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急展開は突然に。

 フーコメリア達がやって来て十日が経った。

 その十日間はトタバタした日々であっという間に流れた十日間だった。

「フーコメリア達が来てから、もう十日か。早いもんだな」

 夕飯を終えお茶を飲んでいた時、たまたま目に入って来たカレンダーの日付を見てその事に気が付いた俺はそう呟いた。

「なにかしら動きがあるものと思っていたが、全くそれがないとはな」

 レンがそう言って立ち上がると、テーブルの上に広げられた食器をキッチンシンクへと運び、皿洗いをしているフーコメリアと委員長に渡す。

「なにもない方がいいじゃない」

 制服姿のまま皿洗いをしている委員長が溜息交じりに答え、態度を窺うようにちらりとフーコメリアを見た。

「そうね、何事もない方が好ましいわね」

 フーコメリアは食器洗いのスポンジを泡立てながら答える。

「確かにその通りではあるが、こうも動きがないのはかえって不気味ではあるな」

 ダイニングテーブルの椅子に飛び乗るような形でレンが座り、空の湯飲みにお茶を注ぎながら呟く。

「しかし、いつまでフーコメリアはこちらの世界に居るつもりだ?」

「いつまでかは解らないわ。それに動きがないのはこちらだけで、きっと向こうでは大きな騒ぎになっていると思うわ。私はその結果を待っているのよ」

 フーコメリアは洗い終えた皿を水切り台の上に並べ、手を拭きながらレンの質問に答えた。

「……桜花さんどうしたの?」

 じっと自分の方を見ている委員長を不審に思ったフーコメリアが委員長に聞くと、委員長は慌てた様子で何でもないとばかりに首を振った。

「いや、ほら、なんかここ数日そんな話なんてまったくやらなかったじゃない。本当はその話が出る事が正しいはずなのに違和感を覚えちゃってね」

 委員長はそう言って苦笑いを浮かべる。

 確かにこの数日間は逃げてきた人をかくまっているというよりも、こっちに遊びに来た異世界人を泊めているって感じだったしな。

「で、いつまで桜花さんは食器を洗う気なのかしらね?」

 フーコメリアはエプロンを外しながらぼうっとっしている委員長に問いかける。

「えっ、あ……」

 すでにやるべき作業が終了していた事に気が付いた委員長は少々顔を赤らめながらエプロンを外し始めた。

 変な委員長。ここ最近似たような行動が増えている気もするが、疲れでも溜まっているのだろうか?

 それにしても食事後、委員長やフーコメリアが皿洗いをする姿も随分と馴染んできたように思える。あれから委員長も毎日のように家へやって来て、一緒に夕飯を食べて二十一時ぐらいまで家に居座っている。

 最初こそ少し戸惑ったが、今ではそれが当たり前のようにさえ思え、委員長が家に来なかった先週の日曜日は違和感を覚えたほどだ。

「あ、そうそう久遠寺君、ちょっと学校の事で話があるんだけどいいかな?」

「学校? なにかあったっけ?」

 校舎を出てからも学校の事を考えるなんて勉強熱心だな委員長は。家では学校の事は考えないようにしている俺とはえらい違いだ。

「別に重要な事ってわけでもないんだけど……」

 なんとなくバツの悪そうな表情の委員長。

 学校の事でなにか嫌な事、もしくは面倒臭い事が何かなかったか考えると、明日の英語の授業で行われる小テストの事を思い出した。委員長の用事はこのテストについてだろう。

「もしかして明日の小テストの事? よっしゃ、貰ったぜ……満点確実!」

「それ明らかにわたしに教えてもらう気、満々よねぇ?」

 今までは9点満点中、2点とか3点ばかりだったのだが、今回は満点も夢じゃない。毎回小テストで満点に近い点数を取っている委員長が俺サイドに付いているからだ!

 これで今回の小テストは勝つる、底辺争いをしている俺がいつまでも底辺にいると思うなよ。

「オッケおっけ、よーし、さぁやろう、今すぐやろう!」

 小テストの点数が低かった者に与えられる追加課題を避けるために、意気揚々と自分の部屋へと向かった。

「委員長、ヤマはどこ? ここからここまでか?」

 鞄の中から教科書を取り出し、勉強机の上に広げた。

 どうせ合格点なんて勉強しても取れそうにもないし、諦めて教科書を学校に置いて帰るか迷ったのだが、一応持って帰って来てよかった。まさか委員長という心強い家庭教師が付いてくれるとは。教科書を置いて来ていたなら、教えてもらう事など出来なかっただろう。

 ――備えあれば嬉しいな。ちょっと違うか。

 教科書の例文を指しながら委員長に問うが、肝心の本人は苦笑いを浮かべるだけ。

「早く教えてくれよ。もしかして解らないとか?」

 ここで俺はある疑問が浮かんだ。

「……はっ、もしかして今まですべてカンニングだったとか! それでも構わない、俺にも絶対にばれないカンニング術を伝授してくれ! 外部記憶装置だけでは対処しきれなくなってきて、困っていたんだ!」

 立ち上がり、机の中からテストの時にだけ使うとっておきの相棒を取り出して委員長に見せた。

 相棒は振るだけで芯が出てくると言うちょっと重いシャーペン。普通のシャーペンに見えるのだが、普通では俺と一緒にテストに挑む相棒にはなれない。相棒の握り手の透明に近い、少し濁った色をしたグリップの下には公式等を書き写した外部記憶装置を巻いている。この記憶装置こそが相棒を相棒たらしめる条件なのだ。

「ちょ、何このシャーペン! 一見普通のデザインに見えるけど、なんでグリップの下にカンニングペーパー巻いてるの! というか、カンニングペーパー使ってもあの点数なわけ!?」

「いかにも、あれが俺の全力だ」

「威張って言うことじゃないでしょ、授業中なにやってるの!?」

「授業中は全力で妄想している」

「違う、意欲を向ける方向が違うわ!」

 ツッコミ疲れたのか、委員長は肩で息をしながら、改めて俺と向き合う。

「その、話って言うのはね……その……」

 歯切れの悪い委員長の言葉。それほどまで聞き辛いことなのだろうか。まさか。

「解った。解ったよ委員長!」

「久遠寺君も気が付いてたの?」

「あぁ、どうすればより現実に近い妄想を出来るのか知りたいんだろ? これについては俺も随分と迷い、研究を重ねたからな。委員長も妄想の使者としてぶつかるべき壁にぶち当たったんだな……」

「違う、全ッ然、違う!? というか、わたしを同士とか同類みたいな目で見るのはやめて!」

 頭を搔き毟り、叫び出しそうな勢いで委員長は否定する。

「話って言うのはね、フーコメリアさんの事なの……」

 額に手を当てて言う委員長。学校なんてまるっきり関係ないじゃん。

「フーコメリア?」

「あんまり大きな声で喋らないで。聞こえちゃうから」

 委員長がフーコメリアについて話があるって一体何事だ? おまけに本人に聞かれたくない話のようだが。

「こんなこと言うの自分でもおかしいって思うけど、久遠寺君には絶対に言わなければならない事だと思うの」

 俺に言わなければならない? それは何故?

