─もえる、あかいろ。
まだ、ぼやけている視界をはっきりさせようと何度も何度も瞬きをした少年はあったことを思い出していた。
銀杏の木の下、不思議なバスに乗って寝てしまったことを思い出していた。ここはどこだろうかとバスの窓から外を眺めた。
辺りは真っ赤だった。
一体なんだろうかと、その窓に張り付いて外を見ていると、ふんわりと体が揺れる。
まもなくして、バスが止まったのだと気が付いた。バスは止まり、中央の扉が開かれた。
まるで少年を外へと誘っているようだった。
──着きましたよ。さあ、どうぞ?
少年はゆっきりと立ち上がり、恐る恐る一歩を踏み出した。そしてまた一歩。出口の前で立ちすくんだ。
外は絵の具で塗ったかと思うくらいの、赤だった。少年の目に映るのは赤色。
一歩踏み出してその地に足を着けたい気持ちになるが、なぜか足を止めるものがある。少年はそれを感じていた。
──……大丈夫ですよ。ここで待っています。あなたが戻られたら、また出発しますので。
その声に背中を押された少年はその赤へと足を踏み入れた。
──楽しんで……ください。
きょろきょろとしながら進んでいく少年はカサカサとしたその足の感覚に覚えがあった。
しばらく歩いたところで屈んでそれを確かめた。
地面に手をつき、触った。目の前まで持ってくるとそれは真っ赤に染まった、葉だった。
「……こう、よう」
確かそんな名前だったと少年は記憶を遡っていた。秋になると葉っぱがきれいに衣替えすると両親から聞いていたのだ。
毎年、家の辺りでも紅葉を見る事が出来るのだが、こんなにたくさんのものを見たのは初めてだった。
よく見れば、窓から見ていた赤色は全てそれだったと分かった。
少年は一面紅葉の葉が落ちて、積もったその場所を駆け抜けた。カサカサと葉と葉が互いにぶつかり合う音がした。少年の走った後は葉が舞い上がり、その様子は葉ではなく花びらが舞っている様にも見えた。
そして、思い切り落ち葉が集まった場所に飛び込んだ。
ふわっと赤い葉が舞い、また、少年の背に降りてきた。少年は仰向けになり、息を吸い込む。
植物のにおいがした。
ここの空は白く眩しかった。
太陽はなく、しかし、とても明るかった。その明るい光がその葉をさらに美しくしていたのだろう。
少年はガバッと上半身を起こした。
「楽しんでる?」
「うわっ!?」
少年の目の前に現れたのは無邪気そうに笑う、小人だった。
それに驚いた少年は先ほどまでのように葉に埋もれた。それを見た小人は大きな声を出してゲラゲラ笑っていた。
「驚きすぎだって」
「……」
少年はそろそろと体を起こしつつ、小人を凝視した。目をこすってみても、その小人は消えず、大きさもそのままだった。
「ま、普通の反応か」
「な、に……?」
「ん? 俺のこと?」
少年はコクコクと小さくうなずく。
「俺はね、うーんと……小人」
「……」
「ご、ごめんって! そんな顔で見ないで! ……えーとね、俺はねウィラ」
ウィラと名乗った小人はニカッと笑った。その笑顔に何だか恐怖と戸惑いが薄れていく気がした。
あんなバス自体始めてみたし、不思議なことがいっぱい起こるかもしれないと、少年はそう思うようにした。そうでなければ、気持ちがついて行かない。
ここは、元いた場所とは少し違うのだ、と少年は言い聞かせた。
「ではでは、きみに楽しい遊び、提案してあげる」
「……遊び?」
「イエース!」
そう言って、ウィラは落ちていた赤い葉の1つを拾い上げた。
それを少年の目の前にヒラヒラさせる。
「これとおんじ葉っぱ、見つけてごらん? 分かったらゴホービあげるぜ」
「……ゴホービ?」
「イエース! いいもんやるって事」
少年はウィラの小さな手からその葉っぱを受け取った。手のような形の葉っぱだった。確かこれは、もみじ、と言うんだっけと少年は考えた。
「俺、ここにいるからねー」
ウィラはニカッと白い歯を見せて笑っていた。
少年はその笑顔を背に落ちている葉、木にある葉を手元の葉と何度も見比べた。
同じ形を見つけて両手で比べる。右手は見本、左手は探したもの。少年の黒い瞳が何度も往復する。
しかし、どうやら違うもので少年は次の葉を探し始める。
良いものがもらえると知って少年もやる気に満ち溢れているのだ。あれでもない、これでもないと、葉を拾っては比べ、葉を日拾っては比べ……。
あった、と声を上げて見つけた葉は見本の葉とよく比べるとどこか違っている。葉の切れ込み、葉脈、大きさ、どれもどこか違っている。
少年はその場にへなへなと座り込んだ。そして、見本として渡された葉をじっと見つめる。
葉を探すのも一苦労。辺りに目を向けていなければいけないし、集中力も欲しいこの遊びに少年は疲れていた。
すると、カサカサと音を立てて何かが近づいてくる。バッと顔を上げると、そこには見知った小人が1人いた。
「……ウィラ」
「長いこと来ないからどーしたのかなー、って」
少年はまた、手の中にある葉を見つめた。
「どうだい?」
「……同じものなんてなかったよ。一体どこにあるって言うの!?」
少年は涙を目にいっぱいためながら言った。その涙はやがて、ぽつりぽつりと地面に落ちて、シミを作った。
「うん。それが正解。よく分かったね」
「……え?」
ウィラが言った言葉がぜんぜん理解できなくて、涙はひゅんと隠れてしまった。
「俺は言ったよね、分かったらゴホービあげるぜ、って」
「うん」
「同じものは無いって分かったんだろ? それがせーかい」
まだ、ウィラが言っていることをよく理解できなくて首を傾げる。
とりあえず、これでいいのだろうかと少年はぼんやり考えていた。
「それではそれでは、ゴホービは……じゃーん!!」
ウィラは両手を大きく広げた。
「ここにある葉っぱ、好きなだけ持って行けー! 誰にもあげたことないんだぜ?」
そう言ってウィラはまた、ニカッと笑った。少年はぽかんとしていたが、誰にもあげたことがないというウィラの言葉に、嬉しさを感じた。
少年は持っていたもみじとそれに似た葉を2枚取って、立ち上がった。
「それだけでいいのか?」
「うん。欲張りは良くないって、父さんが言ってたんだ」
「……そっか」
「ありがとう! ウィラ!」
まだ少し赤いその目はきらきらしていた。
「ぼく、行くね」
「……じゃ、またな」
ウィラはニカッと笑い、少年もつられて同じ様に笑った。
少年は手を振りながら、また、あのバスへと戻っていったのだ。止まっていた場所を何となく思い出しながら進むと白い、あのバスが見えてきた。
少年を出迎えるように、バスの中央扉が開いた。
少年を乗せ、また、走り出す。