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SPIRITS Tequila 番外編  作者: 御堂


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8/9

ピオニア 【完結】

テキラナに戻ってきても、アレハンドロは忙しい日々を送っていた。そんな彼の傍には的確なサポートをするピオニアがついて回っていて、雑務などはほとんど片付けられていた。

病気が見つかったとはいえ、アレハンドロは精力的に動いて、各方面への引き継ぎを済ませてゆく。

ようやく全てが片付いた時には、帝国から戻ってひと月近く経った頃だった。

アレハンドロの後を継ぐアガベアスルの当主は、ピオニアと年齢が変わらないくらいの男で、甥であると紹介された。面差しがアレハンドロに似ていた。

「ようやく明日からのんびりできそうだ」

夕食後に伸びあがりながらアレハンドロがホッとしたように呟く。

「色々と手伝ってくれて助かったよ、ありがとう」

「手伝うからには徹底的にやると決めたのでな。役に立てたのなら良かった」

食後にピオニアが茶を淹れる。それを二人で飲みながら翌日の予定を話し合う習慣ができていた。

アレハンドロは庭の花の話をしている。娘達や、その母親達の名前にちなんだ花を育てているという。改良の余地がありそうなものは、強い品種との交配も実験してみて、少しでも長く愛でられるようにしていると嬉しそうに語っていた。

「この前もらった芍薬も素晴らしかったが、あれも改良したのか?」

「そうだよ」

「改良する予定の花は他にもあるのか?」

「そうだなぁ」

あれこれと思い浮かべながら話すアレハンドロを見つめる。いつの間にか笑っていたのだろう。ピオニアを見て、アレハンドロは口を噤んだ。

「どうした」

「君は聞き上手だな」

「先生の話が面白いだけだ」

「そんな事を言ってくれるのはピオニーだけだよ」

「…本当のことを言ってるだけだなんだがな」

茶を啜るピオニアを見つめながら、アレハンドロは首を傾げる。

「何か悩んでるのかな?」

顔をあげると、あの頃と同じ微笑み方をしたアレハンドロがこちらを見つめていた。

「…。私が悩んでいることに気づくのは、いつだって先生だけだったな」

「君がわかりやすいからだよ」

可笑しそうに笑うアレハンドロをみて、ピオニアも苦笑した。だから話してみようかと思えた。

ベネディクトから一夜を共にしたいと、出来れば子を作って欲しいと願われた事を。もちろん、ベネディクトが皇帝である事などは伏せたままだ。

「私を女として開花させてくれたのは先生だ。絶望しかなかったあの頃に、先生が親身に寄り添ってくれたから、どうにか乗り越えられた」

「…」

アレハンドロが目を伏せる。照れているのか、頬を触って気を紛らわせているようだった。

「見知った仲の男とはいえ、その男との房事に嫌悪感はやはり多少はある。現にいい歳の大人のくせに、考えられんようなバカな行動をやらかしたりするから、呆れもしたし怒りもした」

ピオニアの苦々しげな口調に、アレハンドロは眉を下げた。

「しかし、その男は私を求めるくせに、頭の中で私を汚すような事はどうやらしてこなかったようでな…。私を神格化させすぎている風にも見えなくもない。扱いあぐねているのが正直なところだ」

素焼きのカップを手にしたまま、ピオニアは明後日の方向に目を向けたまま黙り込む。アレハンドロはその様子を静かに見守っていた。

「ピオニー、出産後にそういった事は……」

「ないさ。時間も余裕もなかった。隠居したら時間もできる故、目を背けてた事に向き合おうと思った。自分に正直になろうと思ってな」

とは言えめぼしい相手もいないのだがな、と自虐的に笑うピオニアをアレハンドロは痛ましげに見つめた。

「そんなに考えて、そこまで無理をしてまですることではないんだよ?」

ピオニアの手に手を重ねて、アレハンドロは悲しげに言うが。ピオニアはそっと微笑み返した。

「先生との閨は数回しかなかったが、私にとっては貴重な経験であり、貴重な教えなんだ。先生からの授業を実践せず、この命を朽ちらせていくのは惜しい気がしてならない。ただ、立候補した相手が相手なのでな…。それに本当は…」

