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SPIRITS Tequila 番外編  作者: 御堂


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2/8

アココトリ 2

翌早朝。

スピリッツの大樽達の横で、チトニアが丸まって寝ている。ビーマンはもう起きていて、自分にかけられていた毛布でチトニアを包み込み、静かにその寝顔を眺めていた。翡翠色の瞳が細められていて、宝物を眺めているような表情は、きっとチトニアにしか見せない顔なのだろう。

「ビーマン卿、起きていたの?」

天幕に現れたアココトリを見て、ビーマンは苦笑する。

「昨夜は失態を犯しました、すみません」

首を振りながらアココトリも苦笑を返す。

「あの状態でよくチキータについて来れたわね?」

「必死だったとしか」

酷く酔わされたせいで、顔つきはいつもの精悍さを欠いていたが、かえってそれが妙な色気を滲ませているようにも見えて、少し気まずく感じる。

「あなた達二人には助けられたわ。ありがとう」

「大喧嘩した甲斐がありましたね」

ビーマンは恐らく、喧嘩をしたことは気にしていない。その証拠にアココトリの顔を見てニヤッと笑う余裕まで見せる。アココトリはため息をついた。

「チキータは初めて喧嘩というものをしたと思うわ」

「でしょうね。喧嘩慣れしてないから思ってもないことポンポン言うし、癇癪まで起こしてましたよ。俺、初めてみました」

カラリと笑うビーマン。チトニアをよく理解してると感心した。

大嫌いとまで口にしたチトニアの状況を想像して、アココトリは苦笑した。

「チキータをよろしくね」

仲直りや、帰りの道中の安全などのことも含めて頭を下げる。

もちろん。となんでもない事のように言ってから、ビーマンはまたチトニアに目を移す。目覚めを待ってるのか、そのままいつまでも大人しくしていて欲しいのか、どちらとも取れるような眼差しをしていた。

集落の女たちがそっと天幕に顔を出して、朝ごはんの用意ができたと小声で知らせに来た。



大樽に入っていたスピリッツは、昨日空から落とした飛行種の魔獣の膀胱に詰められていた。防水性と弾力性があり、大きさも投擲(とうてき)に相応しく、数も揃えられる事から採用されたようだった。

悪臭が立ち込めるなか、あのあとから夜通し、解体と洗浄、膀胱への充填作業を集落総出で行っていたという。

「ここまでしてくれたのだから、今日中に決着つけましょう」

献身は絶対に無駄にしたくなかった。

振り返ると、大鷲に騎乗する面々が緊張した面持ちで揃っている。リオは後ろの方でしっかりとアココトリを見据えていた。

「大鷲の様子は?」

「落ち着いております」

世話係を買って出た集落の戦士が言いにくそうに付け加える。メテオラと対峙した時は分からないが、と。

「わかった。短時間で引きずり落とすわよ」

「はいっ」

リオと目が合った。彼は少しだけ微笑んで、アココトリに向かって頷いた。


大熊の聖獣の縄張り近く。その上空まで一気に飛び上がって、しばらく旋回し様子を見る。

大鷲を操縦するアココトリの後ろで、リオは袋を抱え直し、武器を抜いても破けないように準備を整える。落ち着き払った所作には緊張が感じられない。

正面を見据えながらアココトリは思わず笑った。

「陛下?」

「なんでもない。ドン・フリオ、あなたが相棒で良かった」

「それは光栄ですね」

リオが笑った気配がする。そして、そっと肩に手が乗せられた。

「陛下を失望させません。お任せ下さい」

少しだけ首を後ろに向ける。

リオの真剣な眼差しとぶつかり、ドキリと胸が鳴った。それを誤魔化すように頷く。

「頼もしいわ、ありがとう」

上手く笑えただろうか。前を見据えながらそんなことを思った時だった。

「メテオラだーーー!」

来た。

「作戦通りに行くわよ!!」

怯え始めた大鷲の口元に、気つけの薬にも使われる薬草をねじ込む。嫌がるように首を振る大鷲だったが、嘴を抑えて飲み込ませると落ち着きを取り戻した。他の大鷲達にも同じ処置が施され、次々と戦闘態勢に入っていく。

