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真赭の一族 天使への復讐  作者: 時任雪緒
2 運命の出会い
7/8

2-3

 彼ら「副産物」と呼ばれる吸血鬼は2派ある。真赭まそおと呼ばれるのが今のところダニエル一人。もう1派が『猩々緋しょうじょうひ』と呼ばれ、真祖以下約200名。猩々緋は国家の認定を受けており、真祖は「ジークフリートの再来」と渾名されている。それを聞いて、魅霞は飛び上がって驚いた。

「教皇様が!?」

「そうだ。この事は国家機密だ。絶対に漏らすなよ」

「は、はい」

 魅霞が驚くのも無理はなかった。

 ローエングリンには多数の民族が暮らす多民族国家だ。この辺りの周辺諸国もほぼ似たようなものだが、その為に信教の自由は認められている。が、一応国教と制定されている宗教があり、義務教育の間はそのミッションを教授される。元々が仏教圏やヒンドゥー圏ならば多神教なのでその辺りの抵抗は少ないが、一神教の民族たちはこの制度を嫌う者もいて、宗教がらみのトラブルはたまに発生する。

 ウイルスの影響もあって、今はどこの国もどこの民も信心深く信仰心が篤く、ローエングリンの国教の教皇に寄せられる信望は、崇拝に近いものがある。この教皇をトップとする宗教はローエングリンの首都に本拠を構えていて、国政には関与しないものの教皇庁と言う独立した機関があり、教皇と言う独自の地位を以て宗教活動を全面的に指揮監督する地位にある。その教皇の発言力は、ローエングリンの国家元首である大統領を凌ぐと噂されるほどで、祝祭日にローエングリンまで巡礼にやってくる外国人は数多い。

 その教皇がこれほど崇められ、更に「ジークフリートの再来」とまで呼ばれているのは、彼の興す奇跡によるものだ。教皇の血を享けた者はエンジェルウイルスが死滅し、例え発症していたとしてもたちどころに完治する。科学者たちは彼が保菌者で血液に抗体が含まれているのだろう、と推測しており、おおむねその説が有力となっているのだが、最も科学者を悩ませているのは、彼が不死の存在であることだ。教皇の血統が密かに継承されているという話もあるが、いかんせん教皇の姿をお目にかかれないので、誰にも真相が分からない。

 直接教皇の姿を拝める者は限られていて、大統領以下内閣のトップ数名と、教皇庁に在籍する教皇の子孫と言われる枢機卿すうききょうの中でも、特に教皇が信頼を置いている十数名に限られている。枢機卿たちは死亡もすれば老けもする。しかし、彼らの祖である教皇は不死身で、変わらず在位し続けている。

 教皇の姿を一般人もメディアも見る事が出来ない以上は真偽のほどは定かではないのだが、ずっと昔から教皇に就任しているのは「トバルカイン2世」であることは周知の事実だ。

 その謎と奇跡に塗れた教皇が吸血鬼となれば、これはローエングリンをはじめとして教国を揺るがす大問題だ。

 話に驚き呆気にとられる魅霞を見て、ダニエルは少し可笑しそうに笑う。

「正確には、教皇は“吸血鬼のような人間”で、吸血鬼ではない。教皇は間違いなく人間だが、彼もまた血を飲まなければ生きられないし、不死身に近い存在だ」

「そうなんですか……」

 いまいちよくわからなかったが、ふと疑問に思った。

「ていうか、なんでダニエルさんそんなこと知ってるんですか?」

 尋ねるとダニエルは、当然と言った顔をした。

「元々僕も人間で、教会の者だったからね。僕も教皇も、あのウイルスによる副産物。まぁ突然変異の様なものだ」

「えぇっ、そうだったんですか。ていうか教皇と知り合いだったんですか」

「共に生活していたからな」

「ワーオ」

 驚きのあまり相槌が杜撰になった。


 話が若干脱線したことに気付いたらしく、ダニエルが話を戻した。

「とにかくだ。我々はエンジェルウイルスにより生産された吸血鬼だ。よって、僕はあのウイルスに感染し、発症した人間の血液しか受け付ける事が出来ない。だからこの土地、病院に身を置いている」

 そう言う事なら納得だ、と頷いた。

 納得して、少しだけ気分が高揚した。自分の予想が当たっていれば、これほど素晴らしい事はない。

 目を輝かせながらダニエルを見上げた。

「あの、病気になった人の血を飲んだら、その人の病気治ったりしませんか!?」

「しない」

 息を吐く間もなく即答され、ガッカリした。

「なんだぁ……それだったら片っ端から噛みついてやろうと思ったのにぃ」

 口を尖らせて言うと、ダニエルは苦笑した。

「ハハ、もしそうなら僕もそうしただろう。それに、もしその様であれば、今頃教皇と呼ばれていたのは僕の方だ」

「……そう、ですね」

 ダニエルから僅かに感じるのは、これは羨望だろうか、と思う。その羨望と嫉妬を、長年抑制しているかのような。それとも彼も、「諦観者の箱庭」で暮らすに相応しい諦観を抱えてしまったのか。

 少し思い切って尋ねた。

「教会に戻りたいですか?」

「仮に誘われても断固拒否する」

 またしても息を吐く間もなく返答される。ここは多少の逡巡を期待していただけに、少し驚いた。

「えっそうなんですか?」

「何を驚くことが? 当然だろう。我々吸血鬼にとって宗教や信仰は敵に他ならない。君も僕と同族になれば、十字架も仏像も、畏怖の対象でしかなくなる」

「あっなるほど」

 教皇は吸血鬼の様な人間だから教会に身を置けるのであって、あくまで吸血鬼であるダニエルにとって、教会に連れて行かれることは地獄と同義だ。

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