「本当は…?」

それ以上は、口にできなかった。

アレハンドロがもどかし気に何かを言おうとするが、結局口を閉ざす。

先生(ドン・アレハンドロ)

悲しげな顔のまま顔を上げたアレハンドロにピオニアは微笑んだ。

「私を、抱きしめてくれないか」

「……っもちろん。おいで」

久しぶりに抱きしめあった感触に心が落ち着いていく。

「この歳になっても、いまだ勇気が出ず臆病風が吹いてしまう…」

ピオニアを腕に抱きしめながら、アレハンドロは「大丈夫さ」と背を撫でた。

「祭祀王の務めの方が楽だと思ってしまうのは何故だろうな」

「…僕は、そんな君の不器用さが、実はとても愛おしいよ」

「ありがとう、先生」

唸るように呟くピオニアを、アレハンドロはしっかりと抱きしめた。

本当は。

…本当はもう一度、アレハンドロと閨を共にしたかった。また子を作れるのならアレハンドロが良かった。

口にするにはあまりにも遅すぎたと思う。

言う代わりに、ピオニアは苦しげな顔を見られないように、アレハンドロの胸に顔をつけて、やりようのない寂しさをやり過ごしながら、長く抱擁に身を委ねた。



半年もすると、アレハンドロは寝付くことが多くなっていた。

ピオニアは変わらず傍で看病をし、食事や下の世話、調子の良い時は散歩にも連れ出し、アレハンドロのために惜しみなく時間を使った。

「父様の女たちが楽しそうに面倒を見ていたことを思い出すな。やってみるとなかなかやり甲斐のある仕事よ、悪くない」

食事の世話をしながらそんな話をする。

「君は、クリスチャン様の事が大好きだったね」

思いもかけない言葉に固まると、アレハンドロは笑った。

「君は分かりやすい子だって言ったでしょ。クリスチャン様のやる事をなんでも見つめていたのを、僕は知ってるんだから」

「…。先生の事も、私は大好きだぞ」

そういうと、アレハンドロは痩せこけた頬を少しだけ赤らめてから、小さな声で「嬉しいなぁ」と呟いた。


チトニアが子を産んだ。

産後の検診結果が良好と出た後、ラウルと子を連れてアレハンドロの見舞いにやって来た。

緩みきった顔のラウルが、チトニアと子を交互に見つめるのを、アレハンドロとピオニアは笑いながら見守る。アレハンドロがチトニアに声をかけた。

「名前は決めたのかい?」

アレハンドロの言葉に、チトニアが微笑む。

「クリスチャンと名付けましたの」

「…っ」

息を飲むピオニアの手を、アレハンドロは優しく繋いだ。

「ラウル様が、この子の髪と瞳が母様にそっくりと教えてくださいましたの。男の子ですし、おじい様の家系の特徴らしいので…。母様?」

嗚咽を漏らしたピオニアに、チトニアが手探りでその手を取る。

「いけませんでしたか…?優しいおじい様だったと、前にお父様に教えていただいてて…」

オロオロするチトニアの頭を、アレハンドロが優しく撫でて「大丈夫だよ」と告げた。

「君の母様はびっくりしたんだ」

「そうでしたの?」

不安そうなチトニアを抱きしめたピオニアは、苦笑しながら言う。

「…病的な女好きになるかもしれんぞ?私の父様はそんな男だった」

「まぁ!本当にそうなら継承問題は心配ありませんわね」

ケラケラと笑うチトニアを見て、ピオニアも笑うしかなかった。

ラウルの腕の中で、小さなクリスチャンが大きな欠伸をしていた。



ベッドの上でぼんやりと天井を見上げているアレハンドロに気づいた。

