第四話『VS死霊術師』
夜の草原に、ゴーストの青白い顔が浮き彫りになって無数に彷徨っている。まさに地獄絵図のような光景だ。
しかし夜風が涼しい。しかし星空が綺麗だ。
そして何より……
「月が綺麗だな!」
「そうだねシンヤ!」
出会って一日目で言うようなセリフではない。しかしそれでも俺はすでに、シエルが大好きだ。間違いない。俺は『大当たり』を引いた。
「しかしシエル、競走なのに手を抜くのは、いただけないな」
先程の競走を思い出す。
シエルは全速力の俺と肩を並べていた。それも話をしながら。走り終えた後も息を切らしている様子は無かった。つまり彼女は俺より体力がある。未だ体力が回復していない俺より速く先へ進めるはずだ。
これ以上ゴーストが増える前に、どちらかがなるべく遠くまで行き、夜を越せる場所、もしくは頼みの綱を見つけるのが得策だ。
せめて彼女だけでも。などと、しみったれたセリフは言わない。もちろん、みんな揃ってのハッピーエンドを目指して走る。
「ガンガン行こうぜ!」
「……! うん!」
強く頷いて、シエルは先を行く。
〇
それから数分走った。
シエルとは、ギリギリ見えるくらいの距離が開いた。やはり隣に彼女がいないと心細い。
まだ余裕はあるものの、ゴーストとの距離は縮まっている。このまま助け舟が現れなければ、いずれ体力が底尽きて、ゴーストに殺される。
月が雲に隠れ、一寸先は闇。
でも、進むべき方向は決まっている。
このまま真っ直ぐだ。
俺は微笑んだ。彼女も微笑んでいるだろうか。
雲がはけ、再び月が地上を照らす。
──どうやら彼女も微笑んでいるらしい!
「墓地だ!」
俺からしたらまだ遠く。彼女からすれば目の前に墓地を見つけた。つまり、町か村が近くにある可能性を示している。
さらに約一・二分走った。
シエルはもう見えない。
先程まで遠くに見ていた墓地に入る。
「マジかよ……!」
と、俺が墓地に入った途端、墓石の根元から腐乱した人型が這い出てきた。仮にゾンビと呼ぶ。
さらに道は上り坂だ。自ずとスピードが落ちる。
「……っ!」
襲いくる彼らを腕で薙ぎ払いながら先を行く。不幸中の幸い。ゾンビは脚が遅い。俺に辿り着くのは、ほんの数体だった。
恐怖を希望で払拭しながら、ひたすら突き進む。
「……痛っ!」
酷使したふくらはぎが攣った。
緩やかとはいえ、長い上り坂。
全速力は出せない。しかし全力は出せる。
「ぬおぉぉぉおおお!!!」
汗も冷汗も滲ませながら登り切り、やっと道は平坦になる。しかしゴーストやゾンビらは、すでに背後まで迫っていた。さらにしかし、俺には見えていた。
──それは、墓地の終わりと町の灯り、そして無事に先をゆくシエルの姿だ。
「変な道から来られたせいで、探すのに手間が掛かりましたよ」
安堵したのも束の間。聞き覚えのない声と共に、ローブを纏った怪人が現れる。手には大鎌を持っていた。
立ち止まりかける脚。後ろも前も塞がれている。
──立ち止まったらダメだ!
咄嗟の判断だった。右に避けて進もうと地面を蹴る。でもそれは、誤った判断だったかもしれない。
「ヒヒヒ」
不気味な嬌声と同時、大鎌に背中を切り裂かれた。一瞬の間をおいて灼熱を帯び、焼けるような痛みが背中を走る。
「─っぁああ゙───!」
叫ばずにはいられなかった。
倒れ込み、涙を零しながらも前を見据える。
遠く前方でシエルが立ち止まり、こちらへ振り返るのが見えた。
はっきりとした表情までは見えない。それでも、彼女が悲しそうに顔を歪めるのは感じ取れた。
「──ヤァー! シ─ヤァー!」
断片的に聞こえる声。明確に哀しみを帯びていた。
ああ、また不安にさせてしまった。
「さて、憎きあなたを苦しみから解き放ち、私たちのお仲間にして差し上げましょう」
彼がお仲間と呼ぶのは、状況からしてゴーストやらゾンビの事だろう。予想だが、怪人は『死霊術師』。ゴーストやゾンビを操っているボスは、こいつだ。
「恨まれるような事は、してないと、思うんだがっ?」
痛みに喘ぎながらも、時間稼ぎを兼ねて質問する。
「立場ですよ立場」
怪人は少し思案した後に、そう呟いて大鎌を振り上げた。同時に俺は大きく息を吸う。そしてありったけの大声で、シエルに叫ぶ──
「ゴールはその町の中だあぁ!!!」
怪人が大鎌を振り下ろす。その瞬間を狙っていた。抱え込んでいた激苦ドリンクを投げつける。
「なっ……!」
反応が間に合わず勢いそのまま、大鎌が激苦ドリンクのボトルを突き破る。ドロドロの液体が辺りにぶちまけられ、怪人に降り注ぐ。
怪人は鎌の操作を狂わせ空ぶった。
「クソっ!」
怯む怪人から、這って距離を取る。
「何をっ…何を飲ませたぁ」
