第37話 赤い石は反応する
彼らの装備には、泥と灰が白く乾いてこびりついていた。凄惨な現場をそのまま背負っているのに、動きは整っている。手袋は外さない。
詰所の入口で靴底を丁寧に拭い、バルハイムの床へ泥を一欠片も落とさずに中へ入った。
――現場の熱だけが、遅れて部屋に流れ込む。
アルネが視線で止め、短く聞いた。
「現場は」
検分班の一人が、感情を抜いた声で答える。飾らない。
見えたものだけを並べる言い方が、逃げ場のない真実を浮き彫りにしていった。
「広域探知の残留が異常に濃い。森の縁の一角に、偏っていました」
「探知の波か。方向は」
「南西です。波が抜けた方向だけ、立ち木の枝が同じ角度で折れています」
「突風や魔物の突進なら、ここまで揃いません。一定方向へ押し払った痕です」
記録官のペンが、地図の写しへ南西の線を落とす。
検分班は言葉を継いだ。
「足跡は混じっていますが、その下に別の跡がある。地表が数センチ単位でめくれています」
「救助の担架や兵の踏み固めとは、湿り気も深さも合いません」
「襲撃の直前に、先に何らかの圧が走っています」
記録官が顔を上げずに問う。
「……原因を断定できるか」
「断定はできません。ただ、これを『偶然』の一言で片付けようとすれば、かえって説明が苦しくなります」
「これほど都合よく、発生地点の並びが揃いすぎていることはありません」
そこで検分班は、机の上へ視線を落とした。赤い石の保管袋だ。
「もう一つ。――袋が一瞬、内側から開いています」
室内の空気が固まった。
「紐は切れていない。結び目もほどけていない」
「ですが、口紐の繊維が内側から外へ逆立っている。外から触れた跡ではありません」
検分班は袋の口元を指で示し、言い切った。
「探知が重なった瞬間、袋の中の石が外の魔力に反応した。結び目は無傷のまま、袋の口だけが内側から弾けて一瞬、開いています」
続けて、確認できた事実だけを並べる。
「押収した袋の残留は現場の残留と同質でした。口紐の周辺に沈着が濃い」
「運搬の揺れに合わせて微細な粒子が薄く尾を引き、経路をなぞっています」
アルネは袋越しに『赤い石』へ目を向けた。結び目には触れない。
ただ、布目に残る見えない汚れを確かめるように、視線だけを落とす。
現場と手元が、一本に繋がっていく。
私は記録官の紙面ではなく、検分班の手袋に残る泥と灰を見て言った。
「森の縁に偏った残留魔力。南西へ揃った枝。時間の違う地表の剥離。魔物の群れに荒された結果なら、ここまで揃うことはありません」
「……現場は、何かに呼び込まれた形になっています」
検分班の一人が地図の写しへ指を落とし、続けた。
「一点だけ、探知の残留が通常の範囲を外れて跳ねている場所がありました」
「広域探知を不用意に重ねた反射がそこで逃げ場を失い、周囲の植物が焼けたように変色しています」
断定はしない。だが、そこに「何か」が介在しなければ起こり得ない不自然な形だけが、証拠として白日の下に晒されていた。
ゼクスが記録官の手元へ視線を送る。次に書かせるべき文言を、短く切った。
「確かになったのは三つだ。現場の残留魔力と保管袋の残留が同質であること」
「広域探知が重なった地点で魔力が限界を越え、追跡隊が崩れたこと」
「赤い石はクレールの腰袋から出た――本人の口で認めた。これで一本に繋がった」
私は、その先を繋いだ。
「重なった探知に赤い石が反応し――そして共鳴が起きた」
「魔物が呼び込まれ、隊列が割れました」
室内を支配するのは、息苦しいほどの静寂だ。
壁際にいたソレイユ兵の喉が鳴った。誰も裏切っていない。
ただ、自分たちが放った魔力の波が石を震わせ、自ら門を開けさせてしまった。
自分たちの身勝手な行動が、仲間を殺す引き金だったと突きつけられ、兵たちの矜持が内側から焼き切れていく。
「偶然」と呼ぶには、痕が揃いすぎていた。
重なった魔力の反応が、それを「必然」に押し固めた。
アルネは赤い石を一度だけ見つめ、再び沈黙した石の気配だけを感じ取って顔を上げた。
「よし。次は――“なぜ”、これを持たせたかだ」
その視線の先には、もはや弁明する気力すら失い、寝台の上で真っ白な灰のようになっているクレールがいた。
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