出。あの時、少年は明日も、明後日も、きっと、そのまま、時は過ぎて行くと考えていた。
それは、終わりが怖かったから。終わりなど考えてしまっては、この先、楽しむことも出来ないから。終わって、無くなってしまった後の事は、考えたくなかった。少年はきがついたのだ。
少年は、虹色のパスポートをポケットから取り出して、見つめた。
「……父さん」
少年の呟きは、揺れるバスに、吸い込まれていった。
――降りる事の出来る場所は、ここで最後です。
少年が降りた場所は真っ白い、場所だった。
ただただ、真っ白い。何かないかと辺りを見渡すと、大きな川がある事に気が付いた。少年はその川に近寄ってみた。川は流れているはずなのに、その音が全く聞こえなかった。
そして、川の反対側は黒く、ぼやけていて、はっきり見る事が出来ない。
しかし、黒く、暗く、怖いはずの川の向こう側は、なぜだか、少年にとって懐かしいような気がした。どうして、そのように思ったのか、少年には分からなかった。
少年はとりあえず、辺りを歩いてみる事にした。
どこまでも真っ白な世界に、ぽつんと唯一人いるようだった。ウィラがどこかにいないかと、探してもいるのだが、全然見当たらなかった。
辺りは、こんなにも明るいのに、少年はとても寂しく思った。泣き出しそうになるのを必死でこらえた。
その時、後ろの方から、ふわっと、何かに包まれた。
「よっ!」
「ウィラ!」
ウィラが少年に抱き付いて来ていたのだ。少年は、やっと、1人だけではないということが分かり、ウィラに強くしがみついた。小人のウィラだが、その安心感はとても大きなものだった。
「ごめんな。遅れちまってよ」
「良かった。ウィラがいてくれて」
「イエース! 俺は最強だからな」
ニカッとした、笑顔に少年はさっきまでの寂しさを忘れた。
「でも」
ニカッと笑っていたウィラだったが、急に笑顔がなくなり、真面目な表情になった。少年はウィラの様子に戸惑っていた。
「いつまでも、俺に頼っていちゃ、ダメだぞ」
「……え」
少年の腕の中から、するりと抜けだし、ウィラと少年は向かい合った。少年はとてつもない不安を感じる。ウィラが、どこか、とんでもなく、遠くに行ってしまう、となぜだか強く感じた。
「今までは、ずっと、俺が見守ってきた。でも、これからは、誰かを守れるように、なって欲しい」
「ウィ、ウィラ……?」
今までの明るく、元気なウィラとは違い、淡々と話す様子に、少年は全くわけが分からなくなっていた。
ウィラはポケットから何か出すと、それを戸惑っている少年の手の中に握らせた。
「これはお守りだ。そのお守りが、俺の代わりにお前を守ってくれる。だから、お前は大切な人を守って欲しいんだ」
少年が、掌をゆっくり開くと、そこにはよく神社などで売られている形で、紫色のお守りがあった。ウィラに視線を戻すと、ウィラは、泣いていた。
笑っていた事が多かった、ウィラが、泣いていた。
「生きて、くれ。俺が叶えたかったことは叶えた。そして、もう1つ。強く生きて、叶えさせてくれ、俺のもう1つの願いを」
強い風が、少年と、ウィラの間を駆け抜けていく。
「待って、ウィラ……待って!!」
「愛している……満希」
より一層強い風が吹いたかと思うと、その風はウィラを連れて行ってしまった。
「ぼくの、名前……どうして」
少年は真っ白い世界の中、ぽつんと1人。
そして、どこからともなく、バスが目の前に停車した。




