……私の、専属コーチになってくれないかな?
「……それでさぁ、すごかったんだよ! こう、バシって!」
「……へぇ、そうなんだ。うん、だったらあたしも次は見てみよっかな!」
それから、少し経過して。
ふと、公園から明るい声が。見ると、そこには声音に違わぬ明るい笑顔で話す一組の少年少女。少年のその仕草を見るに、恐らくは昨日のバレーボールの話をしているのだろう。こんなふうに子ども達が楽しそうに話す和やかな光景さえ、この話題となると僕にとってはちょっとした苦痛で――
「……ねえ、ちょっといいかな?」
「…………へっ?」
卒然、後方から届く声。驚き振り返ると、そこには鮮やかな山吹色の髪を纏う可憐な少女の姿があって。
「……えっと、貴女は……」
そう、ポツリと口にする。……えっと、この子は……それに、いったい僕に何の……いや、そもそも僕を呼び止めたとは限らな――
「……ああ、心配しないで。私が呼び止めたのは紛れもなく貴方だから――光月弥夢さん?」
「…………」
すると、僕の心中を察したのか、少し可笑しそうに微笑みそう口にする可憐な少女。……うん、まあそうだよね。どう見ても、じっと僕のこと見てたし。
「……それで、僕に何のご用でしょうか?」
「ふふっ、別に敬語じゃなくていいのに。分かってると思うけど、貴方の方が歳上だよ?」
「……まあ、僕は敬語の方がお話ししやすいので」
「……まあ、それなら別にいいんだけど」
その後、そんな会話を交わす。僕の記憶が間違ってなければ、この少女とは初対面……なのに、どうしてか僕のことを知っている。その理由が気にならないわけはないけれど、それはさて措き――
「――さて、大事な用件なんだけど……私の、専属コーチになってくれないかな? バレーボールの」
「…………はい?」
それはさて措き用件を――そんな僕の思考が、思いも寄らぬ発言にピタリと止まる。……いや、何を予想してたわけでもないけど……それにしても、あまりに突拍子もない要望で……いったい、どういう――
「……まあ、そうなるよね。これだけじゃ、流石に何が何だかさっぱりだろうし。
さて、遅くなったけど私は三神望夢。相明の中学二年生で女子バレー部――そして、自分で言うのもなんだけどエースなんだよ?」
「……そう、なのですね……」
そう、楽しそうに告げる少女。……相明、か。京都府内の中高一貫の私立校で、中学、高校ともに全国でも名高いバレーの強豪校。そこでエースを務めているということは、相当な実力者であることは間違いない。……ただ、それよりも――
「――ああ、心配しないでね。ちゃんと報酬は支払うから。まあ、私じゃなく両親からだけど……でも、我ながら恵まれてると思うけど、私の成長のためなら出費を惜しまない両親なんだ。だから、これは正当なコーチ代として遠慮なく受け取ってね?」
すると、そう口にする三神さん。……いや、そこについてじゃなく、なんで僕にコーチの依頼なんてしたのかという話で……いや、それよりも――
「……申し訳ありません、三神さん。折角のご依頼ですが、僕ではコーチなど務まりません。一度もそのような経験はないですし……それに、それ以前に……」
そう、弱々しく答える。僕に依頼してきた理由も気にはなるけど、詮索する理由も全くない。それよりも、きちんとしたコーチの下でのびのびと健やかに育ってほしい。僕なんかに任せるなんて、それこそご両親の貴重なお金や三神さん自身の貴重な時間を溝に捨てるようなもので。……それに、それ以前に僕はもう――
「……まあ、そう言うとは思ったけど。でも、ほんとにいいの? 確か、必要なんだよね? お父さんとお母さんに返すための、それなりのお金が」
一人思考に沈んでいると、ふとどこか不敵に微笑み尋ねる三神さん。でも、どうしてこの子が……いや、もう今更か。僕の記憶が間違ってなければだけど、そもそも会ったことのない僕のことを知ってたんだし、もはや何を知っていてもさほどの驚きもない。
「――それで、具体的にだけど……こんな感じでどうかな? 弥夢さん」
「……こんな感じって、いった……っ!?」
そう言って、スマホの画面を見せる三神さん。そこには、コーチの報酬と思しき金額。そして、それはバイト――それも、学業と両立しながらでは到底稼げないほどの金額で。……だけど、
「……ですが、三神さん。先ほども申しましたが、僕はコーチの経験なんてありません。なので、このような報酬を受け取るに値する成果を上げられるとは――」
「うん、さっきも聞いたし知ってるよ。でも、最初から経験がないのなんて当たり前じゃん。弥夢さんがしてるバイトだって、高校に入ってすぐに始めたんだから当然ながら未経験からのはずだよね? でも、研修期間とかでもちゃんと給料は出てたはず。指導だって、それと同じだよ。具体的に研修期間みたいなものは設けてないけど、もちろん最初から報酬は出すし、経験なんて仕事の中で培っていけばいい」
「…………」
懸念の意を伝えるも、気にした様子もなくニコッと微笑み告げる三神さん。僕がバイトをしていることも、そして高校に入ってすぐに始めたこともバレているけど今更だしさして驚かない。……いや、嘘です。やっぱりわりとびっくりです。
……まあ、それはともあれ……何故、ここまでするのか分からない。繰り返しになるけど、コーチとしての経験なんて皆無――そんな僕を、少なくともコーチとして評価する理由なんてどこにもないはずなのに。……だけど、
「……本当に、いいのですか? 先に申し上げておきますが、完全に報酬が目当てですよ?」
「うん、もちろん。と言うか、よく分からないけどそういうもんでしょ? ビジネスって」
「……そう、ですか。でしたら……はい、是非ともよろしくお願いします、三神さん」
「そっか、よかった。うん、よろしくね弥夢さん」
そう、頭を下げ意思を伝える。そして、顔を上げると花のような笑顔の三神さんが。……理由なんて、全く以て分からない。だけど、別に構わない。経験なんてまるでないのに、あれほどの金額で雇ってくれる――今の僕にとって、これほどに魅力的な依頼なんてどこにもありはしないのだから。




