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これは、春の日差しに雪が溶け切った頃の出来事。とある伯爵家にやってきたひとりの花嫁の物語。
「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!立体よ!3Dよ!ナマモノよーっ!」
「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!なんて尊い……!」
「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)激レアゲットした時より嬉しい……!!」
「へ、あ、えぇ?!」
覚悟を決めてやってきた私は、馬車から降りた途端に3人の人間に囲まれていた。それこそ蔑まれるか罵倒されるか……嫁いびりなんて当たり前の日々が待っていると覚悟してきたのに……。
「「「ようこそ、セノーデン伯爵家へ!!」」」
なぜか私を大歓喜で迎い入れてくれる伯爵家の面々。混乱した私は、これまでの事を思い出していたのだった……。
***
私の実家。ルーゼルク侯爵家は、代々続く由緒正しき貴族としてずっと周りに尊大な態度を取り続けていた。貴族とは階級と血筋が全てで、自分たちより下級な貴族などなんの価値もないと信じていたのだ。もちろんセノーデン伯爵にもかなり辛辣な態度を取っていた。
そんな両親に育てられた私も弟もそれが当然であると思っていたし、自分たちより下の貴族なんて血筋の悪い役立たずだと両親と同じように学園でも横暴な振る舞いをしていたのだ。だが、そんな生活はある日一変してしまう。
なんと、自分の成功を信じて疑わない侯爵家当主が新たな事業に手を出し見事に失敗してしまったのだ。その損失は莫大で、ルーゼルク侯爵家はあっという間に没落寸前となってしまうほどだった。
そんなお金がなくて風前の灯となった侯爵家に手を差し伸べたのが、それまでルーゼルク侯爵家がずっと馬鹿にしていたセノーデン伯爵家だ。
セノーデン伯爵家は全ての借金を肩代わりするかわりにとんでもない条件をルーゼルク侯爵家に提示してきたのだが……それは、侯爵家の華と謳われる一人娘……エトランゼの嫁入りだったのだ。確かにセノーデン伯爵家には年頃の嫡男がいてまだ婚約者もいないが、まさかずっと自分たちを馬鹿にしてきた侯爵家の娘を望んだことに皆が驚いた。
“金で買われた花嫁”。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。ドレスどころか食事も質素になり、使用人に給料も払えなくなるような貧乏生活が続きほとんどの使用人が侯爵家を去っていってしまった。私は誰にも助けて貰えない状況の中になってやっとこれまでの態度を反省したが、もう遅いのだ。
「きっと、辛い生活が待っているわ」
これまで表立ってはへつらう貴族たちも裏ではルーゼルク侯爵家に対して恨み言を言っているのは知っている。そして没落寸前の状況を笑っているのも。きっとセノーデン伯爵家も同じだろう。そんな伯爵家がわざわざ莫大な借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。
「驚かせてしまって、申し訳ない。エトランゼ嬢」
なぜかお祭り騒ぎのセノーデン伯爵夫妻と伯爵令嬢をかき分け、ひとりの青年が私の前に姿を現した。
「あなたは……」
キラキラと輝く銀髪に宝石のような青い瞳。私の頭一個分上から形の良い唇が私の名を紡いだ。
「ご挨拶が遅れてしまいましたね。僕はセノーデン伯爵の嫡男、アーノルド・セノーデンです。あなたの……夫になります」
「あ、あなたが……アーノルド様」
大金を払い、私を“買った”伯爵令息。確か私よりひとつ上の学年だったはずだ。直接会話をしたことはなかったはずだけれど、もしかしたら学園で私のせいで嫌な思いをしていたのかもしれない。落ちぶれた侯爵令嬢をいたぶって憂さ晴らしをしようというのか。だが、金で買われた以上、私に拒む権利はない。なんにせよ、愛のない夫婦生活を強いられるのだろう─────。
するとアーノルド様は、うつむく私の手を戸惑うことなく握りしめた。
「やっと会えた!」
「……へ?」
青い瞳を潤ませ、その頬はほんのり薔薇色に色づいている。まるで初恋に浮かれる少女のように。
「この世界に転生して苦節17年、この時をどれだけ待ち望んだか!でも、僕が来たからには安心してください。悪役令嬢の断罪ルートフラグなんてへし折ってやりますから!」
「あ、悪役令嬢?ふらぐ?転生って……?」
「もう、お兄様ったら興奮し過ぎですわ!気持ちはわかりますけれど!エトランゼ様、驚かれたでしょうけれど安心してくださいね!わたくしたちはエトランゼ様の味方ですから!というか最推しですから!」
興奮気味に語り出すアーノルド様を押しのけ、やはり興奮している伯爵令嬢……アーノルド様の妹であるアーシャ様だ。クラスは違うが学園では同じ学年で、たまに廊下ですれ違う時にやたらと私を睨みつけてきていたからてっきり他の令嬢たちと同じく私を嫌っているのだと思っていた。私も、たかが伯爵令嬢のくせにって相手にせずに無視していたから嫌われて当然なんだけど……。
「あぁぁ……間近でエトランゼ様を拝める日がくるなんて……!でももう、廊下ですれ違う度にそのお姿を脳裏に焼き付けようと瞬きせずにガン見しなくてもいつでも見れますのね!お兄様グッジョブですわ!」
そしてアーノルド様から私の手を取り、恍惚とした表情で「デュフフフ……リアル悪役令嬢、さいっこう!」と呟いたのだ。
あ、あれ?私……もしや、嫌われていない?
「やめないか、アーシャ。エトランゼ嬢が困っているだろう。そして、必要以上に見るな触るな。減ったらどうするんだ」
「まぁ!エトランゼ様を独り占めする気ですの?!他の攻略対象者がエトランゼ様に近づかないように情報を操作したのはわたくしですのよ!」
「結婚するのだから、もう僕の妻だ。つまり僕のものだ」
「わたくしのお義姉様でもありますーっ!」
「「それならば我々の義理の娘でもあるぞ!」」
なぜか伯爵夫妻も参戦して私の奪い合いが始まってしまった。一体、何がどうなっているのかわけがわからないんですけど?!
もはや呆然と立ち尽くすしかなくなった私にアーノルド様がにっこりと微笑みを向けた。
「ほら、父さんも母さんも落ち着いて。大丈夫ですよ、エトランゼ嬢。僕らはみんなあなたの大ファンなんです。────悪役令嬢エトランゼのね」
「あ、あの、さっきからその“悪役令嬢”とは一体なんなんですか……?」
“悪役”と付くからにはあまり良い印象はなさそうである。恐る恐る聞いてみると、その返答はやはりなものだった。
「はい、悪役令嬢とはみんなに嫌われて断罪されて死刑になったり国外追放されたりする令嬢のことです。あなたがその悪役令嬢なのですよ────でも「わ、私が死刑に……?!」え、エトランゼ嬢……!?」
“断罪”、“死刑”、“国外追放”。それが私だと言われ、やっぱり私は嫌われ者の侯爵令嬢なのだと突きつけられた気がした。そして、その言葉に一気に血の気が引き……私はその場で気を失ってしまったのだった。