「はっ、そうなんだ、気が付かなかったよ俺は!」

「フーコメリアさんを……」

「委員長、性別の壁を越えてフーコメリアに恋してしまったのか!」

 この十日間、委員長はフーコメリアが皿洗いをしているのを手伝ったり、フーコメリアが喋っている時やけにフーコメリアを気にしている素振りを見せていた。

 思えば委員長のフーコメリアに対する態度はレンや俺の時と比べて少し硬い。

 そう気にはしていなかったのだが、委員長がフーコメリアに対し好意を抱いているという事実に気が付いた今では納得できる。

「壮絶に違う! 狙ってる? ネタとして狙って言っているでしょ! わたしノーマル!」

 顔を真っ赤にし必死で否定する委員長。彼女はそれが更に認めていると言う事に気が付いていないようだ。

「真面目な話だから本気で聞いてよ……」

「俺はいたって……」

 真面目に聞いているぞ。そう答えようとしたのだが、委員長の表情に影が差したのを見て、慌てて言葉を飲み込んだ。

「わたしが未来を見る事が出来るってのは覚えている?」

「うーん……そうだったよな」

 あれから委員長は未来がどうのとは口に出さなくなっているが、形は形であれすべての予言が的中したから、一応委員長は未来が見えるという事は信じている。

「未来ってのは、わたしが今まで見てきた経験から、すごく変化しやすいものなの」

「変化しやすい?」

「そう、なんて言って説明したらいいかなぁ……?」

 委員長は顎に手を当てて唸り始め、納得のいく説明が浮かんだのか手を叩いた。

「アルバイトをしている人がいて、その人はバイトがある日の放課後、教室で友達とお喋りをしていてバイトに遅刻してしまい、バイトをクビになってしまう未来が見えたとするわ」

「遅刻でバイトをクビになるぐらいだから相当厳しいバイト先なんだな。もしくは遅刻常習犯なのだろうか、そいつは」

「例え話だから深く考えないでよ。ともかく、その人がバイトをクビにならないようにするにはどうしたらいい?」

 委員長は苦笑いを浮かべて俺に問う。

 遅刻をしてクビになるわけだから、クビにならないようにするには遅刻しなければいい。

「既定の時間までにバイト先に行けばいいんだろ。友達と駄弁ってないで早くバイトに行け、労働太郎!」

「ろ、労働太郎って……まぁいいわ。そう、バイトをクビになる未来を避けるには労働太郎君がバイト開始の時間に間に合えばいいだけよね。でも、肝心の労働太郎君は友達と話をするのが面白くて、バイトぐらい遅刻しても大丈夫と構えているわけよ」

「このままでは労働太郎はバイト先をクビになってしまうよな」

「ええ。でも、労働太郎君と話している友達、未来見蔵君がわたしと同じように未来が見えたとしたら?」

 未来見蔵ってまんまなネーミングだな。センス無いぞ、委員長。

「労働太郎がバイトをクビになる事を望んでいなければ教えるな。方法ならいっぱいあるし」

「未来見蔵君が未来が見えるって事を労働太郎君に教えていなくとも、「そろそろバイトの時間じゃないか、遅刻したらまずいだろ」と教える事が出来るわね」

 これでとりあえず労働太郎はバイト先をクビにならないですむ。グッジョブ、未来見蔵。

「未来見蔵君に言われて慌ててバイト先に向かった労働太郎君は、バイトの時間に遅れる事なくバイト先に無事到着することができました」

 よかった、バイトクビにならなくて。なんとか首の皮一枚でつながったな、労働太郎。お、今うまいこと言ったな。

「今言ったように未来って言うのはちょっとした行動でコロコロと変わるのよ。そして、これからは久遠寺君の話よ」

 俺の話?

 もしかして委員長は俺が明日の小テストで酷い点を取る未来が見えているのか。

「それはやばいな。今夜、猛勉強して小テストで酷い点を取らないようにしなければ……」

「それは良い心掛けだけど、今からわたしがしようとする久遠寺君の話はテストの事じゃないの。テストの事は一度脇に置いておいて」

 慌てて勉強机に向かおうとする俺を委員長が止める。

「わたし、いちばん最初にフーコメリアさん達と関わると久遠寺君が酷い目に遭うって言ったじゃない?」

「あぁ。どんな風に酷い目に遭うかは言ってないけどな」

「そうね。わたしも説明したいけどこればかりはどう言葉にすればいいか解らないのよ。わたしも動画を見るように未来が見えるわけじゃないし」

「どんな風に見えているんだ?」

「未来を動画で見ると言うよりも写真を見ているって感じかな。いくつかのシーンがスライドショーみたいに見えるってだけよ。それも見ようと思って見える事もあれば、関係もないのに唐突に頭に浮かぶドラマのワンシーンのようだったりと安定しないわ」

 何となく解るような、解らないような。ただ、委員長が説明し辛いと言っている意味はすごく解った。

「それで、わたしが関わる事によって未来が変わるならとやってみたけど全然駄目。細部は変わっても、大本が全く変化なし。今まで色色々と未来見てきたけど、こんなの初めてよ」

「大本が変わらないって、大本って言うのは俺が酷い目に遭うって事?」

 委員長は残念そうな表情を浮かべて静かに頷いた。

「でも、これだけは言える。レンちゃんはともかく、フーコメリアさんを信用しちゃ駄目よ」

「なんでだよ?」

「敵対って言い方はおかしいけれど、わたしが見たどの未来もフーコメリアさんは久遠寺君達と対立しているように見えるの」

 そんな事を言われても俺には信じられない。俺達の間でこれから何があるか解らないが、今までの状況から見ればまずそんな事態に直面するなどありえない。

 そんな事を考えていたら、頭の中に一つの予測が生まれる。

「なぁ、委員長。そのフーコメリアが俺達と対立するって、俺と委員長のこれからの行動に左右されるんじゃないか?」

「私達に?」

 委員長は「なんでそうなるの?」と言いたげな表情を浮かべる。

「フーコメリアが俺達と対立するかもしれないと思って、フーコメリアの行動一つ一つを疑いの目で見てしまうからじゃないか?」

「それは……」

 委員長は俺の問いに対し、はっきりと否定することが出来ず、口ごもってしまう。

「俺は委員長と違って、未来を見る事ができないから、出たとこ勝負になっちまうけどさ、何とかなる……いや、何とかするよ。だから、俺はこの話は聞かなかった事にして、これからも今まで通りでいくよ」

「そっか……ううん、変な事言ってごめんね、言われてみればその通りよね。曖昧な情報で決めつけるのは良くないよね」

 委員長は頭を振ると、取り繕うようにまくし立てる。

「とまぁ、こんな話はここまで。さぁ、委員長……小テスト対策を伝授してくれたまへ」

 ちょっと悪くなった場の空気を変えようと、立ち上がり勉強机に向かった。

 机に向かうと、委員長が俺と二人きりになるためだった口実を引っ張り出して、勉強を教えてもらえるように頼み込む。

「腰が低いのか態度でかいのか微妙な感じよね」

 ぽかんとした表情を浮かべた委員長だったが、苦笑いを浮かべて机のすぐ傍に立つと身を乗り出して来た。

 ふわりと漂ってきた言葉にするのが難しい甘い匂いと、そう大きくない胸に一瞬だけ意識を奪われたが、なんとか意識を胸ではなく教科書に向ける。

「範囲はここからここまでだっけ?」

 微かに記憶されている情報を引き出して小テストの範囲だと思われるページを開くと、委員長は俺の教科書を見て目を丸くした。

「ちょっと、アンダーライン全く引いてないじゃない! この前の授業でここ大事だから線引いておくようにって先生言ってたじゃない!」

 全くの初耳。恐らく俺が休憩状態になっていた時に言われたことなのだろう。

「物持ちが素晴らしいと自負している俺だからな。新品同様だぜ、この教科書は。オークションに美品として出してもいいぐらいだ」

「いや、教科書に関しては新品同様って駄目じゃない……」

 委員長は呆れた表情を浮かべて、俺の手から教科書をひったくるとパラパラとページを見て頭を抱える。

「こんだけ真っ白ならそりゃテストが駄目なのも当然よ……今度、わたしの教科書を貸すから重要な部分のアンダーラインとか引きなさいよ」

「いや、それは勿体ない……こんなに奇麗にしてきた教科書なんだから……」

「この状態のまま一年間使って捨てる方が勿体ないじゃない!」

 ぶっちゃけ面倒なのでやんわりと拒否しようとするが、委員長には通用しなかったようで、新しく出てきた文法などに線を引けとあれこれと指示を出してくる。

「ヤブヘビ、だったか……」

 自分でもミスったと思いつつも、委員長が出した指示を忠実に実行する俺。

 新品のように綺麗だった教科書はものの十五分で、私はきちんと勉強してます。と、自己主張するような教科書に姿を変えてしまった。あぁ、綺麗な君は穢されてしまったんだね。

