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異世界の神様、ソースコードが丸見えですよ? ~魔法を最適化(デバッグ)する最強言語学者、代償は「自分自身」の全消去~  作者: 天城ユウ


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第四話:『禁書庫のリード・オンリー・メモリ』

暴走が収まった後のアカデミーは、静まり返った墓所のようだった。

 レンに救われたはずの魔導師たちは、感謝の言葉を述べることさえ忘れ、塔の最上階を見上げて立ち尽くしている。彼らにとって、自分たちが一生を捧げてきた「詠唱」が、名もなき青年の指先一つで上書きされた事実は、世界そのものが否定されたに等しかった。


「……信じられませんわ。あのような、神をも恐れぬ不遜な記述で……」


 イリスが、震える手で自分の杖を握り直した。

 彼女の碧眼には、先程までのような傲慢さはない。代わりに宿っているのは、未知の深淵を覗き込んでしまった学究の徒としての、狂おしいほどの情熱と恐怖だった。


「レン様。これ以上、この場に留まるのは危険です。魔導騎士団が動けば、貴方は『異端者』として拘束されかねません」


 ステラがレンの肩を貸しながら、低く鋭い声で告げる。

 だが、レンは動かなかった。彼の視線は、塔の地下へと続く、古びた鉄の扉に釘付けになっていた。


「いや……あそこだ。あそこから、凄まじい情報のノイズが漏れ出している」


 レンの瞳には、地下へと続く螺旋階段が、まるで「読み取りエラー」を起こした磁気テープのように赤く点滅して見えていた。そこはアカデミーが数百年隠し続けてきた、禁忌の書庫。


「……付いてきなさいな」


 不意に、イリスが背を向けて歩き出した。


「イリス様!? 何を……」

「今の騒ぎで、警備の術式は全てダウンしていますわ。……私も、確かめなければなりません。お父様や教師たちが、何を隠してこの世界を『管理』してきたのか。貴方の言った『デバッグ』が本当に必要なら、その根源を見せるのが私の役目ですわ」


 イリスが指先を鳴らすと、小さな光の球が周囲を照らし出す。

 三人は、湿り気を帯びた地下の階段を降りていった。


 地下最深部。そこには巨大な石扉があり、その表面にはびっしりと、血のように赤い『言の葉』が刻まれていた。

 通常の魔導師が見れば、それは強力な呪いの言葉に見えるだろう。だが、レンの目には、それはあまりにも稚拙な『アクセス拒否(Access Denied)』のコードだった。


「……どいてくれ。強引にこじ開ける」


 レンが扉に手をかざそうとした時、脳裏に鋭い痛みが走った。

 システムウィンドウが、これまでにない速度で警告を発する。


『[Critical Warning: 高密度情報領域への接触を検知。解析には莫大なキャッシュが必要です。現在のアドレスから「幼少期の親友の顔」および「初めて読んだ絵本の記憶」をパージしますか?]』


 レンの指が止まる。

 今度は、具体的な「何か」を差し出せと迫られている。

 親友。名前すらもう思い出せなくなりかけているが、共に笑い、泥だらけになって遊んだあの温かな感覚。それが、レンの中に残っている「人間としての根っこ」の一部だと本能が理解していた。


「……レン様、お顔が真っ白です。やはり、もう……」

「大丈夫だ、ステラ。……消せ。実行ランしろ」


 レンは心の中で、その大切な断片をゴミ箱へと放り込んだ。

 刹那、彼の脳から何かが「剥がれ落ちる」衝撃と共に、扉のコードが黄金色に書き換わった。


 ギギギ……と重低音を響かせて、扉が開く。

 その先に広がっていたのは、本ですらなかった。


 広大な空間の中央に、巨大な水晶の柱が立ち、そこから無数の「光の糸」が蜘蛛の巣のように全方位へ伸びている。糸の先には、世界中の言葉、人々の記憶、そして物理法則の数式が、絶え間なく流れるデータストリームとして可視化されていた。


「これ、は……」


 イリスが息を呑み、膝をついた。

 そこは、この世界のバックエンド――『神の作業場ルート・ディレクトリ』だった。


「やはりそうか。この世界は……自然に生まれたものじゃない。誰かが、特定の目的を持って記述し、維持し続けているシミュレーターだ」


 レンは、光の糸の一本に触れた。

 そこに流れていたのは、この王国の歴史ではない。

 『Version 4.02 - 失敗した人類の再構築プロトコル』という、冷徹なヘッダーテキストだった。


「私たちが信じてきた歴史も、神話も……ただの『設定資料』に過ぎないと仰るの……?」


 イリスの声が震える。

 レンは答えなかった。彼は、水晶の柱の根元に落ちていた、一冊の「紙のノート」を拾い上げた。

 このデジタルな空間には不釣り合いな、使い古されたそのノートの表紙には、日本語でこう記されていた。


『二代目翻訳官・日向ヒナタの手記 ― 忘却の果てに何を見るか ―』


 レンの身体が凍りついた。

 自分よりも前に、この場所に来た「翻訳官」がいたのだ。

 彼は震える手でページを捲った。そこには、殴り書きのような文字で、こう記されていた。


『魔法を使うな。世界を救うな。記述を重ねるほど、君は君でなくなる。最後には、ただの「空っぽの器」として、システムの一部に取り込まれるだけだ。私はもう、自分の名前が思い出せない――』


「……っ!」


 レンはノートを叩きつけた。

 その瞬間、彼の脳裏から「初めて読んだ絵本」の色彩が消え去り、ただの白い紙の束へと変わった。


 救うほどに、消える。

 正しい答えを出そうとするほど、レンという存在が不純物として排除されていく。


「レン様! 大丈夫ですか!」


 ステラがレンを抱きとめる。

 彼女の温もり。彼女の匂い。

 それすらも、いつかは「ただのデータ」として、レンの中から消去される日が来るのだろうか。


「……イリス。君に頼みがある」


 レンは、顔を上げた。その瞳には、絶望と、それを凌駕する狂気的な決意が宿っていた。


「俺に、この世界の『文法』をすべて教えろ。……システムに食われる前に、俺がシステムそのものを書き換えてやる」


 救済ではなく、革命。

 異世界の言語学者は、自分を消し去ろうとする世界そのものへの「宣戦布告」を、無音のコードで記述した。


 ステラは、泣きながら日記帳の新しいページに、その決意を刻み始めた。

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