第二十話:『概念都市シン・トウキョウ』
――「まもなく、終点、新宿。新宿です。お忘れ物のないよう、ご注意ください」
無機質な自動放送が、銀河の静寂を切り裂いた。
プシューッという排気音と共に、錆びついた扉が開く。
三人がプラットホームに降り立った瞬間、肺に流れ込んできたのは、荒野の乾燥した空気ではなく、湿り気を帯びた排ガスと、焦げた鉄、そして何千万人の「焦燥」が混ざり合った、逃げ場のない都会の匂いだった。
「……ここが、新宿……。レン、貴方の故郷は、これほどまでに『圧迫感』のある場所だったのですか?」
イリスが、頭上のコンクリートの天井を仰ぎ見て、顔をしかめた。
そこは、レンの記憶にある「新宿駅」が、異世界の魔力と混ざり合い、無限に増殖した巨大な迷宮だった。
通路は幾重にも重なり、階段は天へ昇るかと思えば、奈落へと突き刺さっている。壁一面に貼られた広告ポスターは、レンを嘲笑うかのように、すべて彼の「忘れたはずの知人」の顔に書き換わっていた。
「……ああ。……出口の見えない、巨大な記述の墓場だ」
レンは、感情を排した声で応えた。
彼の銀色の瞳には、迷宮の構造が、膨大な「goto文」の羅列として視認できている。一歩間違えれば、無限ループの中に閉じ込められ、存在そのものが「処理待ち」の状態に固定される。
「レン様、足元に……!」
ステラが剣を抜き、レンを庇うように一歩前へ出た。
足元のタイルから、黒い「影」が染み出し、無数の腕となって彼らの足を掴もうと蠢いている。
『通勤の亡霊』。定刻通りに歩くことだけを義務付けられた、レンの「義務感」の化け物たちだ。
「……構うな。……こいつらは、俺たちが『個』であることを捨てれば、襲ってはこない。……だが、俺たちはもう、記号には戻らない」
レンが指を鳴らす。
第一部のような「管理者権限」ではない。ステラの「嘘」と、イリスの「パッチ」によって再構築された、今のレンにしか使えない歪な魔法。
「――《再定義・自由意志による遅延》」
レンの周囲に、柔らかな黄金色の光が広がった。
襲いかかろうとしていた影の腕が、まるで「次の電車を待つ」かのように、緩やかに動きを止め、道を譲った。
「……行きましょう。……この迷宮の出口は、あそこだ」
レンが指差した先。
立ち並ぶ高層ビル群の隙間、厚い雲を突き抜けて、天を刺すように聳え立つ、左右対称の巨大な双子塔。
――東京都庁。
この世界の全てのバグが収束し、レンが捨てた「自分」が王座に座る、概念都市の心臓部。
三人は、歪んだアスファルトの道を、都庁へと向かって走り出した。
途中の交差点では、信号機が狂ったように明滅し、街頭ビジョンにはレンが三年前、魔法を放つ直前に一瞬だけよぎった「後悔」の映像が、延々とリピート再生されていた。
「……レン様、見ないでください! それは、過去の貴方です!」
ステラが、レンの視線を遮るように寄り添う。
レンは、彼女の温もりを感じながら、真っ直ぐに前を見据えた。
「……いいんだ、ステラ。……あの時の俺がいたから、今の俺がいる。……あの後悔すらも、今の俺を構成する『仕様』の一部だ」
都庁の正面広場に辿り着いた時、空間が激しく軋んだ。
目の前の巨大な門が、黄金色のノイズを上げながら実体化する。
その門の前に、一人の影が立っていた。
それは、三年前のレン。
眼鏡をかけ、スーツを着こなし、冷徹な論理だけで世界を救おうとしていた、あの日の「三代目翻訳官」。
『――……来たか、不完全な自分。……ステラの嘘に依存し、イリスの犠牲の上に胡坐をかく、エラー塗れの三代目よ』
過去のレンが、蔑むような笑みを浮かべて、右手を掲げた。
その指先には、かつて世界を解体した「真の管理者権限」が、太陽のように輝いている。
『――ここから先は、論理の純潔区。……感情というバグを抱えたままでは、一歩も通さない』
都庁を背景に、現在のレンと、過去のレンが、対峙した。
新宿の空から、真っ黒な「雨」が降り始める。
それは、レンが捨てた、何万ガロンもの「冷めた涙」の概念だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