「クッキー?」

 部屋の扉を二回ノックされ、フーコメリアの声が扉越しに聞こえてきた。

「どうした?」

「ずっと勉強しているみたいだから、何か飲み物とか必要かと思って」

 扉を開けるとフーコメリアがお茶とお菓子を持っていた。

「おう、悪いな。でもまぁひと段落ついたから、とりあえず皆でお茶しようぜ?」

 本当はひと段落もついていない。お勉強から逃げたいがためにそう提案しただけだ。

「ちょっと、まだ終わってないわよ。休憩するにしてもちょっと早すぎない?」

 委員長は時計と今まで向き合っていた教科書を交互に見て言った。

「いーや、これ以上は無理、三日間ずっと起動していたパソコンみたいに処理能力が低下しているのが解る!」

 俺は握っていたペンを机の上に転がすと両手を上げた。

「たった十五分ぐらいでその状態!? 低スペックにも程があるわ!」

「東小松市一の低スペックマシーン久遠寺と定評のある俺だ」

「事実にしても冗談にしても全く誇れないわ、それ!」

 机の上を転がり、落ちそうになったペンをキャッチして委員長はツッコミを入れてくる。

 流石は委員長。ツッコミのスキルも申し分ない。ツッコミが上手い奴と喋ると俺の冗談にも熱が入る。

「桜花さん、クッキーは集中力の糸が切れたわ。なんか邪魔しちゃったみたいね」

「い、いえ……遅かれ早かれ久遠寺君はこの状態になっていただろうから、気にしないでいいですよ」

 委員長が敬語で申し訳なさそうな表情を浮かべるフーコメリアに答える。

 俺と話していた時みたいにタメ口ではないのは、フーコメリアに後ろめたい気持ちがあるからだろうな。もう少しすればきっとこの硬さもなくなり、フーコメリアの冗談か本気か判断に困る言動を前にツッコミを入れる日も来るだろう。

「ま、とりあえず休憩と参りましょうか!」

「それはダメ。もう少しでキリの良いとこまで行くんだから、そこまでやって休憩よ!」

 鬼です、鬼が居ます。すでにオーバーワークでショート寸前の低スペックマシーンをまだ酷使しようというのか、委員長……。

「そんな泣きそうな目で見たってダメ。はい、早くペンを持つ!」

 ベシベシと肩を叩かれ俺はしょうがなく七色の光を放つ教科書へと向き直った。

「キリの良いとこまで終わったら休憩に来て頂戴、あんまり無理しすぎてもクッキーの効率は上がらないわよ」

 背後から聞こえるフーコメリアの声。きっと苦笑いを浮かべながら言っただろうな。静かに閉じられる部屋の扉。そして地獄の門は開かれた。



「も、もう駄目であります、曹長! 自分の頭はもう限界であります!」

 感覚的にはもう一時間は教科書に向き合っていたと思う。中間、期末テスト前並みに頑張って勉強した達成感がある。

「まだ二十分……いや、この状態でよくやったと言うべきよね。まぁ、問題は残るけれども理解も出来てきたみたいだし……満点とはいかないけれども安全圏には入ったと思うし、休憩しましょうか」

 その言葉を待ってました! でもこの疲労感だと休憩を挟まないと居間にも移動できそうにもない。

「やれば出来るんだな、俺……」

「ホントそうね。きちんとやればしっかり理解できるのに……」

 そんなこと言われても苦手な教科は苦手な教科としてもう諦めてるからな。苦手な教科に割く時間があれば得意な教科に回すのが俺のやり方なんだよ、委員長。

 委員長も俺が疲れ果て動けないと解っているのか居間に向かおうとせず俺の休憩に付き合ってくれている。

 しかし、委員長の視線はせわしなく動いている。毎日のように俺ん家に入り浸っているとはいえ、俺の部屋をじっくりと見るのは初めての委員長は部屋にあるものを物珍しそうに見ているようだ。

「何か面白いものでもあるか?」

 本棚やゲームのソフトやらが入った棚と洋服タンス、あとはパソコンぐらいしかない部屋で物珍しそうなものといえば漫画やゲームぐらいか。

「あ、ごめん。あんまりじろじろと部屋を見られちゃいい気分はしないよね」

「いや、大丈夫。見られて困るような物はないし」

「堂々とそういった『見られて困る物』が置かれた部屋じゃ無くてよかったわ。それにしても、ちょっとクッキーの部屋ってわたしの中の男の人の部屋とイメージが違うのよね」

 そう言うと委員長は改めて部屋をぐるりと見回した。委員長のイメージの男の部屋ってもんが気になって聞いてみると、

「うーん、もう少し物があるって言うか、壁にアイドル、もしくは好きなバンドのポスターが張ってあったりとか、棚にはプラモデルとか、お人形さんとか置いているものって思ってた」

 あ、そのイメージは少し解る。漫画とかのワンシーンで表現されてる部屋のイメージがそのまま男の部屋って思い込んでる感じだ。

「そのイメージで言えば岸枝の部屋とか当てはまるかもな」

「岸枝君?」

「そ、あいつの部屋の壁にはあいつの好きなバンドのポスターとか一杯張ってあるぜ」

「へぇ、そうなんだ」

「それに比べ俺の部屋ときたらなんて殺風景な……」

 頭の中に岸枝の部屋を思い浮かべ、それと自分の部屋を比べてみると、圧倒的に俺の部屋は物が少ない。

「殺風景かしら? わたしの部屋とそう変わらないけど?」

「それこそ驚きなんだけど……委員長の部屋ってファンシーな小物とかカラフルなクッションとか置いてあっていかにも女子の部屋って感じだと思ってたんだけどな」

 俺のイメージ像を話すと委員長は大爆笑。

「まさか! 小物とかゴチャゴチャ置いてる部屋ってわたし好きじゃないのよ。そうそう色んな人に見せるわけでもないから無理に小物とか置いて飾らなくともね。まぁ、聡美とからは物が無いって馬鹿にされてるけど……あ、イメージの違いってそういうことか」

 聡美ってのはよく委員長が一緒に昼飯食ったりする子だよな。授業で教室移動するときとか一緒に移動しているとこもよく見るし。

「そういえばここ最近ずっとクッキーの家に居るけれども、ご両親を全く見ないんだけど、これが普通なの?」

「そうだなー。親父は日本各地にある会社の営業所へポンポン飛び回って仕事してるらしくてな、忙しい時期だとなかなか家に帰って来ないな。フーコメリア達の面倒をしばらく見ることになったって連絡入れたときも、もうしばらくは帰って来れないってさ。母ちゃんは俺が小さい頃に事故で亡くなっちまってるからな」

 一応親父にフーコメリア達の出身はぼかしつつも、家に一緒に暮らすことになったと報告を入れた時、親父は上機嫌でその事を認めてくれた。困って居る人には何が何でも手を貸しなさいと改めて久遠寺家のポリシーについても語られたし。

「お父さんに連絡したの!? そりゃあいつかはばれるけれども、よくお許しが出たよね……」

「困ってる人が居たら助けろって常日頃から言う人だしなぁ……」

「ご、豪快な人よね……でも、ちょっと羨ましいかな」

 委員長はそう言って笑うが、表情は硬かった。

「言いたくないなら無理に言わなくともいいけど、委員長ん家はどうなってるの?」

 聞くか聞くまいか迷ったが、なんで委員長が一人暮らしをしているのか気になっていたのだが、聞くには丁度いいタイミングだと思う。このタイミングを逃せばきっとこの先ずっと聞けないままだろう。

