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第37話 赤い石は反応する

 検分班が詰所へ戻った時、装備には泥と灰が白く乾いてこびりついていた。


 それでも、動きは乱れていない。

 手袋も外していない。


 先頭の兵が机の前で止まり、布に包んだ小片を示した。


 アルネが短く聞く。


「現場は」


 検分班の一人が答えた。


「広域探知の残留が、森の縁に偏って残っています」


 記録官が地図の写しを広げる。


「方向は」


「南西です。枝の折れた向き、地表のめくれ、残留の濃い場所が揃っています」


 検分班は、泥の付いた指先で地図の一点を示した。


「魔物が暴れた跡なら、枝の折れ方は散ります。ですが、ここだけ同じ向きに倒れていました。地表のめくれも、担架や兵の踏み跡とは深さが違います」


 地図に印が付く。


 枝。

 地表。

 残留。


 三つの印が、森の縁の同じ範囲に重なった。


 検分班は次に、クレールの腰袋へ目を移した。


「重要なのは、現場だけではありません。クレールの腰袋です」


 詰所の空気が変わった。


 記録官は袋に触れない。

 皿だけを寄せる。


 検分班が、手袋を外さないまま袋の口元を示した。


「紐は切断されていません。結び目もほどけていません」


 そこで、検分班の視線が口紐の内側へ落ちた。


「ですが、口紐の繊維が、内側から外へ逆立っています」


 壁際のソレイユ兵が、自分の腰袋へ目を落とした。

 結び目を確かめようとして、すぐに手を止める。


 クレールの指が、寝台の布を強く握った。


 検分班は続ける。


「外からこじ開けた跡ではありません。袋の内側で、何かが反応した痕です」


 私は腰袋の口元を見た。


「赤い石ですね」


 検分班が頷く。


「同じ判断です。特に口紐の周辺に、現場と近い残留が濃く残っています」


 検分班が、もう一つの包みを開いた。

 中にあったのは、黒く変色した枝の欠片だった。


「現場で採取した枝です。魔物に踏まれたものではありません。表面だけが焼けたように変わっています」


 枝の欠片が皿へ移された。


 その瞬間、机の上の赤い石が、かすかに震えた。


 音は小さい。

 だが、皿の縁が短く鳴った。


 アルネの視線が赤い石へ向く。

 ゼクスも、赤い石と枝の欠片を見比べた。


 赤い石の色は変わっていない。

 だが、内側で鈍い光が一度だけ返った。


 検分班の一人が息を止める。


「今の反応を残してください」


 記録官が、筆を走らせた。


 現場採取物接近時、赤い石に微弱反応。


 私は赤い石から目を離さずに言った。


「この枝に残った魔力に、赤い石が反応しています」


 壁際のソレイユ兵たちは、赤い石ではなくクレールを見た。


 クレールは答えない。

 寝台の布を握る指だけが、さらに強くなった。


 検分班が地図へ手を戻す。


 ゼクスが記録官の手元を見た。


「現場、腰袋、赤い石。この三つは同じ記録に入れてください」


 記録官が頷く。


 私は赤い石を見た。


「赤い石が反応して、探知の魔力を乱しました。その乱れに魔物が集まり、隊列が割れた可能性があります」


 ソレイユ兵の一人が、手袋を握り込む。

 別の兵は、腰袋から目を逸らした。


 私は地図の印を指で示した。


「魔物を探すための探知が、魔物を呼ぶきっかけに変えられた。現場の残留も、腰袋の痕も、この石の反応と一致しています」


 詰所の中で、誰も言い返さなかった。


 クレールの肩がわずかに揺れた。

 布を握る指が強張る。


 近くにいたソレイユ兵が、一歩だけ下がった。


 その足音に、クレールの肩が小さく強張った。

 だが、顔は上げない。


 誰も、クレールの前へ出ない。

 誰も、腰袋から出た事実を否定しない。


 アルネは赤い石を一度だけ見た。

 それから、寝台の方へ向き直る。


「クレール」


 クレールは寝台の布を握ったまま、答えなかった。


 アルネは寝台の横へ立った。


「この石が探知に反応すると、知っていたか」


 クレールの唇が動いた。

 だが、声は出ない。


 アルネは続けた。


「知らなかったのなら、この反応を知っていた者があなたに持たせたことになる」


 クレールの指が、寝台の布をさらに強く掴んだ。


 私は赤い石を見た。


「黙っても、反応は消えません」


 クレールの目が、こちらへ動いた。


「腰袋から出たことも、現場の枝に反応したことも、もうなかったことにはできません」


 クレールの喉が鳴った。


 アルネがクレールを見下ろした。


「ここで答えれば、命令で運ばされた者として残る。黙れば、知っていて持ち込んだ者として残る」


 クレールの顔から、血の気が引いた。


 寝台の周りにいたソレイユ兵たちは、誰も目を合わせない。

 誰も、庇わない。


 私は最後に、皿の上の赤い石を見た。


「その石は、もうあなたを守りません。次に問われるのは、この石を渡した側です」


 クレールの指から、布が少しだけ緩んだ。


 詰所の中で、誰も反論しなかった。

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