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SPIRITS Tequila 番外編  作者: 御堂


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ピオニア2

その夜。

寝支度を終えたピオニアは、テキラナから届けられた書簡を読んでいた。書簡が置かれたテーブルには大振りの芍薬(ピオニー)が生けられていて、瑞々しい香りを放っていた。

ひとつ目の書簡はチトニアの口述筆記によるものだった。ピオニア付だった秘書官が書き起こしたものらしい。つつがなく日々の神事と、祭祀殿の勤めを果たしている報告と、いつ戻るのかという可愛らしい寂しさを垣間見せる内容であった。あえて普段の口調のままに書き記した手紙は、ピオニアを和ませるのに十分だった。秘書官の計らいに満足する。

二つ目は、チトニアの夫となったラウル(ビーマン)からのものだった。チトニアとの取り留めもない日常の報告と、チトニアがあまり構ってくれない愚痴などがビッシリと細かい字で書面を埋め尽くしている。これについては途中で読むのを放棄した。

「十近く離れていて子ども気分が抜けないのはどちらだろうな」

そういいながら、ふとラウルも辺境ではあるものの帝国の出身だったなと思い当たって、ガックリと首を落とした。

机を見ると、もう一通置かれている。差出人を見てピオニアはおや、と思った。

それは、現アガベアスル家当主でチトニアの父でもある、アレハンドロ・アガベアスルからだった。

ピオニアの身体を気づかう挨拶から始まった書簡は、長く祭祀王の役割をこなしていたことへの労い、王となった娘のチトニアが立派に勤めをこなしている事を嬉しく思っている…等が記されており、そこまで育ててくれたピオニアに対して深い感謝を綴っていた。そして、芍薬を届けたのもアレハンドロとの事で、庭で育てていたのを寄越した旨が添えられていた。

机の芍薬は真っ白な花弁を幾重にもまとい、重たげな頭を凛と持ち上げていて、なかなかの迫力があった。指でそっと触ってみるものの、花を散らすことはなくしっかりと花芯を掴んでいる。上手に育てるものだと感心した。

アレハンドロはこういった書簡や(もの)をマメに贈るような男ではなかった。しかしチトニアが自分たち親ですらやらなかった婚姻を結んだことに思うことがあったのだろう。齢六十を見据える頃なので、心境の変化があったということか。

元々、三人の娘たちを溺愛していた男だ。アガベアスル家での養育も率先して行い、娘達の母親に対しても礼を尽くしていた。もちろんピオニアも恩恵を受けた身だ。

アガベアスル家のサポートがなければ、きっとピオニアも母と同じようにチトニアの養育を途中で放棄していた。母の役割もよく分からず、それに加え全盲というハンデを持った娘に、どう接すれば良いのか…あの頃は本当に分からないことが多かった。

チトニアを産んだのは成人した直後だったが、その前年には祭祀王を父から正式に継承していたのもあり、毎日がとにかく忙しなかった。自分の世話もままならない忙しさと、目の見えない赤子の世話の両立は不可能だった。それをどうにか乗り越えられたのは、二十も年の離れたアレハンドロの精神的な落ち着きと、アガベアスル家の助力でしかない。ピオニアができたことは、ある程度まで育った意思疎通のできるチトニアを、次代の祭祀王として導く事くらいだった。

チトニアの成長の功績は、まちがいなくアレハンドロとアガベアスルにある。だが、アレハンドロもアガベアスル家もそれを主張しない。

女神から賜った名前を持つ一族の余裕なのか、長く保たれてきた血統故の揺らぐことのない自信の現れなのかわからないが、そういった頑張りなどを声高に言わない謙虚さのようなものが彼らにはあった。

少し考えてから、ピオニアは侍女を呼ぶ。まだお仕着せを着たままだった侍女に詫びを入れてから、便箋の用意を頼んだ。

「明日で良い。遅くに悪かったな」

侍女が微笑んで首を振って辞する。

彼女が扉を開けて出ていくと、すぐに悲鳴が聞こえた。

慌てて出ていくと、先程の侍女がへたり込んでいる。その傍には寝巻き姿のベネディクトが申し訳なさそうに立っていた。



翌日。

ピオニアに面会の申し込みがあった。伝えに来たのは、ルイ・パスカル…ベネディクトの末弟だった。

「アレハンドロ様という男性で…」

ピオニアの驚いた表情にルイが目を丸くした。

「お知り合いだろうか?」

「チトニアの父親だ」

今度はルイが驚いた表情になる。

「直ぐに会おう」

兄や義姉と会う時よりも積極的なピオニアに、ルイが苦笑する。身支度を整える背中にルイが話しかけた。

「ピオニア様が楽しそうだ」

「久しぶりに会うからな」

「どんな方なのだ?とても誠実そうな雰囲気だったが」

髪をサッと梳かして緩く結びながら言葉を選ぶ。

「そうさな。優しく穏やか、という言葉が服を着て歩いているような男よ」

ピオニアの例えにルイが微笑む。

「チトニア殿は父上殿に似られたのか」

「そうなるな」

改めて考えればそうなる。ピオニアの性格とは真逆をゆく娘だ。アレハンドロの気質が強いのも納得である。まぁ、幼少期の性格形成の時期に、アレハンドロがよく関わっていた影響も強いだろう。なんにせよ、自分に似ずに済んで良かったと、今でも思う。