この頃は小康状態とは言え、体力も落ちぼんやりしている時間が増えていた。

「…水でも飲むか?」

優しく問いかけるピオニアの方に顔を向け、アレハンドロが小さく頷く。

抱き起こして少しずつ飲ませると、アレハンドロは生き返ったように息を吐いた。

「夢を見ていたよ」

再び寝かされたアレハンドロが囁くように話す。彼の頭を撫でながら、ピオニアはそうかと微笑む。

「この国でもない…この世界でもない…どこかの知らない場所の夢だった」

「面白そうな夢だな」

笑いかけるピオニアをみて、アレハンドロが微笑む。

「君がいたよ」

「ほう?何をしていた?」

「…」

答えずにただ微笑むだけのアレハンドロが、ややあってから囁いた。

「もし、次の人生が用意されていたら、君は何になりたい…?」

「…」

静かに微笑むアレハンドロを見つめながら、ピオニアは目頭が熱くなっていくのを感じた。

「…答えて欲しいか?」

力なく頷くアレハンドロを見つめながら、ピオニアはその汗ばんだ髪を撫でる。こぼれ落ちそうな涙を我慢しながら、ピオニアは口を開いた。

「次の人生があるなら、私は、あなたに愛される唯一の存在になりたい」

ポロポロっと落ちた涙を慌てて拭う。視力も効かなくなっているであろうアレハンドロに気づかれてはいないようだった。

ピオニアの回答に、アレハンドロはうっすらと微笑みを浮かべる。

「僕と同じだ」

「…っ。そうか…」

「でもね」

かすれきった声を拾うために、アレハンドロの口元に耳を寄せる。

「僕は君を愛してるよ。…君が愛してくれているのも知ってる」

我慢するなど無理だった。

アレハンドロの痩せこけた胸に顔をつけて、溢れる涙を押し付ける。

筋肉の落ちた腕を布団から出して、アレハンドロはピオニアの頭を触る。

「ピオニー、ありがとう」

囁くように呟いたアレハンドロに、ピオニアは縋り付いて嗚咽を漏らすことしかできなかった。






ベネディクトが肘枕で横たわりながら、同じく隣で横たわるピオニアを見つめている。

天蓋付きの広いベッドの上で、ピオニアは問わず語りにアレハンドロのことを話していた。

時間をかけた情事の熱はまだ引かず、気怠く重い身体をベッドに沈ませたまま、ピオニアは目を閉じる。ベネディクトは黙って聴いていた。

ピオニアが帝国に戻ったのは、アレハンドロとの久しぶりの再会から一年後になった。

アレハンドロを見送ってから三ヶ月。ようやく気持ちは前を向くようになっていた。

話し終えたピオニアを見つめたまま、アレハンドロはやや強引に抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。されるがままのピオニアは、そっとベネディクトに寄り添った。

「…ベッドでする話ではなかったな」

苦笑するピオニアの口をキスで塞いでから、ベネディクトら低く笑った。

「気にしてない」

ピオニアの身体に腕や脚を絡めながら、ベネディクトは微笑む。

「貴方の愛した男であっても、そうした話が聴けるのは嬉しい」

「…変わり者め」

「なんとでも言えばいいさ。俺は今、世界一幸せな男なんだ」

ピオニアを組み敷いたアレハンドロがそう言って、キスをねだるように啄んでくる。深いキスの合間に唾液を交換させていると、ベネディクトは少し顔を離して考える風な顔をした。

