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SPIRITS Tequila 番外編  作者: 御堂


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ピオニア3

アガベアスル家は、女神アガベピニャから名前の一部を戴く一族で、テキラナ国においては最古の家門である。

女神からの寵愛を受けた証はその稀な血統能力にある。それが身体からスピリッツを香らせるというもの。現在よりも魔獣が跋扈していた神話の頃、女神が魔獣と渡り合えるように授けたと言われている。

統治王の役割は魔獣の討伐が主であり、統治王がアガベアスルの血の継承を絶対条件にしているのもこのためだ。故に、血統の断絶は許されず、脈々と血を繋げる必要があった。

祭祀王は、王の子の中で血統能力を持つ者が求められた。水をスピリッツに変換させるものだ。

元々、統治と祭祀は一人の王が取り仕切っていたが、時代の流れで身体からスピリッツを香らせる能力と、水をスピリッツに変える能力は、王の子どもたちにそれぞれ分けて継承された。以降、その流れが続いている。

神話の時代から継承されてきた血統は、今代では優れた繁殖能力を目覚めさせる。アガベアスルの血が途絶えないのもそのためである。

一方祭祀王は、ピオニアの父のようにたくさんの子を授かった中から選ぶのが定石とされている。必ず一人は能力が継承されるからである。

先々代であるピオニアの祖母…クリスチャンの母は、父の他にも数人の子を作ったようだった。その中で能力を授かったクリスチャンを次代に指名したという。

男性であっても女性であっても、子を複数授かることが絶対に必要とされているのであった。

しかし。

ピオニアには妊娠が難しいと診断がくだされていた。

幼少期に過ごした子ども院での食事環境が影響しているとの事だった。

16になる頃の事だった。


呆然とするピオニアを気遣ったのはアレハンドロであった。

それならば、アガベアスル家が力になれるかもしれないと。

「ピオニーに見合う年頃の男は何人かいるから、まずは見合いでもしてみるかい?その中から気のあいそうなのと」

「先生はダメなのか?」

「いや、僕は君よりずっと年上だから」

苦笑するアレハンドロがとんでもないと手を振るが、ピオニアはその手を掴んだ。

「知らない男と見合って関係を結ぶくらいなら、私は先生が良い。先生もアガベアスルの人間であるなら、条件は同じだろう?」

「ピオニー、あの」

「年齢が離れているから私はダメなのか…?」

必死だった記憶はある。アガベアスルの男でなんとかなりそうというのなら、相手はアレハンドロが良かった。その頃には確かジャカランダとアココトリもいたが、アレハンドロが子持ちであろうとなかろうと関係無かった。

知らない男と子を作る。

この事がとんでもない抵抗感とおぞましさを湧き上がらせた。


頑ななピオニアにクリスチャンが申し訳なさそうな顔をする。

「ピオニーがそう感じてしまうのは私が原因でもあるんだろうね」

そうなんだろうか。

「陛下はどの女性も大切にされているから、そういう風には思いません。皆さま幸せそうに過ごしていらっしゃいます」

「君がそう言ってくれるなら良いんだけど…」

クリスチャンはピオニアの顔を見て悲しげに微笑んだ。

「ピオニー、君はとても美人だから憧れの対象として見られがちだろう。僕と違って、女性である君にはそういった目線はとてもしんどいのだろうね」

それはそうかもしれなかった。

キラキラと輝くものを見つめるだけの視線は平気だが。男たちの、頭の底の暗く濁った感情が込められた視線にゾッと肌が総毛立つことは何度かあった。

理由はよく分からないが、生理的に受け付けない視線の類いであることは理解できていた。

ピオニアがそう打ち明けると、クリスチャンは「わかった」と頷く。

「君がアレハンドロさんが良いなら、僕からもちゃんと話をして約束してもらうから。君は何も心配しなくていい。子は女神様がちゃんと授けてくださるから安心して」

それからピオニアの頭を撫でて、気が付かなくてごめんね、と謝った。


クリスチャンが病がちになり、祭祀王の代行が増え始めた。

そんな忙しい中でもアレハンドロとは、なるべく多くの時間を過ごすようになった。クリスチャンが約束通り、アレハンドロに話をつけてくれたのだった。

アガベアスル家で養育されているジャカランダとアココトリとも顔見知りになり、姉のようにしたってくるアレハンドロの娘達を、ピオニアが気に入らないはずもない。

務めが終わる頃になるとアレハンドロと娘達が迎えに来て、アガベアスル家で共に食事をとったり、お互いの家に泊まるなどの交流を続けた。

クリスチャンは弱っていく一方だったが、女たちが日替わりで看病をしているらしく、いつも幸せそうに微笑みを浮かべていた。ピオニアが見舞いに行くと、当番の女が甲斐甲斐しく世話をしており、どの女もクリスチャンの世話をすることが楽しくてたまらない様子だったのを記憶している。