「そりゃあ味わってのとおり……」
怪人を見つめ、悪戯に笑う。
「濃〜い苦汁♡」
「この小童がぁ!」
怪人が再び鎌を振り上げる。俺は最後の力を振り絞り、立ち上がって一歩前へ出る。
出し惜しみは許されない。
盾の代わりにでもなればと、パジャマのポケットからミニチュア化した『小屋(木製)』を取り出して、地面に投げつけた。
俺と怪人との間。瞬時に小屋が現れる。大鎌は勢いそのまま、小屋の壁をグチャグチャに壊し崩した。
ゾッとしながらも町の方を確認する。
思わずフッと笑いが溢れた。
「想像以上に期待に応えてくれたな、シエル」
装備を纏った大勢の戦士が、町からこちらに向かってきていた。
中でもローブを纏い、魔法使いの為りをした者達が、流星のような攻撃を放ち、ゴーストやゾンビを蹴散らしてくれる。
「どいつもこいつも……!」
怒りを鎮めようと、怪人は深呼吸を挟む。
「今回は見逃しましょう。しかし次はないと覚えておきなさい。……野郎共! さっさと土に還れやあ!」
上品な口調に戻ったかと思えば、ドスを効かせてゾンビやゴーストに怒鳴りつける。それから「フンッ」と鼻を鳴らして、影に溶けていった。
「お手本みたいな小物だな」
その小物に受けた傷が背中にある訳で、激痛が走る中、それでも俺は大笑いした。
〇
「……っ」
背中の痛みに目が覚める。
ベッドの上に、上半身裸のうつ伏せで寝ていた。
夜は明け、カーテンからは陽光が射し込んでいる。
「おや、無事起きられて何よりです。お加減はいかがですか?」
声のする右へ首を回す。看護婦さんだ。彼女は消毒液の染みた綿で、俺の背中を優しくつついている。
「背中と脚がまだ痛みます」
「それはそうでしょう。昨日の今日ですからね」
談笑を交えつつ、今度は左に顔を向ける。
彼女、シエルは左隣のベッドでぐっすり寝ていた。
「彼女が助けを呼んでくれたんですって」
「……起きたらちゃんと、感謝しなきゃですね」
看護婦さんは体液の滲んだ綿を捨て、新しい綿をピンセットで摘み、再び背中を優しくつつく。
ピンセットと綿の入った小さな皿の、コツ、コツ、と触れ合う音が心地よく響く病室。
「いいよなあ! こんな別嬪さんが連れなんてよお」
ふと元気な声で、右隣のベッドに寝ている男が羨ましそうに言う。看護婦さんで隠れていて、気づかなかった。
「彼もあなたの恩人ですよ」
「おうよ」
俺のお父さんくらいの年齢に見える。しかし、メタボだったお父さんとは一線を画すガタイの良さだ。
「彼は昨晩、門の見張り番をしていた兵士です。今にも泣き出しそうな彼女から事情を聞いて、早急に助けを呼んでくれました」
「その最中に転んじまって、俺もここにいるって訳よ」
看護婦さんの説明を、兵士は冗談めかして補足する。その気遣いに、頭が上がらない。
「お力添え、ありがとうございます。その、お怪我の方は」
「手の着き方が悪くて指一本ポッキリだ。なあに、どうってことねえよ。今日も午後からは門番やれって言われてらあ」
兵士の男は、軽い調子で言葉を続ける。
「別嬪さんを大事にしろよ。他の門番当番から聞いた話だと、俺に事情を話してすぐに、お前さんの元に向かったってんだ」
「────!」
「『危ないから町ん中で待ってろって忠告したのに、脇目も振らずに走っていくもんだから、追いかけるのが大変だった』って同僚が愚痴を零してたぜ。すかさず俺は、『この歳で女を追いかけられるなんて良い経験じゃねえか』と返したが……」
左隣のベッドで、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てるシエルを見つめる。
「あなたが墓地からこのベッドに運ばれるまで、ずっと隣で『頑張れ、頑張れ』って声を掛けてたんですよ」──看護婦さんが優しい声色で言う。
「まあなんだ。つまりお前さん、相当愛されてるな」──兵士の方が、少しからかい気味に言う。
「本当に──……嬉しいことですね」
また彼女と軽口を言い合えること、笑い合えること、共に食事が出来ること、彼女と過ごすあらゆることが、楽しみで仕方がない。
でも今は、ゆっくり休むとしよう。
──競走は今のところ、二戦中どちらも引き分けだ。
〇
再び目が覚める。が、最初に目覚めた時と明確に違うところが一つある。それは──……
「おはようシンヤ!」
目の前に、屈託のない笑みを浮かべる彼女、シエルがいることだ。
心から歓喜が溢れ出し、それは笑顔になって表現される。
「おはようシエル、昨日はありがとう!」
「お互い様だね!」
喜びの中、シエルの澄んだ青の目をしっかり見つめて、心からの感謝を伝える。
互いに微笑み合う幸せが、病室を満たした。