「ベネディクト…?」

「そうは言っても、愉快な気分ではないな」

「…」

言わんこっちゃないという表情のピオニアを見下ろし、ベネディクトは切なげに目を細めた。

「ピオニーと、呼んでもいいか…?」

「…」

「貴方を愛した彼がそう呼んでいただろう?…俺にもそれを許してくれるか…?」

懇願するように額を頬に擦り付けるベネディクトの頭を、ピオニアは撫でた。人懐っこい大型犬を手懐けた気分だった。

「好きに呼んだらいい」

顔を上げたベネディクトが満面の笑みを浮かべている。

「俺の事はベニーと呼んでくれ。ベッドにいる時だけでいいから」

「今日限りの愛称か」

小さく笑うピオニアに、ベネディクトは「何故だ」と首を振る。

「今日だけだなんて言うな。まさかこれで終い(しま)いにするつもりなのか」

「一夜だけでいいと言ったのは貴殿だろう」

「ベニーだ。それに…一夜だけというのは…無慈悲が過ぎるだろう…」

駄々をこねる子どものように、ベネディクトはピオニアの首に顔を埋めながら首を振る。

「俺との房事は…合わなかったか…?」

耳元で囁きながら、こちらを伺うベネディクトを横目で見る。捨てられた犬のような目つきに、思わず吹き出した。

「ピオニー…?」

ベネディクトから顔を背けて笑いを堪えるが、肩が揺れてしまう。とうとう笑い声を上げたピオニアをみて、ベネディクトは口を緩ませた。

「嘘をついたな?」

「あんな哀れな目をされれば、笑いたくもなるだろう。それにあそこまで体力を奪われる閨は初めてだ。自信を持てベネディクト」

「貴方は本気と冗談の見分けがつきにくいんだ」

ボヤきながらピオニアを引きずり込むように腕に閉じ込める。

「ベニーと呼んでくれ。貴方の恋人の名だ」

顔をあげると、ベネディクトに真剣な眼差しを向けられていた。

「…ベニー」

再びピオニアを組み敷いたベネディクトは、上から彼女を見下ろして満足気に微笑む。

「やっと俺の番が来たようだ」

ピオニアの腕をベッドに押さえつけて、伸し掛る。

熱が帯び始めた瞳に、腰の辺りがゾワリとなった。

「貴方を愛する次の男が、俺なのだ」

冷えていたピオニアの身体が、ベネディクトの高い体温に溶かされ始める。

うわ言のように繰り返しピオニアを呼ぶベネディクトの身体に爪を立てると、彼は嬉しそうに微笑んだ。





ピオニアは長生きをした。

その分、多くの親しい人を見送った人生だった。

チトニアに先立たれた後はアガベアスル家に身を寄せ、変わらず広大な庭でアレハンドロの育てた花の手入れをしながら余生を過ごした。

ベネディクトとは、あれから求められるまま何度も夜を過ごした。子はできなかったが、それで良かったと思っている。その分、リリーマリーが双子を産んだ。

美しい男女の双子に皇帝夫妻が大喜びしていたのを、ピオニアは幸せな気持ちで見守っていた。

ベネディクトが呆気なく亡くなった後、リリーマリーはピオニアをよく訪ねてきた。

茶を飲みながら懐かしい話に花を咲かせる。楽しげに笑うピオニアを見つめる眼差しは、あの頃と変わらず憧れがこもっていた。

ピオニアの最期は心臓発作であろうと医師は言った。

アガベアスルの庭。ピオニアはアレハンドロの芍薬の木の下で倒れているのを発見された。

既に息を引き取った後だった。

抱き起こされた表情がとても満足気だったと、アガベアスルの家令が話す。

「…奥様。アレハンドロ様とお会いできましたか?」

そう言いながら涙を流す家令に、使用人たちもつられてすすり泣いた。


生きにくい人生ではあったが、愛して欲しい人に愛され、そして愛しぬいた一生だった。

ピオニアは幸福であったと言える。

生を生ききり、最愛を知ることができたのだから。


次の人生があったら?

楽しげに打ち合わせるピオニアの姿が目に浮かぶ。

その傍にいるのは、きっと最愛の人達に違いなかった。








おわり


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