─あったか、おれんじ。
少年は大きな背中に乗せられて、揺られている気がする。あの大きくて温かい背中。
バスはそんな心地がすると、少年は夢の中で思った。
バスに揺られ、気持ちよさそうにしている少年の手には3枚の葉が眠っている。
おなかが空いたな、と少年は寝ぼけながら思った。
──着きましたよ。
少年は目をこすりながら、あくびをした。
ふわふわとした心地よい感覚に少年はまだ浸っていたいようだった。
手に持った葉を自分が座っていた席の窓に置き、もう一度夢の中行こうとしていた。
──あの、起きてください……?
「うーん……」
すると、急に中央の扉が開いた。
その物音に、少年はビクッとして目を覚ました。
目を何度も開けたり閉じたり。やっとそれで、状況を飲み込めた。
「なんだよ、寝てんのか?」
扉の外から聞き慣れた声がして少年はその方に目を向けた。そこにいたのはあきれた顔をしている、小人だった。
少年はいすから立ち上がり、扉の方まで駆けていった。ストンと段差を降りると、そこにいたのはウィラだった。
「どうしてここにいるの?」
「案内人だからな。ここでもよろしく頼むな」
そう言って、ニカッと笑った。
ウィラだけを見ていた少年は、周りの様子を見た。前の場所とは違い、今度は緑の茂った木が立ち並んでいた。
その空気を吸い込むと、柑橘系の爽やかな酸味の匂いがした。美味しそうな匂いだと、少年は思った。おなかが少し声をあげる。
少年がバスを降りると、ウィラはすでに先に進んでおり、少年を見て手を振っていた。少年はウィラにおいておかれないようにそこまで走って向かった。
しかし、そこで、何かが目の前を通りかかる。
「ん!?」
気が付いたときにはもう、遅く……。
「うぎゃ!」
「わっ!」
少年はその何かにぶつかってしまった。
ぶつかったといっても、少年には何の影響もなく、足に何かが当たったな、という程度だ。
しかし、少年とぶつかった方はそういうわけにはいかない。なにせ、ウィラと同じくらいに小さかったのだから。
「っててて……」
「うわわっ! ごめん、ね……?」
少年はその何かに駆け寄った。少年が走っていたせいもあり、それはだいぶ遠くにとばされてしまっていた。
少年はそばまで寄り側でしゃがんだ。そして、ぶつかったものをまじまじと見て、言葉を失った。
「……みかんだ」
少年が見下ろしているのは、蜜柑。オレンジ色の艶々輝いた蜜柑だった。その蜜柑にはなぜか、手と足も生えていたのだが。
蜜柑は後ろの方をぶつけたのか、そこを手でなでていた。
「何やってんだよ……って、そいつとぶつかったのか」
「ウィラ、みかんだ」
「うん、知ってる」
一部始終を見ていたウィラは蜜柑と少年を交互に見ながら呆れたように言った。
少年は何が起こっているのかぜんぜん理解ができていないらしく、ウィラに助けを求めていた。
「……こいつは蜜柑のミカ」
「名前あるの……?」
「イエース。あったりまえだろ」
蜜柑のミカはよっこいしょと立ち上がり、少年を見上げた。
表情はむっとしている。きっと不機嫌なのだろうと少年は分かった。
「痛いんですけど」
「……ごめんなさい。ミカさん」
「……ま、まぁ、私も不注意だったわ」
少年が素直に謝るとミカはそっぽを向いて早口にそう言った。少年はその様子に困惑して、ウィラをチラッと伺った。すると、親指をグッとつきだしてきた。少年はこれで大丈夫と言っていることは分かった。しかし、これで本当に良いのかとも思った。
「じゃあ、私行くわ」
ミカはそのままトコトコとどこかへ行ってしまった。
「怒ってなかった……?」
「大丈夫、大丈夫。ああいうやつだから」
さてと、とウィラ少年の肩によじ登った。
「いくぞー」