「捕まってて!!」

メテオラが怯えの色を消した大鷲達に向かって威嚇の咆哮をあげる。挑発するようにメテオラの近くを旋回させながら、先ずはメテオラを攪乱させていく。

リオの体温を背中にかんじながら、アココトリはメテオラの背後をとるために大鷲を動かした。メテオラは気づかない。

手綱を片手で繰りながら所定の位置まで着けると、リオが弓をつがえる。

「メテオラ!!お前の相手はわたくしよ!!!」

アココトリの怒声にメテオラが首を動かす。

目が合った。

歓喜のような咆哮をあげるメテオラに、リオが矢を放つ。

放った矢は真っ直ぐ飛んでメテオラの片目に刺さった。

リオの先制攻撃に大鷲部隊が沸き立つ。それを合図に、投擲武器を持つ者が攻撃を始めた。

痛みと怒りで再び咆哮をあげるメテオラの口に、旋回していた部隊がスピリッツが投げ込む。何個かが命中し、メテオラが一度嚥下するように口を閉ざす。

なおも攻撃の手を緩めず、矢がメテオラに襲いかかっていった。

リオが再び弓をつがえ、二投目を放った。反対の目の近くを射抜く。飛びながら暴れるように身体を捩らせるメテオラが、一際大きく吠えた。

「うるさい…!!!」

メテオラの長い尾が暴れる。ムチのようにしなりながら左右の空気を切り裂く。大鷲を慎重に操りながら距離を測るがでたらめな動きに予測がたたない。

アココトリもスピリッツを投げつけ、そのうちの一つが矢の刺さった片目に的中した。

怒りの咆哮を上げたメテオラが、潰されていない片目でアココトリを睨みつける。巨大な翼で攪乱させるつもりなのか、体勢を変えて一撃を放とうとする途中で、何かを見つけたのかメテオラが首を巡らせた。

「陛下!!あれを……!!」

パチンコで鼻先を弾いたアココトリの肩をリオが掴む。焦ったような声に顔をあげると。

咆哮を上げたメテオラが、別の標的に目をつけたようだった。

傷を負ってなお、巨体を旋回させて、そっちを目掛けて飛んでいく体勢に入る。

「なに!?」

それは遥か先を飛んでいく大鷲だった。

大きさからして天壁の聖獣に間違いない。嫌な予感がして、ポケットから小型の望遠鏡を取り出して覗いてみると。

「チキータ!!!」

そこにはビーマンと共に帰還するチトニアが乗っていたのだった。

「ダメダメダメ…!!絶対にそっちには行かせないわよ!!!」

気付け薬を飲まされたアココトリ達の大鷲達は、そろそろ効き目が切れそうな頃だ。

それでも大鷲を鼓舞して、メテオラを目掛けて高速で追い縋る。

前方のチトニアも、背後から迫るメテオラの咆哮を聴いたのだろう。ビーマンが高速移動の為に体勢を変える様子が見えた。

「お願い、逃げ切って…!!」

メテオラが悠然と飛びながら距離を詰めていく。

気を逸らすようにリオが立て続けに矢を放つが、体に矢が刺さっても気にする素振りを見せない。

完全に標的が変わっている。

焦るアココトリの肩を、リオが掴んだ。

「陛下、私がメテオラに飛び移ります」

「何を言っ……」

「矢がダメなら剣です。地上に必ず落とします」

本気なのがわかった。時間もないしそれが最善だろう。ぐっと息を飲んで頷くとリオが微笑んだ。

大鷲を勇気づけながらメテオラに迫る。背中までもう少しというところで メテオラの前脚が捕獲の体勢に入った。

「もう少しだから…」

大鷲に言ったのか、リオに言ったのか分からない。

あと少しでメテオラに飛び移れる距離まで迫った時だった。

ビーマンの懐の中にいたチトニアが、ひょっこりと顔を出したのが見える。

「チトニア殿…!!」

リオの切羽詰まった声に、アココトリも血の気が引くのを感じた。最悪の光景が展開されそうだった。

「隠れてチキータ……!!」

突然。

メテオラの動きが止まった。何か大きな衝撃を受けたように一瞬硬直する。速度がガクッと落ち込み、高度も落ちた。追いかけていたアココトリ達が高速でメテオラを追い抜く。

「ビーマン!!!行きなさい!!」

大鷲を繰って距離を離して行くビーマンがこちらを振り返って、ニッと笑っていた。

ギャオオオオオ!!