 もし、委員長が言いたくないって言うのならそれ以上無理に聞くつもりなど無いし、もし委員長がそのことで困ったことがあるっていうなら全力で力になる。

「そんなに面白い話でもないけどね……クッキーなら話してもいいかな」

 委員長はそう言って頷くと、数秒ほど固まり、急に顔を真っ赤にした。

「ごめっ、今のそういう意味じゃないからね!? ほら、クッキーはわたしが未来を見ることが出来るって事知ってるから、そういう意味での『クッキーには話していいかな』だからね!」

 思わず仰け反ってしまうほど顔を近付けられた俺は静かに数度頷く事しか出来なかった。

「わたしが一人暮らししているのは、なんというか、家族とあまりうまくいってなくてね……」

「まさか委員長が?」

「うん、そのまさか。まぁ、こればっかりはどうしようもない事なのよ」

「どうしようもないって……」

 最初から諦めるてちゃいけない、と続けようとしたが委員長の言葉の方が早く、俺は言葉を飲み込んだ。

「お父さんはわたしの未来が見えるって事を人一倍信じてるのよ。そしてそれを怖がってる……いやそれとどう向き合えばいいかわからないのかな?」

 委員長の言いたいことがイマイチ解らない。それが表情に出ていたのか、委員長は苦笑いを浮かべている。

「こっちに越して来たのは去年で、それから今日まで何の不自由もなく暮らせてきてる事だし、今のところ問題はないかな。割と頻繁にお母さんは来てくれてるし」

 その言葉を聞いて俺はわかった。委員長がここ数日頻繁に家に入り浸っている理由が。この広い部屋で一人は寂しいもんな。俺と委員長が逆の立場だったとしたらきっと俺も同じように委員長の家に入り浸っていると思う。

「きっと、家族の事うまくいくさ。少し時間掛かるかもしれないけれど……その間の時間は俺達が貰っておこうかな。これから先も色々と委員長の力借りなきゃいけないと思うし」

「手助け、高いわよ?」

 唇をやや吊り上げる委員長に俺は、手を合わせひたすら頭を下げて少しでも安く済むように懇願した。

「さて、もうこの状態じゃ勉強の続行は無理よね。とりあえず安全なラインに到達した所で良しとしますか。クッキーがその気ならもっとやるけど?」

「いえいえ、これ以上やっても覚え切れません」

 教科書を閉じ、勢いよく立ちあがると委員長を引き連れ居間へと向かった。


「あれ、勉強はどうした?」

 リビングでソファーに座ってテレビを見ていたレンが身を乗り出すようにしてこちらを向く。

 最初は散々腰に合わないだの文句を言っていたレンだったか、今ではリビングに居る時は絶対ソファーに座っているし、座ったままうたた寝をしていた事もあった。

「東小松市一の大天才、久遠寺久喜の手によればこの程度の勉強など造作もない!」

 なんだよレンのその冷たい視線は。俺の実力を解ってないんだな。明日の小テストの結果を突きつけ認識を変えてやるしかないな。

「……って、なんで料理番組見てるんだよ」

 夕飯を食べたばかりなのに料理番組を食い入るように見ていたレンの隣に座って画面を見つめる。

 出来立てのハンバーグにナイフを入れるシーンだったが、満腹状態で見る料理番組は食いたいとは思えず、逆に胃がもたれる感じがする。

「おぉ、美味そうだ……クキ明日はこれと同じのを作ってくれ!」

「無茶言うな。どうやって作ったか解らんのに同じのを作れるか」

「そこは気合で」

 テレビで紹介されるぐらいの料理を見て気合いで作れるんだったら、世の中にレシピというものは必要なくなる。それに研究を重ねて料理を開発したシェフ涙目だ。

「流石に久遠寺君がいくら料理が上手くたってこの画面見ただけで同じのを作るのは無理じゃない?」

 委員長はそう言いながらレンの隣、俺と委員長でレンを挟み込むような位置に座った。

「なんだとう、『久遠寺家一のシェフ・久遠寺』に出来ない事はない。明日楽しみにしてろよ委員長にレン!」

 圧倒的に情報が少ない中、テレビで紹介されているハンバーグと同じものを作る。無茶な条件であるほど料理人としての魂は燃える。

「どういう料理になるのか楽しみね。でも、「久遠寺家一のシェフ・久遠寺」って、誰を言っているのか解り辛いわよ? この場合「久遠寺家一のシェフ・久喜」って名乗る方が正しいと思うけど」

「こいつぁ、一本取られたや」

 ぺちっと自分の額を叩く。委員長ツッコミの切れは鋭いぜ。

「毎度聞いて思うのだが、よくそんな自称が思い浮かぶものだ」

 感心した面持ちでそう言ってくるレン。

「これは一種の才能?」

「実にくだらん才能だな」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべるレンに腹が立って、思わずレンのつむじを親指で強く押した。

「痛たたたっ! 何するか馬鹿者、背が縮むではないか!」

「それはないって言っただろ?」

「いいや、よく考えてみれば絶対に縮まないという確証はない、もし私の背が縮んでしまったらクキから背を貰うからな!」

 レンは両手を大きく広げながら言う。もしかして、広げた長さだけ俺から奪う気か? 冗談じゃない。ぱっと見た感じ一メートルはあるぞ。

「二人ともソファーの上で暴れない。下の階の住人に迷惑よ」

『す、すいません……』

 委員長に注意されレンと二人で何故か委員長に謝ってしまう。高校生にもなってこんなくだらないことで怒られるとは……。

「クッキー、私ちょっとその辺歩いてくるわ」

 俺達三人の前にお茶とお菓子を置きながらフーコメリアは言う。最近フーコメリアはこうして夜一人散歩する事が多くなっている。

 最初はレンも一緒に歩いていたのだが、二日でギブアップした。俺も付いて行こうとしてもやんわりと拒否をされる。その事についてレンにこっそりと聞いてみたところ、「フーコメリアも一人になりたい時もあるだろう」だと。単に散歩に付き合わない為の言い訳のようにも聞こえるが。

「それにしても最近いっつも歩いてるよな」

「ここ最近は予想以上に飲み食いしていて、運動不足気味だし」

 もしかして太ったのだろうか。そんな事が思い浮かんだので、じっとフーコメリアの身体を観察する。

 出るとこは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいるし、二の腕や足のラインもバランスが良くモデルみたいな体型をしている。全然太ったようには思えないのだが。フーコメリアなりの体型についてなにかこだわりがあるのだろう。そうなるとあまり詮索するわけにはいかないよな。

「俺も一緒に行こうか?」

「大丈夫よ。あてもない散歩だもの。付き合わせるのは悪いわ。それに桜花さんも居るんだし家に居て構わないわよ。それにレンがこの家の食べ物を全部食べてしまわないかクッキーは見張ってないと」

「なふとしふれいな……」

 既にお菓子、ビスケットを食べ始めているレンが答える。食べるか喋るかどっちかにしろよ。

 ちなみに、今言ったのは「なんとしつれいな……」だな。

「わふぁふぃふぁ、そふな……」

「とりあえず食うのやめろ。それにその状態で言ったって説得力ねぇよ。俺のまで食おうとするんじゃねぇ!」

 そっと俺のビスケットを拉致しようと手を伸ばしていたレンの腕を捕獲し、拉致阻止。珍しく家で勉強したんだ、俺の頭には今糖分が必要なのだ。今回ばかりは譲れない。

 それよりも、お前の身体はどうなっているんだ。飯もたくさん食べて、お菓子もよく食う。それにもかかわらず、横縦どちらも成長しない。摂取している栄養分は一体どこに行っているのだ。ポニーテールか?

