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 そして、1か月の月日が流れた────。



「エトランゼ嬢、足元に気を付けて下さい。さぁ、お手をどうぞ」


「あ、ありがとうございます……」


 久々の学園。そして、馬車から降りる段差ひとつにすらも優しく手を差し伸べられる現実に未だに慣れないエトランゼは戸惑うばかりだ。だがそんなエトランゼの戸惑いよりも、あれほど自分より爵位の低い貴族を嫌っていた彼女がこうして伯爵令息であるアーノルドに素直にエスコートされる姿の方が以前のエトランゼを知っている生徒たちに衝撃を与えたようだった。


 “金で買われて不本意な結婚をした哀れな侯爵令嬢”。それは絶望でいっばいの不幸な女であると、周りの人間は認識していたはずだ。だが、久々に姿を現したその侯爵令嬢は────どう見ても、戸惑いながらも美しき伯爵令息に溺愛されて幸せそうにしている姿だったのだった。






***





「ど、どうしたらいいのかしら……」


 あの日、急遽伯爵家に嫁ぐことになった私はそのまましばらく学園を休んでいた。書類等の手続きに時間がかかったのも理由のひとつだが、お祭り騒ぎの延長で伯爵夫人が「それじゃあ、このまま花嫁修業しましょ♡エトランゼちゃんにはわたしの個人事業も全て引き継いでもらうんだからぁ!全部覚えるまで里帰りもゆ・る・さ・な・い☆」とテンション高めに宣言したせいでもある。


 いつの間にか伯爵夫人に「エトランゼちゃん」と呼ばれていたことにも驚いたが、本当にそのまま一度も実家に帰ることなく色々なことを徹底的に叩き込まれることになってしまったのである。その内容は、伯爵夫人の個人事業……主にファッションとか小物など女の子たちの流行を抑えたアパレル系で、なんと巷で人気の洋服店の経営者が実は伯爵夫人だったと知ったときはかなり驚いた。

 これまでの伝統をひっくり返すような斬新なデザインの洋服は貴族令嬢たちのお忍び服として人気なのだ。さらに平民にも手を出せるような安価な物も取り扱っているので、幅広い女性にとても人気な店を何店舗も経営していたのだ。


「前世の記憶で人気だったデザインを参考にしているのよ。お手頃な値段で出しているから高位貴族のエトランゼちゃんは興味なかったかもしれないけれど、下位貴族や平民の女の子は安くてオシャレが出来るからってたくさんお店に来てくれていたの。え?これほどの技術を安価に出来るわけない?そうねぇ、確かに布はそこそこ良いものだけれど、染料の元となる植物はアーノルドの所有する畑や薔薇園で無料で採れるし……それにわたしは前世でコスプレ衣装を作るのが趣味だったからその技術をぜーんぶ教えたらみんなとっても上手に作ってくれたし、この世界の足踏みミシンをちょっと改良して電動にしたからとっても早く出来るようになってコスパ最強なのよ♡あ、電動ミシンは極秘扱いだから王家には内緒よ~!」


「そ、そうなのですね……」


 所々(こすぷれ?)全く意味の分からない単語が多々あったが、とにかく伯爵夫人がすごいことだけはわかった。しかもそれを伯爵家の名は使わずに個人でやっているのだから、その手腕はかなりのもののはずだ。高位貴族向けの高価なドレスのみ扱う専門店にしか足を向けなかった私からしたら凄まじいカルチャーショックである。


 しかし、それよりも凄まじかったのがセノーデン伯爵一家による〈乙女ゲーム〉についての英才教育だった。初期設定から本筋のストーリー、もちろん裏設定や公式(が何かはわからないが)設定、ついでにファンが“創作する世界”とかいう話までもだ。


 えーと……アーノルド様が王子と()()()()になる世界の話はあんまり聞きたくなかった気がする。まぁ、世の中には同性しか愛せない人たちもいることは理解しているし、貴族の男性にだって妻を娶ったものの愛のない結婚生活の虚しさを埋めるために男娼を愛人にした事例だってあるのだ。男女で結婚をして子供を作るのは貴族の義務でもあるが、個人の性癖はどうしようもない。……“自由になれない”、それが貴族でもあるのだから。


