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第2話 なぜそうなる

私立バーロー学園。

このイカれた世界の舞台となる最高学府である。

……相変わらず、適当を煮詰めたようなネーミングセンスだ。もはや一つ一つに突っ込む気すら失せているのだが、誤解のないようにしておきたいのは、学園の運営元は国なので、実際は『国立』だ。じゃあなんで私立って付けたんだよ、という正論は、どうか胸の奥にそっとしまっておいてほしい。



学園生活は、鐘の音で始まる。


低く、長く響く朝の鐘。

ぶっちゃけうるさい。誰が鳴らしているか知らんが、ずいぶんな気合いの入り方だ。

初めのころは飛び起きていたが、今となっては日常だ。

目を開ける。石造りの天井。いつもの天井だ。

身体を起こして窓の外を見ると、雲ひとつない青空が広がっていた。今日もいい天気らしい。


制服に袖を通す。

白いシャツに、深い紺色の上着。金糸の刺繍が襟元と袖口に入っている。どこの貴族が通う学園かを一目で示す、格式ばった作りだ。

Googleで『学校の制服』と検索したら、一番最初にヒットしそうなデザイン。

とりあえずボタンを留めて、襟を整えて、身だしなみの確認。


廊下に出ると、同じように部屋から出てくる生徒たちの姿がある。

すれ違いざまに軽く会釈を交わす。朝の寮は静かで、石の廊下に革靴の足音だけが規則正しく響いている。



食堂は寮の一階にある。



流石に広い。天井が高く、壁には歴代の紋章や装飾が施されている。長いテーブルが何列も並び、全校生徒が一堂に会して食事を取る構造だ。


席順に明文化されたルールはない。

ないのだが、見渡せばすぐに分かる。食堂にも、目に見えない境界線がある。


中央付近の一帯には、上位貴族の子息たちが陣取っている。ベンティを中心に、サンダー、フリーザー、ファイヤーのいつもの顔ぶれ。彼らの周囲だけ、空気の密度が違うように見える。流石はこの世界の中心人物たちだ。オーラが違う…というよりも、彼らだけシンプルに浮いている。制作陣営が主要キャラの作画だけしっかり描き、その他大勢は適当に描いているので…なんというか、VTuberがアバターのまま、リアルの世界に現れた、みたいな違和感だ。


オレは当然、彼らから離れている席に座った。

彼らは観察対象とすべきである。というかイベントでも始まって巻き込まれてはたまらない。


朝食が運ばれてくる。

こんがりと焼き色のついた丸パン。割ると中から湯気が立つ。根菜を煮込んだスープは素朴だが、出汁がしっかり効いている。それに薄切りの干し肉と、果物が少々。

パンをちぎってスープに浸しながら、食堂全体をぼんやりと眺める。


朝の食堂は、意外と穏やかだ。

入学式のような緊張感はなく、ただ静かにパンを噛む音と、食器の触れ合う音が響いている。

よしよし、このまま何も起こらず1日が終わりますように。


もちろん、そんなオレの願いなど、叶うはずもなかったのだが。



***



午前の授業は座学だった。


教室は円形の講義室になっている。階段状の座席が扇形に並ぶ構造で、正面に大きな黒板と教壇が置かれている。

ケメーン先生が教壇に立った。長髪に白スーツ。相変わらずの出で立ちだ。


「よっしゃ、席につけー」


気合いの入った声でケメーン先生が言った。

意外と体育会系なのだろうか。よっしゃの意味がさっぱり分からない。

そんなことを考えているうちに、ケメーン先生の声色が切り替わった。


「今日は魔法理論の基礎について説明する」


講義が始まった。

ケメーン先生の講義は淡々としているが明瞭だ。基礎の基礎から丁寧に積み上げていく。

魔力の属性、その分類、魔力容量の概念──ケメーン先生は丁寧に、ひとつひとつ順を追って解説していく。


「──次に、魔法の行使について。魔力を体外に放出し、現象として定着させるためには、三段階の過程が必要となる。すなわち、『認識』『制御』『発動』である」


ケメーン先生が黒板に三つの単語を書き並べ、チョークでコンコンと叩いた。


「認識とは、自身の魔力を知覚すること。制御とは、知覚した魔力の流れを意図した方向へ導くこと。そして発動とは、制御された魔力を現象として外界に定着させること。この三段階を正しく踏まなければ、魔法は成立しない」