 ビスケットを頬張るレンを見つめると、ポニーテールがご機嫌な犬の尻尾のように左右に揺れている。仮説はあながち外れじゃないのかもしれない。

「じゃあ、いつもどおり一時間ほど歩いてくるわ」

 俺達はソファーに座ったままフーコメリアを見送った。

 玄関の扉が閉まる音を聞いて、意識を再びテレビへと向ける。

 料理番組はハンバーグの紹介を終え、サーロインステーキの紹介に移ったようだ。きっと美味そうだと表情を輝かせるんだろうな、レンは。

 隣に座っているレンの様子を確かめようと少し視線を横にずらす。

 レンはお茶を取ろうと手を伸ばしていて、ゼンマイが切れたブリキの玩具のように硬直している。視線の先にはサーロインステーキ。

「なんと厚い肉なのだ……今すぐにでも食べてみたいな、なぁクキ!」

 瞳を輝かせ俺の身体を揺さぶってくる。

 予想通りの反応、ありがとうございます。

「確かに食べてみたいけど、今はちょっとパスかな」

 委員長はそう言うと視線をテレビから逸らす。美味しそうだけど、満腹で今すぐ食べたいとは思わない。テレビから逸らした視線がそう訴えていた。

 解る、その気持は非常に解るぞ、委員長。だって俺もそうだもん。

「なぁ、別の番組にしないか? 満腹状態でずっと料理番組を見ていたら胃が重くなってきたんだけど?」

 さらに胃がもたれる感覚が強くなってきて、別の番組を見ようとレンに提案してみるが、

「私はそんな事はないぞ。クキどこかおかしいんじゃないか?」

 おかしいのはお前だ。俺以上に夕飯を食っていたくせに、なんで平然と料理番組を見られるんだよ。普通だったら満腹時には料理番組なんか見たいとは思わんぞ。

 レンは俺が異常であるように思っているようだが、委員長も俺と同じ気持ちだろう。

「なぁ、委員長はどう思う?」

 俺とレンのどちらがおかしいのか白黒付けるために委員長に振る。

「へっ、わたし?」

 話をまさか振られるとは思っていなかったようで、委員長は自分に人差し指を向けて聞き返してくる。

「おう、料理番組見ていて、胃……重くなってきてない?」

「それは確かに。ちょっと肉は見たくないわね。デザートだったら別だけどさ」

 おぉう、予想外の返答。俺は手に握っているビスケットで十分だ。生クリームたっぷりのパフェとか見たくない。

「ほら見ろ、クキがおかしいじゃないか」

 ふふんと鼻を鳴らしてレンがお茶を口に含む。

「いや、今の委員長の答えをそう受け取るの? 意見としては第三勢力だぞ!」

「自分がおかしいと認めるのは辛いだろうが、これが現実だ」

「言わせておけばっ……」

 もう一度つむじを押してやろうかとレンに手を伸ばしかけるが、委員長が咳払いをする。

 はい、下の住人の事を考えろ、って言いたいんですよね。解りました。

「で、クキは別の番組が見たいのか?」

 リモコンを俺の手に渡しながらレンが聞いてくる。

「いや、特に見たいのはないんだよな」

 ただ料理番組を見たくないだけであって、これといって見たい番組があるわけではない。

「委員長はなにか見たい番組ある?」

 委員長に聞くと、委員長は時計を確認して首を振る。

「今日のこの時間にあっているバラエティ番組はあまり面白くないし、かといってクイズ番組も出演者の回答紹介が長くて飽きちゃうし」

「それ解るなぁ。珍回答あったりして面白いといえば面白いけどさ、こっちはもう少しクイズを楽しみたいんだよな」

 相槌を打ちながらチャンネルを回してみるも、これといって面白そうな番組はやっていない。

「では、テレビを消すがいいか?」

 レンが俺の手からリモコンを奪うと電源ボタンに指を伸ばした。料理番組を食い入るように見ていたレンの行動とは思えない。

「料理番組はいいのか? 面白そうな番組やってなかったし、見たいなら見ていいのに」

 俺達に遠慮しているんじゃないかと思い、レンに聞いてみた。

「目の前であんなに美味そうに食べる姿をずっと見せられていては腹が立つ」

 レンはそう吐き捨てるとテーブルの上にあったビスケットを荒々しく口に運んだ。

 確かに見ただけで美味そうって解るのに、コメントで「とっても美味しいです」なんて言われたら嫌味のように聞こえてもくる。

 って、レンが今食ったビスケット俺のじゃないか。

「どうした、クキ? 私を睨むような目で見て」

「何事もなかったかのように振舞うんじゃねえよ! 俺のビスケット食ったろ!」

「む、全く食べる様子がなかったから食べただけだ」

「あとで食うつもりだったんだよ!」

「二人とも落ち着きなさいよ。勝手に久遠寺君の食べたレンちゃんも悪いけど、久遠寺君もビスケット一つで怒らないの。わたしのをあげるから」

 委員長が呆れた様子でビスケットを俺に差し出してくる。

「いや、俺はビスケットが食べたかったわけじゃなくって、勝手に俺のを食ったレンの行動がだな……」

「クキはいらんのか? じゃあ私が貰うがいいよな?」

 レンはぱあっと表情を輝かせ、委員長の手に握られたビスケットに手を伸ばす。

「ったく……」

 こんな表情をされれば怒る気も失せる。

「そう言えば、前々から気になっていたのだがクキやオーカはここのところ、毎日『学校』というあの大きな宮殿のような場所に行っているようだが、二人は『学校』で何をやっているのだ?」

 口の周りに付いたビスケットの粉を舐めとるとレンは首を傾げながら聞いてきた。

 コンクリート壁に亀裂が入っていたり、排水パイプと壁を繋ぐ金具が錆びているあの校舎が宮殿だって? 東小松高校よりも校舎が立派な私立の学校の校舎はどうなるんだよ。

「学校でやっていることか? 俺は寝て友人と喋って学食で飯食って、妄想してるな」

「学校は勉強を習うところよ。この国の歴史や、他国の言葉を教えてもらうの」

 タイミングを合わせたつもりはなかったのだが、委員長とほぼ同時にレンの質問に答えた形となった。

「よく解らん場所だな。クキは『学校』で寝て、オーカは学ぶ。どのような場所か更に興味が湧いてきたぞ。しかし、フーコメリアに話せば「私達は部外者だから中には入れないのよ」と止められるし……」

 フーコメリアは俺達の世界の言葉もかなり理解しているようだし、おそらく学校がどんな場所なのか、そしてどんな行動を行えば問題になるのかを理解しているのだろう。

「いや、レンちゃん。学校は学ぶ場所。クッキーみたいなのも中にはいるけど、基本的にはみんな勉強しているわ」

「では何故クキは他の者達と同じように学ばないのだ?」

「いや、何故とか問われても……」

 授業中に寝てしまうのは教師の声を聞いていたら睡魔が襲ってくるからだ。絶対奴らは催眠音波を出しているに違いない。

「真面目に授業を受ける気がないのか、はたまた授業の内容が理解できないからでしょ? 夜更かしをして睡眠不足だからって理由もあるかもしれないけど」

 一応眠くならない時は授業は聞いているが、眠くなったらその欲求に従っているだけだ。人間の三大欲求の一つである「眠りたい」という欲求に抗ったとしても勝てるはずがない。

「なるほど、だからクキは馬鹿なのか」

「失礼な。英語と数学は馬鹿と言われてもしょうがないが、ほかの教科はそこそこできるぞ」

 英語と数学に関しては全く意味が解らない。計算にxやyを代入するなんてこれからの生活で必要とされる場面が思い浮かばないし、英語はこの先海外に自ら行くなんて考えられない。