耳障りな咆哮が辺りに轟く。

離れていく大鷲にメテオラが追い縋るべく両翼を動かすが。

動き方がおかしい。

旋回してメテオラの様子を伺うも、空中でもがきながらどんどん降下して行った。

「陛下、もしや」

ハッとした。

「チトニアの能力だわ…!!」

無様に両翼を動かすメテオラが高度を落としていく。目を回しているのか、滅茶苦茶な方向に頭を動かし、飛ぶこともままならず、とうとう足掻くのをやめた。

勝機が見えた。

「地上戦闘にはいるわよ!」

アココトリの声に、下からメテオラの動きを追っていた戦士達が声をあげる。大鷲部隊も次々と降下を始め、アココトリ達もそれに続いた。



集落を上げての宴が、やがては他の集落の戦士達や首長まで集まり始め、いつの間にか天壁全体でのお祭り騒ぎとなっていた。

笑い声と喧騒が山全体から聴こえる様で、それを聞きながらアココトリは、大鷲が繋がれていた厩舎で静かにスピリッツを舐めていた。

厩舎の壁に背を預け、足を投げ出したところに大鷲は頭を乗せて眠っている。アココトリとリオを乗せて飛んでくれた子だ。

大鷲に膝枕。アココトリは動こうにも動けない。それでも、頑張って戦場を共に駆けてくれたことに感謝しているので、そのままにする。動物も人間も、甘えられるときに甘えておかないと、と思っていた。

大鷲の頭を撫でながら、スピリッツの入ったコップをチビチビと傾ける。疲れた身体にスピリッツの酔いが心地よく回っていく。

天壁の空は、満天の星が詰め込まれているようだ。

チカチカと瞬く星を見ながら、ぼんやりと今日の戦闘を振り返る。

ひとりではできなかった。リオがいて、帝国騎士団もいて、首長を始めとする戦士達がいて、テキラナの大鷲部隊の精鋭がいて、やっと倒せた。

ひとりだったら決断できなかった。でもリオが背中をいつも押してくれた。本人にそのつもりはなくとも、何気ない表情や眼差しから、思いがけない勇気をたくさん貰った。

これは多分、初めての経験かもしれない。

もし今日、相棒がアドルフォであったら。恐らくメテオラは倒せなかった。リオだったからできた。

厩舎の壁に頭を預けて、ぼんやりと星を見る。

草を踏み分ける音に頭をあげると、驚いたように立ち止まったリオがそこにいた。

戦闘服を脱いだ軽装だが、離れた距離にいても鍛えられた身体の様子がよく分かる。

顔も良く身体も頑健なら、帝国ではさぞかし人気があるだろうと…アココトリは思った。

「こんなところに…」

大鷲に膝枕をしているアココトリの状況を見て、リオが大股で近寄ってくる。音に気付いた大鷲が、ゆっくりと顔を上げた。眠りを妨げられて不機嫌そうに鼻を鳴らしている。

「寝かしつけてたのよ」

苦笑いでそう告げると、リオも苦笑した。

「重たくて身動きが取れなかったのでは」

それもあるけど、と笑う。

「感謝を伝えていたのよ」

アココトリの傍でうずくまるようにする大鷲をそっと撫でる。クルル、と可愛らしい声を喉で鳴らしてくれた。

「この子はきっと怖かったのよ。よく頑張ってくれたわ」

撫でながら呟くと、膝を着いたリオも慈しむように撫でる。気を良くしたのか大鷲は欠伸をして、翼に顔を埋めるようにして寝始めた。

「あなたにも助けられたわ、ありがとう」

「…もったいないお言葉です」

膝立ちでも折り目正しい騎士の礼の姿勢が、ビーマンのものより洗練されている。

「あなたはモテるでしょう」

「なんです、急に」

特に否定することもなく笑うリオが憎たらしくなった。

隣に座ってもいいか?と断りを入れ、同じように厩舎の壁に背を預け寄り添ってくる。距離の詰め方が上手い。女に慣れてる様子に少し居心地が悪くなった。

スピリッツを舐めながら星を見上げる。

「今日の戦闘を、わたくしはきっと忘れないと思うわ」

アココトリの言葉にリオがこちらを見た。

星を見上げながら、さっき思ったことをつらつらと口にする。

「わたくしは、あなたから勇気をたくさんもらったのよ。今日もらった勇気は一生の宝物にするわ」

「…」

「本当よ。あなたがいたからメテオラを討伐できたわ。これまでこんなに絶望してきた討伐はなかったの。あなたがわたくしの相棒で良かった。あなたがいたから、わたくしは…わたくしたちは勝機を得たのよ。他の者ではそこまで考えられなかった」