そこで、ケメーン先生の視線が教室をゆっくりと見渡した。


「では、ここで確認しよう。──マーキノ・トゥ・クーシ」


名前を呼ばれたのは──あの目がクリックリした、クラス唯一の平民の女子だった。

マーキノ・トゥ・クーシ。この学年の首席にして、唯一の平民。

そして、おそらくこのゲームの主人公だ。名前がひどすぎるが、わかりやすくもある。

彼女はすっと顔を上げたが、どこか困ったような表情をしていた。


ケメーン先生が続ける。


「教科書の四十二ページ。『魔力制御の原則』の項を、読みなさい」


「……申し訳ありません。教科書を忘れました」


教室がわずかにざわつく。あの首席が、教科書を忘れる。

ケメーン先生は一瞬だけ眉を動かし、こう言った。


「いとしさと切なさを兼ね備えておらんようだな」


何が言いたいのかよくわからんが、おそらくご立腹ということなのだろう。

ケメーン先生はため息をひとつついて、


「──隣の者に見せてもらいなさい」


と続けた。


隣。

つまり、オレである。


マーキノがこちらに視線を向けた。オレは教科書を開いて、マーキノの方に差し出した。


ふと──教室のどこかで、かすかな視線を感じた。

こちらを見ている者がいる。その視線の主までは特定できなかったが、どこか──満足げな、とでもいうのだろうか。妙な温度を帯びた気配だった。


マーキノはオレの教科書に目を落とし、指定されたページを確認した。

一拍の間もなく、澄んだ声が教室に響き始める。


「『魔力制御の原則。魔力の制御とは、術者の意志によって魔力の流れに方向性を与える行為を指す。制御の精度は、術者の集中力および魔力に対する感受性に大きく依存する。制御が不十分な場合、魔力は拡散し、意図した現象を定着させることができない。逆に、過剰な制御は魔力の流れそのものを阻害し、発動に至らない。すなわち、魔力制御において最も重要なのは、力の加減──適切な均衡を保つことである』」


淀みがない。

一字一句、正確に、しかも聞き取りやすい速度で読み上げている。ただ暗記したものを吐き出しているのではなく、内容を理解した上で声に乗せている、そういう読み方だった。

流石、このゲームの主人公にして首席。その肩書きは伊達ではないらしい。


「よろしい。座りなさい」

ケメーン先生が短く頷き、講義に戻った。


教室の後方から、小さなひそひそ声が聞こえてきた。


「……何よあの態度。生意気ね」

「平民のくせして、偉そうに」

「あんな平凡な名前を先生にわざわざ呼ばせるなんて……」


やはりマーキノのことが気に入らない連中がこのクラスには多いようだ。

最後の台詞にいたっては理不尽すぎるものではあるのだが、それ以上に気になることがある。

マーキノの本名にも「トゥ」の称号が入っているように思うのだが、平凡な名前で切り捨てていいものなのだろうか。

一応、周りを見渡してみるが、入学式の日にあれだけ騒いでいた同級生たちが、嘘みたいにノーリアクションだ。

もしかして、トゥの称号とやらも、適当な設定をつけるだけつけて、うっかり忘れてしまったのであろうか。

確信は持てないが、このゲームの制作陣営のことだから、可能性としてはあるだろうな。


「今マーキノが読んだ通り、魔力制御の肝は均衡にある。力みすぎても、緩めすぎてもいけない。この感覚は、理論だけでは身につかん。実技の授業で、嫌というほど叩き込む」


ケメーン先生の声が、円形の教室によく通る。

オレはペンを走らせながら、ふと考える。いろいろと雑なところが目につく世界で、この授業の内容をまじめにノートに取る意味はあるのだろうか。



***



授業が終わった。

生徒たちがざわざわと席を立ち始めるなか、教室の出口付近で動きがあった。


ファイヤーがマーキノの前に立っていた。


あの真っ赤な髪と、ガタイの良い体格。教室の出入り口を半分塞ぐように立たれては、否が応でも目に入る。


「マーキノ・トゥ・クーシ」


ファイヤーの声が響いた。

低く、よく通る、芯のある声。なんというか──プロの声優がアフレコをしているような、やたらと完成度の高い声だった。

その声で「マーキノ・トゥ・クーシ」と真顔で言うのは、やめてもらえないだろうか。

しかし、ファイヤーは当然そんなことを気にする男ではない。


「先ほどの授業で、お前は教科書を忘れたと言ったな」


教室内の空気が、わずかに変わった。

席を立ちかけていた生徒たちの動きが、ほんの少しだけ鈍くなる。みんな聞き耳を立てている。


マーキノはファイヤーを見上げて、落ち着いた声で答えた。


「はい。忘れました」


「本当にそうか?」


ファイヤーの目が、真っ直ぐにマーキノを射抜いている。

教室の誰もが薄々気づいていることを、この男は正面からぶつけようとしていた。首席が教科書を忘れるなど、不自然だということに。


マーキノの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。

だが、すぐに元の落ち着きを取り戻す。


「本当ですよ。朝、確認を忘れただけです」


嘘だ。おそらく、この教室にいる大半の人間がそう思っている。

あのひそひそ話をしていた連中──悪役令嬢とその取り巻きたちの仕業だろう。マーキノ自身も、それが分かっている。


だが、マーキノは認めない。

認めてしまえば事が大きくなる。ファイヤーのような上位貴族と接点を持てば、ただでさえ風当たりの強い自分の立場がさらに悪化することを、彼女は分かっている。


「確認を、忘れた?」


ファイヤーの表情が、わずかに変わった。納得していない顔だ。


こいつ、見た目通りの男なんだろうな、と思った。

あの真っ赤な髪、あのガタイ、あの声。曲がったことが嫌いで、裏表がなくて、不正を見たら黙っていられない──そういうタイプ。たぶん。

そういう男からすれば、目の前で誰かが嘘をつかされている──しかも波風を立てないために自分から嘘をついている──なんていう状況は、一番許せないやつなのだろう。


「であれば、ひとつ聞かせてもらおう」


ファイヤーの視線が、教室を横切った。

そして──オレをにらみ・・・いや、オレの方を向いた。


「お前の隣に座っていたのはこの男だ。教科書を見せたのもこの男だ。──お前の教科書を隠したのは、この男ではないのか」


……は?


教室中の視線が、一斉にオレに集まった。


「はい?」


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