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─やさしい、みどり。

 どうしてそんなに笑っているのか分からなかった。あの時から母さんはずっとずっと笑っている。その日だって。




「そんなの嘘だ! ぼくは信じない。母さんの事なんて──」




 ──きらいだ。




 今まで笑顔だった母さんの顔は悲しそうなものに変わった。目にはいっぱいの涙を浮かべていた。ぼくは言われたことが信じられなくて家を飛び出して行った。そんな母さんの表情は、初めてだったかもしれない。

 ぼくはこの時、どうすれば良かったのかな……。







 ぼんやりと少年は外を眺めていた。何があるわけでもない、白い外を見つめているだけだった。

 少年はただ、思った。自分の母親のことを。どうして、今そんなことを思ったのかは少年には分からない。バスに乗っていろいろなところを巡っているが、母親はどう思っているのか、心配してはいないか、そう考えた。


 しかし、少年は母親の顔を忘れられないでいた。悲しそうな表情を。


(母さん、ぼくは……)


 その時、バスはゆっくりと止まった。











 ──さぁ、着きましたよ。













 とぼとぼとバスを降りると、心配そうな顔をしたウィラが立っていた。少年の様子を見て、顔をのぞき込んでいる。

 そんなウィラに気が付かない少年はぼうっとしたまま歩いていこうとしていた。


「待てよ! どうしたんだ?」


 少年はやっとウィラに気が付き、振り返った。少年は視線をさまよわせて、焦っていた。


「……えぇと、無視するつもりじゃなかったんだよ? だから、あの……」

「分かってる」


 ひどく安心する声が少年の耳に届いた。

 その声に反応して、ウィラをまっすぐとみる。ウィラは少年の先に進んでいて、笑っていた。

 そして、手を少年に向けて伸ばしている。少しだけ、少年にはウィラが大きく見えた。


「行くぞ!」


 前を向くと、青い空と、きれいでみずみずしい緑が目に映った。

 少年はウィラの手を取って歩き始めた。




「しっかし、草いっぱいだなぁ」

「すごいきれいだね」


 たくさんの緑に目を輝かせていた。

 あちらこちらに緑が生い茂り、水の滴が光を浴びてきらきらと光っていた。緑のアクセサリーのような、そんな気がすると少年は思った。


「あ」

「……あ? どうした?」


 少年はウィラの手を離し、白いぽんぽんのような花と緑がたくさんあるところに駆け出して行った。

 急のことでウィラも呆気にとられる。


「? ウィラ、どうしたの?」


 ついて来ないウィラ不思議に思って、少年は振り向いた。ウィラはさっきまで少年とつないでいた手をじっと見つめていた。

 少年が首を傾げていると、ウィラは少年の顔を見て笑った。


「何でもない。それより変な顔してるな」

「……」


 少年は心配していたのにそんな態度のウィラにむっとした。頬を少し膨らませている少年にウィラまた笑った。


「で、なんかみっけたのか?」


 言われて思い出したというように、少年は目をパチッと見開いた。

 そして、しゃがみこんで何やら目を凝らして何かを探していた。今度はウィラが首を傾げる番だった。


「……しろつめくさ。四つ葉のクローバーがあるはずなんだ」

「幸せになれるっていう、葉っぱのことだったな」


 少年は夢中になって探していた。

 ウィラもその様子を見て、同じように四つ葉のクローバーを探し始めたのだった。

 ウィラは何も言わずにそうしているのを少年は少し不思議に思った。そういえば、あの時、なぜぼうっとしていたのか聞かなかった。


「……ウィラ」

「ん?」

「あ、あのね……」


 言葉に詰まる少年は、葉をかき分ける手を止める。


「……話したいときに話せばいいって。そ・れ・よ・り……」


 少年の目の前に何かがぐいっと差し出された。

 差し出されたウィラの手には四つ葉のクローバーが握られていた。少年がウィラを見ると、ニカッと笑っている小人がいた。


「ほら」

「え……。ウィラのでしょ?」

「いーのいーの。なんか思うことあるだろうし、これプレゼント」


 そして、また、笑っている。



「ありがとう!」



 1つ、笑顔が増えた。






「そろそろ行くぞ」


 辺りはいつの間にか赤く染まりつつあった。その様子を見てウィラはゆっくりと立ち上がった。


「1つしか見つからなかった……」

「十分だろ?」

「うーん……でも、」


 少年は四つ葉のクローバーを1つウィラに差し出した。


「ウィラも幸せがいいな」


 ウィラは目を見開いて驚いたが、すぐに優しい表情になった。そして、大事にクローバーを受け取った。


「……あんがとな!」



 ──大切にする。



「ねぇ、ウィラからもらったのは両親に渡してもいい?」

「お前はいいのか?」

「ぼくは、母さんを泣かせちゃったから……」


 少年は手のひらに残る、ウィラからもらったクローバーを見つめた。


「母さんがね、笑ってくれたら、ぼくもうれしいなって思うんだ」

「……そうだな。うん、いいじゃん」


 そして、また、ウィラはニカッと笑うのだった。


「……ウィラってよく笑うよね」

「……まあ、笑って欲しいしな!」











 今なら、分かる気がした。








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