「それでも何故か英語と数学以外はテストの点数は良いから不思議なのよね。国語なんて久遠寺君の方が点数良かったし」

 苦笑いを浮かべて委員長は言う。

 ちょっと待て、学校では最近頻繁に話すようになってきたが、まだテストの点数を教え合った事はないぞ。

「なんで委員長が俺のテストの点数知ってんの?」

「そりゃあ答案の返却があったら、岸枝君と点数の事であれだけ騒いでたら聞こえてくるわよ。同じ教室に居るんだし、二人の点数は他のみんなも知ってると思うわよ?」

 なんと……衝撃の事実発覚だ。俺と岸枝の成績情報が漏えいしているなんて。

「キシエダとは誰だ?」

「俺の友達だよ。休みの日は一緒に遊んだりもする」

「そうか……ところでテストとは一体何だ?」

「学んだ事をどれぐらい理解しているのか調べるって言った方がいいか」

「なるほどな……『学校』とはこちらで言う『訓練所』のようなものだな」

 学校がどういう場所か理解したレンは頷きながらそう口にしたが、今度はこちらが首を傾げる番だ。

「訓練所?」

「そう、剣の使い方などを学ぶ場所だ」

 剣の使い方を学ぶって言うと道場みたいなものだろうか。

「技術を会得し、私達は日々の糧を得るために剣を振るうのだ」

 レン達の生活がどういったものなのかこの目で見た事がないから漠然とした想像しかできないが、ロープレのようになんらかの依頼があって、その依頼をこなせばお金が貰える生活なんだろうか。

「ちょっと待て。じゃあレンは訓練所に通う身なのにここに居るのか?」

「いや? 私は十五の時に訓練所を出たぞ。ここに居るのは精霊族の長達からの依頼で居る。形だけでもこの件に関われとな」

「長って偉い人よね。その人がわざわざレンちゃんを指名してくるって事は、レンちゃんって実はとっても凄い人だったりするの?」

 委員長は信じられないと言った様子でレンを見つめる。

 長とかで考えると解り辛いが、長を国会議員とかで考えると、その凄さがよく解る。

「そうだな……」

 レンは俯き答える。

「らしくないなぁ、謙遜なんかして。偉い人からの直々のお仕事ってとっても凄いことじゃない」

 委員長はそう言ってレンの肩を軽く叩いた。

「あぁ……確かに誇れることだが、それは果たして私の実力を認めて声を掛けたのか、私が『クレックス』の名を持つから声を掛けたのかが解らんのだ……」

「クレックス?」

「レンのじいさんはとっても有名な人なんだってさ」

 委員長はレンのじいさんが世界的に有名な英雄である事を知らない。だからこそレンの言っている事が理解できないのだろう。

「あぁ……偉大な英雄だ」

 俺がその事を初めて聞いた時のように祖父、レオ・クレックスの偉業を喋ろうともせず、暗い調子で答えるだけだった。

 俯くレンを見て、委員長が「わたしまずい事言っちゃった?」と目で俺に訴えてくる。俺には首を傾げることしかできなかった。

「て、テレビも面白いのやってないし、何か三人で出来る事をやろうよ。ババ抜きとか、七並べとか、大富豪とか」

 リビング内に漂う気まずい雰囲気に耐えられなくなった委員長が手を叩き提案する。

 提案の内容が全てトランプなのは目を瞑ろう。「わたしはこれにて……」と逃げられるよりかは何倍もマシだ。

「とりあえず長々と時間が潰せそうな七並べでいいか」

 ルールが簡単でかつ、ババ抜きと違って多少相手との駆け引きがある七並べが一番時間が潰せそうだと思い、棚からトランプを取り出す。

 中学校の頃の修学旅行で何故かホテルの売店で買ってしまった妙に値段の張るトランプ。あまり使う機会もなく新品同様の綺麗さだ。

「シャッフルよろしく委員長。俺はレンにルールを教える」

 トランプを委員長に手渡して、レンの参加意思も聞かず話を進める。

 この気まずい雰囲気を吹き飛ばすには俺と委員長のトランプ遊戯にレンを巻き込んで盛り上がるしかない。三人で一つの事をやっていたら雰囲気も変わるだろう。

「勝手に話を進めるな。私はそんな……」

「ふっ、東小松市一のマジシャン久遠寺久喜に恐れをなしたか、レン・クレックス! ま、それも当然か。レンが相手なら左手一本で何とかなるしな」

 レンの頭をぐりぐりと撫でながら高笑いをする。

 七並べで使用する腕を限定してもハンデには全くならない。ただトランプを並べるだけだしな。

「……どんな内容のものか解らんが、はじめからそう決めつけられるのは腹が立つ」

 レンが俺の腕を払いのけてキッっとこちらを睨みつける。

 挑発成功、及び巻き込み完了。なんて単純な奴なんだ、お前は。

「マジシャンと七並べ、関係なくない?」

 トランプをシャッフルしながら委員長が呟いた気もするが聞かなかった事にしておこう。

「よし、俺に勝つ事が出来れば勝者に東小松市一のマジシャンの称号を授けようではないか」

「それはこの先、役に立つのか?」

 レンは委員長がシャッフルするトランプを見つめつつ、俺に聞いてくる。

 何の役にも立たない。だって自称だし。

「ルールは簡単。委員長、一枚だけトランプ貸して」

 委員長からトランプを受け取るとレンにルールを教える。

 特に難しいルールではないのですぐにレンはルールを理解し、いざ七並べ開始。


「……クキ」

 レンが顔の前に四枚のトランプを広げ、口元を隠すようにして聞いてくる。

「……ぱ、パス……」

「はーい、パス三回目―。久遠寺君負けー」

 委員長が手札を机の上にばら撒きながら上機嫌に言う。

「すごく弱いな、お前……」

 レンはそう言いながら残っている手札を委員長と同じようにばら撒き、俺の肩を叩いてくる。

「敗者の久遠寺君はまたシャッフルお願いね」

 こうして俺は三度目となるトランプのシャッフルとカード配りを任命される。

 俺達のやっている七並べのルールは一番に上がった人が勝ち、最後まで残った人が負けというルールに加え、パスを三回した時点で負け、その場合勝者判定はパスの回数、同じだった場合は両者共勝ち点1というルールでやっている。

「お、俺が弱いんじゃない! お前らチーム組んでるだろ、一緒になって俺を貶める作戦だな、チクショー!」

「いや、弱いって言うか、久遠寺君は変にわたし達の邪魔をしようとして、自爆しているだけじゃない?」

「まじしゃんというのも大したことはないな」

 ふふんっと鼻を鳴らしてレンはソファーの上でふんぞり返った。

「何故だ。絶対負ける事のない作戦なのに……」

 レンがカードを出せない状況になればワザとパスをしてレンのパス回数を増やす作戦なのだが、絶対委員長が出したカードが逃げ道となってレンはパスを免れる。気が付けばいつの間にか俺が追い込まれている状況に。これは委員長とレンがチームを組んでいると見て間違いない。

「くっそ、二対一でも俺は負けんぞ。奪われた称号、東小松市一のマジシャンを取り戻すために!」

「正直そんな称号わたしいらないんだけど……」

 勝ち回数が一番多い委員長がげんなりとして答える。

「拒否権はない、東小松市一のマジシャン委員長!」

「もう呼ばれるの!? 勝ったはずなのにこれじゃ罰ゲームじゃない! というか、この場合、東小松市一のマジシャン春日野桜花って言うべきじゃない、委員長って呼ばないでよ!」