客人が滞在する宮城の別棟には、応接室がある。アレハンドロはそこに通されていた。

「ドン・アレハンドロ…!!」

半ば飛び込むような形で入室したピオニアに、ソファに座っていたアレハンドロが弾かれたように立ち上がった。

「ピオニア様…」

最後に会ったのは、チトニアが五歳になる頃だった。

穏やかな顔つきは相変わらずで、あの頃より年を重ねたせいか、柔和で落ち着いた雰囲気が増していた。

「十三年ぶりになるか、久しいな」

「ご無沙汰しておりました。ピオニア様がお元気そうで安心しました」

「様付けはよしてくれ。もう王ではない」

微笑むアレハンドロにピオニアが首を振る。気持ちを汲んだのか、アレハンドロは頷いた。

扉のところでルイが覗き込んでいたので、招き入れて双方を紹介する。ルイはゆっくりして行って欲しいと告げて部屋を出ていった。

「書簡を昨日受け取った。芍薬も美しくとても癒された。ありがとう」

返信を書こうと思っていた旨を伝える。

「しかし、私がここに滞在している事をなぜ知った?」

帝国にいることは、身近な人間しか知らないはずだ。

「実はたまたま帝国に用があって滞在していたんだ」

二人きりになって口調が砕けたアレハンドロが、小さく笑う。

「竜舌蘭をここでも栽培している地域があって、その種でスピリッツ作りの指導を打診されていたんだよ」

竜舌蘭はテキラナでは、ブルーアガベという品種を大規模に栽培している。アレハンドロは竜舌蘭の研究者の一面を持っており、長い間テキラナで繁殖や品種の安定化などの研究を行っていた。

祭祀王はスピリッツ製造の過程を必ず学ぶが、同じくらい竜舌蘭についての勉強にも力を入れる。その教師としてピオニアにつけられたのがアレハンドロであった。二人の出会いはピオニアが祭祀の館に来て間もない頃だったはずで、十歳を過ぎた当たりだったと思う。

「何とかなりそうなのか」

「テキラナと同じレベルのものは難しそうだ。品種のせいもあるけど、土壌がそもそも違うから…スピリッツを作るとなると、課題は多そうだったな」

そんな報告を、帝国の官吏にしていた流れで、たまたまピオニアが客人として滞在しているのを聞いたのだと言う。

「ダメ元で面会を申し出たら、近くにいらしたルイ殿下が許可をくださったのさ」

「なるほど」

茶を飲みながら現在の研究の事を話すアレハンドロは、出会った頃から変わらない。物静かで控えめな話しぶりながら、竜舌蘭について熱心に語る様子を横で眺めている時間。チトニアを産む前にもこんなふうに過ごしていたことを思い出し、ピオニアは懐かしさに目を細めた。

「あ…、ごめん。僕ばっかり」

「なんだ。私のためにもなる話故、興味深く聞いてたぞ」

「はは。君は相変わらず優しいな」

「…」

前にベネディクトにも言われた「優しい」を唐突に思い出して、少し沈黙する。

「ピオニア?」

「いや…優しさではない。先生(ドン・アレハンドロ)の話はいつも面白い。昔もよくこうして講義をしてくれていたことを思い出して懐かしくなっただけのことよ」

少し笑ってみせると、アレハンドロも笑った。

「君はなんでも吸収するように覚えるから僕も楽しかったよ。チトニアの竜舌蘭の講義は君がしていたんだろう?」

「先生の話を丸ごと伝えただけだ。あの子は目が効かないから、なんでも触って学ぶのでな。時間があったら講義をしてあげてくれ。先生もあの子の学び方から新しい発見を得るかも知れんぞ?」