 まぁ、それはそれとして。そんな話をされたものだからつい狼狽えてアーノルド様にその辺について確認してしまった事は本当に許して欲しい。よく考えれば女性であるヒロインと大恋愛するだろう人なのだからそんな訳ないとわかるはずなのに、変な事を聞きてしまって気まずい雰囲気にギクシャクしたり、まるでその誤解を必死に解こうとするかのようにアーノルド様が私との距離を詰めてきたり……。や、やたらと私を甘やかしてきたりするのでとても困っていた。


 そんな中、私たちがいない間にアーシャ様が学園で情報収集をしてくれていたのだが、本当にヒロインなる人物が編入してきたと聞いて私は悪寒を感じていた。一応は信じたものの、やはり心のどこかで半信半疑だった“乙女ゲームの世界(この世界)”で……本当に私が狙われているとわかってしまったから。


 この貴族学園に編入するには編入試験を突破しなくてはならない。王族も通う学園だから学力は元より身元なども厳しく精査されるのだ。最初は“平民から男爵家の養女となった天真爛漫だがドジでおっちょこちょい。でも文字の読み書きを頑張っている健気な少女”という設定だというそのヒロインとやらには編入試験は無理なのでは……と思っていたのだ。


 だがその男爵家の養女はすんなりと編入を認められ、この1か月であれこれと問題を起こしているらしい。そして、王子が私を探していると……。


「王子が自分の権力を使って無理矢理編入を認めさせたんですわ!そして、やっぱりエトランゼ様の素性を調べ始めましたが、お兄様に先を越されて悔しがってましたのよ!


 これは王子ルート確定ですわね!」


 どうやら王子は本当に私を側妃にしようと企みだしたが、すでに私がアーノルド様に買われていた事実に地団駄を踏んでいたらしい。私もアーノルド様も学園を休んでいたから色々な憶測が飛び交っていたそうだが。


「色々な噂がありましたが、中にはお兄様がすでにエトランゼ様を亡き者してしまったから学園からも消えたのではないかって噂もありましてよ。それに、監禁してるとか奴隷として売ったとか……。それと、その噂を流しているのはスパイルートでエトランゼ様を買うはずだった子爵令息ですわ。でもこの子爵令息がエトランゼ様を買うための資金を調達したダイヤモンド鉱山と塩湖は我が伯爵家が先に発見してその権利も全て抑えていますのでご安心を」


 アーシャ様が言うには、この世界で今後どんな事業が成功するかを全て知っているので先回りして根こそぎ掻っ攫っていたとか。だからこそ伯爵家なのにあんな莫大な資産を築いているそうだ。


「ちなみにスパイが探していたこの国の情報のひとつがその塩湖です。隣国は山に囲まれていて海が無く塩不足に長年悩まされていましたが、塩湖を発見して安く塩を生産出来る権利を手に入れたことによりスパイは大成功するんですよ。でも────先に僕が塩湖の権利を手に入れて個人的に隣国の商人と取り引きして塩を卸しているので、もう隣国の塩不足は解消されています。そのスパイがこの国へやってくる可能性は限りなく低いはずです。どのみちその子爵令息がエトランゼ嬢に関わることはないでしょう」


「ついでにダイヤモンド鉱山の方はわたくしの個人名義で他国の労働者を優遇対応して雇っておりますの。決してセノーデン伯爵家の名前はバレていませんわ。塩もダイヤも全てこの国の王家にはバレないように秘密裏にすることによって下手に王家に目をつけられないようにしておりますのよ」


 確かに伯爵家がそんな権利や資産を持っているとなれば王家が何かしら動き出すかもしれない。何よりもあの王子がアーシャ様に手を出す可能性だってあるのだ。あの王子に見初められてもヒロインがいる以上アーシャ様に明るい未来は無いだろう。


アーシャ様は「わたくしのことは心配いりませんわっ☆」と言っていたが……。


「エトランゼ嬢は、アーシャの事より御自分の心配をしてください。いいですか?明日から学園に復帰しますが、くれぐれも気をつけてくださいね?出来るだけひとりきりにはならないように……アーシャは同じクラスのはずですし、登下校や昼食の時間は僕の側にいてください。ヒロインや王子が何かしてこないとも限りませんから」


 馬車に乗り込む前に鼻先が当たりそうなほど顔を寄せてそう忠告され、狼狽えてているのがバレないように必至に平静を装って「わ、わわわわわ、わかりました!だから顔を離してくださいぃぃっ」と約束したのに。





「ちょっと!あたしの話聞いてるの?!」


 なぜ私は、アーシャ様が教えてくれたヒロインの特徴にそっくりな男爵令嬢に絡まれているのでしょうか?








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