─やすらぎの、あい。
大切なものは、こわれやすくて、かなしい。
失ってしまうのは、ひどく、おそろしい。
でも、
大切なものは、失って、きがつく。
いくら大切だと思っていても、本当にそう思う事は少ない。
どうして、あるうちに、きがつくことが出来ないのだろう。
ここにも、失ってからきがついた者が、1人。
――旅も折り返し地点を、過ぎましたよ。
少年は運転手のアナウンスに驚く。旅が折り返し地点を過ぎてしまっている。それは、この旅に終わりがある事を示していた。
少年は終わってほしくないと思っていた。いつまでも、自分が行きたいところに連れて行ってほしかった。でも、その願いは叶わないかもしれないと言う。
「終わりが、あるの?」
ドアの前に立って、少年がぽつりと言葉を漏らした。
――この旅には終わりがあります。……でも、終わらなければ、何も始まらないのですよ?
その言葉が少年には聞こえていたが、少年は聞きたくなかった。だから、そのまま逃げるようにして、バスを降りた。
終わり。どんなものにでも終わりがある事を少年は知っている。いや、知ってしまった。
考える事を嫌う様に、少年は頭を左右に振った。
そして、まっすぐ前を見ようとしたが、光が少年の瞳に一直線に飛び込んできた。少年は眩しさから手で目を覆う。
「だいじょーぶか?」
近くで、ウィラの声がしたのが分かった。
しかし、眩しいために、少年はウィラを見つける事が出来なかった。
「ちょっと、移動してみな?」
少年は言われた通りに、少しだけ横に移動した。移動したおかげか、手で目を覆っていても光の強さを感じる事はなくなった。少年は恐る恐る、視界を広げていった。
少年の視界に広がったのは、きらきらと輝く、たくさんの丸い物だった。まだ、目が慣れていなくてそれが一体何なのか、少年には分からなかったが、きれいだとは思った。
「丁度、光が反射して眩しい所に降りてきちゃったんだな」
少年は瞬きをして、目を慣らした。
よくよく見ると、輝いていたのは、深い、青色のガラスの玉だった。それが、たくさん、そこいら中に転がっていたのだ。そのガラス玉は、上から降り注ぐ光を受けて、輝いていた。
少年はそれらに近づいて触れてみたくなった。
近くに寄って、輝くガラス玉を手に取る。
「ちょ、ちょっと待っ――」
「わわわっ!?」
手に取ったガラス玉は無事だったのだが、それをとってしまったせいで、積み上がっていたガラス玉が次々に下に落ちていった。そして、ガラス玉同士がぶつかり、それらはすべて割れてしまった。
ガラスが割れる音が2人の聴覚を独り占めしていた。
ガラスが落ちて割れ、そのガラス玉が落ちたことにより、バランスが崩れ、また、別のガラス玉が割れる。そんな事を繰り返していった。2人は止める事が出来ずに、ただ、その様子を見てくことしかできなかった。
静かになった時には、ガラス玉として形あるのは、少年の手元にある1つだけになってしまった。目の前にあるのは、輝く、ガラス玉のカケラたちだけ。
細かいカケラ、大きなカケラ。大小異なるカケラがたくさんあった。深い青色だったこともあり、そこはまるで、ガラスの海だった。
「……ぼ、ぼく」
「あー……ガラスは壊れやすいんだ。脆くて、でも、きれいだよな」
少年は壊してしまったという罪悪感があり、目に涙を浮かべた。
確かに、今もきれいに輝いてはいるのだが、その輝きはやはり、始めに見たものとは違う。今の輝きはなんだか、ひどく、悲しかった。
「ご、ごめんなさい……」
「起きてしまった事は仕方ない。形あるものはいつか壊れてしまう、って言うしな」
ウィラが励ましてくれるのだが、少年は顔をあげようとはしなかった。
「後悔しているのか?」
少年は黙って、頷く。
「じゃあ、それは、1つ学んだって事だ。壊れやすいものは大切に、そして、注意深く扱うって事を、さ。失敗して学ぶ事も大切なんだぞ」
そして、少年を心配させまいと、ウィラはニカッと笑った。
「……ねぇ、もとにもどらないのに、失敗しても、いいの? どうして、壊れてからでしか、ぼくは、きがつけなかったの? ぼくは、分かっていたはずなのに、どうして、壊れてからより強く、そう思うの?」
少年は涙を零しながら、ウィラに問いかけた。
ウィラは、その言葉を聞きながら、今の事だけを言っているのではないと、そう感じた。少年の必死な様に、ウィラは心が痛くなった。
「……壊れてしまった時の事を、考えたくないんだ。壊れて無くなってしまう時、というのを考えてはみるけれど、それは、起きない事だと、どこかで決めつけているんだ。だからね、現実に、無くなってみないと、人はそれを実感できない。俺は、そうだと思うよ」
少年はウィラの話を懸命に聞いていた。でも、少年は分かったような、分からないような、微妙な感じだった。
「それが、永遠にあるものだと、勝手に信じちゃうんだよ」
「……それは、怖いから。無くなる事が、怖い、から」
「そうだな、怖いな……」
少年は最後になった、1つのガラス玉を大切そうに、丁寧に、掌で包んだ。