ピオニアが笑いながら言うと、アレハンドロは少しだけ笑ってから、視線を落とした。

「…?どうした」

歯切れが悪い。

「その時間があれば良いんだけど…」

「?」

アレハンドロを覗き込む。顔が寂しそうだった。

「実は病気が見つかってさ。あまり長くはないらしい」

頭を殴られたようなショックが襲う。アレハンドロは続けた。

「アガベアスルの血統由来のものだから、覚悟はしてたんだ。当主も甥に継承させる予定で進めている所で…」

「いつ?いつわかった?」

顔を上げたアレハンドロは、ピオニアの顔を見て苦笑しながら、その頬を触った。

「半月ほど前かな。ピオニー、そんな顔をしないで」

隠しきれないショックで顔色が薄くなっているらしい。頬に添えられた手に重ね添えてピオニアはアレハンドロを見つめた。

「私にできることはあるか?」

「気持ちだけ受け取るよ。本当は君にこんなことまで話す予定ではなかったんだけどな」

「大事な事だ。今日知らさらなかったら私は…」

アレハンドロが手を下ろすが、ピオニアは変わらずその手を握っていた。

「今後の予定などはあるのか」

「帝国での用も済んだから、国に戻ったら後任に引き継ぎをして…それからは庭の花の手入れでもしようかなぁ」

照れ笑いのような笑顔を浮かべて話すアレハンドロを見て、ピオニアは決心がついた。

「手伝う」

え?と首を傾げるアレハンドロに笑いかけながら、ピオニアはもう一度言う。

「あの広いアガベアスルの庭だな?手が必要だろう。なに、私も隠居した身だ。時間は腐るほどある故手伝おう」

「いやしかし君は」

断ろうと口を開くアレハンドロを制してピオニアは続ける。

「花は祭祀殿でもよく手入れしていたのだ。先生程ではないが知識もちゃんとある故な、下手なことはするまい。任せられよ」

「…」

胸を張るピオニアにアレハンドロは呆気にとられている。だがやがて小さく小さく忍び笑いを漏らすと、アレハンドロは負けたように呟いた。

「わかったよ」

勝ち誇るように笑うピオニアを見て、アレハンドロは続けた。

「言い出したら聴かないのは変わらないね、君は」

その表情は、()()()のものと同じ、頑是無い子どものわがままを仕方なく聞き入れる年長者のものであった。




その日のうちに帰国の旨を伝えると、リリーマリーはベネディクトの肩を強く殴った。それは強く殴った。重い音がしたほどに。

昨晩の事はリリーマリーにも速やかに伝えられ、皇帝夫妻の寝室の明かりは明け方まで消えることはなかったと聞く。 朝まで説教されていたのだろう。ベネディクトの顔は憔悴していたが、さらに輪をかけて蒼白になった。リリーマリーに至っては今にも倒れんばかりに、ソファに手を付いている。

「あれは、夜這いではないと言ったのに?!」

ベネディクトが悲鳴混じりに叫ぶが、ピオニアも引かなかった。

「あの時間帯に客人の、ましてや女の部屋付近に居る時点で、不埒な事を疑われても仕方あるまい」

「俺はただ話がしたかっただけで」

「夜半にわざわざ?貴殿、そのユルユルな認識を改めるべきと思うぞ。それとも寝巻き姿で女の部屋まで赴くのは帝国男の流儀なのか?妻帯していても他の女の寝室を夜に(おとな)うことは帝国では普通のことなのか?」

「それは違うが」

「貴殿はまぁ言い訳がたつだろうが、私はどうだ。皇帝を招き入れた不埒な客人という目で見られることになるが?」

「ここには部外者は立ち入らせてないからその心配は」

「あなた、そういう事ではありませんのよ!」

「すまん、そうだな…。俺が浅はかだ。本当にすまん」

アレハンドロの帰った応接室で、ピオニアは皇帝夫妻と三人で茶を飲んでいる。もっとも…茶を飲んでいるのはピオニアだけで、体勢を整えたリリーマリーはベネディクトをガン睨みし、ベネディクトは床に膝を付いている。ソファに座らせてもらえないのだった。

「その、怒ったから帰るのか…?」

「…」

本当はそうではないが、それをバカ正直に教えてやる義理はない。それくらいには、ベネディクトにイライラはしている。茶菓子をつまみ上げながら横目にベネディクトを見る。濡れた犬のようだった。

「用事ができた故、帰る」

「それじゃ」

「だが昨晩のことは別問題だ。言うまでも無かろう。少なからず不快な気分ではあるからな?」

うっと詰まるベネディクトに畳み掛ける。

「貴殿らが私を望むのはわかったが、私は時間をもらうとはっきり伝えたはず。そうだな?」

ベネディクトを見、リリーマリーを振り返る。二人とも神妙な顔で頷いた。

「なら別に自国に戻っても良かろう。ちょうど用事もできた故、ゆっくり考えてやっても良い。だが条件がある」

「ピオニア様…」

リリーマリーが頷いた。

「戻ってきた時にベネディクトがまた浮かれておかしな事をしなければ、の話だ」

「おかしなことって」

「監視と裁定などはリリーマリーに一任するが」

「お任せくださいませ」

しっかりと頷いたリリーマリーの下で、ベネディクトが萎れている。

こんなに馬鹿な男ではなかったはずなんだがなと思いつつ、ピオニアはまた茶を飲んだ。




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