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第33話 連れ戻しの言葉を残す

 バルハイム国境詰所の入口をくぐっても、外の音は切れなかった。

 担架が擦れる音。短い号令。布が揺れる気配。

 壁一枚で隔てただけの場所で、救助は続いている。


 それでも中の声は低い。兵は走らず、歩幅を変えるだけで人の進路を変える。

 通路の真ん中は空けたまま、負傷者だけが途切れずに通っていく。


 入口脇にアルネが立っていた。

 現場の指揮役として、迷いがない。


「止まるな。通路を空けろ」

「負傷者は奥。動ける者は壁沿い。順に流せ」


 外で束ねられた剣と槍が、兵の肩に担がれて運び込まれる。荷も続く。

 泥のついた袋が床に触れないよう、台の上へ移されていく。

 手が止まらない。


 そこへ、ソレイユ側の騎士が反射で前へ出た。


「我々はソレイユ王国騎士隊だ。こんな扱いは――」


 言い終える前に、アルネが入口の兵へ短く言う。


「通路に立て。前へ出すな」


 兵が一歩入るだけで、騎士の足が止まった。

 剣帯は外されている。手は空だ。

 だが態度だけが前へ出ようとする。その分だけ、押し返される。


 私は騎士に情を掛けない。助けない。

 私の扱いを、ここで先に固定する。

 記録官の机が入口の脇にあり、紙が広げられていた。

 筆先が止まるのを待って、私は短く告げた。


「私はバルハイムの保護対象です」

「ソレイユ王国の武装した隊列が国境へ迫り、攻撃を加えました」

「そして今、“連れ戻す”と言いました。今の言葉も残してください」


 ソレイユ兵が噛みつくように声を上げる。


「違う! 追跡だ!」


 続けて別の兵が被せた。

 言い直すつもりの声が、最後で口が滑る。


「越境する気はない! 聖女を――連れ戻すだけだ!」


 言い終えた瞬間、周りの動きが一瞬止まった。

 机の前の記録官の手だけが止まらない。


 私は言い返さない。相手の顔も追わない。

 視線を記録官へ向け、確認だけを告げる。


「いまの言葉を、そのまま書いてください」

「『連れ戻す』まで。発言した者の名も」


 ソレイユ兵が慌てて口を開く。


「言い間違いだ、そんな――」


 アルネが入口の方へ短く言う。


「口で被せるな。名を言え」


 名が出ないままの言い直しは、記録にならない。

 兵の喉が鳴り、言葉が引っかかる。


 ゼクスが横から短く添えた。


「いま出た言葉だけで足ります」


「保護です。詰所の手続きに従ってください」


 アルネが場を戻す。

 言い争いに時間を割かない。


「弁明は順番にする。名を言ってから、記録官の前で述べろ」


 そして、私の言葉に反応するのではなく、手続きとして採用する形で指示を出す。


「記録官。武器と荷は名を先に取れ」

「名が出ない物は持ち主不明として預かる。あとで言い換えはさせない」


 私は続けて条件を乗せる。

 奪われた形にされないためだ。


「武器と荷は、必ず“持ち主の名”と並べて残してください」

「回収した者の名も」


 記録官の筆が動き始める。

 紙に書かれた瞬間、言葉は戻らない。


 武器台が先に埋まった。剣帯、弓、杖。濡れた革と乾いた金具の匂いが混じる。

 台の端に立つ兵が一歩だけ前へ出る。誰も腕を掴まれない。

 それでも、誰も手を戻せない距離ができる。

 指先が台へ伸びかけて止まり、肩だけが固くなる。


 ソレイユ兵の一人が、小声で吐いた。


「こんなの、拘束じゃないか」


 私は兵の方へ目を向けて返す。


「拘束です。自由ではありません」


 ゼクスは入口を通り、アルネから少し離れた位置に立つ。

 少し外れた位置から、手続きの段取りだけを言う。


「救助は続行。詰所内の処理はあなたの指揮で」

「私が記録官へ要点をまとめて伝える。こちらの扱いは先に固めろ」


 アルネは入口の兵へ短く返した。


「滞留を作るな。担架が詰まる」


 内側の通路が空けられ、担架の音が途切れずに奥へ流れていく。