 一度の台詞で何度も俺にツッコミを入れてくる委員長。東小松市一のツッコミという称号は満員一致で委員長に贈られるだろう。

「……遅くないか?」

ふと、レンがそんな事を呟く。

「なにおう! 東小松市一のシャッフラー・久遠寺……」

「そうではない、フーコメリアがだ」

 シャッフルする速度を上げようとしたのだが、レンにそう言われて時計を見る。

 時刻はフーコメリアが家を出て一時間半が経過しようとしていた。

「……確かにな」

 フーコメリアが体内時計で三十分を計っていたのなら五分、十分の遅れはしょうがないが、三十分の遅れは大きすぎる。

 その辺を歩くだけと言っていたが、一体どこまで歩いているのやら。

「じきに戻ってくるんじゃないか?」

「そうだと良いがな……」

 レンの言葉を聞いてハッとする。

 今まで何も起こらなかったが、フーコメリアは一応追われている身なのだと。

 そんな考えが頭に一度浮かぶと居ても立ってもいられなくなる。

「俺その辺見てくる」

 トランプを机の上に置くとフーコメリアを探しに外へ飛び出した。


 漆黒の闇の中を俺は息を切らしながら走る。

 前方に人影があるとその人影へと近付き、フーコメリアかどうか調べているのだが、見知らぬ人から変な眼で見られるだけで成果がない。

 家に残っているであろう委員長達からフーコメリアが帰って来たという連絡がないか携帯を何度も確認しているが、連絡は全くない。時間だけが過ぎて行く中、焦りばかりが大きくなる。

 なんで俺の携帯を持たせなかったとか、俺も一緒に行くべきだっととか、今となってはどうしようもない事ばかりを考えてしまう。

「クーキ!」

 どこからかレンの声が聞こえたような気がして俺は周囲を見渡すと、手を振りながら小さい人影がこちらに向けて走って来ている。

「どうした、レン?」

「私も探してみたのだが、どうだ、居たか?」

 肩で息をしながらレンが訪ねてくるが、俺は静かに首を振った。

「此方に来る道は注意深く見てきたが、こんな時間だ、出歩いている人間はほぼ居なかった」

「俺も同じだ。もしかしたら家に戻っているのかもな?」

 これだけ探していないんだ。きっと家に戻っていると思って口にしたのだがレンが首を振る。

「オーカが家に残っている。戻ってくればお前に連絡すると言っていたが、その様子だと連絡はないのだろう?」

 携帯を取り出して画面を確認するが、電話もメールも着信した形跡はない。

 となると、まだフーコメリアは家には戻っていないことになる。

「レンはそっち見てきたんだよな。俺はこっち見てきたから、残るは公園の方か」

 家の近所で探していないとするなら残りは公園がある方向しかない。

 そこに居てくれよ。そう心の中で願うと、レンと一緒に公園のある方向へと向かって走り出した。

「なにか聞こえないか?」

 公園が近くなるとレンがそう言った。

 俺も注意して耳を澄ますがなにも聞こえてこない。

「俺にはなにも聞こえないが?」

 レンにそう答えるが、レンは俺の言葉など耳に入っていない様子で暗闇の一点を見つめている。

 なにかあるのかとレンが見つめている方向を注意深く観察してみるがなにもない。

「光ったッ!」

 そう言い残すとレンは風のように走り出す。

 俺もレンと同じ方向を見ていたはずなのだが閃光のようなものは見えていない。

「どうしたんだよレン! 光ったって一体なにがだよ!」

 慌ててレンを追いながら口にする。

「見えなかったのか、今の閃光が! はっきりと魔法光が見えただろう!」

 レンは振り向き俺に言うが、魔法光が見えたと言われても、俺にはなにも見えてないのだが。

「レン、気のせいじゃないか? 俺にはなんにも見えなかったが?」

「悪いのは頭だけにしておけ、今の魔法光を見逃す方が……いや、そういう事か!」

 レンは一人で納得しさらに加速する。

 事態が飲み込めてないままレンの後を追っているのだが一歩、また一歩と足を踏み出す度に胸の中で説明し辛い感覚が大きくなってくる。

 なんだこの感覚は。これ以上進んじゃいけないような気がする。

 そう、駅のホームに入ってくる電車を見て本能的にホームから線路に降りちゃいけないといった自制心に似ている。

 ――このまま前に進んじゃいけない。

 俺の足は自然と進むのをやめてしまう。

「どうした、クキ!」

 俺よりも十歩ほど前の位置でレンは走るのを中断し振り向く。

「いや、なんでか解らんが足が止まってしまって……このまま進むのはなんか危ない気がしないか?」

 レンにはそんな感覚はないのだろうかと聞いてみると、レンは眉を寄せて戻って来た。

「どんな感覚だ、それは?」

 口で説明することは難しいが、なんとか言葉をひねり出して自分の中に浮かんだ感覚をレンに説明する。

「ふむ……『人除け』か。こんな場所で『人除け』がされているとなると、やはりこの先になにかあるな」

 レンはしきりに『人除け』という単語を口にする。

「お前だけ納得してないで解りやすいように説明してくれ」

「説明している暇などないのだが、言わなければクキの止まった足は動きそうにないな」

 レンは腕を組んで黙り込む。どう説明するべきか言葉を選んでいるような様子だ。

「いいか、『人除け』とは人を無意識的にその場から遠ざけようとする魔法だ」

「魔法? この感覚は魔法のせいなのか?」

「ああ、この周辺には『人除け』の魔法が掛かっているらしいな」

 そう言ってレンは周囲を見渡す。俺もレンと同じように周囲を見渡すが付近の電信柱や住宅の塀に変わったところなど全くない。

「らしいなって、レンはなにも感じないのかよ?」

「ああ。私は『人除け』に対する耐性は訓練で身に付いている。おそらく、この『人除け』は耐性を付けている私ではその存在を感じる事がないぐらいかなり効果の薄いものなのだろう」

 レンは頷き辺りを見回す。

「だったらなんで俺には効果があるんだよ」

「いや、効果があるのはお前だけではない」

 そう言ってレンはあたりの民家を指差す。

 周辺にある民家の電灯はどの家も消えていて、車はおろか、通行人が近くを通っている気配もない。

「今は夜とはいってもそう遅くはない時間だろう? なのに人がこの近くに居るという気配はない」

 レンに言われて気が付いた。

 そう遅くはない時間だというのにこんなにも人の気配がないのはおかしい。まるでこの周辺が世界から隔離されてしまったような静けさだ。

「お前達は魔法に対する耐性が全くない。だからこそ効果の薄い『人除け』の魔法にも過敏に反応し、本能的にその場から離れたり、家の中に閉じこもっているのだろう」

「となると人に見られて欲しくないような事がこの周辺で起こっているって事か?」

「あぁ、その通りだ。そしてこんな事が出来る人物は限られてくる」

 頭の中に学校からフーコメリアと一緒に帰った時のやり取りを思い出した。

『大丈夫よ。耳には視覚認識変化の魔法が掛けられているから』

 人が見て認識する物を魔法という不思議な力で実際に見えている物と違う物を認識させる。

 そんな事を簡単にしてしまうんだ。意図的にその場に近付けさせないようにする事も不可能だとは思えない。

「解ったなら早く前に進むぞ、こんな所で止まっている訳にはいかんぞ!」

 レンは俺の尻を強く叩くと再び駆け出した。

 俺もレンに遅れまいと前に進もうとするのだが、心の中にある嫌な感覚はなかなか消えてくれない。

 だらしない、だらしないぞ俺……この近くでなにか起こっている事は確実なんだ。こんな所で足踏みしている訳にはいかない。

 気合いを入れるために俺は強く頬を叩く。

「痛ってぇ……」

 ベシっと乾いた音が鳴り響き頬から鋭い痛みが広がった。

 不安が痛みで塗り潰されたのか一瞬だけ心から嫌な感覚が消える。

「気合いを入れろ、俺……」

 爪が手の平に食い込むほど強く拳を握り、前を進むレンを懸命に追い掛けた。

 走り始めは不安が心の中に残り嫌な感覚がずっとしていたのだが、強く拳を握り走っているといつの間にかどこかに嫌な感覚を置いてきたかのように心の中の不安がなくなる。

「ようやく追い付いた……」

「その様子だと『人除け』に打ち勝ったようだな、クキ。あちらの方向からの魔法光は見えているか?」

 なんとか距離を詰めた俺にレンは前方を指差して言う。

 前方には小学生達の溜まり場となっている広い公園があり、そこから花火をしているかのような光が周囲を照らしている。

「あぁ、見えている。なんで今まで見落としていたか不思議に思うぐらいの光がな」

「確実にあの場所で何か起こっているという事は確定だな」

 レンはそう言って肩を回す。

「丸腰で大丈夫かよ?」

 単なる人探しなら剣はいらないが、公園では確実になにか起こっている。備えとして武器があった方が安心なのだが。

「クキ……おそらくあれは人間族かもしくは魔族の追っ手だろう。どちらにしろ私は立場上、あの場所で争っている者の肩を持つ事は出来ん。だが止めるだけなら丸腰でも何とかなる」