あの頃が、ピオニアの一番…娘らしい娘時代だった。

祭祀王代行の仕事ぶりを後ろから父が見守り、信頼できる大人であるアレハンドロがいて、そして彼の娘たちとの穏やかで心から安心できる時間。

後にも先にもそんな時間を過ごせた記憶はないので、今になって思えばとても貴重な日々であった。

そんな日々の中でクリスチャンが逝った。

覚悟はしていたものの、実際にそうなると現実の重さに押しつぶされそうだった。継承に必要な知識は全て頭に入っていたので問題なかったが。ただ周囲があまりにも若い祭祀王の誕生に戸惑いと不安を隠しきれずにいた事が何より辛かったと思う。

葬儀後、父の秘書官からピオニア宛の手紙を受け取った。

そこには、父親らしいことをしてやれなかったことへの後悔と、それでもピオニアを引き取って次代としての教育をしていた時間が幸福であったことが記されていた。

【ピオニア、君を愛しているよ。

この先を生きるのに君が不安に思う事は何もないと、父として約束する。

だから、どうか安心して祭祀王と名乗って欲しい。

心残りは、君が繋ぐ次の祭祀王が見れないことだけだ。きっとその奇跡のような子は、君を必ず助けるはずだから、大事にして欲しい。

娘よ、生まれてきてくれてありがとう。】

父の存在が、いつの間にかあまりにも大きくなっていたことに気付かされた。

読後。ピオニアは一人になった時に、その人生で初めて号泣したのであった。



祭祀王になったらなったで、今度は次代の継承問題がついてまわる。

クリスチャン亡き後、落ち着きを取り戻した祭祀殿ではそんな話題が密やかに囁かれ始めた。

ピオニアは当然それを耳にする機会も多くなり、思い詰めたような顔をすることが増えた。

「ピオニー、少しずつ練習を始めてみようか」

ある夜、アレハンドロは娘たちを寝かしつけた後にそう切り出した。最初は何の話か分からなかったピオニアだったが、子を作るための。とアレハンドロが言いにくそうに口にしたので、一気に全身が硬直した。

でも、アレハンドロはピオニアを落ち着かせるように座らせると、いきなり閨事をする訳ではないと、言い含めるように説明する。

「順を追うんだ。少しずつね」

アレハンドロは、まずピオニアを抱きしめることから始めた。

男性不信気味のピオニアが男の身体に慣れるよう、少しずつ、接触することに抵抗を感じないように。安心させるように、大事に抱きしめた。

ピオニアにも自分から抱きしめさせ、抱きしめられることと、自分から抱きしめることの違いを感じさせた。

ぎこちなく背中に腕を回すピオニアを、アレハンドロはそっと抱きしめ返す。そして、頭を撫でながら言った。

「初歩はこんな感じだけど…どうかな」

「…。先生の身体は硬いんだな…」

「女性と違って筋肉が多いからね。僕は鍛えてないから男の中でも柔らかい方だと思うんだけど」

「そうなのか…」

おじさんだから若い頃より脂肪がね。と苦笑するアレハンドロを見上げる。

胸の辺りに耳をつけていたピオニアは、彼の胸がドキンと大きくなった音を聞いた。

「コレは、暖かくて心地が良いものなのだな」

抱きしめられたのは、父と初めて対面した時以来だと呟く。

「ピオニー…」

「先生は、娘たちもこうやって抱きしめて育てたんだろう?」

背の高いアレハンドロを見上げながら聞いてみる。彼は微笑んで頷いた。

「ジャカもココイも幸せ者だな。羨ましい」

ピオニアの呟きに、抱き締める腕の力が少しだけ強くなった。

「先生」

「痛かった?」

「ちがう。…私に子ができたら、同じように抱きしめてくれるか」

「君の子も、君も、僕で良かったらいくらでも抱きしめるよ」

少しだけ声を震わせたアレハンドロの言葉に、ピオニアは息を吐いた。

「言質をとったぞ」

低く笑うピオニアを抱きしめながら、アレハンドロは涙目のまま苦笑していた。


赤子が少しずつ身体を使って動くことを覚えるように、ピオニアも少しずつアレハンドロとの接触に慣れて行った。

同時進行で、女官長から性教育の講義も受ける。

子がどのようにしてできるのか、妊娠の過程や子の成長していく過程、妊娠前から出産後にかけて、そして子どもに必要な栄養なども学んでいく。

ピオニアが先代と変わらないくらいにしっかりと祭祀王の務めをしていたので、みんな忘れがちになっていたが。ピオニアは成人前の娘である。閨における男女の交わり方の講義の日は、羞恥で顔が発火しそうになっている様子を見て、女官長は初心な一面もあるのかと感動したらしかった。