 外の救助が止まっていないのが、壁越しに分かる。


 机の周りの動きが変わった。

 布が敷かれ、書類と荷が並ぶ。泥が紙に触れない位置に寄せられる。

 記録官は淡々としている。顔を上げず、必要な言葉だけを出す。


「書類。荷」


 触れるのは、記録官の前に立たされた二人だけだ。

 片方が袋を開け、もう片方が中身を示す。

 周囲は机から距離を取らされる。

 近づこうとした者は、兵の肩が一つ動いた時点で止まる。


 その隙を狙って、ソレイユ側が言い換えを仕掛けた。


「越境じゃない。追跡でもない。書くな」


 声は強い。だが名がない。前に出ていない。

 アルネは言い争わず、記録官へだけ言う。


「今の割り込みは拾うな。名を出した者だけ許可する」


 ソレイユ側の口が止まる。

 名を出せば責任がつく。責任がつけば、あとで引けない。

 言い直すための言葉が、喉で詰まる。


 私は卓上の書類束を見た。紙の角が揃いすぎている。誰かが急いでまとめた形だ。

 ここで黙れば、開けた後に好きな説明を足される。

 私は机から距離を保ったまま、告げた。


「書類の確認は別室で構いません。同席します」

「私に関する文書です。開封に立ち会えない形だけは避けたい」


 アルネが即座に受ける。

 許可ではなく手順として決める言い方だ。


「同席で進める。別室を用意しろ」


 そしてソレイユ側へ向け、この場の支配を崩さないまま釘を刺す。


「口で割り込むな」

「言い分があるなら、名を書いて出せ。記録官の前でだ」


 武器台の端で、ソレイユ兵が指を伸ばした。自分の短剣の柄へ、反射で手が行く。

 戻そうとした瞬間、台の横にいたバルハイム兵が半歩だけ入った。

 掴まない。腕にも触れない。ただ距離を詰め、指先の先を塞ぐ。

 手が止まり、短剣の柄が空を切る。


 アルネが短く言った。


「戻すな。名を言え」


 私はそのまま重ねる。

 視線だけで相手を捉え、離れたまま、言葉だけを伝えた。


「今、手を出した方。名を名乗ってください」

「記録官、その短剣の行に、今の名も書いてください」


 ソレイユ兵の喉が鳴る。名を出せば残る。

 残れば、あとで「知らない」は通らない。

 それでも名を吐くしかない。

 記録官の筆が動き、短剣の品目と持ち主の欄に、もう一つ名が並ぶ。

 短剣より先に、指を伸ばした事実が固定される。


 アルネが外へ向けて声を飛ばした。叫ばない。届く高さだけで、短く。


「クレールの所持品。先に運べ」


 今この場で探さない。求めない。先に動かす。

 それだけで詰所の内側の順番が決まる。

 ソレイユ側の視線が一斉に入口へ寄る。だが足は出ない。

 出れば止められると、もう分かっている。


 ほどなく、腰袋が運び込まれた。血と土の匂いが残っている。

 ソレイユ側が条件反射で近づこうとしたが、通路の兵が肩をずらすだけで道が消えた。

 机へ寄れない。手が届かない。


 袋は記録官の前へ運ばれ、皿が出される。

 袋の口が開かれ、中身が一つずつ皿へ移されていく。

 小物、札、金具。最後に赤い石。


 その瞬間、机の周りの動きが止まった。

 ソレイユ兵の口が開きかける。


「それは――」


 アルネが被せる。

 声を強くしない。言い切って、先へ進める。


「断定は後だ。いまは保全する」


 私は石を見ない。先に人の手を見る。


「誰が回収して、運んだか、誰が皿に出したか」

「順に言ってください」

「記録官、順番も残してください」


 記録官が顔を上げずに書く。

 名が先に並ぶ。触れた順が先に並ぶ。

 石が何であれ、石より前に「誰が何をしたか」が残る。

 ここで言い逃れが難しくなる。


 アルネが手続きを先へ進めた。記録官の手を止めない。


「次。武器と荷。持ち主を順に呼べ」


 記録官が紙を切り替える。

 筆先が新しい行の頭へ行き、淡々と告げる。


「所属と氏名。順に」


 外の担架の音は途切れないまま、詰所の内側だけが一つ先へ進む。

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