何かを言いたそうにする気配を感じるが、リオは結局首を振った。

「自惚れそうです」

「素直に受け取りなさい、ドン・フリオ。あなたが帝国の人間であることが惜しいわ」

「それは本心で?」

「嘘はつかないわ」

リオを見て、少し笑って見せる。

少しだけ身を見開いていたリオは、やがて何かを決断したのか、身体を起こしてアココトリを見つめた。

「では…お礼を求めても?」

「?」

思いがけない返答にアココトリが身体を起こす。

リオを見ると、彼は小さく笑っていた。

「わたくしが差し上げられるものがあるのなら…」

リオの顔を見ながら首を傾げる。

「帝国騎士団の親善試合においでください」

「それって…」

統治王となる前に招待された帝国の催しだ。嫌な記憶が蘇るが、それを遮るようにリオが続ける。

「必ず優勝するので、最後まで見届けて欲しいのです」

「…それがお礼になるの?」

リオは、厩舎の壁に背をつけて楽しそうに話す。

「騎士団の親善試合は帝国でも盛り上がる祭典のようなものでしてね。各部門の勝者は、皇帝へ欲しいものをなんでも要求できるのです」

「そうなの?」

「ええ。過去の勝者達が望んだ物も面白いんですよ。家とか、爵位や、嫁の斡旋なんてものはよくありました。他には…借金の返済、退役後の年金倍額、事業の出資……珍しい所で離宮に泊まりたい、なんて言うのもありましたね」

色々と考えつくものだ。感心しながら聞いていると、リオと目が合った。思わず目を逸らす。

「あなたは何が欲しいの?」

不自然にならないように座り直す。リオは気にする素振りを見せずに答えた。

「俺は昔、剣をもらいました。名工のものが欲しかったので」

騎士らしいと思った。

「今回の親善試合で優勝したら、違うものを皇帝陛下に要求します」

いつの間にか一人称が、私から俺に変わっている。それに気づくとまた落ち着かない気持ちになる。

「俺が何を望むか分かりますか?」

リオと目が合う。

これまでの会話の流れなら

「テキラナとの国交かしら」

リオが声を上げて笑う。

「それも悪くないですね」

違うのか。考えるように首を捻ると。

陛下(ドーニャ)なら何が欲しいですか?」

「わたくし…?んー…」

欲しいものなんて特に考えたこともなかった。 無欲ではないが、思いつくものがない。

子どもが欲しい。という本音よりいい答えが見つからない。 唸りながらあれこれ考えて、リオを見た。

「今、強いて言うなら…あなたをスカウトしたいわ」

苦笑いを浮かべて横を見ると。リオが真顔でこちらを見つめていることに気付いた。

「なに?」

「本当に?」

「…。本当よ」

くくッと笑ってみせる。

「スタンピードがなければ、あなた達と共闘も有り得なかったわ。あなたの力量をみたら、自国に引き込みたいと誰しも思うでしょうね」

帝国騎士団は幸せね。

そう付け加えると、リオがフッと微笑んだ。

「私は、あなたの治める国なら喜んで参ります。いつでも」

ドキリ、と胸が鳴った。

「でもその前に…私自身の事もよく知って欲しい」

「それは」

どういう意味だろう。リオはアココトリの手をとってそこにキスをした。

「親善試合の日に、必ず再びお目にかかれますように」

そう囁いて厩舎を後にしたリオの背中を、アココトリはしばらくぼんやりと見送っていた。

心臓がドキドキといつまでもうるさかった。




熱狂的な盛り上がりを見せた親善試合は、リオが宣言した通りの結果となった。

皇帝一家の隣で、近隣諸国の王族たちと最後まで観戦していたアココトリは、惜しみない拍手を送る。

どの団員も素晴らしい戦いぶりであった。真剣を使っていたので怪我を負った者も多くいたようだ。しかし軽傷で済ませているあたり、日頃の鍛錬の成果が現れていると言えよう。

