第4話 祝祭は壊れる――命令より先に落ちたもの①
扉の外へ出た、その瞬間だった。
背後から、重い金属が軋む音がした。
ぎ……、という嫌な粘り。次に来るのが分かる音。
ガシャン――!
落下音。
巨大なシャンデリアが、その自重に耐えきれず床を砕いた。
金属と硝子が散る音が、一拍遅れて広間中に跳ね返る。
悲鳴が遅れて来る。
驚きではない。生存本能が叫ばせる、逃げるための悲鳴だ。
扉へ向かう人の流れが、巨大な一本の圧力に変わる。
「押すな!」という叫びは、後ろからの波に飲み込まれて消えた。
戻ろうとした肩は弾かれ、個人の意思とは関係なく、身体が勝手に出口を選んで動き出す。
「下がれ! 道を開けろ!」
王子の怒鳴り声が上がるが、護衛の隊列はもう作れない。
「道を開けろ」という号令に、返事がない。
兵たちの目は王子を見ていない。床を見ている。出口を見ている。
命令を待たずに、護衛同士が肩をぶつけ合い、我先にと扉へ殺到する。
そこにあるのは「騎士」の整った形ではなく、崩れた人の流れだけだった。
その波の中で、リュミナだけが“立場”にしがみつこうとした。
豪奢な杖も、誇らしげな胸も、もう役に立たない。
「アルベルト様っ……! 王子様、私を――!」
叫びは悲鳴に飲まれる。
彼女は必死に前へ掻き分け、ようやく王子の袖に指先が触れた。
救いに触れた、と思った瞬間。
王子は振り向かない。振り向けない。
「邪魔だ! 私を先に通せ!」
王子が払ったのは、助けを求める指先だった。
リュミナの指が、袖から無惨に滑り落ちる。
引き剥がされたのではない。――明確に、置いていかれたのだ。
「ち、違っ……! 私は、新しい聖女で……っ!」
言い終える前に、逃げる貴族の肩が彼女を突き飛ばした。
守るべきものの優先順位が、剥き出しの力で示される。
さっきまで「リュミナ様」と崇めた口が、今は罵声に変わる。
「邪魔だ、退け!」
「足が止まるだろうが!」
その一言一言が、彼女の“証明”を剥がしていく。
測定値十倍の魔力量は、いまこの瞬間、誰の命も繋ぎ止めない。
リュミナが膝をつく。
踏まれた裾に引かれ、体勢が崩れる。
杖が手から滑り落ち、床に当たって乾いた音を立てた。
次の瞬間、無数の靴底が、その杖を、彼女の指先を踏み越えていった。
宝石が散らばる音。権威が壊れる音。
彼女が伸ばした「助けて」の手を、誰も見ない。視線さえも拾われない。
見捨てられるのに、理由も、ためらいも要らなかった。
バキッ。
今度は、天井を支える装飾の支柱が裂けた。
落ちることが確定した音。
硝子片が跳ね、床に散るたび、王子の声はさらに遠くなる。
扉の向こう、王子の叫びが聞こえるが、それはもう「王家の命令」ではない。
ただの声だ。
現象が、人間の言葉を完全に塗りつぶしていく。
ジジ……ッ。
足元を走る魔力回路が焼ける。短く、鋭い。
それは結界が落ちる音ではなく、この国が信じてきた「安全」が焼き切れていく音だ。
私は足を止めない。
振り返らないまま、外へ向かう。
ゴ……ゴ……ゴ……!
警鐘が、もう一段低い絶望の音を吐き出した。
重低音が胸骨の裏を直接叩く。
息が浅くなる。近くの会話が途切れる。
口を動かしている貴族がいても、音にならない。
空気が震え、思考を停止させる圧だけが場を支配する。
扉を抜けた瞬間、夜風が肌を刺した。
冷たい。――いや、いつもより冷たすぎる。
呼吸が一瞬だけ止まる。
数年間、結界の内側で保たれた温度。
それが剥がれたのだ。
剥き出しの夜気が体に触れて、呼吸が一瞬だけ止まる。
背後で何かが、盛大に崩れる音がした。
もう、誰も命令を聞いていない。
崩れたのは灯りや壁だけではない。
「人の形」もだ。
私は、止めたままの呼吸を、夜の闇に深く吐き出した。
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