「……どこに?」
「決まってんでしょ。蜜柑狩り」
少年は追いかけ回している。
少年が追うのはオレンジ色の物体。
酸味があって、冬はこたつのお供となる。
「あ、右右ぃ」
「ま、待って!」
少年は肩に乗ったウィラから指示を受けながら、目の前で走っている蜜柑を追った。
蜜柑狩り、まさしく、蜜柑狩り。
ウィラが蜜柑狩りをしようと宣言したとたん、木々に生っていた蜜柑は一斉に逃げ出したのだ。
今まで、オレンジ色のアクセサリーをつけていた木々はそれらを失って、緑色だけが残っていた。
しかし地面には無数に動く、オレンジ色。蜜柑たちが少年から逃れようとあちこちを駆け回っている。
「いた、そこだ!」
「よいしょ!」
ウィラ指差す方向に蜜柑がいて、少年はそれを両手で捕まえた。蜜柑はじたばたと動き、抵抗をしていた。
動く度に蜜柑からは爽やかな香りが漂っていた。
「で、とったけど?」
「おやつ、どーぞ」
「え」
少年は肩に乗ったウィラをじっと見た。ウィラ少年がどうして見つめてきているのかが分からず、少年を不思議そうに見ていた。
少年は両手に捕らわれている蜜柑を見た。蜜柑は抵抗をし続けて、少年の手から逃げ出そうとしている。
「……おやつ」
「そ。おなかすいたでしょ?」
確かに少年は少しおなかが空いている。
さんざん走り回っていたのと、ウィラと出会ったとき葉を探し回って疲れたこともあり空いている。
しかし、目の前にいる蜜柑を食べたいのになぜか抵抗がある。
「ウィラ……」
「ただの蜜柑だよ。手と足が生えているにすぎない。お前だって蜜柑食うじゃん」
「でも……」
少年はどうしても出来なかった。
「1つ、教えてやる」
ウィラは少年の肩から飛び降りて、少年の目の前に立った。
「お前が今まで何気なく食っていたのは、みんな生きてるんだ。でも、植物は動けないし話さない。だからわかんないと思うけど、本当は生きてるんだぜ?」
「……そう、なの?」
「イエース! 俺らは命食べて、命保ってるんだ」
少年は手の中にある蜜柑を見つめた。
生きるために食べ物を食べることは必要なことだと少年は知っている。それは命だったんだと、少年は考えた。
「命……」
「難しいか?」
「じゃあ、ぼくたちは命のおすそわけをしてもらっているんだね」
「イエース!」
ウィラはニカッと笑い、少年の持っていた蜜柑を受け取り、皮を剥き始めた。
そうすると蜜柑はおとなしくなり、手も足も見えなくなってしまっていた。
「大事にしろよ」
蜜柑を一房取って、ウィラは少年に渡した。
少年はしばらく受け取らず、じっと見つめていたが、手を伸ばし、それを摘まんで口に入れた。
とても、おいしいと少年は思った。
「お土産一個でいいのか? 葉は3つだったじゃん」
「いいんだ、分けて食べるよ」
少年の手には蜜柑が1つ。
「別に、ぶつかったあなたに責任とって欲しかっただけ」
大人しく腕を組みながらミカが不機嫌そうに言った。
ウィラはそれを見て笑っていたが、少年はまだ怒っているのかと慌てた。
バスの前まで来て、少年はバスに乗ろうとした。しかし、ウィラが乗ってこようとしないのでその足を止めた。
「乗らないの?」
案内人と言っていたので、次の場所も一緒に行くはずだ。だから、一緒にバスで行くものだと少年は思った。
「……俺は乗れないの。大丈夫、また次のとこでな」
ウィラは相変わらずニカッと笑ったので少年はバスに乗り込んだ。
そして、扉が閉まった。
窓からウィラに手を振ろうと思い、外を見たが、さっきまでそこにいたはずにウィラの姿はなく、蜜柑畑が広がるばかりだった。
「もう、いっちゃったのかな」
少年は指定になった席に座り、手の中を見た。
コロンとした艶やかな蜜柑が1つあるだけだった。