優勝したリオが皇帝の前に出て傅く。

騎士らしい凛とした佇まいに会場の令嬢達から歓声が上がった。やはりモテるのだ。

「リモーン卿。見事な戦いぶりであった。騎士の栄誉を授けるが、その他に望むものがあればここで宣言せよ。余が約束しよう」

高らかに告げるベネディクト皇帝に深く頭を垂れたリオは、顔を上げて皇帝を見上げる。

「申し上げます。過日のスタンピード発生の折、私は生涯に一度の恋に落ちました」

リオの言葉にアココトリがじわりと汗をかく。何を言い出すんだと思う間もなく、リオがこちらを見て微笑んだ。心臓が跳ねた。

面白そうに目を見開く皇帝の後ろで、令嬢達が悲鳴を上げ、観客達は歓声をあげる。皇后が手を挙げて静粛を求めると、地鳴りのようだった声が静かになる。

続けよ、と促す皇帝に向き直り、リオはまた深く低頭した。

「ある国を統治されている尊い身分の女性に、私は心を捧げたいと強く思いました。叶うなら、そのお方の心を貰い受けたい」

皇帝が面白そうに笑いながら頷く。

「余にどうせよと?」

「そのお方との交際を認めて頂きたい。私の全身全霊をかけて口説き落とす所存です。どうか身分違いのこの恋が成就した暁には、私がその方の恋人として不足がないと言う証明を…陛下にお願いしたく存じます」

ドキドキと、心臓がうるさい。血液の流れで周りの音が上手く拾えない。

皇帝が何かを告げ、観客が一斉に沸き立った。

身分違い、そうか。彼はそれを気にしてたのか。

皇帝が認めた男という証明があれば、恋の相手が王族であっても世間の目は違ってくるのだろう。

わたくしのために、そう願い出てるのか。

めまいがしそうだった。

リオが恋人になりたいと願っている。

その事実がまだ信じられない。

皇帝の前から辞したリオがゆったりとした足取りで歩いてくる。目が合っても逸らすことなく真っ直ぐに歩いてきた彼は、棒立ちのアココトリの前まで来て、そして手の甲にキスを落とした。

「あなたの恋人になりたい。どうか受け入れてくれませんか」

シンと静まり返る会場の中で、アココトリの手を両手で握りながら、リオは切なげな眼差しでこちらを見つめている。

頭ひとつ分高い位置から、苦しげに眉を寄せて心を乞う男のことを、振り切ることなんてできなかった。

「わたくしにあなたの心を捧げてくれるの?」

「大鷲の背に乗って、あなたと共に空を飛んだ時から…私はあなたに囚われたままなのです」

言葉が出てこないアココトリを見つめながら、リオは囁く。

「私の最後の恋をどうか成就させて欲しい」

深い碧眼の底から、熱情が見えた。

アココトリは観念したように頷く。

地鳴りのように湧き上がる歓声を差し置いて、アココトリとリオはしばらく見つめあっていた。




見目麗しい帝国騎士団長が、隣国の美しい女王に恋をした。

夢のようなこの一幕は、たちまち帝国全土へ広がり、テキラナ国は言うに及ばす、近隣諸国にまであまねく浸透した。

この話を題材にした大衆演劇は擦り切れるほど上演され続け、特に情熱的な告白の場面は観客を何度も歓喜の渦に突き落とすほどに有名な一幕となる。

帝国内では騎士団の親善試合で愛の告白をすることが大流行し、元からお祭り騒ぎの日ではあったが、より一層、華やかに盛り上がるようにもなった。

また女王の名前でもあるダリアの花は、恋愛成就のお守りとして盛んに求められた。

特に若い令嬢達の間で流行し、様々な場面で身に付けられるようになった。男性からダリアの花束をもらえた女性は幸せになれるというジンクスまで生まれるほど、恋人となった二人の影響は凄まじかった。



そんな当人たちはというと。

あれから顔を会わせることもなく、通常運転の毎日を送っていた。

書簡のやり取りは続いているものの、恋人らしいデートの約束があるわけでもなく、忙しい日々の合間に手紙を書き、互いの近況を知らせ合うという、世間の反響から乖離した付き合いをしていた。

リオからの書簡は、読むのがしんどくなる程に情熱的で、最後には必ず「俺のダリアへ」と、所有欲をしっかりと明記していた。

対してアココトリの書簡は、かなり簡素で素っ気ない印象が強く、一度だけリオに代筆を疑われた程に色気がなかった。…それでリオはかなり拗ねたことがある。

業を煮やしたらしいリオが、皇帝に何かを願ったのか、あるいは元からそういう約束があったのかは分からないが。ある時皇帝から書簡が届いた。

【ピオニアを帝国に招きたい故、ついてはアココトリの同行を求める】

そういう内容であった。

リオと恋人となってから半年程の頃だった。






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