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異世界の神様、ソースコードが丸見えですよ? ~魔法を最適化(デバッグ)する最強言語学者、代償は「自分自身」の全消去~  作者: 天城ユウ


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第一話:『世界の記述(ソースコード)を見つめる男』

お読みいただきありがとうございます。天城ユウです。


本作は「魔法=プログラミング」という設定をベースに、知略で難局を乗り越える爽快感と、記憶を失っていく切なさを描いた物語です。


「ただのチートものには飽きた」「物語に深い感動が欲しい」という方にぜひ読んでいただきたいです。

まずは第1話、言語学者が世界の『裏側』を暴く瞬間を見届けてください。


意識が浮上した瞬間、鼻を突いたのは古い紙と、わずかな鉄錆の匂いだった。

 ガタゴトと、規則的な振動が身体を揺らしている。レン――かつて日本の大学で比較言語学を教えていた男は、重い目蓋を持ち上げた。


「……気が付きましたか、レン様」


 透き通るような声に横を向けば、そこには一人の少女がいた。

 銀色の髪を後ろで束ね、細身ながらも鍛えられた身体に、意匠の凝らされた軽鎧を纏っている。彼女の膝の上には、ひび割れた抜身の長剣が置かれていた。

 ステラ。没落貴族の娘であり、この一ヶ月、行き倒れていたレンを「賢者候補」と勘違いして拾い上げ、世助けの旅に同行させているお人好しの騎士だ。


「ああ。……ここは?」

「王都へ続く街道です。昨夜の野営中に魔物バグの気配がしたので、予定を早めて馬車を出しました」


 ステラの表情は暗い。彼女が握る剣の柄には、複雑な紋様が刻まれているが、その光は今にも消え入りそうに明滅していた。

 この世界において、魔法は『言のロゴス』と呼ばれる聖なる力だ。選ばれた者が古代の呪文を口にすることで、事象を書き換える。だが、その継承は途絶えかけ、今や人類は「意味も分からず呪文をなぞるだけ」の、劣化の一途を辿る文明の中にいた。


「レン様、お顔の色が優れませんね。……やはり、魔法の素養がないことを気に病まれて?」

「いや。そうじゃない」


 レンは馬車の窓から、流れる景色を眺めた。

 彼には、この世界の住人が見えないものが見えていた。

 空、木々、土、そしてステラの剣。あらゆる存在の表面に、半透明の文字列が「重なって」記述されているのだ。


 それは、レンが前世で親しんだ高水準プログラミング言語に酷似していた。

 いや、それよりも遥かに抽象的で、哲学的な構文。

 物理現象は関数の戻り値であり、質量は定義された変数に過ぎない。

 レンにとって、この異世界は広大な「記述空間」そのものだった。


 突如、御者の叫び声が響き、馬車が急停止した。


「――出たぞ! 『論理崩壊エラー・ビースト』だ!」


 ステラが弾かれたように立ち上がり、扉を蹴開けて外へ飛び出した。レンもそれに続く。

 街道の先、空間が歪んでいた。

 それは巨大な狼の形をしていたが、輪郭がノイズのように乱れ、時折その身体の一部が周囲の空間に溶け込んでは再構成されている。


「あんな巨大な個体……。レン様、下がっていてください!」


 ステラが剣を構え、震える声で『言の葉』を紡ぐ。


「――《灯せ、赤き熾火。不浄を焼く裁きの焔を》!」


 剣の紋様が赤く輝き、小さな火球が放たれた。

 だが、その速度は遅く、威力も心許ない。狼の影に触れた瞬間、火球は霧散し、逆に狼の咆哮によってステラが吹き飛ばされた。


「くっ……! なぜ、これほどの出力しか……。私の信仰が、足りないというのですか……!」


 ステラが膝を突き、地面に剣を突き立てる。

 レンの目には、今の事象の「裏側」が鮮明に見えていた。

 彼女の魔法が不発に終わった理由。それは信仰心の問題ではない。


(構文が、あまりにも非効率すぎるんだ)


 彼女が唱えた呪文という「入力」は、あまりにも冗長な装飾語に溢れ、演算リソースを無駄に食いつぶしている。結果として実体化する火球アウトプットの精度が極限まで落ちているのだ。


 狼が、無防備なステラに向けて大きく口を開く。その口内には、黒いノイズが凝縮されていた。


「動くな、ステラ」


 レンは一歩前へ出た。魔力など一滴も感じられない男の背中に、ステラが「レン様!?」と悲鳴のような声を上げる。


 レンは虚空に指を伸ばした。

 彼の指先が、空間に浮かぶ「火の定義」の文字列に触れる。


(……記述の最適化を開始する。不要な修飾詞を削除、熱量定数を三二倍に拡張。指向性制御のベクトルを一次元に集約。……よし、コンパイル完了)


 レンの脳内に、冷酷なまでの論理性を持った『言葉』が溢れ出す。

 それは詠唱などという情緒的なものではない。

 世界の根幹にアクセスし、システムに直接命令を上書きする、無慈悲なまでの「定義」だ。


「――《定義・高熱圧縮放射サーマル・レーザー》」


 刹那、レンの指先から、針のように細く、太陽のように眩い純白の光線が放たれた。

 それはステラの火球とは比較にならない速度で空間を貫き、狼の眉間を正確に穿つ。

 爆音すらなかった。光線に触れた魔物の肉体は、分子レベルで「存在の定義」を抹消され、灰すら残さず消滅した。


 静寂が街道を支配する。

 立ち尽くすステラ。腰を抜かした御者。

 レンはゆっくりと腕を下げた。


「今の、は……魔法、なのですか……?」


 ステラが呆然と呟く。神話の奇跡を目の当たりにしたような、畏怖の眼差し。

 だが、レンは彼女の問いに答えることができなかった。


(…………あ、れ?)


 脳の奥底。

 熱い鉄の棒でかき回されたような、奇妙な喪失感がレンを襲った。

 今、自分は何をした? そう、魔法を使った。魔物を倒した。それはいい。

 だが。


(……俺は、何を「支払った」?)


 レンの記憶の宇宙から、一つの断片が零れ落ちていくのが分かった。

 それは、前世の日本で通っていた、駅前の小さな古本屋の名前だった。

 優しい老夫婦が笑っていた記憶。木の棚の匂い。

 それらが、音もなく「白く」塗り潰されていく。


 魔法という、万能の特権。

 その代償は、魔力という数値ではない。

 レンをレン足らしめる「過去」という名の情報資源だった。


「……レン様? 大丈夫ですか?」


 駆け寄るステラの顔を見て、レンは無理に口角を上げた。

 彼女が差し伸べた手の感触は、まだ覚えている。


「ああ。……少し、知恵熱が出ただけだ」


 レンは、自分の手のひらをじっと見つめた。

 この世界を救うために、自分はあと何回、この「言葉」を紡げるだろうか。

 すべてを救い終えた時、自分の中に、自分自身を証明する記憶は一欠片でも残っているのだろうか。


 空に浮かぶ魔法の構文は、残酷なまでに美しく輝き続けていた。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


当面の間は、1日に3話を投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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