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異世界の神様、ソースコードが丸見えですよ? ~魔法を最適化(デバッグ)する最強言語学者、代償は「自分自身」の全消去~  作者: 天城ユウ


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第十六話:『錆びついたレール、銀河への回廊』

荒野の果て、夜明けの灰色の光の中に、それは現れた。


 見渡す限りの砂と岩の世界に、不釣り合いなコンクリートの構造物が、地面から突き出している。

 湿気を含んだ無機質な風が、その口から吹き出していた。


「……何ですの、あれは。……地下へ続く、階段?」


 イリスが、杖の先でその構造物を指した。

 コンクリートの壁には、赤錆びた鉄の板が打ち付けられ、そこにはレンの視界にだけ判読可能な文字が刻まれている。

 

 ――『地下鉄 A4 出口』――。


「……概念都市『シン・トウキョウ』の外縁部だ」


 レンは、感情の起伏がない声で告げた。

1ミリの迷いもなく、錆びついた手すりに手をかけ、暗闇へと続く階段を下り始める。


「……レン様、待ってください。松明を……」


「不要だ。……環境光の再定義リ・デファインを開始する」


 レンが呟くと、彼の銀色の瞳が一瞬だけ輝いた。

 次の瞬間、地下通路の天井に、埃を被った蛍光灯が、ジー、ジーと不快な音を立てて点灯した。

 それは松明の温かな光ではない。深夜のコンビニで見たのと同じ、生命の脈動を否定するような、冷たく均一な白い光だった。


 階段を下りきる。

 そこは、広大な地下空間だった。


「……嘘でしょう。何ですの、この広さは……。王都の地下水道なんて比較になりませんわ」


 イリスが息を呑んだ。

 床にはタイルが敷き詰められ、壁には色褪せたポスターが破れかかっている。

 そのポスターの絵柄は、顔のない人々が満員電車に揺られている、歪な構図だった。


「……ここは、『新宿シンジュク』と呼ばれる座標への、輸送経路ラインだ」


 レンは、無機質な案内ナレーションを続けながら、さらに奥へと進む。

 彼の脳内では、かつてパージした「通勤路線図」のデータが、ルート・ディレクトリとして展開されていた。


 やがて、一行は「改札口」と思われる場所に到達した。

 そこには、赤錆びた鉄の機械が列をなしている。


「……レン様、あそこに……」


 ステラが、機械の影を指差した。

 そこには、ボロボロのスーツを着た男が、うずくまっていた。

 だが、その男には、首から上がなかった。

 首の断面からは、黒い煙が静かに立ち上り、周囲の空間にノイズを撒き散らしている。

 『忘却の亡霊ロスト・メモリ』。レンが捨てた「社畜としての日常」の概念が、行き場を失って具現化した姿。


『――……お疲れ様です。……本日の、終電は……』


 男の身体から、くぐもった合成音声が響いた。


「……無視しろ。……存在定義が希薄だ。戦闘リソースを割く価値はない」


 レンは、その横を平然と通り抜けた。

 ステラは、剣を抜き、男を警戒しながら、レンの背中を追いかける。


 改札を抜けた先。

 そこは、プラットホームだった。


 錆びついたレールが、闇の彼方へと伸びている。

 そして、そのレールの上に、一両の電車が停まっていた。

 

 ステンレス製の車体は錆び、窓ガラスは割れ、車内は暗黒に包まれている。

 だが、その先頭車両の行き先表示板には、黄金色の文字が、鮮烈に輝いていた。

 

 ――『銀河鉄道ギャラクシー・ライン』――。


「……銀河、鉄道?」


 イリスが、その言葉を反芻した。アストレア流魔導大系にもない、壮大な概念。


「……二代目日向の手記によれば、この都市の最深部……『都庁トチョウ』へ至るには、この輸送体トレインに乗らなければならない。……ここからは、物理法則ではなく、概念の強度が、移動速度ベクトルを決定する」


 レンは、電車の扉に手をかけた。

 錆びついた扉が、ギギギ……と悲鳴を上げて開く。

 車内からは、埃と、古い鉄の匂い、そして、微かな「 nostalgiaノスタルジア」の匂いが、漂ってきた。


「……レン様」


 ステラが、レンの服の裾を、強く掴んだ。

 彼女の瞳には、この異形の乗り物への恐怖と、そして、それに乗れば、レンが二度と戻ってこないのではないかという、予感が宿っていた。


「……停滞は、死だ、ステラ。……乗れ」


 レンの声は、依然として冷たい。

 彼は、ステラの手を振り払い、車内へと足を踏み入れた。


 ――ガタン。


 ステラとイリスが乗り込んだ瞬間、扉が閉まり、電車のモーターが、ジー……と唸りを上げた。

 

 錆びついた電車は、ゆっくりと、走り出した。

 闇の中を、どこまでも伸びる、錆びついたレールの上を。

 窓の外には、地下通路の景色ではなく、瞬く星々が、銀河の渦が、流れ始めていた。

 

 レンが捨てた「故郷への未練」が作り出した、偽物の宇宙。

 その中を、機械となった翻訳官は、ただ真っ直ぐに見つめていた。

 

 彼の中に残っている、最後の「人間としての記憶」――ステラの手の温もりが、この銀河の嵐の中で、静かに、パージされるのを待ちながら。

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