「そんな事言っている場合かよ」

「……クキ」

 レンは一瞬悩むような素振りを見せて俺の顔をじっと見つめる。

「……今まで世話になった。ほんの数日とは言えこちらの世界で過ごしたこと私は生涯忘れんぞ」

「おい、なにを急に……変な事言うなよな」

 まるで別れの挨拶のような事を口にするレン。彼女の考えがまったく解らない。

「そろそろ潮時だ」

「何を言っているんだよ……お前」

「こんな所でフーコメリアが魔法を使うとなれば追手が来たと考えて良いだろう。これがフーコメリアの周囲の者達が出した答えと言う訳だ。初めに話しただろう、期限はこの時が来るまでだと」

「それは……」

 言葉に詰まる。確かに約束は答えが出るまでだ。

「こんな所で止まっていてはどうにもならん。行くぞ、クキ。」

 俺に前に進むように促してレンは歩き始める。目的の公園はすぐそこだ。

「……」

 一度大きく深呼吸。

 先の事を考えるのはよそう。今は公園でなにが起こっているか確かめるのが先だ。その後の事は終わってから考えよう。

「よし、まずは散歩に出たまま帰ってこないお嬢さんを迎えに行こうぜ、レン!」

「おう、そうだな」

 レンはクスリと笑うと俺と頷き合って公園までの残りの道を走り始めた。

「クキ、お前は此処で待っていろ、巻き込まれてはどうしようもないからな」

 公園まであと少しというところでレンは俺にそう告げる。

「ここまで来て待ったかよ、流石にそれは聞けないぞ」

「だろうな。付いて来ると言うのなら私が先に入り、争いを止めてからにしろ。その後は私かフーコメリアの傍を離れるな」

「おう、了解」

 今居る場所からは公園の一部が見える。

 公園の様子を覗き見ると丁度フーコメリアの姿を見つけた。

 フーコメリアが正面に手をかざすと見た事のない文字が幾何学的に浮かび上がり、その模様から炎の球が打ち出される。初めて見た直接的な魔法に言葉を忘れ、その光景にしばし見とれてしまう。

 まるで漫画やアニメのようだななんて思っていると、レンが風のように公園の中へ駆け出した。

「双方、この世界でこのような行為はするべきではない!」

 レンがフーコメリアの前に飛び出すと、フーコメリアは慌てた様子で後ろへと飛んだ。

「レン!」

「フーコメリア話は後だ!」

 本当にこいつはレンなのかと思ってしまうような佇まい。

 ちょっとお馬鹿でちょっとした俺の冗談にすぐに騙されては顔を真っ赤にして怒る奴とは到底思えない。今のレンは騎士そのもので丸腰でもその佇まいは映画に出てくる騎士なんて比べ物にならないぐらい凛々しい。

 レンの乱入で公園内の時間が止まったかのように思える。今がフーコメリアと合流するチャンスと思い、俺はフーコメリアへ向けて足を動かす。

 視界に写る公園の状態はひどいものだ。それはまるでここで爆弾の投げ合いでもあったのかと思ってしまう程公園の敷地は荒れている。ぽっかりと抉り取られたような地面と、車が突っ込んだかのようにひん曲がっている鉄棒を見ただけで、この場所でどんな事が起こっていたのか想像がつく。

「クッキーまで!」

 驚いた様子で俺を見ているフーコメリアを一度見て、注意深くレンの真正面に立っている人物に視線を走らせる。

 電気代を無駄にしているとしか思えない公園の街灯のおかげで人物の姿がよく見える。

 その人物は男で外人顔負けのブロンドヘアに剃刀のように鋭い瞳。季節を考えろと言いたくなるような見ているだけで暑苦しいマントを羽織っている。

 職業はブリーダーなのか、傍らには二匹の犬のような獣を連れている。犬と言っても外見からして凶暴そうな面をしていて可愛さの欠片もない。耳がやけに長くそして尖がっていてむき出しの牙は鋭い。

 犬のような生き物の首には首輪やリードはされていない。子供に襲いかかったらどう責任取るつもりなんだろうか。

「お前は……」

 男が野太い声を上げる。顔と声が合っていないことこの上ない。

「精霊族、レン・クレックスだ!」

 レンが堂々と名前を口にすると金髪の男は一歩後ずさる。

「クレックスだと?」

 レンの祖父、レオ・クレックスの名前は金髪の男も知っているようで、今にもレンに飛びかからんとする犬のような生き物を抑える。

「その姿を見るに人間族のようだが、合成獣まで持ち出すとは穏やかではないな。まずは対話にて戻るように促すのが筋ではないか?」

「精霊族が口を挟むな!」

 金髪の男は声を荒げてそう言ったが、レンは鼻を鳴らして笑う。

「手を貸せと言って私をこの世界まで向かわせておいて、今更そのような事を言うか。勝手なものだな」

 金髪の男を挑発するようにレンは鼻を鳴らして笑う。止めているのか喧嘩を吹っ掛けているのか微妙なところだ。

 レンの馬鹿にしたような態度が気に食わなかったのか、金髪の男は犬のような獣に合図を出すと獣二匹はレンに向かって飛びかかった。

「まともに話も出来ないか」

 レンはそう言うと腰を落とし、凄いスピードでレンに飛びかかる獣二匹に臆する事はなく、冷静に獣を避ける。

 金髪の男の注意がフーコメリアからレンに向いている今、この場を離れるチャンスか?

 獣の攻撃を捌いているレンの様子にはまだ余裕があるようにも思えるし。

「フーコメリア、今のうちにここから離れよ……」

 離れようか。そう口にしようと思ったのだが、フーコメリアは俺に手の平を向けて何かを呟いた。

 見たことのない文字が奇麗な模様を描き、輝く。

 その光を受けると同時に身体から何かが抜けるような感覚がして足……いや、身体全体から力が抜けて立眩みに似た感覚で自分が立っているという感覚が薄れていく。

「フーコメリア、一体なにを……」

 フーコメリアの手にはソフトボールぐらいの大きさの光る玉が握られている。

「ごめんなさい」

 そう言い残すとフーコメリアは力が入らずその場にへたり込む俺を見ずに金髪の男の方に向かって歩いて行く。

「クキ!?」

 異変に気が付いたレンが獣に拳を叩き込み慌てて俺の傍に駆け寄って来る。

「フーコメリア、お前ッ!」

 レンがフーコメリアになにかを叫んでいるが、立眩みのような症状が酷くなってきている俺には会話を聞き取る余裕はない。気が遠くならないようにするだけで精一杯だ。

「ク……お……しろ……キ!」

 心配そうに俺になにかを喋り掛けるレンと、金髪の男に何かを話し掛けるフーコメリア。

 なんとか意識を保とうとしたが、俺の意識は金髪の男と一緒にその場を離れるフーコメリアを見送った時点で途切れた。


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