その日、ピオニアは様子がおかしかった。

アレハンドロが抱きしめるが、身体が硬直していて、抱きしめ返す動きもぎこちなかった。

「何かあった?」

アレハンドロの言葉に、ピオニアは何と言ったらいいものか、という表情をした。

「ピオニー、今日はやめるかい?」

「いや、あの」

アレハンドロの腕の中で、忙しなく頭の中を働かせているピオニアは、やがて言いにくそうに切り出した。

「閨、事の…講義で」

なるほど。とアレハンドロは納得した。

閨事の講義のスケジュールは、予めアレハンドロにも共有されていた。

今日からいよいよ睦み合うやり方が始まったのだろう。

「気持ち悪かった?」

「…」

首を横に振るが、慎重に言葉を選ぶようにしている様子を見て、アレハンドロは腕を解いた。驚いたピオニアが必死に顔を上げて、違う!と言う。見捨てられるとでも勘違いしてそうな程に、焦っている顔つきだった。

「先生、呆れないでほしい、違うんだ、ただ驚いただけで」

「誤解しないで。話しにくいだろうと思って腕をほどいたんだよ」

「あ…」

ソファに座って手を繋いだ。緊張が抜けないのか、ピオニアの手が少し震えていた。

「呆れたりしないから、何に驚いたのか話してごらん」

不安そうにアレハンドロを伺いみるピオニアが、本当に大丈夫かと目で訴えている。安心させるように微笑むと、少しだけ強くアレハンドロの手を握った。その手はひどく冷たかった。

ピオニアが驚いたのは、前戯の事のようだった。

色んなやり方があることや、男性側がすること、女性側がすることなどが模型や絵などで解説され、途中からほぼ何も覚えてないのだと、ぽつぽつと話していた。

「私は何も知らなかったんだと思い知らされた。閨では裸になることすらわかっていなかった」

自分自身に呆れ返ったように、力なく笑うピオニアの肩を、アレハンドロは優しく抱き寄せた。

「君が見聞きしたあれらをすべて行うことは無いけど…僕とそういったことをするのは嫌?」

「嫌じゃない、と思う」

即答してから、ピオニアがハッとアレハンドロを見た。

「先生は嫌なのか?前に年の差と…」

「嫌じゃないよ」

嫌じゃないからね、ともう一度念押しする。

「ピオニー、僕は、君の子の父親になれるかもしれない権利をもらえて嬉しいよ」

泣きそうな顔のピオニアの頬に手を添える。

「そうなった時は僕がちゃんと導くから、安心して」

小さく頷いたピオニアが、何とか笑おうとしていた。

怖いのを必死に我慢している素振りがいじらしくて、アレハンドロは額に優しくキスを落とす。

そこでようやく、ピオニアは呪縛から解放されたように、アレハンドロにしっかりと抱きついた。

それはピオニアが初めて、自分から抱擁らしい抱擁をアレハンドロと行った瞬間だった。

チトニアが生まれたのはその一年後だった。



アガベアスル家の庭は、ピオニアが住んでいた頃と変わらず、広くて花が多くて、木々が生い茂る楽園のようだった。

テキラナに戻ってからまっすぐにアガベアスル家入りしたピオニアを、家令や使用人たちが総出で迎えた。

アレハンドロはまだ戻ってきていない。

自分の部屋をアレハンドロの隣にしてもらい、運び込んだ荷物を解いて片付ける。

一息ついてから、懐かしい家屋の中を歩き回ってあの頃のことを思い出していた。

部屋の一つ一つに思い出があった。家具や調度品にも思い出が詰まっている。壁や柱の触り心地にも暖かな記憶が息づいていた。

「ピオニア、もう来てたんだ」

チトニアが取り上げられた部屋を眺めていたら、帰宅したアレハンドロがやって来た。ピオニアが来て二日目の昼である。

「遅かったな、先生」

「お土産を持たされすぎて、向こうの出発が遅くなったんだ」

手には向こうの宮城でよく出されていたマカロンの箱がある。

「一緒に食べよう」

正直、マカロンを食べすぎて辟易もしていたが、アレハンドロと食べるのは美味いだろうと思った。

「私が茶を煎れよう」

「君が!?」

「驚くことか?執務中の茶はいつも自分で煎れてたぞ?ほら、私が美味い茶を振舞ってろやろうよ」

何度か執務中にやって来たアココトリが煎れてくれたこともあったが、渋くて飲みにくかったんだと零す。

「飲み干してやったが、おかわりまでくれるんでな。あの時は難儀した」

使用人から茶器のセットを受け取り、茶葉を選びながらそんな話をする。

「ココイはなんでも豪快だからなぁ」

笑うアレハンドロの目尻が下がっている。

ふたりで食べたマカロンはとても美味しかった。



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